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現代日本の安全保障とマス・メディア2

選挙は自民党が過半数を握るかどうかの激戦となり、空前の政治改革連呼選挙となった。

 

結果は自民党が223議席と過半数を割るものとなり、久々の連立政権が模索された。

 

また、常に自民党の半数の議席を確保していた第一野党・社会党は、第一野党の座はかろうじてまもりきったものの、140議席から70議席へと議席を半減させるという敗北となった。

 

一方で新生党は現役30議席に満たなかったところから一気に56議席を獲得、発言力をいっそう強いものにした。

 

 よみうりテレビの選挙速報臨時特別番組でのインタビューにおいて神戸大学教授の五百頭旗真氏が、自民党が苦境の中、比較的善戦したことについて「残念」そうな表情を出し、白鳳大学の福岡政行教授も「皆さんの力で日本の政治を変えましょうと」と呼びかけ、自民党に批判的態度をとるなど、自民党が最大議席を穫得しながら自民党主導の政権誕生は困難な情勢となっていた。

 

こうした状況下で自民党は日本新党、新党さきがけとの連立を目指し協議に入っていたが、自民党批判の空気を読み取った両党は協議を打ち切り、結局は破談となり、非自民党連立政権が決定的となった。

 

そして、自民党批判の空気を感じ取っていた議員が続々と自民党を離れた。

 

竹下派の有力政治家・橋本龍太郎氏と同じ選挙区で長年のライバル関係であった加藤六月氏や、太田誠一氏、西岡武夫氏など有力議員が沈没する船から逃げ出すネズミのように、自民党を離れ新生党へと入党した。こうして非自民連立政権は誕生した。

 

内閣総理大臣は「政治改革」の顔で、細川ガラシャの子孫、近衛文麿の孫という「政界のプリンス」として世論、マス・メディアにおいて人気の高かった細川護煕氏となった。側近の官房長官には新党さきがけ党首の武村正義氏が就任した。