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現代日本の安全保障とマス・メディア1

新冷戦と日本の安全保障

第1章 55年体制の崩壊と連立政権の誕生による防衛政策

 

 1987年、就職情報誌「リクルート」、転職情報誌「とらばーゆ」などを発行する出版社リクルート社の関連不動産子会社リクルート・コスモス社の未上場株式譲渡をめぐる政治疑獄は政治資金問題に発展し、政治資金問題だけにとどまらなかった。多額の政治資金を必要とする選挙制度、中選挙区制(1選挙区から多数の被選挙人を選ぶ)に問題があるという議論になり、新たなる選挙制度を模索する事態に至った。自由民主党の最大の派閥・竹下派(経世会)の小沢一郎氏、羽田孜氏らは小選挙区制(1選挙区から被選挙者1人を選ぶ)を採用するよう強く主張した。しかし、自民党総裁・宮沢喜一氏ら自民党執行部、竹下派の大多数は、選挙制度改変は断念し、他の手段による政治改革を目指した。このことに反発した小沢氏や羽田氏は経世会・竹下派を離れ、21世紀へ向けて政治改革をめざす少数派グループ「改革フォーラム21」を結成し、目指すとメザシをかけメザシを食べる駄洒落パフォーマンスで小選挙区制を主張した。

 

 6月13日、野党は衆議院において内閣不信任案を提出した。自民党は過半数を握っており、本来ならこの不信任案は否決されるはずであった。しかし小沢氏、羽田氏らのグループが議会を欠席し、不信任案は成立した。宮沢喜一内閣は衆議院を解散し、総選挙にうってでることとなった。6月23日小沢氏、羽田氏らは自民党を離れ、新生党を結成、また武村正義氏らの自民党所属グループも自民党を脱党、新党さきがけを結成した。