日本の国家安全保障とメディアに関する論文です。

「日本の国家安全保障」

マス・メディアにおける論議

田中大介

日本の国家安全保障 

        マス・メディアにおける論議

 

 

日本の国家安全保障 国家安全保障 論文 90年代

日本の国家安全保障 国家安全保障 論文 2000年代

 

 

 

 

 

 

  日本の国家安全保障 

        マス・メディアにおける論議

 

 

 

 

 

                     田中大介

 

 

 

 

 

 

 国家安全保障 論文

 

 

 

 

 

 マス・メディアにおける論議

 

 

第1章 マス・メディアにおける論議

 

第1節 マス・メディアの状況

 

 1990年代後半のマス・メディアを広告費で検証する。1990年代後半の総広告費の平均は、5兆9901億円である。そのうち、新聞が1兆2636億円、雑誌が4395億円、ラジオが2247億円、テレビが2兆79億円、となっている。(注1)

 新聞の1997年における状況を検証してみる。日本ABC協会による公差レポートによる公差部数では、1997年の平均で第1位が読売新聞で1020万部、第2位が朝日新聞で832万部、第3位が毎日新聞で396万部、第4位が日本経済新聞で299万部、第5位が産経新聞で194万部、第6位が北海道新聞で121万部、第7位が西日本新聞で85万部となっている。(注2)また、日本ABC協会から脱退した中日新聞は公称254万部となっている。

 2013年度後期の日本ABC協会による公差レポートによる公差部数では第1位が読売新聞で926万部、第2位が朝日新聞で710万部、第3位が毎日新聞で330万部、第4位が日本経済新聞で275万部、第5位が産経新聞で162万部となっている。

 2015年度後期の日本ABC協会による公差レポートに夜公差部数では第1位が読売新聞で914万部、第2位が朝日新聞で671万部、第3位が毎日新聞で329万部、第4位が日本経済新聞で273万部、第5位が産経新聞で160万部となっている。

 各地域における世帯普及率で各新聞が1997年と2007年においてどう扱われていたかを検討してみる。

 まずは1997年からである。

北海道での世帯普及率は、北海道新聞が52,1%、読売新聞が11,0%、朝日新聞が7,1%、毎日新聞が3,0%、日本経済新聞が2,4%、産経新聞が0,0%となっている。半数以上が北海道新聞を購読しており、読売新聞と朝日新聞がある程度読まれている。産経新聞はほぼ読まれていない状態である。

東北の太平洋沿岸部の中心である宮城県での世帯普及率は、河北新報が59,9%、朝日新聞が12,9%、読売新聞が10,5%、日本経済新聞が4,5%、毎日新聞が2,6%、産経新聞が1,3%となっている。宮城県においても地域紙(ブロック紙)である河北新報の独占状態で、残りを大手2社が分け合っている状態である。

東北の日本海沿岸の秋田県の世帯普及率は、秋田魁が66,6%、読売新聞が12,3%、朝日新聞が11,4%、毎日新聞が4,6%、日本経済新聞が2,6%、産経新聞が0,7%となっている。秋田県も他の地方部と同様、地域紙が非常に強い状態である。

首都圏のベッドタウンとして、1950年の230万人、1985年の人口550万強から2000年には人口700万人へと急速に人口を増やし、発展した埼玉県の世帯普及率は、読売新聞が43,0%、朝日新聞が24,6%、毎日新聞が10,5%、日本経済新聞が6,7%、埼玉新聞が6,8%、産経新聞が3,8%となっている。都市化の進む埼玉県では、全国紙である読売新聞が健闘、朝日新聞がダントツの2位、毎日新聞が3位と続くが、全国紙である産経新聞は苦戦を強いられている。

首都として、1211万人の人口を抱える東京都の世帯普及率は、読売新聞が30,4%、朝日新聞が24,6%、日本経済新聞が11,1%、毎日新聞が7,7%、東京新聞が5,8%、産経新聞が5,2%となっている。東京では読売新聞と朝日新聞の2強の戦いが続いているが、近年は読売新聞が優勢である。産経新聞は、地方紙である東京新聞にも破れており、全国紙としての資格、影響力が問われる。

中部地方の中心、愛知県の世帯普及率は、中日新聞が68,2%、朝日新聞が12,4%、日本経済新聞が5,7%、読売新聞が5,0%、毎日新聞が4,0%、産経新聞が0,1%である。大都市・名古屋を中心に都市化の進んだ愛知県であるが、新聞世帯普及率から見ると、完全に地方型の様相を呈する。

日本第2の都市圏の中心で、881万人の人口を抱える大阪府の世帯普及率は、読売新聞が28,9%、朝日新聞が23,3%、産経新聞が20,4%、毎日新聞が16,9%、日本経済新聞が8,1%である。地域新聞が存在しない大阪府では、全国紙が激戦を展開しており、産経新聞が唯一、健闘している地域である。

大阪のベッドタウンともなっている兵庫県の世帯普及率は、神戸新聞が26,2%、読売新聞が24,7%、朝日新聞が23,5%、毎日新聞が11,6%、産経新聞が6,6%、日本経済新聞が6,2%である。兵庫県は全国紙に加え、地方紙である神戸新聞を巻き込んだ激戦地となっている。

山陽の広島県での世帯普及率は、中国新聞が59,6%、読売新聞が14,7%、朝日新聞が12,7%、日本経済新聞が5,5%、毎日新聞が4,6%、産経新聞が1,8%となっている。広島県も典型的な地方型の展開である。

山陰の鳥取県での世帯普及率は、日本海新聞が77,3%、読売新聞が16,7%、朝日新聞が11,8%、毎日新聞が8,7%、日本経済新聞が3,8%、産経新聞が2,1%となっている。

九州の中心として発展する福岡県の世帯普及率は、西日本新聞が34,1%、読売新聞が22,5%、朝日新聞が19,1%、毎日新聞が16,8%、日本経済新聞が4,6%、産経新聞が0,1%である。福岡県は強い地方紙と均衡する全国紙といった状態で、都市型と地方型の中間の様相である。

1972年に日本に返還された沖縄県での世帯普及率は、琉球新報が43,4%、沖縄タイムス44,2%、日本経済新聞が1,0%、朝日新聞が0,5%である。沖縄県は沖縄型といっても過言ではない特殊な状況である。(注3)

次に2007年である。

北海道の世帯普及率は北海道新聞が46,9%、読売新聞が9,0%、朝日新聞が6,0%、毎日新聞が2,8%、日本経済新聞が2,2%、産経新聞が0,0%となっている。

宮城県では河北新報が55,3%、読売新聞が8,4%、朝日新聞が10,2%、毎日新聞が2,0%、日本経済新聞が4,1%、産経新聞が1,3%となっている。

秋田県では秋田魁が62,9%、読売新聞が9,5%、朝日新聞が9,3%、毎日新聞が3,7%、日本経済新聞が2,3%、産経新聞が0,8%となっている。

埼玉県では読売新聞が39,1%、朝日新聞が22,5%、毎日新聞が10,4%、日本経済新聞が5,9%、産経新聞が3,8%となっている。

東京都では読売新聞が24,3%、朝日新聞が20,1%、毎日新聞が7,0%、日本経済新聞が10,3%、産経新聞が6,0%、東京新聞が4,3%となっている。

愛知県では読売新聞が3,3%、朝日新聞が9,6%、毎日新聞が3,5%、日本経済新聞が5,3%、産経新聞が0,1%、中日新聞が64,2%となっている。

大阪府では読売新聞が24,7%、朝日新聞が21,2%、毎日新聞が15,6%、日本経済新聞が6,9%、産経新聞が20,2%となっている。

兵庫県では読売新聞が24,1%、朝日新聞が22,7%、毎日新聞が10,7%、日本経済新聞が5,9%、産経新聞が6,3%、神戸新聞が25,0%となっている。

広島県では読売新聞が12,6%、朝日新聞が11,2%、毎日新聞が3,2%、日本経済新聞が5,1%、産経新聞が1,6%、中国新聞が54,3%となっている。

鳥取県では読売新聞が13,6%、朝日新聞が8,1%、毎日新聞が5,0%、日本経済新聞が3,1%、産経新聞が1,4%、日本海新聞が75,9%となっている。

福岡県では読売新聞が19,8%、朝日新聞が16,7%、毎日新聞が15,8%、日本経済新聞が4,2%、産経新聞が0,1%、西日本新聞が31,2%となっている。

沖縄県では読売新聞が0,1%、朝日新聞が0,3%、毎日新聞が0,1%、日本経済新聞が0,8%、産経新聞が0,0%、沖縄タイムズが41,3%、琉球新報が38,6%となっている。

産経新聞は全国紙でありながら、大阪府以外ではまったく振るわず、大手広告代理店の博報堂DYホールディングス大広の梅本春夫氏は、産経新聞を「大阪の地域紙」にすぎないと述べている。

購読者の世帯主職業でみる新聞の到達度を検討する。

読売新聞では、給料事務18,2%、給料労務33,1%、役員・管理職16,0%、自由業8,6%、商工自営15,4%、無職・その他8,8%である。読売新聞は可処分所得の少ない給料労務が主力であるため、1020万部の部数を誇りながら広告料は1段あたり266万8000円に甘んじている。(注4)

朝日新聞の場合、給料事務26,1%、給料労務23,0%、役員・管理職24,2%、自由業7,2%、商工自営11,0%、無職・その他8,6%となっている。朝日新聞は可処分所得の大きい給料事務、役員・管理職が主力のため、発行部数は第2位の832万部でありながら広告料は1段当たり277万7000円と、読売新聞より高くなっている。

毎日新聞では給料事務18,8%、給料労務19,9%、役員・管理職19,1%、自由業13,2%、商工自営18,8%、無職・その他10,3%となっている。毎日新聞は各層にまんべんなく浸透しているおり、発行部数は朝日新聞の半分以下でありながら広告料は1段当たり153万1000円となっている。(注5)

産経新聞は、給料事務16,0%、給料労務24,5%、役員・管理職16,3%、自由業10,1%、商工自営26,0%、無職・その他12,1%となっている。産経新聞の場合、発行部数が少なく、高齢者に購読が多い(無職・その他)ため、広告料も非常に低いものとなっている。(注6)

 

注1、2、3、4、5、6

日本ABC協会『公差レポート』日本ABC協会 

                               

 

 

第2章 読売新聞における論議

 

 発行部数日本最大の読売新聞における安全保障の論議・提言を検証する。

 

第1項 1994年の傾向

 

 1994年(平成6年)1月1日の社説「自由主義・国際主義・人間主義 平和で活力ある21世紀に向けて」(注1)において、軍事紛争の発生が避けられないことであり、国連だけでは対処不可能でアメリカ軍の関与が必要になる、と主張している。日本はこうした国際情勢に対し、一国平和主義から脱皮し応分の貢献をする国際主義へ進むべきとしている。

 1994年2月27日の社説「『基盤防衛力』構想は堅持せよ」(注2)において、細川護熙首相の私的諮問機関『防衛問題懇談会』による新たな防衛政策が模索されることについて、限定的かつ小規模な侵攻に対処できる必要最小限度の防衛力の維持と、それ以上の有事におけるアメリカ軍の来援を可能にするための日米同盟の強化を求めている。このことは的確に日本のおかれている情勢を把握し、その情勢に対処する最小限の能力保持を求めたもので評価できる。

 1994年12月20日の社説「防衛論議なき防衛予算の編成」(注3)では、社会党の圧力で、防衛費が対前年度比0,855%に抑えられたことについて、日本のおかれた国際情勢を無視した軍縮ありき、数字ありきの政策であると批判している。さらに、日本は欧米と比較して防衛費の対GNP比が低いことも指摘している。これらの提言は当然のことであるが、現在も是正されることなくイメージ先行の防衛政策がとられつづけていることは遺憾である。

 1994年8月13日の社説「新たな安保論議のスタートの好機」(注4)で、細川護熙首相の時代から始まった首相の私的諮問機関「防衛問題懇談会」が提言している陸上自衛隊の削減や海上自衛隊の艦艇削減、弾道ミサイル対処能力、戦闘機部隊削減、空中給油機導入を評価、村山富一首相にたいして行動を求めている。中国の軍拡、拡張主義や北朝鮮情勢の悪化時にこの軍縮提言は不安に思えるが、読売新聞はこの提言をたたき台にして、議論を広げるよう求めている。

 1994年3月31日の社説「政治は憲法論議を避けるな」(注5)では、憲法の枠にとらわれない情勢を見据えた論議を求めている。1994年5月12日の社説「自由な安保論議を封じるな」では、集団自衛権をタブー視しない活発な論議を求めている。日本の安全のための提言で、こうした提言をせざるを得ない日本の実情をよくあらわしている。

 北朝鮮の核保有、IAEA(国際原子力機関)脱退問題については、1994年2月17日の社説「北朝鮮は核カードの限界を悟れ」(注6)、1994年3月6日の社説「北朝鮮は『国際協調』を見誤るな」(注7)、1994年3月18日の社説「北朝鮮は損得を計算し直せ」(注113)、1994年3月24日の社説「『北朝鮮』で日韓連携の強化を」(注8)、1994年6月2日の社説「北朝鮮に冷静で毅然たる対応を」(注9)、1994年6月12日の社説「重ねて北朝鮮に再考を促す」(注10)、1994年6月14日「IAEA脱退で事は解決しない」(注11)、1994年6月24日の社説「北朝鮮問題はこれからが正念場」(注12)において、日米韓の結束によって、北朝鮮に国際原子力機関、核拡散防止条約脱退、核保有を断念させようとしている。このことは結局、北朝鮮に核保有を認めることになったので、もっと強い態度において、北朝鮮をおさえるべきだったと思われる。

 1994年8月30日の社説「『常任理事国』入りに腰を引くな」(注13)では、村山首相の国連常任理事国入り消極姿勢を「国際社会の役に立ち、同時に国益にも沿う道となる」と国連常任理事国入りを憲法の枠内でしか捉えられない首相を「日本の立場を背負う責任者として見識に欠ける。」と、批判している。村山首相の言う「こちらから売り込んでなりたいという性格のものではない」という態度も批判しているが、まったくそのとおりで、村山首相の国連や国際情勢に対しての見識のなさを的確に批判している。

 1994年9月16日の社説「前向きに『国連』論議深めよ」(注14)では、武力行使をともなわない国連平和維持活動を前提に、国連常任理事国入りをめざす政府を批判している。1994年9月28日の社説「『常任理事国入り』へ全力で取り組め」では、読売新聞はPKOにこれまで以上に貢献するなど、積極的に支持している。

 1994年8月の社説「『普通の政治』の時代を迎えた」(注15)では、マスコミ、政党の憲法神学論争を終え、憲法論議を進めるように提言、これが読売新聞の1994年の最大の提言であろう。

 

第2項  1995年の傾向

 

 1995年(平成7年)2月24日の社説「有事立法論議をタブー視するな」(注16)では、阪神大震災で「有事法制」なき国の悲劇が露呈されたが、この原因となった社会党、左翼マスコミの「自衛隊違憲論」を批判、シビリアン・コントロールの維持の必要性からも有事法制の必要性を説いている。

 1995年3月1日の社説「日米安保を充実強化するとき」(注17)では、各種紛争や、中国の軍事力増強や、北朝鮮の脅威の存在から、超大国アメリカの責任と、日米同盟による抑止力が重要である、と説いている。

1995年5月1日の社説「安保強化のための防衛強化」(注18)では、「ソ連消滅により、脅威はなくなった」などの理由で「日米安保条約解消論」を唱える勢力を、わが国を取り巻く情勢を考慮していないものと、批判している。読売新聞は、「日米安全保障条約、日米同盟をさらに充実させていくことが重要だ」と、提言している。とくに「ポスト冷戦でも、日米安保体制の重要性に変化はない」との認識をあらためて深めていくことを提言している。日本国内には左派勢力、左派マス・メディアを中心として、日米安保不要論が強かったが、読売新聞は、これらを一蹴している。

 1995年5月19日の社説「国際協調に背く中国の核実験」(注19)では、国際的に問題である中国の核実験を批判、政府開発援助をカードとしておくべきとの意見がなされている。

1995年8月5日の社説では、中国、そしてフランスに対しても自制を求めている。1995年8月18日の社説「中国の核実験強行に抗議する」(注20)では、繰り返される

中国の核実験を非難し、包括的核実験禁止条約に反対する中国を強く非難している。

中国の核実験には反対せず、フランスの核実験には反対した武村正義大蔵大臣にたいして、1995年8月30日の社説「武村蔵相の『核抑止』観を問う」(注21)で、「私的参加」を公人がおこない国際社会の誤解が生まれたこと、軽率なパフォーマンス的な行動を批判している。

 1995年10月27日の社説(注22)は、沖縄で発生した駐留アメリカ海兵隊兵士による少女暴行事件によって動揺する世論に、「安保体制が揺らいではならない」と、アメリカとの同盟の重要性を説いている。また、1995年11月5日には、ごく少数の沖縄アメリカ軍基地用地地権者の反対を退け、強制使用手続きをおこなった首相を評価している。日本のおかれている国際社会での立場をわきまえた当然の処置で、評価である。

 1995年6月10日の社説、「党利党略を離れた防衛大綱を」(注23)では、「防衛計画の大綱」見直し作業について、与党である自民党、新党さきがけ、社民党の3党に、米ソ冷戦構造の崩壊の一方、地域紛争の多発、北朝鮮の脅威、中国の軍拡、さらには阪神大震災などの災害出動、テロに備えるため、日米の協力を中軸に、新たなる防衛計画を、まったく思想の違う3党に、国益を考えるようにもとめている。このことは非常に難しいもので、憲法改正を視野に入れた自民党、リベラル左派の新党さきがけ、自衛隊違憲論の残滓強い社民党が共同で今後数年の防衛計画を決めるのであるから、紛糾必死であるのを、読売新聞社説は諌めている。

