日本の国家安全保障とマス・メディアに関する論文です。

「日本の国家安全保障」

2000年代

田中大介

 

  日本の国家安全保障 

        2000年代

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     田中大介

 

 

 

 

 

2000年代の日本の国家安全保障

 

 

 

 

 

 

 

第1章 2000年に入ってからの情勢


 

ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領と小泉純一郎首相の誕生と、「アル・カイダ」によるテロの発生

 

アメリカ合衆国では2000年の大統領選挙で、民主党の第42代大統領ウィリアム・ジェファーソン・クリントン(ビル・クリントン)に次いで、第43代大統領に共和党のジョージ・ウォーカー・ブッシュが選出された。民主党大統領候補の現職副大統領アル・ゴアとは激戦であった。アル・ゴアの外交ブレーンはズビグニュー・ブレジンスキーで、ブレジンスキーは97年の『フォーリン・アフェアーズ』において日本を「保護国」(属国)と定義し、中国を北大西洋条約機構(NATO)と同等のパートナーとして扱うと述べるなど、日本にとって受け入れがたい政策を掲げていた。そのため、ジョージ・ウォーカー・ブッシュが大統領に選出されたことは日本にとって朗報であった。

 ジョージ・ウォーカー・ブッシュは国務副長官にリチャード・アーミテージ(元国防次官補)、国防副長官にポール・ウォルフォウィッツ(元国防次官)を指名した。リチャード・アーミテージとポール・ウォルフォウィッツは「アーミテージ・リポート」において、日本をイギリスと同等に扱うよう提言しており、日本の国際的地位向上につながることが有望視された。

 国務長官には元合衆国軍統合参謀本部議長で保守穏健派のコリン・パウエルが、国防長官にはネオ・コン派で、ジェラルド・フォード政権の国防長官、ドナルド・ラムズフェルドが就任した。国家安全保障担当大統領補佐官にはスタンフォード大学教授のコンドリーザ・ライスが就任した。

 日本では第86代内閣総理大臣・森喜郎に代わり、第87代内閣総理大臣に小泉純一郎が選出された。

 

 

第2章 小泉構造改革の一環としての防衛計画の大綱見直し

 

小泉純一郎内閣総理大臣は、郵政民営化をはじめ各種の「構造改革」に乗り出した。そのひとつに防衛も含まることとなった。

中国の大軍拡はますます勢いを増し、北朝鮮の情勢不安定と軍事的挑発は続き、韓国の日本に対する軍事的挑戦が強まり、経済が復調したロシアは極東での権益を増すため軍事力を強化していた。

 日本の防衛力増強は必至であった。しかし小泉政権は軍縮を目指したのであった。

 

第1節   「安全保障と防衛に関する懇談会」

 

小泉内閣総理大臣は「安全保障と防衛に関する懇談会」を設けた。座長は東京電力顧問の荒木浩氏、座員は張富士夫・トヨタ自動車社長、五百旗頭真・神戸大学教授、佐藤謙・元防衛庁事務次官、田中明彦・東京大学教授、西元徹也・元統合幕僚会議議長、樋渡由美・上智大学教授、古川貞二郎・前内閣官房副長官、柳井俊二・前駐米大使、山崎正和・東亜大学長であった。

「安全保障と防衛に関する懇談会」は、2004年10月15日に答申を出した。

第1部には新たな日本の安全保障戦略と題して、21世紀の安全保障環境、統合的安全保障戦略、新たな安全保障戦略を支える防衛力を打ち出した。21世紀の安全保障環境において、「2001年9月11日、安全保障に関する二十一世紀が始まった。国家からの脅威のみを安全保障の主要な課題と考えていればよい時代は、過去のものとなった」と述べた。1970年代からすでに始まっているテロの脅威に対して遅すぎる指摘である。一方で「他方の極によるきわめて古典的な戦争の可能性がある。その中間にあらゆる組み合わせによる危険が存在している。」と極めて常識的な視点で述べている。

統合的安全保障戦略においては、大きな目標として、「第一には日本に直接脅威が及ぶことを防ぎ、脅威が及んだ場合にその被害を最小化することである。第二の目標は、世界の様々な地域において脅威の発生確率を低下させ、日本に脅威が及ばないようにすることである。」と述べ、これらの目標を達成するために、「国家からの脅威のみ対象にしていた『基盤的防衛力』の概念は、安全保障環境の変化を踏まえて見直す必要がある」と指摘している。

新たな安全保障戦略を支える防衛力として、「多機能弾力的防衛力」を提案している。情報収集・分析能力と伝統的な脅威に対応するために「一定程度の『基盤的』能力を持たなければならず」、また「非国家主体からのテロなどへの対応能力も持たなければならない。」としている。また、国際的安全保障環境改善のために「有効な国際平和協力活動を行う能力が必要」と指摘している。これら多機能弾力的防衛力の要は「情報収集・分析力」であるとしている。

第2部は新たな安全保障戦略を実現するための政策課題として、統合的安全保障戦略の実現に向けた体制整備、日米同盟のあり方、国際平和協力の推進、装備・技術基盤の改革をあげている。

