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現代日本の安全保障とマス・メディア81SAT初出動

1979年1月26日、猟銃で武装した30歳の男、梅川昭美が大阪市住吉区にある三菱銀行北畠支店を襲撃、銀行員2人を射殺、駆けつけた阿倍野署警ら係長警部補と住吉署警ら課巡査の2人も射殺、さらに第2方面機動警ら隊員に発砲、負傷させた。さらに人質に猟奇的、残忍な危害を加え、愛媛県から連れて来た母親の説得も聞かなかった。

 

大阪府警察警備部(三井一正警備部長)は機動隊とともに、「特別狙撃隊」と偽装して、対テロ特殊部隊「零中隊」を派遣する。

新田勇刑事部長と坂本房敏刑事部捜査第一課長の進言で、吉田六郎大阪府警察本部長が判断、1月28日午前8時に第2機動隊の松原和彦警部指揮の下、「特別狙撃隊」32人を投入、犯人・梅川昭美を45口径拳銃で射殺した。(注4)

 

その後、「第7中隊」「零中隊」は、SAP(SPECIAL ARMED POLICE)と称され羽田空港や伊丹空港で、日本航空、全日本空輸、東亜国内航空と協力し、ハイジャック対処訓練を繰り返し、ハイジャック対処では世界有数の力を持つにいたった。また、訪日した外国の要人や、日本政府の閣僚の警護などにも投入され、実績を積んでいった。

 

1995年、札幌近郊・新千歳空港で心神喪失状態の東洋信託銀行(現・三菱UFJ信託銀行)行員が全日空ボーイング747機をハイジャックした。北海道警察機動隊、銃器対策部隊とともに、警視庁SAPが派遣された。報道においては、特殊梯子による突入が喧伝された。特殊梯子による突入が衆人の目にさらされたことによって、対テロ特殊部隊の存在が明らかになった。

 

このことから、警察庁は対テロ特殊部隊の存在を正式に認め、特殊急襲部隊SATと名づけた。さらにSATは、神奈川県警察、千葉県警察、北海道警察、福岡県警察、愛知県警察の5県警察にもそれぞれ20人ずつで設立した。

 

さらに、2005年には沖縄県警察にも創設された。特殊急襲部隊SATはハイジャックなどのテロリズム対処とともに、非正規戦、ゲリラ・コマンド対処においても重要な役割を果たす。

 

治安出動、防衛出動が発動されるまでには時間を要すると思われ、自衛隊の出動は困難と思われる。

また、治安出動、防衛出動が発令され、自衛隊が出動するにいたっても、重要防護施設警備、要人警護、遊撃対処など任務はあまりにも多すぎ、自衛隊の人員だけでは不足する。そういう事態に対し、警察の特殊急襲部隊SAT、銃器対策部隊、機動隊、自動車警ら隊、機動捜査隊はフル動員せざるを得ない。