 1995年8月3日の社説、「お粗末な数字だけの防衛費論議」(注24)では、1996年度防衛費の概算要求基準において、社民党が党是に掲げている「軍縮」の看板を下ろせないがために、1995年度の対前年度比0、855%以下に抑えるように主張、国際情勢の認識に欠け、防衛政策を提示することのないまま数字だけで議論されている状態を非難している。1995年12月23日の社説、「“先送り”に終始する防衛論議」(注25)では、防衛政策がなんら討議されることなく、社民党、大蔵省の数字先行の削減要求に終わってしまったことを非難している。これら社説は、大蔵省(現・財務省)と左派政党による内容のない数字だけの削減を的確に非難している。

 1995年11月12日の社説「『集団自衛権』を議論の土壌に」(注26)では、自民党が集団自衛権の行使に言及したことを評価、野党・新進党にも日本の防衛の観点からそれを求めている。1995年11月29日の「『集団的自衛権』のタブーを破れ」では、野党・新進党の有志が集団的自衛権の行使に踏み込んでいることを評価している。

 1995年の読売新聞は、中国の軍拡、北朝鮮の脅威におかれる日本において、それに対処しうる体制、防衛力の強化と、日米同盟の重視、有事法制整備による防衛体制の適正化を提言しており、非常に適切な指摘が多い。

 

第3項   1996年の傾向

 

 1996年2月3日の社説、「沖縄の『反基地』に揺れる日米安保」(注27)では、アメリカ軍用地に占める割合がわずか0,2%に過ぎない1坪共有地主のために、冷戦後も緊迫感を増す情勢の中、日本の防衛に不可欠な日米同盟を揺るがしてはならないと、主張している。1996年4月2日の社説「基地問題は『公益』重視が必要だ」では、ごく一部の人間のため、日米同盟という公益が崩れることを懸念している。

 1996年4月16日の社説「安保協力は新しい段階に入った」(注28)では、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の見直しを評価、1996年5月30日の社説「安保の機能を高める『指針』に」においては、まったく手付かずの「極東有事」を整備することを評価、また同じく不十分な「日本有事」も整備することを求めている。

 1996年5月4日の社説、「『有事』論議になぜ消極的なのか」(注29)では、「日米防衛協力のための指針」の見直しが続くが、「現行法の枠内」で進められることが決められていることについて、集団自衛権がおざなりにされていることを批判している。

 1996年9月26日の社説、「『尖閣』は筋曲げず冷静な対応を」(注30)では、中国の理不尽な対応に、日本政府は法に従い冷静に対処するように求めている。

  1996年9月8日の社説では、首相の指導力強化することで緊急事態対処や、省庁対立の解消が可能、と指摘している。

1996年10月25日の社説「憲法公布50年 緊急事態への法整備を急げ」(注31)においては、いままで有事法制がなかったゆえに悲喜劇がくりかえされたこと、政治家、マス・メディアが有事法制をタブー視してきたことを指摘し、フランス、ドイツを例に、左派の学者が指摘するように決して、民主主義を危うくするようなものではないことを主張した。このことはマス・メディアである読売新聞が主張したことは大変意義がある。

 1996年の読売新聞は、日本の防衛を確実なものにするため、日米同盟の重要性、有事法制の制定の提案など、具体的な提言を実施しており、非常に意義がある。

 

第4項   1997年の傾向

 

 1996年12月に発生したペルー・日本大使公邸占拠・人質事件について、1997年2月3日の社説で、テロリストの要求に屈しないペルー政府を支持し、1997年2月19日の社説では、日本のテロ対策が不十分であると指摘している。1997年6月13日の社説では、「決して屈してはならない」と主張している。

 こうした、危機に対し有効に処するため、1997年5月2日の社説では、憲法解釈の変更をふくむ抜本的な内閣法の改正を主張、特に、首相の権限強化を訴えている。(1997年3月7日の社説)

 1997年8月8日の社説「憲法論議の機は熟している」(注32)では、世論調査では国民は憲法改正に賛成していると指摘、しかし、この機運を阻む、親ソ連だった社民党の「護憲」姿勢を批判している。(1997年6月5日の社説)

 1997年4月27日の社説「より確かな同盟関係の構築を」(注33)では、「日米安保共同宣言」で、日米安保体制の再定義をしたことを評価、日米同盟に隙ができないよう訴えている。そのためガイドラインのとりまとめを急ぎ、東アジア情勢に対処できるよう求めている。1997年8月10日の社説「指針協議は国の安全を優先せよ」(注34)で、加藤紘一・自民党幹事長が、「周辺事態に中国・台湾は含まれない」とした発言を批判、また中国に配慮して及び腰になっている政治家の存在を指摘し、日本の安全を最優先したガイドラインの策定を要求している。1997年3月26日の社説では、沖縄に配慮して、アメリカ海兵隊を削減することに反対している。

 1997年の読売新聞は、危機管理体制の向上と、そのための首相権限強化、そして日本の安全確保のための日米同盟の強化と、それを確実なものとするガイドラインの早期策定を主張している。

 

第5項  1998年の傾向

 

 1998年3月22日の社説(注35)と、1998年8月24日の社説(注36)では、ガイドライン策定による日米同盟の強化と、日本の防衛の向上をもとめ、その具体的な対応として、1998年12月27日の社説「TMD推進で抑止力の強化を」(注37)で、TMD(戦域ミサイル防衛)を日本が導入することが抑止力につながると主張、1998年9月15日の社説「専守防衛の質高める偵察衛星」(注38)では、弾道ミサイルの早期発見につながる偵察衛星を専守防衛に反しない有効なものとして、導入を提言、宇宙開発の平和利用国会決議にも反しない、と指摘している。また、いくつかの社説では、北朝鮮の脅威に対しては日米の協調が風洋であると指摘している。

 1998年の読売新聞は、日本の防衛力強化のため、それを訴えるだけでなく、具体的指摘に進みだした。

 

第6項  1999年の傾向

 

 1999年の3月23日に発生した北朝鮮の工作船事件に対し、読売新聞は3月25日、4月27日、5月3日(注39)に特集を組み、日本の防衛法制の欠陥を指摘している。その欠陥を是正すべく、読売新聞は5月3日に自衛隊への領域警備任務付与、武器使用基準の整備、首相権限の強化、その他法制の整備を進めるよう提言している。

 3月14日、4月27日、5月25日(注40)には日米防衛協力のための指針の早期成立と、その東アジアの安全保障に与える意義、問題点を指摘している。また、有事法制、通信傍受法の制定の促進を訴えている(6月17日、6月2日)。また、民主党に、責任政党としての憲法論議を求め、自民党と民主党ともにお憲法改正に動き出すことを求めている。(7月7日など)

 1999年の読売新聞は、日本人の安全保障感に重大な影響を与えた北朝鮮の工作船事件に触発され、新法の提言を掲載するなど、防衛政策に積極的に取り組んでいる。また、日本の安全の強化のため、日米同盟の充実、ガイドラインについての記述が多い。そのはか、日本の安全保障環境を向上させるための主張、提言が多かった。

 

第7項  2000年の論調

 

 2000年7月26日朝刊の社説で、民主党において「安全保障、防衛をめぐる意見の隔たりが大きい」と指摘し、「特に憲法問題は改憲派と護憲派が対立」と主張、「党の方針は、立場を鮮明にしない『論憲』にとどまっている」と指摘している。「二十一世紀の国家像を描くには憲法問題を避けて通ることはできない。」と民主党の体質を描いている。(注41)

2000年7月30日朝刊の社説では、日本の排他的経済水域に中国の調査船が急増している問題について書くと同時に、新たなる国家の脅威について「防衛庁は、来年度からの次期防衛力整備計画にサイバー・テロ対策などを取り込む考えだが、なおこの問題についての認識が薄いと言わざるを得ない」と、サイバー・テロの脅威に対しての対策を求めている。(注42)

2000年9月28日朝刊の社説では、「有事法制のすみやかな整備も日米安保の円滑な運用に不可欠だ」と指摘、有事法制の制定を求めている。(注43)

2000年12月16日朝刊の社説では、RMAが「日本は大幅に遅れ」、「自衛隊の能力向上だけなく、日米安保の効果的運用の面からも危機感をもって取り組まなければならない」と日本の防衛の弱点を指摘、公明党の反対で来年度予算に空中給油機が組み込まれなかったことを「防衛の重要事項を後回しにして、選挙対策を優先したのだとしたら、責任ある与党だと言えない」と批判している。(注44)

 

第8項  2001年の論調

 

 2001年3月5日朝刊の社説で、「領域警備 早期の法整備へ政治の見識示せ」とし、「警察官職務執行法準用に無理がある」と、現在の状況が自衛隊が警察官職務執行法に縛られまともに動けないことに警鐘を鳴らしている。また、「各国は、領域警備を軍隊本来の任務に付随する任務と位置付けている。日本も、自衛隊の任務と明記するべきだ。」と提言している。(注45)

2001年8月31日朝刊の社説では、「これまで警察は短銃の使用に抑制的であり過ぎたように見える。それが警察官に歯向かう凶悪犯を助長した一面は否定できない。」と日本の警察が銃の使用を遠慮させられてきたことを指摘し、「戦後の日本は、何であれ『力』の行使はすべて罪悪視する傾向が長く続いてきた。」と、戦後日本の誤った思考回路を批判している。(注46)

2001年9月14日朝刊の社説で、「国際テロ対策 平和と秩序を守る日本の責任」と題し、「急がなければならないのは、テロに関する情報の収集と分析の体制強化だ。日本は国際テロ組織に関する海外の情報を米国などから全面的に頼っている。」とし、「警察庁はもちろん、外務省、防衛庁も各国情報機関との連携を強めるなど情報収集体制を強めるべきだ」と主張している。また日本には、「『スパイ防止法』がない。」と指摘、「その種の法整備の必要性の論議する必要がある」と説いている。そして、「緊急事態に迅速、機動的に対応するには、首相官邸に情報を集約し、首相が一元的に指揮することが欠かせない」と提言している。(注47)

 

第9項  2002年の論調

 

 2002年5月11日朝刊の社説で、「有事法制審議 不毛な神学論争を繰り返すな」と主張、左翼勢力による自衛隊批判論などを牽制している・(注48)

2002年8月3日朝刊の社説では、「防衛白書 軍事情勢の大変化に対応せよ」と述べ、「『テロとの戦い』国際社会の新たな脅威」とし、「安保政策を見直す必要がある。防衛力整備の分野では、情報通信などの先端分野技術の導入に力を入れるべきだ」と主張している。(注49)

2002年9月7日朝刊の社説では、「不審船問題 なぜ、そんなに及び腰なのか」とし、「無用な配慮を働かせていては、引き出せるものもひきだせない」、「毅然とした姿勢こそ、大事なメッセージである」と、与野党にある中国、北朝鮮を意識した主張を批判している。(注50)

 

第10項              2003年の論調

 

 2003年3月29日朝刊の社説で、「情報収集衛星 『宇宙の目』生かす体制拡充急げ」とし、「専守防衛に徹する利用であっても、安全保障にかかわることになると、一部野党の反対で、政府は自らの手足を厳しく縛ってきた。安全保障に衛星を利用するには、その衛星が『民生分野で一般化されていることが条件』とする従来の政府解釈に拘束されて今回の衛生の解像度も商用の観測衛星レベルに抑えられた」と、日本における偵察衛星論議の不毛さを指摘している。(注51)

2003年4月3日朝刊の社説では、「日本の防衛 『北』ミサイルへの対応を考えよ」とし、「当面必要なのはミサイル防衛だ」と主張している。(注52)

2003年5月26日朝刊の社説では、「専守防衛 『北』の脅威への見直し論議深めよ」とし、「他国に脅威を与えず、自衛のための必要最小限の防衛力しか持たない、という専守防衛の基本理念は、国民の間に定着している。その基本を維持しつつ、時代と情勢の変化に応じた合理的な防衛力整備を進めるというのが政治の責務だ」と主張している。(注53)

 

第11項              2004年の論調

 

 2004年6月28日朝刊の社説では、「自衛隊50年 組織や装備を大改革する時だ」とし、「厳しい財政上の制約がある以上、不要な装備や人員を削減しなければならない。自衛隊には、現在もなお古い組織、装備が残存している。例えば戦車は980両あり、うち470両が北海道に配備されている」と軍事的にはお粗末な考えである戦車不要論に近い主張を展開し、「自衛隊の組織のスリム化を図るべきだ。大型ヘリを使って部隊を機動的に展開させることなどを検討するなど、組織や運用を根本から見直せば陸自は十五万人体制を維持する必要がなくなる」と、理想論の机上の空論を展開している。(注54)

2004年11月10日朝刊の社説では、「防衛計画の大綱で安全保障戦略は示されるべき。安全保障戦略が定まらないまま、防衛力整備構想を各省庁間で論議するのは順序が逆なのではないか。防衛計画の大綱を急ぎ、そのうえで整備構想をつめるのが筋」としたうえで、「財務省の(言う)削減は当然だろう」と東アジア情勢を考えない主張を展開し、「三自衛隊の統合運用、装備のハイテク化、情報収集・分析能力の向上などで。組織や装備の削減は補えるはずだ。」と人員的、金銭的に一番手間がかかる方法を代案に唱えている。(注55)

2004年12月11日朝刊の社説では、「スリムで筋肉質な自衛隊にすべきだ。」とすでに実行されていることを主張し、「財政上の理由だけで、国民の生命や国の安全を守る防衛力を補ってはならない」と、2004年11月10日朝刊社説の前言を翻している。(注56)

 

第12項              2005年の論調

 

 2005年2月16日朝刊の社説で、「自衛隊法改正 ミサイル防衛強化への一歩だ」と、自衛隊法改正を評価している。(注57)

 

第13項              2006年の論調

 

 2006年3月27日朝刊の社説で、「自衛隊統合運用 陸海空一体へ体制作り急げ」と三自衛隊の統合運用を勧めている。(注58)

 

第14項              2007年の論調

 

 2007年1月1日朝刊の社説で、「タブーなき安全保障論議を 集団自衛権『行使』決断せよ」において、「米国、中国、ロシアの3国は、北の核に対する圧倒的な核報復力、つまり核抑止力を保持している。日本が置かれている状況ほどの深刻な脅威ではない。」、「現在の国際環境下で、日本が核保有するという選択肢は、現実的でない。」、「核保有が選択肢にならないとすれば、現実的には米国の核の傘に依存するしかない。」、「同盟の実効性、危機対応能力を強めるため、日本も十分な責任を果たせるよう、集団自衛権を『行使』できるようにすることが肝要だ。」、「また、非核三原則のうち『持ち込ませず』について議論しなおしていいだろう。」と主張している。現実的防衛力増強となる日米同盟強化のために集団自衛権行使容認を勧めている。(注59)

 2007年2月28日朝刊の社説、「日本版NSC 国家戦略の司令塔作りを急げ」において、「外交・安全保障には、資源・エネルギー政策や、政府開発援助も含まれる。その時々の政策案件によっては、少人数閣僚会議に、財務相、経済産業相、国土交通相ら関係閣僚や統合幕僚長が参加することも必要だろう。」、「閣僚会議が機能するためには、情報分析や各省庁間の調整を行う事務局がしっかりとしてなくてはならない。」と主張している。日本版NSCに具体的提言を行っている。(注60)

 2007年7月7日朝刊の社説、「防衛白書 中国との安保対話を深めよ」において、「国際社会の一員として責任ある行動をとる。軍事分野の透明性を高める。」、「こうした点を中国に粘り強く求めることが地域の平和と繁栄につながる。」と、主張している。日本の対中外交の弱腰姿勢からまっとうな方向への転換を促している。対話だけでなく力の均衡が必要なことも主張すべきである。(注61)2007年8月21日朝刊の社説、「平和協力活動 自衛隊の武器使用を国際標準に」において、「武器使用基準を緩和し、国連平和活動(PKO)で認められている国際基準に合わせて、任務遂行のための使用を認めるべきだ。」と主張している。(注62)

 2007年8月26日朝刊の社説、「次期戦闘機 日米同盟踏まえた機種選定を」において、「東アジアでは中国の空軍力の近代化が著しい。20~30年後の日本の安全保障環境を見据えれば、防衛省が最も高性能なF22の導入を追求するのは理解できる。」、「ただ価格、機体整備の利便性など、様々な条件を吟味し、総合的に判断すべきだ。F22を導入できないときに備えて、米英などが共同開発中のF35など、代替案を検討する作業も不可欠だ。」、「日米両政府は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結した。情報漏えいには政府全体で取り組むべきだ。」と、「「1980年代後半の次期支援戦闘機(FSX)をめぐる防衛摩擦の再来のよう情報漏洩に甘い日本に注意を促している。そして、「1980年代後半の次期支援戦闘機(FSX)をめぐる防衛摩擦の再来のようなことがあってはならない。」と主張している。FSX事件は日米双方の相互不信が両国家に大きな影響を与えたため、再検証の必要がある。(注63)

 

第9項 2008年の主張

 