統合的安全保障戦略に向けた体制整備には緊急事態対処、情報能力の強化、安全保障会議の機能の抜本的強化、テロの未然防止に必要な法制度の整備、を指摘している。日米同盟のあり方においては、時代に適合した新たな「日米安保共同宣言」や「日米防衛協力のための指針」の策定を提案している。国際平和協力の推進では自衛隊の本来任務化、武器使用権限の付与、治安維持のための警察的活動の検討を提案している。装備、技術基盤の改革においては、国産追求の見直し、弾道ミサイル防衛における武器輸出三原則の見直しの必要をあげている。

第3部は防衛力のあり方について述べている。「本格的な武力進攻を行いうる脅威は当分の間存在しないと思われる」とし、「むしろゲリラや特殊部隊による重要施設等への攻撃や国内のかく乱、島嶼部への侵略、周辺海空域における軍事的な不法行為など烈度の低い軍事力行使に対して即応しうる必要がある」としている。また、国際的な脅威の予防のため平和協力活動に参加しうるよう長距離・大量の輸送機能の充実を求めている。

防衛力の具体的な構成について、陸上防衛力は「対機甲戦を中心とする本格的着上陸対処のための編成・装備・配置を見直し、烈度の低い多様な軍事行動への即応体制の構築に重点を移す。戦車・特科等の重装備部隊を中心思い切った縮減効率化を図る」と提言している。海上防衛力は「対潜水艦戦闘を中心とした編成・装備・配置から、島嶼防衛や弾道ミサイルの監視・対処、武装工作船による不法行為対処等に重点を移す。艦艇部隊、航空機部隊については、その体制を縮減・効率化する。その際、護衛艦を活用してミサイル防衛能力を整備する。」とした。航空防衛力は「戦闘機を含む航空機部隊の縮減・効率化を図る。誘導弾部隊については、ミサイル防衛力を整備する。」とした。また、「統合の推進」として「統合運用に必要な中央組織を整備する。」ことを提言した。ミサイル防衛について「法改正を含め必要な措置を講ずべきである。」とし、策源地への攻撃能力を持つことが適当か否かは、「慎重に検討し」、「総合的に判断すべきである。」としている。

必要最小限の「基盤的防衛力」から、あらゆる脅威に対応する「多機能弾力的防衛力」への変更を訴え、テロへの対処を明言するなど新機軸を打ち出した提言であるが、具体的な防衛力においては削減ありきの結論で、新たなる危機、古典的な紛争にも対応していない。(注1)

 

注1 安全保障と防衛力に関する懇談会『安全保障と防衛力に関する懇談会報告書』(平成16年)

 

 

第2節   防衛計画の大綱の見直し

 

 「安全保障と防衛に関する懇談会」の答申を受けて、防衛計画の大綱の見直しが始まった。小泉純一郎内閣総理大臣は、防衛計画の大綱の見直しに、「小泉構造改革」を反映させようとした。その結果、小泉総理大臣は財務省に主導権を持たせた。

小泉総理大臣と財務省首脳の意向をうけた片山さつき財務省主計官は独自の発想に基づく防衛計画の大綱見直し案を提案してくる。片山さつき財務省主計官は「陸上兵力で言えば戦車、火砲、対戦車用ヘリ。海上兵力では護衛艦、対潜哨戒機。航空兵力では、戦闘機などの作戦用航空機など。冷戦型の正面装備になる。」と的外れな思い込みが激しかった。

テロ対策、ゲリラ・コマンド対処にしても「施設に人を張り付ける非効率な守り方から、情報能力を高めて、敵に張り付ける効率的な方法に変更するというのが、RMAの考え方」、「対象国として想定されている北朝鮮の特殊部隊2500人が日本に向け侵攻し、接岸するとの想定が、アメリカはじめ、わが国も含め周辺各国が情報衛星などを含めてあらゆる方法で集中監視している国から、これまでのような少人数ならいざ知らず、2500人もの大規模部隊が、移動を始めたことすら探知も捕捉もされないほど、甘い国際環境に北朝鮮はおかれていない。」と甘い考えを表明している。(注1)

1995年防衛計画の大綱では陸上自衛隊現有定員は16万人(実際は16万7千人)、常備編成定員は15万8千人、予備自衛官と即応予備自衛官9千人、戦車979両であった。海上自衛隊の護衛艦数は護衛艦隊33隻、地方艦隊21隻の54隻であった。航空自衛隊の戦闘機数は編成定数300機、実際は295機であった。

 財務省と片山さつき財務省主計官は陸上自衛隊の編成定数を12万人、うち常備編成定数を11万人、予備自衛官及び即応予備自衛官を1万人とし、戦車は425両と半減した。また北海道の2個師団・2個旅団4万3千人を1個師団1万3千人にするなど、大幅な削減を提案した。これは日本の国土の2/3で、人口は1/2、さらに友好国、同盟国に囲まれたイギリス陸軍(ブリティッシュ・アーミー)の現役兵力より少ない数で、予備役を含めるとさらに少ない数となる。また、装甲厚700mm以上(均質圧延防弾鋼板換算)に及ぶ複合装甲と、装軌・1500馬力のエンジンによる走破性・機動力によって戦場のパトロールをはじめゲリラ・コマンド対処、機甲戦などあらゆる紛争に最適であると、戦車の有効性が近年のあらゆる地域紛争で証明されているのに数を半減させている。

 また、片山さつき財務省主計官は「他国は少数精鋭化している。この事実を防衛庁側はいまだみとめようとはしない」としているが、陸上自衛隊は国土面積38万平方km、人口1億2700万人の大国でありながら、編成定数16万人の少数精鋭である。また、近年の紛争頻発、激化によって各国は陸上兵力を増加させている。災害には、「自衛隊、警察、消防、自治体が協力して対応すべき」と言いながら、災害救援に当たる警察の機動隊の削減も要求され続けている。(注1)