 2008年1月7日朝刊の社説、「新たな秩序へ やはり日米同盟が基軸だ 自衛隊派遣恒久法を」において、「日本単独では対処できない」、「超大国・米国が保持する軍事抑止力をはじめとする強大な力を、日本は安全は無論、世界の平和と繁栄の支えとするために、今日日米同盟の重要性は一層強まっている。」、「防衛協力の進展が重要」、と日米同盟の重要さを強調、「集団自衛権は『保有しているが、行使できない』という矛盾した憲法解釈の見直しも必要」と日米同盟の正常化を提言し、「安保理に委ねるのは国家主権の放棄に等しい。安保理決議が無くても、国会の承認があれば、自衛隊を派遣できる枠組みを定めるべきだ。」と国連重視の姿勢を批判し、さらに「武器使用基準を見直すべき」として、海外における自衛隊運用の非合理性を正そうとしている。(注64)

 2008年6月1日朝刊の社説、「クラスター禁止 安全保障上の代替策を探れ」では、「日本が同意を決断したのは、妥当な判断だろう」と政府の決定を支持し、「米軍との防衛協力も含め、戦術面の見直しなども検討する必要があるかもしれない。」とクラスター爆弾禁止後の対応を模索している。(注65)

 2008年6月19日朝刊の社説、「日中ガス田合意『戦略的互恵』へ第一歩だ」において、「海洋国家日本として、主権と権益を守る体制を一層強化していかなければならない」と日中合意を評価しながらも、一定の注意を促している。(注66)

 2008年9月22日朝刊の社説、「ミサイル防衛 空自も迎撃に成功した」において、「ミサイル防衛は、単に迎撃ミサイルを配備するだけでは有効に機能しない。ミサイルを探知する警戒管制レーダーFPS5や、防空情報を一元管理する空自の自動警戒管制組織(BADGE)システムとの適切な連結が不可欠だ。ミサイル発射の事前情報や早期警戒情報を持つ米軍との情報共有や連携強化も重要となる」として、防空体制の強化とアメリカ軍との関係強化を主張している。(注67)

 2008年8月18日朝刊の社説、「防衛大綱改定 陸海空の予算配分見直せ」において、「現在の陸海空の予算配分が、冷戦時とほぼ同じというのはおかしい。当面は陸自の予算を減らし、海自と空自を増やす方向で議論を進めるべきだろう。現在の大綱では、陸自の定員は15万5000人、戦車と火砲は各600門に減らされたが、一層の削減を検討する必要がある。」と主張している。陸海空の予算配分の見直しは当然であるが、東アジア情勢の緊迫化に伴う防衛力拡大の必要性にはまったく言及していない。また、陸戦の基本である兵士の頭数や火力をまったく考慮していない提言である。(注68)

 

 

第10項 2009年の主張

 

 2009年1月20日朝刊の社説、「防衛大綱改定 国際平和活動の拡充目指せ」において、「自衛隊には依然冷戦時代の名残がある。旧ソ連の着上陸侵攻を想定した北方重視の部隊編成や装備体系だ。」と批判しているが、ロシアの脅威や広大な演習場が北海道以外にない現実を無視している。また、「陸自の定数や戦車・火砲などの一層の削減に取り組まなければならない」と主張、既成概念にとらわれた国防思想から踏み出せていない。(注69)

2009年6月10日朝刊の社説、「武器輸出 3原則の緩和に踏み出す時だ」において、「自国の防衛のために武器を調達すること自体は、本来否定されるべきではない。」と戦後日本の左翼勢力を中心とした国防費艇、武力全否定の考えを批判している。また、「忘れてはならないのは、防衛費の減少が続く中で、武器を輸出できない日本の防衛産業の経営が悪化していることだ」と、日本の防衛の根幹を揺るがす事態に警鐘を鳴らしている。(注70)

 2009年8月5日朝刊の社説、「大胆な提言を新大綱に生かせ」において、「国際的な安全保障環境が変化する中、日本の平和と安全を確保し続けるには、従来のタブーを排し、防衛政策や自衛隊の部隊編成・装備を見直すことが肝要だ。」と主張している。(注71)

 2009年7月23日朝刊の社説「防衛白書 脅威を直視し防衛力を高めよ」において、「「装備調達の効率化は当然としても、そろそろ防衛費の漸減に歯止めをかけるべきではないか。」と、提言している。(注71)

 2009年8月23日朝刊の社説、「日米同盟 責任分かち信頼強化せよ」において、「北朝鮮の核とミサイルの脅威が顕在化した今、日米同盟を強化し、防衛協力の実効性ト抑止力を高める必要性がある」と主張している。(注72)

 2009年8月26日朝刊の社説、「アジア外交 膨張する中国とどう向き合う」において、「中国軍の増強も、この地域にとって懸念材料だ」と指摘している。(注73)

 2009年9月30日朝刊の社説、「東アジア共同体 経済連携の強化で環境整備を」において、「『東アジア共同体』という言葉だけが先走ってはいないか。」、「だが欧州連合(EU)をモデルにするのは無理がある。東アジアは、政治体制の異なる多様な国からなる。北朝鮮の核ミサイルの脅威や中国の軍事的台頭などがあり、冷戦終結後の欧州のような安全保障環境が整っていない。」と指摘している。(注74)

 

 

 

注1  読売新聞社説 1994年1月1日

注2         1994年2月27日

注3         1994年12月20日

注4         1994年8月13日

注5         1994年3月31日

注6         1994年2月17日

注7         1994年3月6日

注8         1994年3月18日

注9         1994年3月18日

注10        1994年3月24日

注11        1994年6月2日

注12        1994年6月12日

注13        1994年6月14日

注14        1994年6月24日

注15        1994年8月30日

注16        1994年9月16日

注17        1994年8月15日

注18        1995年2月24日

注19        1995年3月1日       

注20        1995年5月1日

注21        1995年5月19日

注22        1995年8月18日

注23        1995年8月30日

注24        1995年10月27日

注25        1995年6月10日

注26        1995年8月3日

注27        1995年12月23日

注28        1995年11月12日

           1995年11月29日

注29        1996年2月3日

注30        1996年4月16日   

注31        1996年5月4日

注32        1996年9月26日

注33        1996年10月25日

注34        1997年8月8日

注35        1997年4月27日

注36        1997年8月10日

注37        1998年3月22日

注38        1998年8月24日

注39        1998年12月27日

注40        1998年9月15日

注41        1999年3月25日

           1999年4月27日

           1999年5月3日

注42        1999年3月14日

           1999年4月27日

           1999年5月25日

注43        2000年9月28日

注44        2000年12月16日

注45        2001年3月5日

注46        2001年8月31日

注47        2001年9月14日

注48        2002年5月11日

注49        2002年8月3日

注50        2002年9月7日

注51        2003年3月29日

注52        2003年4月3日

注53        2003年5月26日

注54        2004年6月28日

注55        2004年11月10日

注56        2004年12月11日

注57        2005年2月16日

注58        2006年3月27日

注59        2007年1月1日

注60        2007年2月28日

注61        2007年7月7日

注62        2007年8月21日

注63        2007年8月26日

注64        2008年1月7日

注65        2008年6月1日

注66        2008年6月19日

注67        2008年9月22日

注68        2008年1月18日

注69        2009年1月20日

注70        2009年6月10日

注71        2009年8月5日

注72        2009年8月23日

注73        2009年8月26日

注74        2009年8月30日

 

 

 

 

 

第3章 朝日新聞における論議

 

第1項    1994年の傾向

 

 1994年1月10日の社説「防衛大綱見直しは広い視野で」(注1)では、ソ連という脅威がなくなったなか、北朝鮮や中国の脅威を「大きな脅威として騒ぎ立てるのは感心できない。」と、現実逃避的な主張をしている。そして、日本とアメリカが「率先して軍縮を主導することが必要だ。」と、現実の国際情勢を無視した提言を続けている。そして、外からの脅威も内乱も可能性が低いとして、「国連協力の別組織」を訴えている。

1994年7月30日の社説「政治主導の予算というならば」(注2)では、防衛費が対前年度比で増加したことに対して、「冷戦後の国際情勢を視野に入れれば、もっと削り込んで当然だ」と主張している。

1994年8月13日の社説「これでは軍縮はできない」(注3)では、防衛問題懇談会が提出した報告書がPKO専門部隊を否定していることに対して「視野が狭い」と批判している。

1994年12月17日の社説「これが首相の『軍縮』なのか」(注4)では、新たなる国際情勢の下、防衛官僚主導で進められた防衛予算に異議をとなえている。

 戦域ミサイル防衛に対しては、1994年12月24日の社説「『戦域ミサイル防衛』は慎重に」(注5)において、北朝鮮の核保有問題は外交で解決すべき、と主張している。

1994年8月3日の一面「座標 『自衛隊合憲』を考える」(注6)では、数多くの自衛隊装備が「違憲」状態にある、と批判している。

 1994年の朝日新聞の傾向は、ソ連の崩壊と、北朝鮮や中国の新たなる脅威を認識しつつも。それについての具体的防衛計画は提言せず、ひたすら一方的軍縮を唱えることに終始している。

 

第2項   1995年の傾向

 

 1995年(平成7年)5月3日にいくつかの安全保障に関する提言をおこなっている(注7)。PKF業務をおこなわずに国連協力する「平和支援隊」創設の提言、2010年までに自衛隊を国土防衛隊に改変縮小、陸上自衛隊半減、イージス艦、P-3C対潜哨戒機、F-15戦闘機の大幅削減を主張している。また、「すべての土台は、日本が再び軍事的な脅威とならないことだ」として、対話型の安全保障をめざす、としている。「平和支援隊」のような組織が果たして国際社会から必要とされているのか疑問である。「陸上自衛隊の半減」は、16万の定員が充足率9割の状況で、基盤的防衛力にも達することなく、保安庁の見積もり陸上戦力32万の半分以下である現状で、さらに半減させるということは、国土防衛の必要最小限にも及ばないとおもわれる。イージス艦、P-3C対潜哨戒機にしても、艦隊防衛という、決して侵略的、攻撃的なものでないので、これを大幅削減させる理由はない。そのうえ、朝日新聞自身が中国の海軍力増強を認識しているならなおさらである。また、「F-15をこれほど濃密に配備している国はない」との表現には、事実認識に誤りがあると思われる。日本より高度な防空体制を敷いている国は数多い。これら提言は、現実を無視した朝日新聞の独りよがりに過ぎない。

 1995年11月30日の社説「新大綱は時代に耐えられるか」(注8)で、新大綱による自衛隊の削減傾向を「不十分」と指摘しながら、「防衛費の削減に結び付けなければならない」と主張している。地域の不安定化を防ぐには「日本が非核三原則や武器禁輸原則を厳格に貫き、さらに紛争の予防や信頼醸成に貢献する決意を明確にすること」と、ひとりよがりかつ、あいまいなものに終わっている。日本のおかれた情勢を認識しているのか疑問である。

 

第3項  1996年の傾向

 

 1996年(平成8年)4月24日の社説「有事論議に走る前に」(注8)において、集団自衛権行使につながりかねないと懸念を表明している。

1996年5月28日の社説「有事研究はだれのためか」では、「憲法を踏まえての抑制的な姿勢」で有事を論ぜよ、と説いている。この場合の有事とは、日米安全保障条約に関連する有事であり、朝日新聞はもっぱら集団自衛権の行使に懸念を表明している。

1996年4月には、特集のごとく、安全保障に対する提言を続けている。1996年4月11日の社説「日米安保を考える みずからの外交判断を」(注9)では、「米国の戦略に寄り添うことがすべてであっていいのか」と、日本政府の安全保障政策を批判、「中国を巻き込んだ地域安全保障」の構築や、「近隣諸国との信頼醸成」の構築をすべき、という現実味のない主張を続けている。

1996年4月16日には朝日新聞編集委員の田岡俊次氏が「在日米軍の削減 検討を」と題し(注10)、そこでは「日本周辺の脅威 総じて減少」と主張し、在日アメリカ軍は削減可能としている。しかし中国、北朝鮮の状況を鑑みると、この提言には疑問が残る。

1996年4月18日の社説「日米安保を考える これは実質的な改定だ」(注11)において、日米安保共同宣言をおおよそ批判している。「中国封じ込めに向かうなら、日本や地域の利益とはならない。」、「最悪の場合、日本を米国の戦争に巻き込むことにつながらないか。」など、朝日新聞がよく使う語句が目に付く。      

 1996年5月3日の社説「憲法49歳の誕生日に 集団的自衛権論の迷走」(注12)では、日本は「非軍事・積極活動国家」であるべきで、「日本は軍事的役割を広げることで生きていくことはできない。」と主張、そして日本の求められている役割としては「憲法と国連の理念を掲げつつ、みずからを含む地域の軍縮を進める、といった努力だろう。」、と述べている。なぜ、日本は軍事的役割を広げられないのか、日本が軍縮することで中国や北朝鮮の脅威を解消できるのか、疑念を抱かざるを得ない。

 

第4項  1998年の傾向

 

 1998年(平成10年)4月29日の社説「周辺事態法 このまま通してはならぬ」(注13)において、「どれをとっても従来の防衛政策からの決定的な転換である。」と主張している。さらに「米国主導による紛争対処への協力者として一定の役割を担い、それを日本の官民が支える。そうした枠組みが、この法案に他ならない。」と続けている。台湾問題においては「とくに、中国と台湾の紛争は『周辺事態』にふくまれないと、はっきりさせる必要がある。」、「『ひとつの中国』政策に沿った明確な判断を示すべきときだ。」と、かなり中国の政策を擁護している。

 1998年11月7日の社説「情報衛星 短絡的導入の危うさ」(注14)では、情報収集衛星導入に対し、「宇宙の平和利用に反する」と、異を唱えている。日本はオープン・スカイに力を入れるべきで、情報収集衛星はアメリカへの情報提供につながると懸念している。

 1998年の朝日新聞は、相当追い詰められた感のある主張になっており、日本の防衛に関することはとにかく反対、平和活動に専念せよという、理不尽なものになっている。

 

第5項  1999年の傾向

 

日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連の社説が5本あり、ガイドライン関連法成立阻止に向けた怨念が感じられる。そのなかで、1999年(平成11年)3月13日の社説「ガイドライン法案審議に 『日米中』の将来を語れ」(注15)において、中国との関係の重視を提言している。しかし、具体的方策は述べられていない。その他のガイドライン関連社説においても、従来の主張と変わらない、日本は軍事協力すべきでない、平和に向けた予防外交を、といった実現性のないものである。

ガイドライン関連法案とは直接的には関係ないと思われるが、1999年5月21日の社説「TMDが緊張をつくる ガイドライン法案審議に」では、中国、ロシア、韓国の反対や、TMDの技術的実現性、相互確証破壊理論の崩壊の危機、アジアへ緊張をもたらす、との理由で反対している。核の傘という抑止力を非難してきた朝日新聞が、ここにきて相互確証破壊理論をもちだしていることは、日本のTMD研究を阻止するためなら手段を選ばないとの意思表示のようである。

1999年7月19日の社説「空中給油機 導入は間尺に合わない」(注16)において、

冷戦期ならともかく、脅威のない今、航空機による大規模侵攻はなく、空中給油機は必要ない、との主張であるが、冷戦期においても空中給油機はおろか、マクドネル・ダグラスF-4ファントム戦闘機導入の反対、F-15イーグル戦闘機の装備削減を主張してきた朝日新聞は、過去の言質を問いただす必要があろう。ミサイル基地への先制攻撃については、周辺国家の警戒があると社説では述べられているが、日本の危機と周辺諸国の警戒のどちらが重要なのか、認識が問われる。

1999年10月20日の社説「これはひどすぎる」(注17)では、西村慎吾防衛政務次官の核保有論議推奨を「核の保有や製造、持ち込みを禁じた非核三原則は、唯一の被爆国として、核兵器の廃絶を目指す国民合意の結実であり、東アジアや世界の平和の土台のひとつである。それを西村氏は踏みにじった。」と、強い調子で非難している。非核三原則は核兵器の保有を論じることまでは禁止しておらず、これを禁止しようものならば、それは言論の自由に反する。そして、非核三原則は国会決議に過ぎない。核兵器保有に反対する、TMDにも反対する、それでは日本はどのように核社会から身を守ればいいのか。現実的方策を願う。

 1999年の朝日新聞は日本の先行軍縮による国際情勢の緊張緩和という実現不可能な妄想と、それによって結果的にもたらされる日本の防衛弱体化をすすめるため、手段を選ばず、論理も破綻して、迷走している。

 

 

第6項  2000年の論調

 

2000年5月17日朝刊の社説で、「夢想は疑心暗鬼を呼ぶ ミサイル防衛」と題し、「この構想は、いわば米国のひとりよがりではないか。あまりにも素朴な技術振興は根底にありはしないか。冷戦の終了で断ち切ったはずの軍拡が、また始まることになる。警戒しつつも、外交的な手段を尽くして、こうした国々を国際社会に受け入れる。その努力こそが安全保障の王道であろう。」と主張している。(注18)

2000年8月11日朝刊の社説では、「新潮流の備えこそ 自衛隊50年」と題し、「OECDがまとめた主要国の購買力平価(データのない中露は除く)で比較すると、日本の防衛費は米、英に次ぐ規模に達している。先の南北首脳会議を機にようやく緊張緩和の兆しが見える朝鮮半島を、冷戦状態に引き戻すような敵視政策は許されまい。」と主張している。一番敵対的で拡張主義の軍事大国である中国、ロシアを無視し日本が軍事大国だと唱え、さらに朝鮮半島情勢の判断を間違える朝日新聞の安全保障感覚のなさには呆れるしかない。さらに「TMDは中朝などの警戒感が強く、技術面、コスト面での難点も多い。開発を断念すべきである。」と続け、具体的安全保障政策がまったくみえてこない。(注19)

2000年12月16日朝刊の社説では、「『買い物』は何のため」と題し、「次期防衛力整備計画の総額はもっと絞り込むべきだった。周辺諸国に働きかけ、ともに軍縮を進めることは財政上も必要ではないか。さらに思い切った縮小が必要でないか。いったい、どこのハイテク戦車が攻めてくるのか、解せない話だ。」と主張している。中国の軍拡など東アジア情勢を無視した夢想ばかりの主張である。(注20)

 

第7項  2001年の論調

 

 2001年1月7日朝刊の社説で、「同盟の虚と実と」と題し、「核の脅しをたてにした安保がいつまでも続くとは思えない。」と理想論を述べている。(注21)

2001年5月10日朝刊の社説では、「はっきりNOと言え ミサイル防衛」と題し、「集団自衛権との関係でも、論議を引き起こすことになるのではないか。米国の新ミサイル防衛構想に対抗して中国が核戦力増強に走る-これほど愚かで危険なシナリオはない。同盟国として日本が米国に正面から意義を唱える。いまなすべきはそれだ。」と主張している。(注22)

2001年6月29日朝刊の社説では「対地訓練は必要なのか 空自誤発射」と題し、「対地攻撃訓練を続ける必要性を根本から考え直してみるべきではなかろうか。専守防衛の日本で対地攻撃支援射撃が必要になるのは、日本の領土に対しての大規模な侵攻があった場合であろう。冷戦の終わった今、そんな想定にどれほど現実性があるのだろう。」と主張している。防衛には冗長性が必要ということを全く理解していない主張である。(注23)

2001年7月15日朝刊の社説で、「北朝鮮や中国の軍事動向には、確かに不透明な部分も多い。だからと言ってその脅威を必要以上に言い立て両国の警戒心をたきつけ、より大きな脅威を招く。それほど愚かなことはない。両国を国際社会の責任あるパートナーとして迎える努力こそが最良の防衛政策だと肝に銘じるべきだ。」と理想論だけを展開している。(注24)

2001年11月19日朝刊の社説は、「市民の目による検証を 拳銃使用」と題し、「『けん銃取り扱い規範』改正。39年ぶりの本格的見直しである。発砲が適正だったかどうか、警察内部だけでなく、市民の目による検証が必要だ」と主張している。(注25)

 

第8項  2002年の論調

 

 2002年1月30日朝刊の社説で、「同盟を吟味する時だ 英米と日米」と題し、「英国ほどの距離感を日本は保てるのか。米国に直言する気概のないまま英米のような緊密な軍事協力関係が将来のお手本だというのなら、願い下げである。」、「どんな同盟にも寿命がある。帝国主義時代や冷戦期とは異なる新たなる脅威への対応に、2国間同盟はどこまで有効か。くもりのない目で吟味すべきだ。だからといって、日本が日米安保や専守防衛の枠組みを離れ、自主防衛に踏み出すことは賢明な選択ではあるまい。より普遍的な集団安保の仕組みを考えたい。」と主張している。(注26)

2002年4月28日朝刊の社説で、「米国にもの申してこそ 独立50年」と題し、「一歩一歩深まる日米の防衛協力。ソ連が崩壊したとはいえ、東アジアを含む不安な国際情勢にあって、安保条約を維持する価値はある。もちろんそれはアジアの安定のためであり、日本国民の安心のためでなければならない。だが、もし米国自身が世界の安心を、安定を乱す存在になってしまったらどうなのか。」と主張している。(注27)

2002年8月4日朝刊の社説、「脅威の列記はいいが 防衛白書」で、「しかし極東ロシア軍の変化については、脅威の圧倒的な削減による防衛政策の見直しに踏み出さない。必要なのは、北海道に手厚い冷戦時代の部隊配置をやめ、警察などとともに、テロやゲリラ上陸に機敏に備える態勢を早急に整えることだ。」と主張している。(注28)

2002年12月30日朝刊の社説、「自衛隊の統制者は誰か 統合運用」では、「文民統制には三つの段階がある。防衛庁内部の文官による自衛隊管理、首相による防衛庁、自衛隊に対する指揮統制、自衛隊の行動に対する国会の監督と承認である。」と誤った認識をさらけ出している。本来、文官(軍政)と自衛隊(軍令)とは対等な立場であり、指揮統制する首相が絶対的立場である。(注29)

 

第9項  2003年の論調

 

 2003年2月5日朝刊の社説、「軍事費突出を憂う 米国予算」において、「今回の04年度予算案でも、国防費は4,4%、国防費を除く米本土の安全保障費は7,6%増加させるという。あまりにもぬきんでた軍事力を持つと、国際的な協調や外交での解決軽視につながりかねない」とアメリカの軍事費だけを主張、中国やロシアに関しては口をつぐんでいる。(注30)

2003年3月29日朝刊の社説では「専守防衛に徹せよ 偵察衛星」という的外れな主張を展開している。(注31)

 

第10項         2004年の論調

 

 2004年1月11日朝刊の社説、「平和のため肩組もう カナダ」と題し、「カナダが大事にしてきた多国間外交の伝統をぜひ守ってほしい。日本とカナダが役割を分担して平和を築くための戦略を練る。そんなソフトな同盟を形づくっていきたい。」と主張している。日本とカナダのおかれている地政学的な環境も考慮すべきである。(注32)

2004年1月15日朝刊の社説「困った防衛庁長官だ 武器輸出」と題し、「ともすると見過ごされがちなのは、日本にとってこの政策が外交上の大きな『武器』になっていることだ。いや、何より、アジアの国々に無用の警戒心を与えず、信頼を得るための大きな財産になっている。」と主張している。東南アジア各国からは日本の武器、自衛隊の中古兵器の引き合いが多いことを知らないのであろうか。(注33)

2004年5月8日朝刊の社説では、「重し失う小泉政権 福田長官辞任」と題し、「しかし、自衛隊の派遣には慎重な姿勢をにじませることもあった。米軍を支援する自衛隊の活動範囲や内容を広げることにも批判的だった。」、「防衛庁の予算の増額を求めたときだ。福田氏が石破長官を厳しく批判し、逆に戦車や護衛艦などの正面装備を削減する結果となった。福田氏は、海外での自衛隊の活動はあくまでも非軍事的であり、抑制的あるという考えを貫こうとしていた」と主張し、左翼的な心情を持つ福田官房長官にシンパシーを表明している。(注34)

2004年6月30日朝刊の社説、「『軍隊でない』を誇りに 自衛隊50年」と題し、「自衛隊は他国で戦争をしない。それが日本にとって国益の源泉であり、誇りであることをあらためて刻みたい。」と主張、国際情勢の変化に対応できない考えを示している。(注35)

2004年10月5日朝刊の社説、「防衛懇報告 期待はずれだった」と題し、「気掛かりは、武器輸出3原則の緩和をはっきりと打ち出したことだ。」と懸念を表明している。(注36)

2004年12月5日朝刊の社説、「防衛大綱 あれもこれもは通らぬ。」と題し、「次期防には射程数百キロの地対地ミサイルの研究が盛り込まれている。敵基地攻撃力を高めることにつなごうというのなら、専守防衛の原則をゆるがすばかりか、日本周辺の緊張を高める恐れがある。」と主張している。(注37)

 

第11項         2005年の論調

 

 2005年12月11日朝刊の社説、「前原発言 外交センスを疑う」と題し、「もうひとつ気になる発言がある。中国の軍事力は『現実的脅威』であり、『毅然とした対応で中国の膨張を抑える』などと語ったことだ」と、中国の軍事力急増の事実を認めようとしていない。(注38)

 

第12項         2006年の論調

 

 2006年7月12日朝刊の社説、「先制攻撃論 短兵急に対応するな」と題し、「専守防衛を変更すれば、北朝鮮だけでなく、中国、韓国などの周辺国を刺激するのも避けられない」と主張している。(注39)

2006年11月11日朝刊の社説、「核を持つ 日本を危うくするだけだ」では、「この地球上に核を増やすのではなく、なくす方向で世界と自分自身の安全を考える。それが日本の役割であることを忘れてはならない。」と理想論を述べている。(注40)

2006年11月30日朝刊の社説では、「防衛『省』 あらためて昇格に反対する。」、「『不戦60年』と言うべきではないのか。軍事に重い価値を置かない、新しい日本のあり方の象徴であった。国防省や防衛省でなく『防衛庁』としたのも同じメッセージである。」と述べている。(注41)

 

第13項         2007年の論調

 

 2007年2月28日朝刊の社説、「日本版NSC まだ生煮えでないか」において、「今日の安全保障にはエネルギー、環境、さらには人権の問題など幅広い視野が求められる。そうした複雑化した現代の『安全』への目配りはあまり感じられない。」、「軍事面ばかり突出してはバランスを欠くことになる。」と主張している。朝日新聞はNSCがどういう組織かまったく理解してないようである。NSCによって政治主導の国家戦略をおこなおうとしているのに、これを否定すればまた官僚主導になってしまう。(注42)

 2007年5月3日朝刊の社説、「日本の新戦略 提言 社説21 地球と人間」において、「核軍縮、核実験禁止などでインドから明確な約束がない限り、日本はインドへの原子力協力に賛同すべきではない。」、「(自衛隊を)軍隊とはせず、集団自衛権は行使しない」、「国連安保理決議にもとづく平和構築活動に参加していく」、「非核を徹底して貫き、文民統制をきちんと機能させる」、「再び軍隊を持たないと誓った戦後の出発点をゆるがせにしたくないと思う。」、「憲法の理念のもとに必要最小限の防衛力として自衛隊を持つこと。」、「非核の原則を盛り込む」、「国連による平和維持活動(PKO)に積極的に参加する方針と原則を書く」、「自衛隊の規模と装備については、国際環境を見ながら、過大にならないよう見直していくべきである。」、「必要最小限の防衛力の行使を認めた憲法9条から逸脱し、際限なく自衛隊の役割が広まってしまうからだ。」と主張している。対中国政策にとって重要なインドを蔑にし、理想論と日本だけが軍事抑制するというマゾヒズムに満ちた主張である。(注43)

 2007年12月4日朝刊の社説、「防衛省改革 解体的出直し考えよ」では、「『省』にふさわしい組織や人材を備えていなかった。『庁』に戻して出直しさせるくらいの覚悟で、改革に取り組む必要がある。」と主張している。不祥事があれば格下げする、という発想を持っていれば国家規模の組織は何もできなくなる。(注44)

 

 

第14項         2008年の論調

 

 2008年5月10日朝刊の社説、「宇宙基本法 あまりに安易な大転換」において、「日本が新たな軍事利用に乗り出すことは周辺の国々への緊張を高めないか」と、主張している。中国の宇宙の軍事利用にも意見してもらいたい。(注45)

 2008年5月13日朝刊の社説、「クラスター爆弾 鮮やかな首相の決断」において、「人道面と安全保障面のバランスを考えることが必要だ。これが従来の日本の立場だった。」、「反対を押し切っての福田首相の決断である。」と、福田首相を称賛している。日本の安全保障を考えない安易な人気取りを称賛している。(注46)

 

第10項 2009年の論調

 

 2009年5月25日朝刊の社説、「日本の宇宙開発 技術は軍より民で磨け」において、「軍事ばかりに目が向いていると、日本の宇宙開発は先細りになりかねない、」と主張している。日本の宇宙開発の現状がほとんど民間であるという事実にまったく目をむけていない。(注47)

 2009年6月6日朝刊の社説、「『北の核』と日本 味方増やす防衛論議を」では、「だが、だから日本独自の軍事的備えを強めよという主張は、同盟の基盤である相互信頼をひび割れさせる。」と主張している。日本の防衛力増強が日米同盟に悪影響をあたえるという、意味不明な主張である。対等な関係になるには対等な軍事力、努力が必要である。朝日新聞は日本の対アメリカ従属という関係を是認している。普段の対米従属批判とまったく反対の認識、深層心理をさらけ出している。(注48)

 2009年10月26日朝刊の社説、「東アジア 共同体をともに磨こう」において、「その姿はまだ見えないが、欧州連合(EU)とは別の道をたどることは共通理解と言えるのではないか。」と主張、自由と民主主義を追求するEUとは異なる、独裁を是認するアジアを認めている。(注49)

 2009年12月10日朝刊の社説、「普天間問題 日米関係の危機にするな」において、「日米関係の基盤は安保条約であり、日本が基地を提供するのは不可欠の要件である。」と主張している。しかしその割には合意があった普天間基地移転をこじらせた鳩山政権には一切言及がなく、朝日新聞の今までの反米姿勢に対して反省がまったくない。(注50)

 

 

 

 

注1  朝日新聞社説 1994年1月10日

注2         1994年7月30日

注3         1994年8月13日

注4         1994年12月17日

注5         1994年12月24日

注6         1994年8月3日

注7         1995年5月3日

注8         1995年11月30日

注9         1996年4月24日

注10        1996年4月11日

注11        1996年4月16日

注12        1996年5月3日

注13        1998年4月28日

注14        1998年11月7日

注15        1999年3月13日

注16        1999年7月19日

注17        1999年10月20日

注18        2000年5月17日

注19        2000年8月17日

注20        2000年12月16日

注21        2001年1月7日

注22        2001年5月10日

注23        2001年6月29日

注24        2001年7月15日

注25        2001年11月19日

注26        2002年1月30日

注27        2002年4月28日

注28        2002年8月4日

注29        2002年12月30日

注30        2003年2月5日

注31        2003年3月29日

注32        2004年1月11日

注33        2004年1月15日

注34        2004年5月8日

注35        2004年6月30日

注36        2004年10月5日

注37        2004年12月5日

注38        2005年12月11日

注39        2006年7月12日

注40        2006年11月11日

注41        2006年11月30日

注42        2007年2月28日

注43        2007年5月3日

注44        2007年12月4日

注45        2008年5月10日

注46        2008年5月13日

注47        2009年5月25日

注48        2009年6月6日

注49        2009年10月26日

注50        2009年12月10日

 

 

 

 

第4章 毎日新聞における論議

 

 毎日新聞は毎年、防衛白書や12月の予算策定時にそれを批判する内容の社説を掲載する傾向にある。防衛白書については、まず前提としている国際情勢の認識に刃が向けられる。「ソ連の崩壊によって、大規模進行の危機は去った」との記述であるが、毎日新聞の場合、ソ連が存在した時代から、緊迫情勢を否定していた。また、中国、北朝鮮という新たなる危機については触れていない。そして、新装備についても精査することなく批判している。

 防衛費については、毎年増加について、「危機は遠のいた」という理由で、防衛費の増加を批判している。

 1999年2月3日の社説「修正点が整理されてきた」(注1)では、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連の周辺事態法について取り上げているが、「周辺」の定義をはっきりするように求めている。しかし、周辺の定義をあいまいにすることによって生じる抑止力としての効果も考慮するべきである。

1999年3月12日の社説「国民の『不安』払拭を 問われる国会の判断能力」では、集団自衛権の行使や専守防衛に反するという国民の声があるという指摘をしている。しかし、全国の憲法学者が反対しているというのは考えるべきことである。憲法学者の大半は、憲法9条は死守すべきで、自衛隊は憲法9条に抵触する違憲状態である、といった考えを持つ偏った思想のイデオロギー集団であるからである。知識人を自らの意見の代理人にし、読者を説き伏せようとしている意図が見える。

 1999年3月25日の社説「なぜ政策を変更したのか」(注2)は、北朝鮮の工作船が日本領海を侵犯した事件についての主張である。そこでは、自衛隊の役割が強化されることに対しての懸念が表明されている。それを「国民のあいだになお多くの疑念がある」としているが、世論調査などの根拠もなく、自らの考えを国民に押し付けるおこがましさがある。

 毎日新聞は、防衛についてそれほど熱心でないらしく、関連した社説は少ない。そして、あったとしても毎年恒例の防衛白書批判、防衛予算批判と、その時々のトピックぐらいで、明確な防衛に対するビジョンは見受けられない。

 

 

第1項     2000年の論調

 

 2000年6月23日朝刊の社説では、「安保条約40周年 平和のための構想示せ」と主張(注3)、2000年11月25日朝刊の社説では、「防衛庁、自衛隊 意義あるNGOとの連携」を提言している。(注4)

2000年12月16日の社説では、「次期防『コンパクト』化反する」、「空中給油機を4機導入を決めてしまった。」、「海自が導入する新型護衛艦2隻は1万3500トンと、これまでの護衛艦より3倍近いおおきさのものだ。『軽空母』なみと評されているが、これほど巨大な艦艇がなぜ必要なのか。」、「今回の次期防を見ると、これに逆行しているのは明らかだ。『大綱』策定から5年が過ぎたが、この間、アジア太平洋の軍事情勢は大きく変わった。」と左翼的平和主義に基づく主張を展開、現実を見ていない。(注5)

 

第2項     2001年の論調

 

 2001年9月1日朝刊の社説では「警察官 短銃使用の条件は整っているか」と題し、「現状のまま使用要件を緩和すれば、第三者を巻き添えにしたり、無用な事故を招くことは必至ではないか。射撃術の総体的なレベルアップを進めることが先決と言わざるを得ない。」と主張、凶悪犯罪の存在する実情を考えていない。(注6)

 

第3項     2002年の論調

 

 2002年3月21日朝刊の社説、「有事法制 憲法の原則踏まえ検討を」と題し、「憲法18条が『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない』とし、19条が『思想及び良心の自由は、これを侵してはならない』と想定していることに反してないと言えるだろうか。」、「憲法上疑義がある強制力を伴う法制化は再考を求めたい」と主張している。(注7)

2002年4月22日朝刊の社説、「考えよう憲法36 自衛隊」と題し、「埋め続けた9条とのミゾ、憲法の規範性から見れば問題がある。」と、自衛隊の存在を解いている。

2002年5月3日朝刊の社説、「タブーなき論議の空気を歓迎」では、「守るべきは守り、改めるべきは改めるという『原点』に立って」と、憲法論議は評価している。(注8)