海上自衛隊の護衛艦数は38隻とし、航空自衛隊の戦闘機数は216機とした。

航空自衛隊のこの数字は北海道より人口も面積も小さいイスラエルの469機(F-15A/B戦闘機47機、F-15I戦闘爆撃機60機、F-16A/B/C/D戦闘機362機)、発展途上国のトルコ484機(F-16C/D戦闘機270機、F-4E戦闘機214機)、サウジ・アラビア275機(F-15C/D戦闘機98機、F-15S戦闘爆撃機72機、トーネードADV防空戦闘機60機、トーネードIDS戦闘攻撃機45機)、九州程度の大きさで人口が2000万人しかいない台湾575機(F-16A/Bブロック20戦闘機150機、ミラージュ2000戦闘機60機、IDF経国戦闘機150機、F-5E/F戦闘機215機)よりも少ない数である。さらに15年以上前年度比10%以上の軍事費増加を続け、近隣諸国への侵略と覇権の姿勢を見せる中国や、歴史的に覇権主義、拡張主義の国防体制をとるロシアに接する、人口1億2700万人、国土面積38万平方km世界でも有数の領空・排他的経済水域を持つ日本では、従来の編成定数でも不足する。 

一方、防衛庁は陸上自衛隊の編成定数を16万2千人、うち常備自衛官を15万2千人、予備自衛官及び即応予備自衛官を1万人、戦車の数は678両と提案、海上自衛隊の護衛艦数を50隻、航空自衛隊の戦闘機数を282機と提案した。ゲリラ・コマンド対処に必要なマン・パワーを増加させているが、護衛艦数、戦闘機数を削減ありきで削減している。

小泉内閣総理大臣は2004年12月1日の参議院予算員会で、「防衛予算も聖域はない。前年度以下に抑制するように、増やすべきは増やしていいが、それに見合った削減も考えてくれと言っている。」と発言した。(注2)

細田内閣官房長官は2004年12月8日に、東京・赤坂全日空ホテルで与党安全保障に関するプロジェクトチームの額賀福志郎氏に対して、「定数は抑制的にしてほしい。私の感触として小泉首相はそうだ。」と述べ、小泉内閣総理大臣と細田内閣官房長官は高まる脅威の中、軍縮を指示した。(注3)

結局、防衛大綱では財務省、防衛庁が譲歩を示し、折衷案的なものに仕上がった。

陸上自衛隊編成定数15万5000人、うち常備自衛官定員14万8000人、即応予備自衛官定員数7000人、中期防完成時編成定数16万1000人程度、うち常備自衛官定員数15万2000人程度、即応予備自衛官定員数8000人程度とした。戦車は約600両、中期防完成時790両とされた。主要特科装備は約600門/両、中期防完成時には約830門/両とされた。

海上自衛隊護衛艦部隊(機動運用)は4個護衛艦群(8個隊)とされ、護衛艦部隊(地域配備)は5個隊、中期防完成時に6個隊とされた。

航空自衛隊の作戦用航空機は約350機、うち戦闘機は約260機とされた。

面積が日本の1割強、人口わずか1700万人のオランダ冷戦期より少ない数である。

 

注1 片山さつき「自衛隊にも構造改革が必要だ」『中央公論』中央公論社2005年1月        

注2 参議院予算委員会2004年12月1日

注3 読売新聞朝刊2004年12月9日

 

 

第1節   平成17年防衛計画の大綱における防衛力

 

第1項   陸上自衛隊

 

 増加された常備自衛官定員数は北朝鮮などのゲリラ・コマンド部隊対処に必要なマン・パワーの確保のため増加された。平時地域に配備する部隊は8個師団・6個旅団とされた。第1師団(南関東・静岡)、第2師団(道北)、第3師団(近畿)、第4師団(九州北部)、第6師団(東北南部)、第7師団(機動運用部隊・機甲師団)、第8師団(九州南部)、第10師団(中部)と第5旅団(道東)、第9旅団(東北北部)、第11旅団(道央、道南)、第12旅団(北関東・甲信越)、第13旅団(中国)、第14旅団(四国)である。沖縄は第1混成団が防衛するが、将来的には第15旅団に格上げされる。

 機動運用部隊には第7師団(1個機甲師団)、中央即応集団があてられた。第7師団は第3世代戦車の90式戦車を装備する部隊で、本格的な機甲戦に対応する。中央即応集団は特殊作戦群、中央即応連隊、第1空挺団、第1ヘリコプター団、中央特殊武器防護隊を隷下に置く。

 陸上自衛隊特殊作戦群は2004年3月に正式に千葉県習志野駐屯地で発足した。以前からソ連の日本侵攻時のソ連軍参謀総局特殊任務部隊(スペツナズ)の投入が懸念されていたが、1992年から始まった北朝鮮の大量破壊兵器に対する制裁問題で、北朝鮮の暴発・崩壊の可能性が高まり、世界有数のゲリラ戦、テロリズム能力を有する北朝鮮の脅威が切迫したものになった。こうした経緯で防衛庁、陸上自衛隊のなかでもゲリラ・コマンド対処の重要性が再認識された。

陸上自衛隊は第1空挺団にゲリラ・コマンド研究班を設立、合衆国陸軍特殊作戦コマンドの合衆国陸軍特殊部隊群(グリーン・ベレー)や第1特殊部隊作戦分権隊D(デルタ・フォース)に隊員を派遣し、運用、作戦、訓練のノウハウを学んだ。特に陸上自衛隊特殊作戦群の初代群長の荒谷卓1等陸佐(当時)はドイツ軍特殊作戦コマンドKSKから学ぶためドイツ連邦軍指揮大学に留学し、その後ノース・キャロライナ州フォート・ブラッグの合衆国陸軍特殊作戦コマンド、ジョン・F・ケネディ特殊戦センター・アンド・スクールに留学し、特殊作戦の基礎から学び、陸上自衛隊特殊作戦群創設に尽力した。

陸上自衛隊特殊作戦群は空挺レンジャー資格保有者、部隊レンジャー資格保有者から構成される、対テロ、対ゲリラ、対コマンドに精通する陸上自衛隊最強の部隊である。要員は戦闘部隊が200人、支援部隊が100人の300人である。

 中央即応連隊は2008年3月26日に栃木県宇都宮駐屯地で正式に発足した。国内での各方面隊への増援や、国際平和協力活動における先遣隊の役割を果たす。隊員はレンジャー資格保有者や第1空挺団出身者が多く、錬度も非常に高い。700人で構成され、本部管理中隊と3個普通科中隊からなる。

 中央特殊武器防護隊は第101特殊武器防護隊として2007年3月28日に埼玉県大宮駐屯地で発足した。2008年3月26日に中央特殊武器防護隊に名称変更している。

 基になったのは第101化学防護隊である。中央特殊武器防護隊は隊本部、本部中隊、第102特殊武器防護隊と第103特殊武器防護隊を隷下に置く。装備は化学防護車(82式指揮通信車ベース)、化学剤監視装置、除染車3型B、除染装置、発煙機3型、生物偵察車、液体散布車、防護マスク4型、化学防護衣4型、火災防護衣、ガス検知器2型、CR警報機、化学剤検知器AP2C、線量計3型などである。(注1)

 対特殊武器衛生隊は朝霞駐屯地に駐屯し、方面隊を支援する。

 第1空挺団は千葉県習志野駐屯地に駐屯し、団本部、団本部中隊(偵察小隊、降下誘導小隊)、第1普通科大隊、第2普通科大隊、第3普通科大隊、空挺特科大隊、空挺後方支援隊、空挺通信中隊、空挺施設中隊、空挺教育隊、対テロ中隊からなる。(注2)

隊員の7割は空挺レンジャー資格保有者で占められ精強を誇る。

 第1ヘリコプター団は千葉県木更津駐屯地に駐屯し、団本部、本部管理中隊、第1輸送ヘリコプター群(第103飛行隊、第104飛行隊、第105飛行隊、第106飛行隊)、第102飛行隊、特別輸送ヘリコプター隊、第1ヘリコプター野整備隊、連絡偵察飛行隊を隷下に置く。

 第1ヘリコプター群にはボーイングCH-47JAチヌーク輸送ヘリコプターが配備され、大量輸送を行う。第102飛行隊にはUH-60JA多用途ヘリコプター、OH-6D観測ヘリコプターが配備される。UH-60JA多用途ヘリコプターは、合衆国陸軍のMH-60K特殊作戦ヘリコプターやMH-60L特殊作戦ヘリコプターに匹敵する特殊作戦ヘリコプターで、第102飛行隊は合衆国陸軍の第160特殊作戦航空連隊「ナイト・ストーカーズ」のように、特殊作戦を航空支援する部隊である。特別輸送ヘリコプター隊はユーロコプターEC225LP輸送ヘリコプターを装備する要人輸送部隊である。連絡偵察飛行隊は三菱重工業LR-1連絡偵察機、レイセオン・エアクラフト(ビーチ・エアクラフト)LR-2連絡偵察機で偵察、連絡を行う。(注3)

 2002年3月には西部方面隊直轄の組織として西部方面普通科連隊が長崎県相浦駐屯地で発足した。島嶼部、山岳の多い西部方面隊の地形に即した部隊で、敵が占領・潜伏した投手部の奪還、情報収集、ゲリラ・コマンド対処がおもな任務である。水路潜入、山中機動、空路侵入など難しい戦術をこなす。レンジャー資格保有者が半数を占める。一方、新兵も比較的多く採っている。(注4)

西部方面普通科連隊は本部管理中隊と3個普通科中隊からなる660人の連隊である。非常に重い81mm迫撃砲を担いでの険しい山中の機動や、装具を身につけての長距離水泳での水路侵入など任務は過酷を極める。

 陸上自衛隊特殊作戦群、第1空挺団、西部方面普通科連隊、第3師団、第6師団、第14旅団の順に狙撃班が設置された。合衆国陸軍の制式狙撃ライフル・システムのレミントンM24 SWS(スナイパー武器システム)を配備している。M24 SWSは7,62mm×51の.308ウィンチェスター弾を使用するボルト・アクション・ライフルを中心とした狙撃システムである。

 89式小銃の配備数もここにきて急激に増えだした。ゲリラ・コマンド対処に必要なマン・パワーの増加にしたがって普通科部隊強化が必要になるからだ。普通科にはコマツ軽装甲機動車が2001年度予算から計上された。軽装甲機動車は乗員4人で、普通科の新たなる戦術を作った。軽装甲機動車は普通科の装甲化に大いに貢献することとなった。