 

第4項     2003年の論調

 

 2003年3月29日朝刊の社説、「偵察衛星 宇宙の平和利用に新決議を」と題し、「『防衛目的』に徹し、近隣諸国や国民に誤解を与えないよう」と主張している。(注9)

 

 2003年8月18日の社説、「文民統制 軍事コントロールの見識磨け」では、「論議の質を高めるには、安全保障の知識を持つ政策担当スタッフを充実させなければならない。」と提言している。(注10)

2003年9月8日朝刊の社説、「ミサイル防衛 防衛政策の根本から議論を」では、「中国や韓国には十分な説明が必要である。他の防衛予算削減は不可避だ。」と主張、日本のおかれた軍事的環境をまったく理解していない。(注11)

2003年12月22日朝刊の社説、「防衛力の見直し 国民の意見に耳傾けよ」では、「防衛力の見直しは、軍事のリストラが大きな課題となる」と主張、リストラ本来の意味が理解できているのかが気になるところである。(注12)

 

第5項     2004年の論調

 

 2004年4月28日朝刊の社説、「防衛大綱見直し 慎重かつ厳格な論議を」と題し、「前回の見直しでも装備の縮小などが行われたが、戦車や哨戒機など冷戦時代の装備は大胆に削減しなければならない。平和憲法の順守と軍事大国にならないとの決意は大綱の基本理念である。」と主張している。冷戦時代や中国との新・冷戦、ポスト冷戦時代も装備はそれほど変わらない。毎日新聞は冷戦激化時代も軍事力削減のみを主張してきた。軍事力削減しか主張できず、現実的代案がまったくない。(注13)

2004年7月1日朝刊の社説、「自衛隊50年 『専守防衛』で国民の信頼を得た」と主張しているが、毎日新聞は専守防衛にも否定的な姿勢であった。(注14)

2004年7月9日朝刊の社説、「防衛のあり方 『規模の縮小』は時代の要請だ」では、「陸は『戦車及び火砲』、海は『護衛艦、固定翼哨戒機』、空は『作戦用航空機』をあげた。いずれも冷戦時代の主力装備である。主力の90式戦車は1両八億円するが、車体が大きすぎて通行できる道路や橋が限られ、とても機動力に優れているとはいえない。各地に即応性の高い部隊を配置し、核や生物兵器、化学兵器に対応できる部隊も必要だ。」と主張、軍事的知識のなさをさらけ出している。(注15)

2004年11月29日朝刊の社説、「新防衛大綱 自衛隊も変革、再編が必要だ」では、「米軍のトランスフォーメーションは、自衛隊にとって他人ごとではない。」と述べているが、トランスフォーメーションによって大幅に強化される戦力は、毎日新聞とって許容できるのか。(注16)

2004年12月11日朝刊の社説、「新防衛計画大綱 多機能防衛に厳格な節度を」では、「日中の緊張が高まらないよう外交努力が必要なのは言うまでもない。専守防衛が基本理念であり、多機能防衛もおのずから節度あるものでなければならない。」と主張している。(注17)

 

第6項     2005年の論調

 

 2005年1月6日朝刊の社説、「戦後60年で考える 外交安全保障  トータル志向の外交を」では、「『軽武装、経済重視』政策をとり、国民も受け入れてきた。米戦略の一翼を担おうとしている。安保面での日米一体化は着々と進んでいる。ところが逆にアジアとの関係は停滞している。」と主張している。東南アジアと日本の良好な関係はいっさい無視されている。(注18)

2005年8月3日朝刊の社説、「安保環境 アジアとの防衛対話広げよ」では、「中露や韓国などアジア各国との防衛対話の話を積極的に広げていかねばならない。」と、特定国ばかり偏った主張をしている。(注19)

 

第7項     2006年の主張

 

 2006年7月12日朝刊の社説、「敵地攻撃論 冷静かつ丁寧な論議が必要だ」では、「攻撃は米軍に任せるというのが日本の防衛戦略だ。『敵地攻撃論』に基づいて攻撃兵器を導入するのであれば、専守防衛の防衛政策を大きく転換しなければならない。行きつく先は自主防衛論になるのではないか。そうなれば防衛力を大幅に増強し『平和国家』の看板は下ろさねばならない。」と主張している。米軍との一体化を非難しておきながら、攻撃という危険で難しい任務を米軍に任せるという虫のいい発想である。また、オーストラリアなどは軍事力を小さくするために攻撃力重視の戦略をとっている。毎日新聞は知識がなさすぎる。(注20)

2006年8月13日朝刊の社説、「防衛白書 同盟強化に国民の理解深めよ」では、「平和を維持するためにまず必要なのは外交努力である。」、「日米同盟の強化の実態だけを先行させるべきではない」と主張している。外交とは力の誇示であるという現実を全く認識していない。(注21)

 

第8項     2007年の論調

 

 2007年1月28日朝刊の社説、「衛生撃墜実験 中国に宇宙の非軍事化迫れ」において、「中国が偵察衛星を撃墜する能力を持つことがはっきりと証明された以上、ミサイル防衛へどのような影響があるのか、政府はまず国民に明確に説明すべきではないか。破片はその次だ。」と主張している。中国の衛星撃墜実験による宇宙ゴミの発生は蔑にされている。(注22)

 2007年2月28日朝刊の社説、「日本版NSC 器だけでは機能しない」では、「官邸機能を強化し、省庁間の縦割りの弊害を除去して、速やかに立案するという、報告書が目指す方向は正しい。」、「事務局長には経験豊かで官僚ににらみがきく人材が必要だ。報告書は自衛官の活用も提言しているが、事務局スタッフは外交、安全保障の専門家を配置すべきだ。」と主張している。(注23)

 2007年5月4日朝刊の社説、「安全保障政策 国民への情報提供が必要だ」では、「機密情報の管理は当然としても、一方で安保政策は情報公開による国民理解が前提であることを改めて確認しておきたい。」と、主張している。(注24)

 2007年6月12日朝刊の社説、「日豪 戦略的な意図知りたい」において、「一昨年の東アジアサミットでは将来の『東アジア共同体構想』の基盤を東南アジア諸国連合プラス3(日中韓)にするのか、さらにインド、豪州、ニュージーランドまで広げるのか、参加国の考え方の違いが生じた。日本は後者の立場だが、日本の意図が不鮮明だと中国をはじめアジア諸国に余計な不安をもたらすことになりかねない。」と、主張している。日本とオーストラリアの協力は安全保障的、経済的に当然だが、中国にお伺いをたてなければならないというのなら、日本は中国の属国ということになる。(注25)

 2007年7月7日朝刊の社説、「防衛白書 信頼回復に緊張感を持て」において、「政策官庁を強調するのはその裏返しでもあり、白書からは省になり外務省と対等になったという『気負い』も読み取れる。」、「しかし、50年にわたって庁だったのは、戦前、軍部の独走を許した反省から内閣府の外局として首相の目の行き届く組織にしておこうという歴史があったことも忘れてはならない」と、主張している。防衛庁を支配下に置き、権益にさずかろうとした多くの他省庁官僚の腐敗も忘れてはならない。(注26)

 2007年8月15日朝刊の社説、「暮らしの安全保障が必要だ 『民の現実』をみつめよ」において、「『愛国心』や『伝統』を憲法に書きこめば、それで立派な国ができると錯覚したのではないか。『国のかたち』への過剰な思い入れを捨て、『民の現実』を優先していかなければならない」と、主張している。(注27)

 

注1  毎日新聞社説 1999年2月3日

注2         1999年3月25日

注3         2000年6月23日

注4         2000年11月25日

注5         2000年12月16日

注6         2001年9月1日

注7         2002年3月21日

注8         2002年4月22日

注9         2003年3月29日

注10        2003年8月18日

注11        2003年9月8日

注12        2003年12月22日

注13        2004年4月28日

注14        2004年7月1日

注15        2004年7月9日

注16        2004年11月29日

注17        2004年12月11日

注18        2005年1月5日

注19        2005年8月3日

注20        2006年7月12日

注21        2006年8月13日

注22        2007年1月28日

注23        2007年2月28日

注24        2007年5月4日

注25        2007年6月12日

注26        2007年7月7日

注27        2007年8月15日

 

 

 

 

 

第5章 日本経済新聞での論議

 

 1994年3月19日の社説で「防衛問題懇談会に提示したい視点」では、「周辺諸国に脅威を与えないような自衛隊になるよう議論を深めてほしい」と日本の防衛の弱体化を訴えている。「基盤的防衛力構想は、表現は別としても、堅持されるべきだろう」と従来型思考の防衛力整備を主張している。「憲法の制約がある日本は、いわゆる脅威対応型の防衛力は保持できない」と、憲法を盾に日本の防衛力の健全な増強に否定的である。「日本の非核武装宣言をすべきである」と、核武装論を全否定している。戦後日本左翼の視点に立った防衛否定の観点から防衛を論じ、緊迫する東アジア情勢の現実を無視し、日本国民を危険にさらす社説である。(注1)

1994年8月13日の社説「防衛問題懇談会を安全保障論議のたたき台に」では、「数だけでなく、自衛隊の組織、機能が真に今後の国際情勢に即応しているのかどうかが重要になる」と自衛隊の現状に不満を訴えている。「偵察衛星の利用に関しても、宇宙の平和利用を定めた国会決議との関係をめぐる議論をやり直す必要が出てくるだろう」と、現状での偵察衛星保有には否定的である。また、軍事以外での「もっと包括的な政策をつくる必要がある」と、防衛問題懇談会であるにもかかわらず要求している。具体論に欠け、防衛そのものに否定的な論調である。(注2)

1995年8月3の社説では、「数字先行の『軍縮』誤り」と、自衛隊削減論だけが先行し、「防衛費の中身の議論を避けているのもおかしい」と、イメージ先行の防衛論議に警鐘を鳴らしている。(注3)

1995年9月2日の社説「FSX量産化は防衛産業のためか」では、「私たちは『冷戦が終わったからFSXは不要』といった単純な見方はとらない」と冷静に判断し、「問題は80億円という価格である」と標準的な価格に疑義を呈しながらも、「安全保障にはコストがかかる」と常識におさまっている。(注4)

 1995年11月12日の社説「もし、日米同盟がなかったら」において、「米国が最大のマーケットであり、世界秩序を一国で維持しうるだけの政治力、軍事力を備えていたからだ」と、日米同盟の有効性を評価、「それでは、今後はどうか。米国から離れて生きることが、日本にとって得策だろうか。巨大マーケットを失い、軍事的には孤立し、経済的にも政治的にも、没落の一途をたどる日本の姿しかうかんでこないと」と、反米感情に警鐘を鳴らしている。しかし、「日本が独自に国家防衛にあたるだけの軍事力を備えるといういわゆる『普通の国』になるには、あまりにもコストがかかりすぎる」と、アメリカの軍事力、安全保障政策に甘えた思想を吐露している。(注5)

 1996年10月16日の社説では、鳩山由紀夫・民主党代表の「常時駐留無き安保」関係論に対し、日本の国益ではなく「日中、日韓関係に思わぬ影響」が出るとの観点から批判している。(注6)

 1997年4月10日の社説「沖縄だけでない安全保障関係」では、「『沖縄だけが安保』では近隣諸国も困る」と、沖縄問題に集中する日本とアメリカの安全保障論議を非難しながらも、その手法が「近隣諸国も困る」という、日本の国益より外国を優先する思想を如実に表している。(注7)

 1999年5月21日の社説「船舶検査法も急げ」では、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案だけでなく、船舶検査という国際法に定められた実力行使も含むわが国の防衛の論議を勧めている。(注8)

 1999年7月28日の社説「冷戦後のゆれ映す防衛白書」では、「最も重要なのは防衛政策におけるコスト感覚である」と主張、1995年9月2日の社説の主張と相反する主張を出している。(注9)

 1999年12月20日の社説では、空中給油機の導入を妥当と主張している。(ちゅう10)

 日本経済新聞は、日本の防衛力強化に否定的で、その理由に「近隣諸国」を出してきている。一方で、日米同盟の維持には賛成で、理由には「巨大マーケット」と「近隣諸国」がある。また、FSXや空中給油機には賛成している。結論としては、戦後日本の左翼的軍縮軍事否定の観点から日本の防衛力整備には反対であるが、近隣諸国の意向や巨大マーケット・アメリカには敏感で、経済界・産業界を潤すビッグ・ビジネスに関係する防衛費支出になら賛成するという、経済新聞ならではの感覚である。(注11)

 

第1項     2000年の論調

 

 2000年3月8日朝刊の社説で、「中国の軍備拡大への疑問」と題し、「日本からの対中援助に疑問の声が起こらないようにしてもらいたい。」と、日本として当然のことを主張している。(注12)

 

第2項     2001年の論調

 

 2001年3月18日朝刊の社説、「中国人民解放軍の透明度向上を」において、「隣国としては懸念を抱かざるを得ない」と主張している。(注13)

2001年9月4日朝刊の社説、「米の対中核政策見直しに反対する」において、「中国のIRBMの射程内にある日本は、その近代化に安閑とはしてられない。MDに対する理解と引き換えに、中国の核戦力を認める。米の対中核政策見直しに反対する。」と、日本への核の脅しと、それと取引するアメリカを批判している。(注14)

2001年12月24日朝刊の社説、「海の警備には強い対応も選択肢に」において、「国際犯罪に対応するには毅然とした手段を選択肢にいれるべき」と主張している。(注15)

 

第3項     2003年の論調

 

 2003年3月29日朝刊の社説、「偵察衛星の眼力は十分か」では日本の偵察衛星の性能に疑義を唱えている。(注16)

 

第4項     2004年の論調

 

 2004年1月14日朝刊の社説、「民主党の国連待機部隊構想への疑問」において、「広い意味での防衛費増大につながる。」、「日本としての自主的な判断の放棄につながる」、「安保理決議だけを判断基準にすれば対米ロ中仏英のいずれかの追随する結果になる」と、民主党の浅い政策に反対している。(注17)

 2004年5月2日朝刊の社説、「動き出した『防衛計画大綱』の改訂」において、「厳しい財政状況の中で防衛費は増やせない」、「三自衛隊の装備には冷戦型の色彩が強い」、「ミサイル防衛、テロ、国際協力活動など、あらたな課題として一層重視される」と主張している。アジアでは大軍拡、新冷戦が始まっているのに見識を疑われる主張をしている。(注18)

 2004年7月1日朝刊の社説、「50歳にして発想の転換をかえられるか」において、「安全保障を財政の理由だけで考えるわけにはいかない。防衛庁・自衛隊内部に発想の転換が十分に浸透しているだろうか。」と主張している。(注19)

 2004年10月5日朝刊の社説、「『弾力的防衛力』は自衛隊の構造改革だ」において、「『多機能弾力的防衛力』、陸は戦車などの重武装部隊の思い切った縮減、効率化、各種事態に対応できる普通科要員の移動、海は対潜戦中心の路線を改め、弾道ミサイル監視、不審船対応などへ重点を移動する。空は航空部隊を縮減し、ミサイル防衛能力を強化する。イラク戦争に参加した英国陸軍は陸自より人員が少ない。財政の現実をみても効率化は避けられない。」と主張している。軍事的見識のなさ、国際情勢への理解力のなさがよくわかる主張である。イギリスは国力、地政学的にも日本より陸軍力が少なくて当然であるのに、環境の違う日本にそれを当てはめる暴挙にでている。(注20)

 2004年11月9日朝刊の社説、「防衛庁はさすが抵抗勢力か」において、「冷戦型装備の縮減は当然」、「戦車から普通科に要員を移動」、「中国原子力潜水艦への対応もソ連原子力潜水艦への対処とは別の発想がいるはず」と主張、財務省と財務省主計官・片山さつき氏、小泉純一郎首相の主張の言いなりになっている。(注21)

 2004年12月11日朝刊の社説、「戦略環境の変化で自衛隊は変われるか」において、「戦車、十分な削減ではない」、「空、多機能型戦闘機を装備する」と空理空論の主張を展開している。(注22)

 

第5項     2007年の論調

 

 2007年7月8日朝刊の社説、「防衛白書で再生誓った重み」において、「中国の軍備拡大に対し、これまでより強い警戒感を示した」と、評価している。(注23)

 2007年2月28日朝刊の社説、「NSC生かすも殺すも首相の力」において、「大統領制の米国モデルをそのまま輸入するのではなく、議院内閣制の実情に合った組織に向けた試行錯誤がいる」と、日本型NSC組織を提言している。(注24)

 2007年3月2日朝刊の社説、「クラスター爆弾禁止に動け」において、「一般市民、特に子供に大きな被害を及ぼす非人道的兵器クラスター爆弾は禁止すべきである。」、「日本も禁止に動くべきだ。」、「締約国会議で米ロなどを含めた交渉が始まる場合には、禁止の方向で交渉を主導すべきではないのか。」と主張している。感情的な主張であり軍事的合理性が低い。(注25)

 2007年6月23日朝刊の社説、「現実見据えた宇宙基本法に」において、「『平和利用』を『非軍事』としたことから、自衛隊の宇宙利用にも制約がかかっている。」、「今後、防衛省が高性能の偵察衛星を保有しようとしても、拡大解釈には限界がある。」、「国際情勢を考えれば、安全保障に絡む宇宙利用をいつまでもタブー視できない。」、「平和利用を定義しなおすにしても、利用の範囲は明確にせざるを得まい。」、「定義にあいまいさを残すと宇宙軍拡に巻き込まれる恐れがあるからだ。」と、主張している。自衛隊の適切な宇宙利用を提言している。(注26)

 