 特殊作戦部隊や普通科部隊が強化された反面、機甲化、特科部隊は縮小された。各師団の戦車大隊は縮小され、戦車隊になり、さらに戦車中隊にされようとしている。特科大隊も特科隊になり、普通科連隊の重迫撃砲中隊は解隊されていっている。

 

注1 https://www.mod.go.jp/gsdf/crf/chutokubou/cnbc/2-1ninmu.htm

   https://www.mod.go.jp/gsdf/crf/chutokubou/cnbc/2-2soubihinsyaryou.htm

   https://www.mod.go.jp/gsdf/crf/chutokubou/cnbc/2-3soubihinkagakukizai.htm

注2 ジャパン・ミリタリー・レビュー『軍事研究』2007年3月号

   高井三郎「自衛隊特殊部隊の編制装備、運用原則」P58

注3 所属航空機 (mod.go.jp)

   朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2002-2003』

   朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2007-2008』

   朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2019-2020』

注4 ジャパン・ミリタリー・レビュー『ワールド・インテリジェンスVOL9特集 特殊部隊と心理戦の最先端』

   陸上自衛隊西部方面普通科連隊連隊長・若生明智「若生明智・連隊長に聞く島嶼防衛で潜入・対ゲリラコマンドウも見据えた陸上自衛隊西部方面普通科連隊の任務とは」

 

第2項   海上自衛隊

 

 2003年にたかなみ級汎用護衛艦(1番艦DD-110 たかなみ)が就役した。船体はむらさめ級汎用護衛艦に似ているが、細かいところでステルス性が徹底されている。基準排水量4650トン、満載排水量6300トン、ガス・タービン推進、兵装はOTOメララ 127mm単装砲1門、Mk41垂直発射システム32セル(Mk46魚雷搭載対戦ロケットRUM-139A垂直発射アスロック16セル、RIM-162発展型シー・スパロー・ミサイル短距離艦対空ミサイル16セル最大64発)、Mk15ファランクス20mmバルカン近接防御武器システム2基、Mk46魚雷搭載HOS-302 68式3連装短魚雷発射管2基、90式艦対艦ミサイル(SSM-1)8発である。射撃統制装置はFCS-2-31射撃統制装置、対空レーダーはOPS-24B対空三次元レーダー、対水上レーダーはOPS-28D対水上レーダー、航海レーダーはOPS-20航海レーダー、ソナーはOQS-5ソナー、OQR-2ソナー、OQR-2曳航ソナーである。戦術情報処理システムはOYQ-9戦術情報処理システム、電子戦システムはNOLQ-2電子戦装置、戦術データ・リンクはLINK16である。搭載航空機はSH-60K哨戒ヘリコプター2機である。たかなみ級汎用護衛艦は2006年までに5隻が就役した。(注1)

 2007年には平成14年度計画イージス・システム搭載護衛艦(14DDG)、あたご級艦隊防空ミサイル護衛艦(1番艦DDG-177 あたご、2番艦DDG-178 あしがら)が就役した。SPY-1Dレーダー4基でミサイル同時発射による艦隊防空を担う。満載排水量は10000トン、基準排水量は7700トン、ガス・タービン推進、兵装はMk41垂直発射システム96セル(前部Mk158 64セル、後部Mk159 32セル、RUM-139A垂直発射アスロック16発搭載)、127mm単装砲1門(DDG-177あたごはOTOメララ、DDG-178あしがらはMk45)、HOS-302 68式短魚雷発射管2基、Mk15ファランクス20mmバルカン近接防御システム2基、90式艦対艦ミサイル(SSM-1B)8発である。FCSはAWS Mk7イージス武器システム ベースライン7,1J、AN/SQQ-89(V)15統合対潜システム、Mk99ミサイルFCS、Mk160砲FCS、Mk116対潜攻撃指揮装置である。電子線装置はNOLQ-2、戦術データ・リンクはLINK11/14/16である。ヘリコプター格納庫はあるが、搭載ヘリコプターはない。(注2)

 2009年には平成16年度計画ヘリコプター搭載護衛艦(16DDH)、ひゅうが級ヘリコプター搭載護衛艦が就役した。基準排水量13500トン、満載排水量19000トン、ガス・タービン推進、兵装はMk41垂直発射システム16セルにRUM-139垂直発射アスロック12セル12発、RIM-162発展型シー・スパロー・ミサイル艦対空ミサイル4セル16発、Mk15ブロック1Bファランクス20mmバルカン近接防御武器システム2基、HOS-303 3連装短魚雷発射管2基である。搭載ヘリコプターはSH-60J/K哨戒ヘリコプター、MCH-101掃海輸送ヘリコプターなど8機である。FCSはFCS-3射撃統制装置、ソナー・システムはOQQ-21、情報処理装置はOYQ-10、電子戦装置はNOLQ-3C、艦内統合ネットワークはNOYQ-1、戦術データ・リンクはLINK11/16である。ひゅうが級ヘリコプター搭載護衛艦は1番艦DDH-181「ひゅうが」と2番艦DDH-182「いせ」が配備される。(注3)

 平成16年度計画2900トン型潜水艦として、2009年3月にそうりゅう級潜水艦SS501 そうりゅうが就役した。そうりゅうは水中排水量4200トン、ディーゼル・エレクトリック推進に加え、AIP(大気独立推進)のスターリング機関を備え、水中での作戦期間が大幅に伸びることになった。兵装は533mm魚雷発射管6門に、Mk46魚雷、97式魚雷、UGM-84ハープーン潜対艦ミサイルを装備する。(注4)

 航空機も大幅に更新されていく。シコルスキー/三菱重工業SH-60J哨戒ヘリコプターの後継として新たに設計・開発されたのがシコルスキー/三菱重工業SH-60K哨戒ヘリコプターである。SH-60K哨戒ヘリコプターは2001年9月13日に初飛行、2002年6月24日に海上自衛隊第51航空隊に引き渡された。SH-60K哨戒ヘリコプターはSH-60J哨戒ヘリコプターに比べ若干大型化され、コックピットは操作しやすいようグラス・コクピット化、さらに搭載センサーは小型化・高性能化された。これまでのHQS-103ディッピング・ソナーに代わり、新型低周波アクティブ・ソナーが装備された。また、対水上戦用に捜索レーダーに代わり、逆合成開口レーダーが装備される。またFLIR機能とレーザー誘導機能のあるレイセオンAN/AAS-44 ILDRTS(赤外線・レーザー探知測距追跡セット)を装備しする。SH-60K哨戒ヘリコプターは対水上戦に74式車載機銃とAGM-114Mヘルファイア対戦車ミサイルを装備し、北朝鮮の工作船などに対応できるようになった。工作船などからの攻撃に備え、自衛システムとしてEADS AN/AAR-60 MILDミサイル発射探知システムとBAEシステムズAN/ALE-47 CMDSカウンターメジャー・ディスペンサー・システムが装備された。(注5)

 掃海・輸送用に2006年からアグスタ・ウェストランドEH-101(現AW101)をMCH-101掃海・輸送ヘリコプターとして川崎重工業でライセンス生産をはじめた。

前任のシコルスキーMH-53Eシー・ドラゴン掃海ヘリコプターはアメリカ合衆国政府からのFMS(対外有償軍事援助)のため稼働率が低かったが、ライセンス生産であるMCH-101掃海・輸送ヘリコプターは稼働率の向上が見込まれる。ただ3発エンジンのため高効率とはいかない。(注6)

 また、ロッキードP-3Cオライオン哨戒機の後継として川崎重工業P-1哨戒機が開発中である。

 1999年3月の北朝鮮工作船事件を発端に、対ゲリラ・コマンド特殊部隊「特別警備隊」が発足した。89式小銃、HK416ライフル、MP5サブ・マシンガン、SIG P226拳銃などを装備している。イギリス海軍(ロイヤル・ネイヴィー)の特殊部隊・特殊舟艇部隊SBSに学んだ精鋭である。(注7)

 

 注1 護衛艦「たかなみ」型|水上艦艇|装備品|海上自衛隊 JMSDF オフィシャルサイト (mod.go.jp)

    朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2002-2003』

    朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2007-2008』

    朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2019-2020』

注2 護衛艦「あたご」型|水上艦艇|装備品|海上自衛隊 JMSDF オフィシャルサイト (mod.go.jp)

    朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2019-2020』

 注3 護衛艦「ひゅうが」型|水上艦艇|装備品|海上自衛隊 JMSDF オフィシャルサイト (mod.go.jp)

    朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2019-2020』

 注4 潜水艦「そうりゅう」型|潜水艦|装備品|海上自衛隊 JMSDF オフィシャルサイト (mod.go.jp)

    朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2019-2020』

 注5 哨戒機「SH-60K」|航空機(回転翼)|装備品|海上自衛隊 JMSDF オフィシャルサイト (mod.go.jp)

    朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2019-2020』

 注6 掃海・輸送機「MCH-101」|航空機(回転翼)|装備品|海上自衛隊 JMSDF オフィシャルサイト (mod.go.jp)

     朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑2019-2020』

 注7  高井三郎「自衛隊特殊部隊の編制装備、運用原則」P55

 

    

 

第3項   航空自衛隊

 

 防衛庁は1997年度からマクドネル・ダグラスF-15J/DJに対して近代化能力向上改修の実施を開始した。改修が実施しやすい設計のF-15J/DJイーグル戦闘機MSIP機(多段階改良計画機、J67機、DJ36機)が対象である。「F-15が既存の装置のままでは、2010年度以降に予想される脅威に対処することが困難であることから、これに対処し得るために、電子戦環境下でのミサイル戦における優勢の確保と、戦況把握および表示能力の向上を図ることが必要である。」とし、「防空要撃能力については、将来における技術的水準の動向に対応して、現有の要撃戦闘機(F-15)を今後とも有効活用するため、近代化の改修を確保する」とした。2002年にはF-15Jイーグル戦闘機に対する試改修を開始、2003年7月18日に初飛行した。10月21日には防衛庁に納入され航空自衛隊飛行開発実験団が作業に入った。F-15量産改修機は2004年度に予算化され、2機分・98億円が予算化された。2005年度には4機、2006年度には2機、2008年度には20機・609億円が予算化された。2009年度には22機と38機分のレーダーが予算化された。