第6項     2008年の論調

 

 2008年5月16日朝刊の社説、「宇宙基本法、具体化への課題」では、「宇宙軍拡への歯止めは何らかの形で必要だろう。」と主張している。(注27)

 2008年5月31日朝刊の社説、「米中ロもクラスター爆弾廃止を」において、「今回、防衛評論家らの消極論をふまえつつも条約案への同意を提示した首相の決断を評価したい。」と主張している。日本の安全保障を全く考えず、世間に媚びを売り人気獲得に走る福田首相の安易な考えを評価している。(注28)

 2008年6月26日朝刊の社説、「柳井報告を軽んじるな」では、集団自衛権見直しに関する報告書である安全保障の法的基盤の再構築に関する座談会について言及、「集団自衛権は保有するが、その行使は憲法上できないとする歴代政府の解釈は、自衛隊が国際協力活動をする際の制約となっている。福田首相が報告書に食わず嫌いであっては困る。それは日本の安定にとって困るからだ。」と主張、6月24日に柳井氏が首相に報告書を提出し、前日には段取りが決まっていたにもかかわらず、直前まで公表しなかった首相官邸、福田首相の安全保障への無理解、不誠実を批判している。(注29)

 

第7項     2009年の論調

 

 2009年3月1日朝刊の社説、「小沢政権に不安を感じる」では、「鳩山由紀夫幹事長は『日本の軍事力を増強するのではない』とする一方で、米国に頼らずに、ミサイルに対する『レーザー防衛網をつくる』などと釈明するが、意味不明に近い。」と批判している。安全保障や軍事、防衛を全く理解しない民主党であったが、政権を取ることになった。(注30)

 2009年7月19日朝刊の社説、「対中警戒強めた防衛白書」では、「中国が軍事費を増やし、軍の近代化を進めているのは、国際的常識であり、実態が透明性を欠く点も知られる」と現状を報告している。(注31)

 2009年7月27日朝刊の社説、「日米同盟の信頼向上こそ拡大抑止の要」において、「集団自衛権の解釈変更も信頼向上に欠かせない」と日米同盟の実質的強化をするように主張している。(注32)

 2009年7月29日朝刊の社説、「09衆院選政策を問う 民主党の外交・安全保障政策はあいまいすぎる」において、「外交・安全保障政策に関する限り、政権公約や政策集の記述は文字羅列にすぎない。」と激しく非難している。(注33)

 2009年10月11日の社説、「日中韓は東アジア共同体を語ったが」において、「日韓、日中の間には未解決の領土問題がある。特に中国は海軍力を軸に急ピッチで増強している。日本の安全保障には米国との同盟が決定的に重要だ。対米関係を一段と強固にする姿勢が無ければ、対アジア外交はおぼつかない。」と、アメリカとの同盟強化を訴えている。(注34)

 

 

 

 

注1  日本経済新聞社説 1994年3月19日

注2           1994年8月13日

注3           1995年8月3日

注4           1995年9月2日

注5           1995年11月12日

注6           1996年10月16日

注7           1997年4月10日

注8           1999年5月21日

注9           1999年7月28日

注10          1999年12月20日

注11          1999年12月20日

注12          2000年3月8日

注13          2001年3月18日

注14          2001年9月4日         

注15          2001年12月24日

注16          2003年3月29日

注17          2004年1月14日

注18          2004年5月2日

注19          2004年7月1日

注20          2004年10月5日

注21          2004年11月9日

注22          2004年12月11日

注23          2007年7月8日

注24          2007年2月28日

注25          2007年3月2日

注26          2007年6月23日

注27          2008年5月16日

注28          2008年5月13日

注29          2008年6月26日

注30          2009年3月1日

注31          2009年7月19日

注32          2009年7月27日

注33          2009年7月29日

注34          2009年10月11日

 

 

 

第6章 オピニオン・リーダーたちの安全保障論

 

第1項  大田昌秀・沖縄県知事の主張

 

 1997年(平成9年)4月15日に「戦争の悲劇をじかに知っていることから、沖縄県民は平和を維持するために軍事力を持つ必要がない。」と発言している。現実に対処できない、なんらの説得力も持たないオピニオンである。(注1)

 

第2項 中江要介・元中国大使の主張

 

 1994年(平成6年)4月10日の東京新聞に、核保有疑惑で国際原子力機関の特別査察を拒む北朝鮮への制裁について、「経済制裁とか武力による威嚇とかいうような政策に頼るのではなく、将来像を念頭において、あくまでも対話による解決が図られるよう、関係国に粘り強く訴え続けるべきではないか。」と述べているが、回りくどい言い回しだけで、何の解決策にもなっていない。(注2)さらに1994年11月17日の東京新聞には、「核ミサイルは脅威か」と題し、ソ連の核と違い、北朝鮮の核は脅威でないと述べ、「原点に立てば、北朝鮮は日本の根っからの『敵対国』ではなく、白紙の立場で関係正常化の話し合いができ、中国の間でそうであったように、子々孫々の友好協力を約束し会える国にさえなりえたはずなのである」と、述べている。(注3)

 

第3項   鴨武彦・東京大学法学部教授の主張

 

  雑誌「Rоnza」1995年(平成7年)4月号において、「大国主義路線を廃し、民生国家をめざせ」と題し、「憲法の前文を含め、日本が『平和の理念』を諸外国に対する国家の『普遍的メッセージ』として今後とも発信しつづけ、国際社会に良識ある『日本の思想』

だと理解してもらうことが大事だと考える。」(注4)と述べ、護憲平和外交、防衛消極政策を主張している。

 

第4項     山口二郎・北海道大学法学部教授の主張

 

 民主党や社民党のブレーンで、田中真紀子氏など左派のブレーンをつとめる山口二郎氏は1995年(平成7年)4月号の雑誌「Ronza」において、「軍備というのは、永続的な秩序を守るためにそんなに役立つものでないという点について日本は、きちっと主張していく必要がある。」(注5)、「安全保障とか秩序というものの構成要素がずいぶん変わったわけで、人間の存在にとっての脅威や、安全を脅かす要因として、軍事以外のものがはっきり見えてきた。」(注6)と述べている。軍事の脅威は今日も存在し、その脅威はさらに増している。この主張は外れたといえる。(注7)

 

第5項     柴山哲也・京都大学経済学部講師、元朝日新聞記者の主張

 

 雑誌「Ronza」1996年(平成8年)12月号において、「21世紀の国家の枠を超える情報化社会を前に、有用な情報の価値はますます高まるが、愚鈍な領土主張はその存在価値を失ってアナクロニズムに陥っていくことは間違いない。」(注8)、と、戦争の主要要因である領土問題を矮小化し、エネルギー問題だけが重要と説いている。

 

 第6項 細川護熙・元首相の主張

 

 1998年(平成10年)の「FOREIGN AFFAIRS」3/4月号に「ARE U.S.TROOPS IN JAPAN NEEDED? 米軍の日本駐留は本当に必要か」において、北朝鮮、中国の脅威は、日本、台湾、韓国にとって軍事的優位をうばわれるものではないとし、実質的に防衛を担っているのは自衛隊で、アメリカ軍ではないと主張、アメリカ軍基地撤退を望む国民の声からも、アメリカ軍は撤退し、同盟関係は続けるべきだとしている。

 日本、韓国、台湾の防衛力は、中国、北朝鮮の強大な軍事力の前には脆弱で、すべての安全保障の事象においてアメリカ軍との協力が必要なのは自明の理である。日本の防衛は自衛隊だけが担っているのではなく、アメリカ軍との協力によって成立している。安易なアメリカ軍の撤退は東アジアに動揺を生むだけである。また、基地撤退を求めながら同盟の維持を求めるのは、多分にアメリカに甘えた主張である。(注9)

 

第7項 ノーベル文学賞作家・大江健三郎氏の主張

 

 1995年(平成7年)4月のワシントンでの講演で、「米国の民主主義を愛する人たちが作った憲法なのだからあくまで擁護すべきだ。軍隊(自衛隊)についても、前文にある『平和を愛する諸国民の公正に信頼して』とあるように、中国や朝鮮半島の人々と協力して、自衛隊の全廃を目指さなければならない。」(注10)と、述べた。「平和を愛する諸国民の公正に信頼して」が美辞麗句、机上の空論であることは明らかで、それに沿った自衛隊の全廃は無謀であること限りない。さらに、そのことは日本国民が決めることであって、中国や朝鮮半島の人々にお伺いを立てる必要はない。この主張は、平和憲法を妄信し、独裁政権の横暴にこびへつらうものであるが、大江健三郎氏は、落ち目とは言うものの、いまだに熱烈な信奉者が存在する、ある程度の有力人物であるという現実が存在する。

 

第8項 堤清二 セゾン・グループ会長の主張

 

 1996年(平成8年)4月の雑誌「世界」での対談で、「私は核には絶対反対なわけです。とすれば、そういう反論を突き抜ける反核の思想をわれわれが持たなければいけない。」(注11)、「日本は絶対核を持つべきではないし、他国に対しても核を廃棄すべきだということを言い続けなければならない。まさにおっしゃるように『特別な国』(小沢一郎氏の『普通の国』に対し)であるべきです。憲法はちゃんと『特別な国』であるべきひとつの条件を作ってくれているのです。だから国際社会における日本の政策、意見の発表の根拠として憲法を利用しなければならない。」(注12)と、述べている。堤氏は、憲法において軍事力の行使が制限される、非核の日本を目指している。

 

 

 

第9項     五十嵐武士 東京大学教授の主張

 

 東京大学教授の五十嵐武士氏は1994年(平成6年)の雑誌「世界」1994年6月号において、「日本は二十一世紀をどのようにいきるのか 『平和国家パートⅡ』の提言」において、日本の進むべき道は「普通の国」ではない、「平和国家」を主張している。(注13)1995年(平成7年)の雑誌「Ronza」1995年12月号で、日本の国家的アイデンティティーとして、「平和国家」を保持していくことが必要と主張している。その「平和国家」とは、「外国に軍事的脅威を与えない方針のもとで、攻撃的兵器を持たず軽武装にとどめる原則を貫いてきたことは、明らかに新しい国家のタイプの実現を意味した。」(注194-2)、「経済大国でありながら軍事大国になるのを今後とも避けることができるとすれば、国際政治上の欧米的常識を打ち破ることができる。」(注14)と、述べている。また、「唯一の被爆国」として、「原水爆禁止運動を展開することは、日本が人類の存続に寄与する本質的使命であろう。」(注15)と、述べている。また、こうした日本を「地球的平和国家」と定義し、非核三原則を強化、アメリカの核の傘に頼らない方針を採るよう求めている。国連平和維持活動には、自衛隊とは別組織による参加を主張している。

 これら主張は、「平和国家」日本ゆえの損失、軍事力なさゆえの外交力の低さを無視している。理想に過ぎない「原水爆禁止運動」に重きを置くという主張は、浮世離れした発想である。東アジア情勢をかんがえると、欧米的な国際政治上の常識は打ち破れそうにない。

 

 

第10項 加藤紘一 自由民主党幹事長の主張

 

 日本、アメリカ、中国の三国間の関係を「二等辺三角形」から「正三角形」にすべきと主張している。二等辺三角形というのは、日本とアメリカが接近し(日米同盟)、中国との関係が離れている状態を表している。日本、アメリカ、中国の関係が「正三角形」になるということは、日本、アメリカ、中国の関係が均等になるということである。日本とアメリカが中国に対して、日米安全保障条約を発動できなくなる。また、中国の軍拡の現実を無視した妄想で、現実にはまったく即していない。加藤氏はまた、「日米ガイドラインは北朝鮮に対してだけのもの」と、中国の江沢民国家主席に言明している。日米同盟が中国には発動されないという、日本の防衛を危うくさせることを認識している様子はない。それは、中国の軍拡の脅威を認識していないことにある。(注16)

 

第11項 小沢一郎氏の主張

 

 「普通の国」として、国連待機軍や、国連警察軍を創設し、日本もそれに参加すべきと表明している。「日本国政府の指揮権(自衛隊に対する)を完全に放棄し、明確に国連事務総長の指揮下に置く」と、自衛隊の指揮権放棄を表明している。そして、「唯一の超大国であるアメリカが積極的に国連の舞台を活用し、国連と一体となって活動」するよう求めている。

 国連待機軍や国連警察軍が創設されるような国際的機運は皆無であり、アメリカが国連と一体となることも当面は考えられない。国連を万能の機関と夢想する非現実な提案である。(注17)

 

第12項 鳩山由紀夫・民主党代表の主張

 

 鳩山氏は雑誌「文芸春秋」1996年11月号に「私の政権構想」と題し、安全保障政策を披露している。そこには、国連、APEC(アジア太平洋経済会議)、ASEAN拡大外相会議、ASEAN地域フォーラムに積極的に参加し、信頼醸成、紛争予防、非核地帯化のための北東アジアの組織や、経済協力、地域安保対話システムを推進するとしている。こうした措置で、国際環境を成熟させていけば、在日アメリカ軍・基地の整理・縮小・撤去ができ、「常時駐留なき安保」への変換が可能である、と述べている。集団自衛権についての拡大解釈は、自衛隊を域外で活動させることになるため、冷戦時代へ逆境するような行為は認められない、としている。自衛隊については、2010年の段階で、海空戦力を中心とした盛況な国土防衛隊と、それとは別組織とした国際平和協力部隊、災害救助部隊を創設するとしている。

日米安全保障条約は、双方の国の国益に基づいて成立しているものであるので、アジア情勢が変化したとしても、アメリカ軍の撤退を要求するのは信義にも反し、国益至上主義が成立しない。「常時駐留なき安保」は、日本の一方的な要求にすぎない。また、鳩山氏は、日本の陸上戦力のことに触れていないが、記述から察するに必要性を感じていないのだろう。しかし、ソ連軍の着上陸の可能性が減少したとはいえ、非正規戦の危機は高まっている。テロ、ゲリラ・コマンド対処には頭数が必要で、野戦を想定せず、自己完結能力のない警察では不可能である。(注18)

 

第13項 菅直人・民主党代表の主張

 

 雑誌「文芸春秋」1999年6月号で、「第9条は覚悟なくして変えられない」において、専守防衛に徹し、それに相応した法整備を進めるときだとしている。また、民主党結成時に、「センター・レフト」を目指すということである。きわめて定義づけしにくい言い回しであるが、防衛には消極的であるということであると思われる。また、民主党結成時のスローガンは「市民が主役」である。国政を担う政党を目指しているのに国民でなく市民を使っている。国家に否定的なアナーキズム傾向が読み取れる(注19)

 

第14項 功刀達郎・国際基督教大学教授の主張

 

 1993年12月21日の読売新聞「論点」において、「国際協力省を望む」と題し、「国連の平和と安全保障機能への協力を自衛隊と別組織で行ったり、軍縮や平和創出のための資金協力を行うためには、防衛費1%(防衛費が対GNP比1%である現状)の半分をこれに充当しうるのではないか。」と論じている。防衛費を半減して、軍縮と平和を可能にすると言うのは実現不可能な妄想に過ぎない。(注20)

 

第15項 水島朝穂・広島大学助教授(憲法学)の主張

 

 1995年1月27日の朝日新聞「論壇」において「92年秋、筆者は憲法の理念に基づく非軍事的国際協力のモデルとして『ニッポン国際救助隊』設立を呼びかけた。」と主張し、非軍事を強調しているが、そういうものは需要が少ないので無駄である。(注21)

 

第16項 北山愛郎・元衆議院議員の主張

 

1997年4月4日の朝日新聞「論壇」において、「日米安保依存から脱却しよう」と題し、「2005年ごろまでに安保の解消を予定し、そのプロセスを協議することを提案する。これと並行しアジア諸国に対し、アジアの平和保障機構をつくるよう働きかける必要があろう。これは空想ではない。アジア諸国の現在の重要問題は経済であり、生活である。軍事的紛争を起こそうと考える余裕もあるまい。」と述べている。アジア諸国とはどこを指すのか。敵国の中国、北朝鮮は含まれるのか。それならば実現不可能である。そしてアジアでは戦争が絶えない。現実を無視した暴論である。(注22)

 

 

 第17項 暉峻淑子・埼玉大学名誉教授の主張

 

1999年5月3日の朝日新聞「論壇」において、「『大国』日本が残せるもの」と題し、「戦後、『大国』として日本が唯一、世界に対して手本となりえたのは平和憲法ゆえであり、二十一世紀には日本の憲法に倣う国々が一般化していくと思われる。」と主張している。平和憲法はアメリカの属国化の象徴であり、どの国からも尊敬されることは無い。21世紀に日本国憲法が世界で一般化するどころか、紛争、対立の嵐である。(注23)

 

 第18項 金子熊夫・東海大学教授、元外交官の主張

 

 1999年7月27日の朝日新聞「論壇」において、「感情論やタブーは排し、核抑止力は本当に役に立つのかどうか、『核の傘』に代わる安全保障政策として期待される北東アジアの非核化構想は可能性はあるのか、それを実現させる道は何かなどにつき、客観的に検討する必要がある。昨今の日本では北朝鮮の脅威がことさら強調され、その対応策に関心が集中しているが、もっと長期的視野にたった総合的な北東アジア安全保障体制をどう構築してゆくか検討を怠るべきではない。」と主張している。北朝鮮の脅威は現実であり、朝鮮戦争以来存在するものである。長期的視野にたつにしても北朝鮮対策は重要である。(注24)

 

 第19項 坂井定雄・龍谷大学法学部教授の主張

 