F-15J近代化改修機形態Ⅰ型はレーダー火器管制装置がAN/APG-63からAN/APG-63(V)1に換装された。これによって平均故障間隔が2倍以上の150時間となり、信頼性が向上した。AN/APG-63(V)1レーダー火器管制装置はF-15Eストライク・イーグル戦闘爆撃機に搭載されているAN/APG-70からフィード・バックしたものである。セントラル・コンピューターはAP-1RからVHSICに換装された。処理速度が大幅に向上され、記憶容量も容量に余裕がある。また、基本ソフト・ウェアも更新された。発電機と冷却システムはアヴィオニクスの増加による電力需要の増大や、発生熱大に対応するためジェネレーターを75kVAの発電能力のある新型に換装され、冷却能力が向上した高圧除湿装置が導入された。戦術データ・リンク向上のために、戦術データ交換システム端末(MIDS-FDL)としてLINK16戦術データ・リンクが搭載された。無線通信装置は電波妨害対処能力が付加され、飛行記録装置(FDR)も搭載され、機体管理能力が強化された。

また、AAM-4(99式空対空誘導弾)やAAM-5(04式空対空誘導弾)の搭載能力が付与された。AAM-4はアクティブ・レーダー誘導中距離空対空ミサイルで、複数同時処理、撃ちっ放し(ファイア・アンド・フォーゲット)能力、視程距離外(BVR)戦闘能力を持ち、大幅な作戦能力の向上となる。そのために運用飛翔プログラムの改修、指令送信機の搭載がされた。AAM-5は画像赤外線誘導短距離空対空ミサイルで、オフボアサイト能力を持つ。そのために、ヘルメットのバイザー部分に情報表示されるヘルメット・マウンテッド・ディスプレイが導入される。

F-15J近代化改修機形態Ⅱ型では、電子戦環境下での能力向上のため、統合電子戦システム(IEWS)が導入される。またチャフ/フレア・ディスペンサーをAN/ALE-45からIEWSに統合可能なALE-47に換装される。また、赤外線捜索追跡装置(IRST)も試改修1号機に搭載改修作業がなされている。2003年度から「戦闘機搭載用IRST装置」の開発が技術研究本部で始まり、2008年度までに技術・実用試験が完了する。IRSTはパッシブ赤外線センサーで、電子戦環境下にも強く、ステルス機にも対応が期待されている。

最終的には量産改修機88機、試改修機2機を近代化改修機にする予定である。

2008年度から退役の始まったマクドネル・ダグラスF-4EJファントムⅡ戦闘機140機の後継として、次期主力戦闘機策定がはじまった。後継機の候補にはロッキード・マーティンF-22Aラプター戦闘機(三菱商事)、ロッキード・マーティンF-35ライトニングⅡ戦闘機(三菱商事)、ボーイングF-15FX戦闘機(伊藤忠商事)、ボーイングF/A-18E/F戦闘攻撃機(双日)、ユーロファイター・タイフーン(住友商事)が候補に挙がった。

F-22ラプター戦闘機は異機種間戦闘訓練(DACT)でほぼ無敗を誇り、20世紀最強の戦闘機F-15Cイーグル戦闘機をも圧倒する世界最強の戦闘機であるが、他国の先を行くステルス性能、統合電子戦能力など最高機密の技術で製造されているため、国防技術流出防止法(2006年解除)や1998年国防歳出法オービー修正条項(デイヴィッド・オービー下院議員提出、2009年下院削除)、2010会計年度予算権限法案で輸出が禁止されていた。また、機体の価格が非常に高価(1機160億円から250億円)であることも問題になると思われた。

F-35ライトニングⅡ戦闘機は2006年12月に初飛行した戦闘機で、まだ初期作戦能力を獲得していないどころか、実戦配備すらされていなかった。ステルス性、レーダー火器管制装置もF-22ラプター戦闘機に劣る。また、ハイ・ロー・ミックス構想のローにあたる、数をそろえるための比較的低性能な戦闘機であり、少数精鋭でやってきた航空自衛隊の構想にあてはまらない。

F-15FX戦闘機は、F-15E戦闘爆撃機をベースにしたもので、大量の爆弾搭載に耐えるようフレームを強化したため重量が増加している。さらに原型初飛行が1972年、初飛行1986年と古く、ステルスという概念のない時代に生まれた戦闘機で、今後20年以上使用するには将来性に疑問が残る。また、F-15Eの原型であるF-15C(F-15J)を1980年からライセンス生産していたことからF-15Eもライセンス生産は可能であると思われるが、機体が古い割には価格が高額でF-15Jのライセンス生産価格と同様、1機あたり100億円以上の高額になると思われ、さらにF-15Jでのライセンス生産の経験があるので新たに技術的なものを得られないことである。

F/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機は、海軍機であるため空中給油方式が異なる(航空自衛隊のフライング・ブーム方式でない)、空軍機として使用するには無駄な装備(主翼自動折り畳み機構、着艦用フックなど)が多い、基本設計が原型YF-17初飛行1974年、生産型初飛行1978年と設計コンセプトが古い、ステルス性が低い、対地攻撃、対艦攻撃に使用する戦闘攻撃機にはF-16ファイティング・ファルコン戦闘機を発展させた三菱重工業F-2支援戦闘機がある、ライセンス生産しても得るべきことが少ない、F/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機もF-2支援戦闘機のベースとなったF-16ファイティング・ファルコン戦闘機と同じく、ハイ・ロー・ミックス構想のローにあたる数をそろえることを目的にした比較的低性能な戦闘機である、F/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機は対地攻撃任務が基本で、制空・要撃任務が主任務である航空自衛隊には不適である、など問題がある。そして、F/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘機に搭載されるAPG-79アクティヴ電子スキャンド・アレイ・レーダー火器管制装置は非常に高度な技術をもつもので機密保持を意識しているアメリカが日本に供給するどうか疑わしい。グレードを落とされたAPG-79か、ブラックボックス化された輸入品に替えられる可能性が高く、その場合日本にとって技術導入のメリットが無い。