1999年9月11日の朝日新聞「論壇」において、「TMDより多国間安保急げ」と題し、「軍事力による威圧をやめて、東北アジアの多国間安保体制、非核地帯条約を構築する。軍事に頼らない努力の積み重ねによって、北朝鮮の『危険』を解消できる。」と、している。軍事に頼らない世界は非現実である。北朝鮮の危険は非軍事の努力だけでは解消できない。(注25)

 

 第20項 吉田均・東京財団主任研究員の主張

 

 1999年12月2日の朝日新聞「論壇」において、「平和による相互発展というイメージを周辺国に伝えるため、日本も自治体に役割を再認識し、二国間組織や多国間組織を積極的に活用する必要が生まれている。」と主張しているが、自治体に外交権は一切無く、軍事同盟ほど戦争を防ぐ手段はない。(注26)

 

第21項 志方俊之 元陸上自衛隊北部方面総監の主張

 

 中国の軍拡、領土拡張のための手段を選ばない行動や、北朝鮮の特殊部隊によるゲリラ戦、ノドン1号などの弾道ミサイルの脅威などに警鐘を鳴らし、防衛計画の大綱の変更を、ある面では評価しながらも、「削減ありき」の方向、「限定的かつ小規模侵略に対しては独力で対処する」という表記の削減によって生じる過度の日米安保体制頼り、集団自衛権に触れない姿勢を批判している。志方氏は集団自衛権の行使による日米関係の強化と、有事法制による円滑な自衛隊運用による迅速な対応を求めている。(注27)

 

第22項 岡崎久彦 元タイ大使の主張

 

 極東有事に対し、F-15戦闘機を200機ほど保有している日本が、なんらの協力をしなければ、日米同盟は破綻すると、警鐘を鳴らし、内閣法制局の「保有しているが、行使できない」という珍妙な解釈を改め、集団自衛権の行使による日米同盟の強化を主張している。(注28)また、1994年1月20日の読売新聞「論点」では、「防衛大綱改訂への注文」と題し、「情勢判断と戦略思想の閣議決定は避け、随時改訂できるものがのぞましい。さらに先端技術を取り入れた防衛計画を推進すべきだろう。」、「『世界は軍縮傾向だから』というムード的議論は根拠が薄い。ヨーロッパ正面の欧米諸国の軍事費の比較は無意味である。」と断言、柔軟な戦略思想と安易な軍縮論を否定している。(注29)

 

  第23項 森本敏 杏林大学非常勤講師、野村総合研究所主任研究員の主張

 

 1993年10月5日の読売新聞「論点」で、「国際政治を動かす要因は結局のところ宝である。国際社会の秩序を確保する最後の手段が国防力であるという現実は冷戦後も変わらない。」、と厳しい国際社会の秩序のあり方を述べながらも「米国の同盟国や友好国は米国をもっと支援し、協力する具体的な方法について話し合い、それを全体としてゆるやかな協力的安全保障のための合意へと発展させることが望ましい。」と、結論は理想主義に走っている。(注30)

1994年8月16日の読売新聞「論点」では、「不透明情勢と防衛計画」と題し、「ロシアの脅威は今や消滅したという考え方に立っているが、そのような考え方が妥当性があるかどうか疑わしい。集団自衛権の行使に踏み込んでいないのは残念である。アジアの周辺国は、むしろ軍事力を増強しつつある。先行き不透明な時期に、国家の防衛力のあり方を根本的に方向転換することは慎むべきである。」と、脅威が存在していながら防衛計画の大綱の軍縮に向けた大幅な変更に疑義を呈している。(注31)

1996年4月3日の読売新聞「論点」では、「日米同盟 問われる真価」と題し、「アジア・太平洋全体の平和と安定にとってきわめて重要」、「日米安保体制はこの地域における米国の活動を支える最も重要な基礎である。」と、日米同盟を評価している。(注32)

国際社会の厳しさ、アジア情勢の緊迫化をふまえ、安易な軍縮を批判し、日米同盟を支えることによる地域の安定を主張している。

 

第24項 田久保忠衛 杏林大学教授の主張

 

 自衛隊を国軍と位置づけ、日米同盟を双務化する、具体的には憲法改正、集団自衛権の行使をすることで、普通の独立国として、国際発言力も増すとしている。これは「普通の民主主義国」であり、「親米ナショナリスト」こそが、日本の安全と誇りを保つ唯一の道だと主張している。(注33)

 

第25項 小和田恒・外務省事務次官の主張

 

 雑誌「プレジデント」1993年6月号で、「日本が今後国際社会とどう関わっていくべきかという問題なのですが、第一は、終戦直後に多くの日本人が考えたように『清く貧しく美しく』生きる生き方です。国際的な貢献、あるいは国際秩序の形成に責任あるメジャープレーヤーとして行動しない、という決意をする生き方です。そういう国家としての生き方は理論的にはあり得るでしょう。しかし私は現在の日本は既にそれはあまりに大きくなってしまっているので、これは実際には無理な選択肢ではないかと思います。」と安全保障にまったく力を入れない政策を否定しつつ、「二つ目は日本が普通の国になるということです。普通の国という意味は、アメリカやヨーロッパの国々と同じようにいろいろな形でバランスのとれた国家をめざすということです。その場合は国連を中心とした国際社会のためならば、軍事的な貢献も含めて仲間の諸国と同じような協力と貢献をすることが当然期待されることになるでしょう。」と普通の国、外交に軍事力を行使することにも肯定的な姿勢を示さず、「三番目は国際秩序の形成強化に日本として関わらないというのではなく、あくまでも関わるんだという姿勢を明確に持ちつつも、ただ自分の国の行き方として、良い意味での『ハンディキャップ国家』になるという選択です。この場合、日本は過去の自己の行動や国民の信条として、日本自身が属する共同体たる国際社会の共同の利益のためであっても、“特定の行動”には参加しませんということを国家として明確にするわけです。しかし共同体の一員として責任を果たすため、他の分野でそれを補って余りある犠牲を払うことを求められるでしょう」と軍事力を否定した外交、国際貢献によって、日本の国際的な地位向上、国益を追求する姿勢を示している。(注34)

 軍事力を否定して国益を追求できる国際環境は現在のところ存在していないので、この「ハンディキャップ国家」は机上の空論、従来の小切手外交と何ら変わりないだろう。

 

 

第26項 斉藤邦彦・外務省事務次官の主張

 

 斉藤邦彦・外務省事務次官は1993年11月12日に日本記者クラブの講演で、「小和田・前外務事務次官は以前、雑誌の対談で、結論を出さずに『無責任国家と普通の何でもやる国家があり、この間、ハンディキャップ外交がある』と言ったことがある。私はハンディキャップ国家が日本の進むべき道ではないかと思う」と述べた。(注35)小和田恒氏と同様、斉藤邦彦氏は外務省の主流派で、外務省に非常に強い影響力を与える人物である。そのような人物が軍事力を軽視した外交、安全保障、国益を追求しているということは、政治家の影響力の無い日本の外交の舵はそちらに切られているということであり、物理的、現実的な日本の脅威に対応する意欲が無いことを証明している。

 

第27項 藤井宏明・外務省官房長、駐英大使の主張

 

 外務省で官房長を務めたあと駐英大使になった外務省主流派の藤井宏明氏は1998年に財団法人・日本国際フォーラムが主催したシンポジウム、「海洋国家イギリスの知恵から何を学ぶ」において、「日本の自立は、大英帝国のごとく、軍事力、経済力、外交力、の三本柱のバランスの上に築かれる必要は無いと思う。日本が経済と外交および文明的魅力に大きく頼ってゆくことは可能であろう。しかし、軍事力や関連技術を自ら規制している日本は自主自立の面でも、国際政治力の上でもさらには国際貢献の分野でも大きなハンディキャップを負っており、その対価を他の面で払う必要があることは認識されるべきだろう」(注36)と、軍事に否定的なハンディキャップ外交に親近感を抱きながらも、それが簡単ではないことも認識しているようである。

 

第28項 大前研一・評論家の主張

 

 大前研一氏は1990年代後半、テレビ東京系列で放映された「がらがらニッポン」(司会・飯干景子)で、「もはや超大国の軍事的抑止力による時代は終わった」と一部しかあてはまっていない、超大国の軍事的抑止力は存在し続けているという現実を無視した主張を展開、経済で世界が動く「国境無き世界」となり、そこでは「国家安全保障は神話」になると主張している。国境なき世界は政治面では実現しそうに無く、国家安全保障は神話どころか国家の根幹である。また、大前氏は尖閣諸島問題、日中中間線付近での石油資源掘削問題で、国家主権を無視し、日中融和のみを説いていた。(注37)

 

 

 

第29項 中川昭一・自由民主党代議士の主張

 

中川昭一氏は「日本の正義 アメリカの正義」(扶桑社、1996年)において、外務省主流派が今現在もなお「吉田ドクトリン」、経済至上主義、外交と安全保障のアメリカ依存、軍備には金をかけない、を最重視していることに否定的に疑問を呈し、不安を表明している。一方で、中川氏は「外交、安全保障に関して日米関係がいちばん大切」と表明しつつも、「日本あっての日米関係」、「飽くなき国家利益の追求こそが外交政策の基本でなければならない」と主張、憲法改正も視野に入れるべきと主張している。(注38)

                                                         

 第30項 政治部記者の安全保障観

 

雑誌「文芸春秋」1996年1月号では、「現役政治部記者107人が選んだ 21世紀のリーダーは誰か」(注39)では、鳩山由紀夫氏、船田元氏、谷垣貞一氏、加藤紘一氏が圧倒的上位に位置している。選出した現役政治部記者は、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、東京新聞、共同通信、時事通信の8社である。(注39)

鳩山氏は「駐留なき安保」と国際協力部隊そして盟友は「センター・レフト」の菅直人氏である。加藤氏は60年安保闘争で日米安全保障条約に反対するデモに積極的に参加した東京大学の左翼学生で、「日米中は正三角形の関係」を主張する、すなわち日米の中国への擦り寄り、谷垣氏は加藤氏の腹心である。船田氏は憲法改正による防衛力の強化を目指していると思われる。この結果は、日本のマス・メディアを反映したものともいえる。主流派は政治思想的にはリベラル左派思想、防衛には消極的、国際協力は積極的、すなわち国家意識、国家主権意識、民族意識・国民意識の低い政治家というものである。      

もう一方は、中道・保守穏健思想で、防衛に力をいれる、というものである。二つの流れがあるようである。日本には保守思想や右派思想を支持するジャーナリスト、マス・メディアは少なく、左に偏った状態であり、このような状態では国民がまともな判断を下すのは困難で、ジャーナリスト、マス・メディアの思想の押し付け、バランス感覚の無さと意識の低さは国家、国民に甚大な被害を与えている。このことは何時の日にか歴史的に総括されなければならないだろう。

 

第31項 大久保昭・国際法学者の主張

 

 大久保昭氏は1994年8月2日の読売新聞朝刊で、「戦後責任と日本外交」と題し、「国連の集団安保体制への積極的な参加とその強化こそ、憲法の精神にかなうものである。」、「戦後責任問題の解決は、被害者の償いであると同時に、今後日本が国際的な軍縮・人権政策を推し進め、他国に人権弾圧や軍備拡張政策を控えるよう働きかけるための道義的基盤をなすものである。」と主張している。理念先行すぎてまったく現実感が無い。(注40)

 

第32項 岡部達味・専修大学法学部教授、東京都立大学名誉教授の主張

 

 岡部達味氏は1997年8月27日の読売新聞朝刊で「協調的安全保障と日中外交」と題し、「中国を封じ込めてだれにも利益になることもなければ、それをする能力もない。冷戦的な観点を否定して新たな望ましい方向へ行く以外には、この地域の平和と安定はないのである。」と主張している。冷戦的な観点でもある中国の拡張主義がおざなりにされている。(注41)

 

第33項 田所昌幸・姫路独協大学法学部助教授の主張

 

 田所昌幸氏は1995年12月22日の読売新聞朝刊で「日米同盟 理念無き反発」と題し、「卑屈な対米従属と変わることなく、実は精神的従属そのものにほかならない。反発と甘えの入り混じった気持ちからアメリカに『NO』と叫ぶことが自立ではない。」と主張し、日米同盟に反発する論者に冷静な議論を求めている。(注42)

 

第34項 北岡伸一氏の主張

 

 北岡伸一・東京大学教授は2001年1月5日の読売新聞朝刊において、日本の今後を「『普通の国』化をさらに進めることだろう。安全保障政策についてみてみると、いかなる国も、自国の防衛を第一に、地域の安定を第二に、世界の安定を第三の課題とする。ところが日本では世界安定のためのPKOや、地域の安定のためのガイドラインができたものの、自国の防衛のための準備が意外に欠けている。」と主張している。(注43)

 

第35項 秋山昌廣氏の主張

 

 秋山昌廣(大蔵省主計官、東京税関長、防衛庁防衛局長、防衛庁事務次官)氏は読売新聞2000年2月24日朝刊で「安保、自立戦略持つ責任」と題し、「米は常に正しい判断すると言えない。特にアジアの特性といったものをどこまで理解しているのか。西洋流の白黒の方針をすぐ持ち込む可能性もある。日米安保の一翼たる日本はこの体制の半分の責任を持っている。米国とは異なる。自立したアジアの視点にたった安全保障戦略を確立して米国と実のある論議をしてこそ、日米安保はその機能を良く発揮すると考える」と、考えている。(注44)

 

第36項 富沢暉氏の主張

 

 元・陸上自衛隊陸上幕僚長の富沢暉氏は2001年9月19日の読売新聞朝刊において、「自衛隊が国内で武器を使用できるのは防衛出動と治安出動、それに弾薬庫警備にあたる場合だけだ。つまり、武器使用を伴って基地や駐屯地周辺を部隊警備にあたるという任務は、奇妙なことに認められていないのである。例えば防衛庁のある市ヶ谷駐屯地の警備は、施設管理権によって防衛庁会計課の責任で実施されている。」と、日本の奇妙な防衛政策・法体制に言及、また「軍事協力の本質はお互いの軍隊が流血の可能性というリスクを分担するところにある。」と、同盟の本質を突いている。そして、「現在の日本がなすべきことは一つしかない。それは『集団安全保障』(集団自衛権を含む)にかかわる武力行使を認めるよう憲法解釈を改める、と政府が内外に宣言し、直ちに国会で議論し、その了解を得ることである。」と、主張している。(注45)

 

第37項 松岡宇直氏の主張

 

 松岡宇直(防衛研究所客員研究員、元読売新聞記者)氏は、2001年11月15日の読売新聞朝刊において、「内閣法第6条の閣議にかけて決定した方針に基づいて、首相は初めて行政各部を指揮監督できることになっている。だが、これではテロに対処できない。機動的な指揮権が首相に与えられるべきだ」と、「首相権限強化不可欠」を主張している。(注46)

 

第38項 佐瀬昌盛氏の主張

 

 佐瀬昌盛・拓殖大学教授は2002年1月23日の読売新聞朝刊において、「相互確証破壊理論の再来はあり得ない。」、「この理論はソ連消滅で役割を終えた」、「MDの信頼性の高まりは、間違いなく攻撃用ミサイル兵器の価値下落に通じるからだ」と主張、「ミサイル防衛前提の時代」になる、としている。(注47)

 

第39項 猪口孝氏の主張

 

 猪口孝・東京大学教授は2002年4月18日の読売新聞朝刊において、「日本は国際紛争解決のための力の行使を専守防衛以外に自己抑制してきた。これは20世紀後半に、かつてない長い平和を日本にもたらす一つの大きな力だった。」、「日本外交は、人間の業とでもいうべき軍備を縮小し、軍備管理していくことを全面的に突出させなければならない。」、「いくつかの国がミサイル防衛で軍備競争を激化させる一方、安全保障を求めて多くの国家が核ミサイルを保有・拡大に走るというシナリオも懸念される。このシナリオを阻止する方向が日本の軍縮外交の基本でなければならないだろう。」と主張している。情勢判断が甘く、理想論である。(注48)

 

第40項 新井弘一氏の主張

 

 新井弘一・杏林大学教授(元外務省情報調査局長、元ソ連公使、元東ドイツ大使)は2002年9月12日の読売新聞朝刊で「戦略ある外交、再生の道は」と題し、「わが国では外交、国防の知識は政治家になる必要条件となっていない。官僚側が『政治主導』に甘んじて、プロ集団としての自覚と使命感を放棄し、時の政治家に迎合して自己防衛をはかるとしたら、双方共倒れとなり、日本には明日はないだろう。」、「外務省に求められるのは信頼の回復だが、そのためには高いモラルとともに機略豊かな外交戦略を磨き、国益にこたえなければならない。」、「政治も、また国民の意識も経済唯一主義につかった積年の惰性から脱皮し、外交に目を開かなければならない。」と主張している。(注49)

 

第41項 松村昌広氏の主張

 

 松村昌広・桃山学院大学教授は2003年4月2日の読売新聞朝刊において、「空爆能力保有、選択肢の一つ」と題し、「現時点で(MDを)配備を目指すにしても、技術、予算、運用の各面で課題が山積している。」、「MDは中国の核戦力に対して配備するのがいいのではないか。いま考えておかなければいけないのは北朝鮮にミサイルを撃たせない戦略である。そのために必要な軍事的選択肢は、対地攻撃能力の保有だろう。」と、当然の主張をしている。(注50)

 

第42項 栗山尚一氏の主張

 

 栗山尚一(元外務省事務次官)氏は、2003年5月29日の読売新聞朝刊において、「憲法9条と常識、両立探れ」と題し、「改憲論者ではない。しかし、政府の憲法解釈は、わが国が自らの安全を確保し、世界平和に貢献していく上で大きな障害になっている。」と主張している。(注51)

 

第43項 江畑謙介氏の主張

 

 江畑謙介(軍事評論家)氏は、2003年12月29日の読売新聞朝刊において、「自衛隊派遣は軍事常識で」と題し、「派遣の規模をある程度設定するのは必要だが、基本計画に示した数値を金貨玉条として、それを超えるのは絶対に許さないというような論議をするなら、状況によっては、派遣された自衛隊が極めて危険な状況に直面する可能性もある。」と主張している。(注52)

 

第44項 兵藤長雄氏の主張

 

 兵藤長雄・東京経済大学教授(元ベルギー大使)は、2000年7月18日の朝日新聞朝刊において、「NMDの実用化は中国を核兵器近代化計画の抜本的な見直しに追い詰め、核増強の口実を与えることにならないか。日本にとって、沈黙するにはあまりにも重大な問題である。少なくとも懸念の表明が必要でないか。」と述べている。(注53)

数十年前から中国派核兵器近代化、核戦力に力を入れておりNMDは関係が無い。

 

第45項 田中明彦氏の主張

 

 田中明夫・東京大学教授は2000年5月2日の朝日新聞朝刊において、「改憲し実質的な安保論議を」と題し、「私の改憲論はきわめて簡明なものである。つまり憲法第9条2項の削除のみ、である。全くの偽善的文章である。」と、主張している。また、2006年1月9日の読売新聞朝刊においては、「9・11小泉外交 近隣重視の『見逃し三振』」と題し、靖国神社問題などの変更で「近隣外交重視を打ち出していればよかった。」と主張している。(注54)

 近隣諸国である中国、韓国、北朝鮮は国家戦略として日本封じ込め戦略を取っているので近隣諸国に対する無駄な配慮はやめた方が賢明である。

 

第46項 小川伸一氏の主張

 

 小川伸一・防衛研究所研究員は2003年6月11日の朝日新聞朝刊において、「核不拡散『非保有国』の安全強化を」と主張している。(注55)

 できるものなら既にやっていることである。

 

第47項 川勝千可子氏の主張

 

 川勝千可子・防衛研究所研究員は2003年6月20日の朝日新聞朝刊において、「イラク戦争『攻撃優位時代』の危うさ」を主張している。(注56)

 攻撃優位はいつの時代も変わらず、それに対応するのが国家の勤めである。

 

第48項 小池百合子氏の主張

 

 小池百合子・自民党代議士は2003年7月18日の朝日新聞朝刊において、「自衛隊派遣 迷彩服脱ぎ、まず白衣で」と主張している。(注57)

 

第49項 山田宏弥氏の主張

 

 山田宏弥・日本航空機長組合渉外部長は2004年2月24日の朝日新聞朝刊において、「民間航空 軍事利用は認められない」、「陸海空港湾組合20が(軍事利用を)反対(している)」と主張している。(注58)

 労働組合が反対しても戦争は防げず、戦争が起こった以上は早期に終結させる必要があるので、数少ない自衛隊基地以外にも税金を投じて数多く作った民間空港を利用するのが当然である。

 

第50項 水島朝穂氏の主張

 

 水島朝穂・早稲田大学教授は2004年8月14日の朝日新聞朝刊において、「武器輸出見直し論 本音に屈せず禁輸継続を」と題し、「軍事に関する『本音の突出』を抑えてきたこの国の半世紀は、憲法9条に基づく厳格な平和主義の規制を緩和し続けた国である。」、「MD開発を円滑にするために3原則を見直し、米国に武器技術を移転してもいいものだろうか。そもそもMDは冷戦後の軍需産業に巨大な需要を生み出す『打ち出の小づち』なのである。」と主張している。(注59)

 

第51項 伊藤博氏の主張

 

 伊藤博・陸上自衛隊3等陸佐は2004年10月16日の朝日新聞朝刊において、「防衛大綱 陸自は増員でなく減員を」と題し、「重大危機でもないのに、『国際貢献』を名目にした増員は疑問だ。テロ対策にしても訓練に加えるか、対テロ専門部隊を設け、現有兵力で対処すべきだ。専守防衛という国是を考慮すれば減員こそが必要である。他国をみると、陸軍はカナダが二万人弱、ニュージーランドが5千人弱で国際貢献している。英国でも11万人強、イスラエルにしても13万人弱だ。陸自が有効な抑止力になるとは思えない。自衛隊の前身の警察予備隊が創設された時の定員7万5千人がいれば、兵器や装備も改善されているので国内警備も国際貢献も十分果たせるはずだ。防衛庁には予算を削減し英国病を克服したサッチャー元首相のような洞察力と勇断が求められている。」と主張している。

 同盟国に囲まれた安全な国と日本を同列に語る愚を犯している。イスラエルは敵国に囲まれているがわずか数百万の人口しかない、面積の極めて小さい国である。

 サッチャーは保守政治家で、夜警国家に戻そうとした。英国病とはリベラル政策による肥大化した一般公務員天国のことであり、軍事は関係ない。(注60)

 

第52項 畠山襄氏の主張

 

 畠山襄(通産省航空機武器課長、通産省貿易局長、通産省審議官、国際経済交流財団会長)氏は、2004年12月11日の朝日新聞朝刊において、「武器輸出 緩和はMD以外認めるな」と題し、「平和国家として高い志掲げ、武器輸出を禁止してきたのだ。国際的に平和国家日本の旗印を高く掲げ続けていくためにも、緩和はMD関連に絞り、他は拡大しないことが肝要だ。」と、主張している。(注61)

 

第53項 大林稔氏の主張

 

 大林稔・龍谷大学教授は、2006年2月8日の朝日新聞朝刊において、「ODA戦略『国益』で援助論じるな」と、主張している。(注62)

 税金でODAを実施する以上、国益を考えるのが国民の為である。

 

第54項 布施広氏の主張

 

 布施広・毎日新聞北米総局記者は2000年7月7日の毎日新聞朝刊において、「NMD配備 勇気もって決定延期を」と主張している。(注63)

 

第55項 前田博之氏の主張

 

 前田博之・毎日新聞社会部記者は2000年8月9日の毎日新聞朝刊において、「発足50年 岐路に立つ自衛隊」と題し、「米国の要請に流されつつあるのが実情」と主張している。(注64)

 

第56項 松本杏氏の主張

 

 松本杏・毎日新聞鳥取支局記者は2006年12月12日の毎日新聞朝刊において、「今、なぜ愛国心」と題し、「広がる『格差』から目をそらさせるため、『国と郷土』を愛するというソフトな言い回しで国民をまとめあげようとしているのでは。」と、主張している。(注65)

 

第57項 勝股秀通氏の主張

 

 勝股秀通・読売新聞記者は2004年11月18日の読売新聞朝刊において、「日本の防衛力『数』が先行する新大綱論議」と題し、「一方、消滅した脅威は、極東ロシア軍による北海道への本格的な上陸侵攻の可能性だろう。」とする一方で、「江陵事件」をはじめとした「新たな脅威であるテロやゲリラへの対応も、ものいうのは人の力だ。窮迫した国家財政から防衛費の削減も例外ではない。しかし、それは大幅な人員削減ではなく、時代遅れとなった90式戦車を小型の装輪タイプに転換するなど、装備の新規導入や見直しこそ知恵を絞るべきだろう。」と主張している。また、2009年12月12日の読売新聞朝刊では「普天間漂流 平和の均衡崩す恐れ」と題し、「中国は海空軍とミサイル戦力を中心に軍事力を増強、今年の国防費は2000年の4倍に達し、北朝鮮は核兵器とミサイル開発で地域の火種となっている。中国が領有権を主張する尖閣諸島もあり、沖縄は、地政学的にも戦略的にも枢要な場所であることが鮮明になっている。」とし、「本来なら、海兵隊の削減やグアム移転を論議するのに合わせ、沖縄への自衛隊の配備も検討しなければおかしい。沖縄に駐屯する陸自の兵力は2000人足らず、海自には満足な港湾もない。民航機と那覇空港を共用する空自は、約20機のF15が常駐するだけ。この現状を放置したまま沖縄海兵隊の主要部隊がグアムに下がれば、周辺国に力の空白というシグナルを送るだけだ」と、指摘している。(注66)

 

第58項 岡本行夫氏の主張

 

 岡本行夫・岡本アソシエイツ代表(元外務省北米第1課長)は2009年8月22日の読売新聞朝刊「09衆院選」において、「安保政策の選択の幅は非常に狭い。ありうるのは非武装中立、武装中立、同盟路線の三つだ。理論的には集団安全保障もあるが、現在の東アジアのように体制、軍事力、基本的価値観が異なる国家間では成り立ちえない。では三つの選択肢のうち、どれを取るのか。非武装中立は国民の数%しか支持していない。武装中立のためには自衛隊を飛躍的に増強させ、さらに核武装しないと、周りの国に対抗できない。となると同盟路線しかない。組む相手は、消去法で行くと、自由と民主主義という価値観を共有するアメリカしかない。」と主張している。(注67)

 

第59項 その他の主張

 

 1995年1月23日の朝日新聞「論壇」では、国広正雄氏が、「『軍事費』を地震対策費に回せ」と主張している。(注68)

1995年5月5日には香西茂・大阪学院大学、京都大学名誉教授(国際法)が自衛隊を平和支援隊として活用し(注69)、モデルは北欧の国連待機軍としている。5月7日には、樋口陽一・上智大学法学部教授(憲法)と、佐藤功・元当会大学教授法学部長(憲法)が憲法9条支持を表明している。(注70)

 1997年7月29日の朝日新聞「論壇」では、庄野直美・広島女学院大学名誉教授が、「北東アジア非核化条約を実現せよ」と主張(注71)、1997年12月30日の朝日新聞「論壇」では飯田進・神奈川県児童医療福祉財団理事長が「防衛庁昇格問題の先にあるもの」と題し、「必然的に憲法9条の改正問題に連動することになるだろう。そう遠くない将来、徴兵制復活が唱えられる日がくるかもしれない。」と訴えている。(注72)

 1999年3月5日には朝日新聞「論壇」では湯浅一郎ピース・リンク広島・呉・岩国代表が「防衛は国の専管か」と疑義を呈している。(注73)1999年3月3日には梶本修司・原水爆禁止兵庫県評議会事務局長は、国が「非核神戸方式攻撃」していると訴えている。(注71)1999年3月18には成蹊大学教授(政治哲学)が「9条に立って戦後を永遠に戦後にしようとする名誉ある努力を続けるか、それとも新ガイドラインに沿って新しい戦前に踏み出すのか歴史的岐路に立っている」と、政府を非難している。(注74)

 1999年8月19日の毎日新聞「記者の目」において、「『非核3原則』への疑念」と題し、増尾辰夫(毎日新聞編集制作総センター)は、「政府がこれまでのウソを認めたうえで、非核2,5原則を前提に現実の国際情勢に即した論議をすすめるよう」と、核の領海通過を認める「非核2,5原則」を主張している。(注75)

 1999年3月10日の毎日新聞「記者の目」において、鵜塚健(高知支局)は「自治体の非核港湾条例」と題し、「『核がないことを説明してほしいだけ』という当たり前の主張が、なぜ外交問題となり制約を受けなければならないのか」と、小学生のような発想を商業製品に載せている。(注76)

 1998年12月8日の毎日新聞「記者の目」において、綿貫洋(長崎支局)は「国連軍縮会議長崎会議『核廃絶の意思』連携を」と題し、「日本は新アジェンダ連合など核保有国と対抗する国々と連携して、全体的な核軍縮、そして核廃絶を模索すべき時期にきているのでは」と述べている。国際社会の現実を考えない時期尚早の意見である。(注76)

 1996年4月11日の毎日新聞「記者の目」において、下薗和仁記者は、「『象のオリ』しなやかな沖縄の抵抗」と題し、「セコンドの弁護団とリングに上がった知花昌一さんの闘いは、『無抵抗、不服従、非協力主義』のガンジーにも似ている。」と述べている。知花氏は国内左翼テロリズム集団・中核派の活動家で、弁護団の弁護士も中核派の活動家である。さらに知花氏は、内ゲバとは無関係な一般大学生が撲殺された琉球大学学生殺人事件において凶器集合準備罪で逮捕されている。このような人物をガンジーと同列に扱う毎日新聞の調査力の低さは日本国民に重大な影響を与えた。(注77)

 1997年4月28日の毎日新聞「争点論点」において自民党代議士で元首相での宮沢喜一氏は「憲法改正は得策ではない」と述べている。(注78)

 

注1  読売新聞朝刊 1997年4月15日

注2  東京新聞朝刊 1994年4月10日

注3  鴨武彦「大国主義路線を廃し、民生国家をめざせ」

    朝日新聞社『Ronza』1995年4月号 P16

注4  山口二郎 田中直穀 若宮啓文「脆弱な日本外交と『国際貢献』と言う名の魔性」

    朝日新聞社『Ronza』1995年4月号 P38

注5  同上P38

注6  柴山哲也「新エネルギー開発こそ尖閣諸島鎮静化への道」

    朝日新聞社『Ronza』1996年12月号 P33

注7  同上P38

注8  細川護熙 「ARE U.S.TROOPS IN JAPAN NEEDED? 米軍の日本駐留は本当に必要か?」

    『FOREIGN AFFAIRS』3/4月号

    朝日新聞社『論座』1998年8月号

注9  産経新聞朝刊 1995年4月30日

注10 堤清二 橋本晃和 マイク・モチヅキ 「沖縄の非軍事化を提唱する」

    岩波書店『世界』1996年4月号 P105

注11 同上P108

注12 五十嵐武士「日本はどのように生きるのか 『平和国家パートⅡ』」

    岩波書店『世界』1994年6月号

注13 五十嵐武士「地球的平和国家への挑戦『文明の衝突』史観を超えて」

    朝日新聞社『Ronza』1995年12月6月号

注14 同上P16

注15 同上P16 

注16 産経新聞朝刊 1995年4月15日

注17 読売新聞朝刊 1995年12月8日

注18 鳩山由紀夫「私の政権構想」文芸春秋『文芸春秋』1996年11月号

注19 菅直人「憲法は覚悟なくして変えられない」

文芸春秋『文芸春秋』1999年6月号

注20 朝日新聞朝刊 1993年12月21日

注21 朝日新聞朝刊 1995年1月27日

注22 朝日新聞朝刊 1997年4月4日

注23 朝日新聞朝刊 1999年5月3日

注24 朝日新聞朝刊 1999年7月27日 

注25 朝日新聞朝刊 1999年9月11日

注26 朝日新聞朝刊 1999年12月2日

注27 志方俊之『極東有事』クレスト社

注28 岡崎久彦『国家は誰が守るのか』クレスト社

    読売新聞月曜日朝刊「地球を読む」

1994年1月20日、2月19日、4月4日、7月4日、9月19日、

11月17日、12月13日

    1995年2月12日、8月29日、11月12日

    1996年2月19日、5月20日、8月19日

    1997年3月3日、7月6日

    1998年3月15日、11月23日

注29 読売新聞朝刊 1994年1月20日

注30 読売新聞朝刊 1993年10月5日

注31 読売新聞朝刊 1994年8月16日

注32 読売新聞朝刊 1996年4月3日

注33 田久保忠衛『新しい日米同盟』PHP研究所

注34 小和田恒 平山郁夫  プレジデント社『プレジデント』1993年6月号

注35 田久保忠衛氏の資料

注36 田久保忠衛氏の資料

注37 テレビ東京「がらがらニッポン」

注38 三根生久大 中川昭一『日本の正義 アメリカの正義』扶桑社

注39 「現役政治記者107人が選んだ 21世紀のリーダーは誰か」

    文芸春秋『文芸春秋』1996年1月号

注40 読売新聞朝刊 1994年8月2日

注41 読売新聞朝刊 1997年8月27日

注42 読売新聞朝刊 1995年12月22日

注43 読売新聞朝刊 2001年1月5日

注44 読売新聞朝刊 2000年2月24日

注45 読売新聞朝刊 2001年9月18日

注46 読売新聞朝刊 2001年11月15日

注47 読売新聞朝刊 2001年1月23日

注48 読売新聞朝刊 2002年4月18日

注49 読売新聞朝刊 2002年9月12日

注50 読売新聞朝刊 2003年4月2日

注51 読売新聞朝刊 2003年5月29日

注52 読売新聞朝刊 2003年12月29日

注53 朝日新聞朝刊 2000年7月18日

注54 朝日新聞朝刊 2000年5月2日

注55 朝日新聞朝刊 2003年6月11日

注56 朝日新聞朝刊 2003年6月20日

注57 朝日新聞朝刊 2003年7月18日

注58 朝日新聞朝刊 2004年2月24日

注59 朝日新聞朝刊 2004年8月14日

注60 朝日新聞朝刊 2004年10月16日

注61 朝日新聞朝刊 2004年12月11日

注62 朝日新聞朝刊 2006年2月8日

注63 毎日新聞朝刊 2000年7月7日

注64 毎日新聞朝刊 2000年8月9日

注65 毎日新聞朝刊 2006年12月12日

注66 読売新聞朝刊 2004年11月18日

注67 読売新聞朝刊 2009年2月28日

注68 朝日新聞朝刊 1995年1月23日

注69 朝日新聞朝刊 1995年5月5日

注70 朝日新聞朝刊 1995年5月7日

注71 朝日新聞朝刊 1997年7月29日

注72 朝日新聞朝刊 1997年12月30日

注73 朝日新聞朝刊 1999年3月5日

注74 朝日新聞朝刊 1999年3月18日

注75 毎日新聞朝刊 1999年8月19日

注76 毎日新聞朝刊 1998年12月8日

注77 毎日新聞朝刊 1996年4月11日

注78 毎日新聞朝刊 1997年4月28日