ユーロファイター・タイフーンは原型初飛行が1986年と古く、ステルスの概念も低い。またアメリカ製戦闘機を導入してきた航空自衛隊で、ヨーロッパ製戦闘機を導入するとなると現場での混乱も予想される。

F-35AライトニングⅡ戦闘機がFXに決定したが、未だ開発に難航しており紆余曲折が予想される。 

空中給油機ボーイングKC-767空中給油・輸送機が導入された。2001年12月に採用を決定し、2008年2月29日に1号機が引き渡された。これによって滞空時間が大幅に伸び、作戦の高度化が可能になる。また、離着陸回数が減るため騒音防止につながる。空中給油・輸送機は愛知県小牧基地の第404飛行隊に配備された。

2008年12月、第8飛行隊からマクドネル・ダグラスF-4EJファントムⅡ戦闘機が退役した。2009年3月までに三菱重工業F-2支援戦闘機に機種転換した。1972年から140機が導入されたF-4EJファントムⅡ戦闘機は初飛行1958年で、老朽化が激しい。早期の後継機の導入が望まれた。

 

 

 

第1項   統合幕僚長と統合幕僚監部

 

2006年3月27日、統合幕僚会議は統合幕僚監部に改編された。機能は強化され、統合幕僚会議議長も統合幕僚長となった。統合幕僚会議議長は、アメリカから統合参謀本部議長に相当する職を日本でも設けてほしいといわれ、防衛庁内局が制服組の地位向上阻止、内局の優位維持のため設けた調整権限すらないお飾りの名誉職で、まったく権限はなく統合運用に関して無力だった。その反省から統合幕僚長は統合運用に関して権限を持つことになった。防衛省設置法第22条で、「統合運用による円滑な任務遂行を図る見地からの防衛及び警備に関する計画の立案に関すること」と明記され、実質的権限を持つようになった。

 

第3章 2008年の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」

 

 安倍晋三・内閣総理大臣は、2007年4月17日、時代状況に適合した実効性のある安全保障の法的基盤を再構築するために「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を開催することにした。座員には柳井俊二(国際海洋法裁判所判事、元・外務省)、岡崎久彦(NPO法人 岡崎研究所理事長・所長、元・外務省)、佐藤謙(財団法人 世界平和研究所副会長、元・防衛庁事務次官)、西元徹也(元・防衛庁統合幕僚会議議長)、葛西敬之(東海旅客鉄道株式会社代表取締役会長)、佐瀬昌盛(拓殖大学教授、防衛大学校名誉教授)、北岡伸一(東京大学教授)、田中明彦(東京大学教授)、西修(駒沢大学教授)、村瀬信也(上智大学教授)、岩間陽子(政策研究大学院大学准教授)、中西寛(京都大学教授)が選ばれた。安倍内閣総理大臣は2007年5月18日の第1回会合で、共同訓練などで公海上において自衛隊艦船と米軍艦船が近くで行動している時に米軍艦船が攻撃された場合の自衛隊艦船の行動、同盟国・米国が弾道ミサイルに向かうかもしれない弾道ミサイルを日本がレーダーで捕捉した場合の日本の行動、国連PKOに参加している自衛隊の武器使用の問題、国連PKOに参加することにおいて後方支援で「武力行使と一体化」しないという条件が課される現状、について新たな安全保障政策構築のため新しい時代の日本が何をおこない、何をおこなわないのか、明確な「歯止め」を国民に提示することが重要、と述べた。

 懇談会は2008年6月24日、安倍・前総理大臣が指示した安全保障における法的基盤の再検討について、自衛権に関する問題である公海における米艦防護、弾道ミサイル防衛についての問題、国際的な平和活動に関する問題であるPKO活動等における自衛隊の武器使用、PKO活動等における他国への後方支援、の4つにおいて基本認識と提言を報告書として福田内閣総理大臣に提出した。

報告書では日本国憲法制定時から大きく変化した日本の安全保障環境を踏まえ、現行解釈に固執することは法的に合理的でない解釈の連鎖を生みだしかねないとし、安全保障環境の変化に適合し、法的に見ても一貫した論理に基づいた国際的にも適切と考えられる新しい解釈の必要性を説いている。

公海における米艦防護については、個別的自衛権及び自己の防護や自衛隊法第95条に基づく武器等の防護により反射的効果として米艦の防護が可能であるというこれまでの憲法解釈及び現行法の規定では米艦防護ができないため集団安全保障の行使を認める必要があるとしている。

米国に向かうかもしれない弾道ミサイルについては、従来の自衛権概念や国会手続きを前提としていては充分な実効的対応ができないとし、個別的自衛権や警察権によって対応する従来のやり方から集団自衛権の行使を必要としている。

国際的な平和活動における武器使用について、憲法で禁止された武力行使に抵触しないため自己の防護や武器等の防護のためしか認められないとされる現在の憲法解釈や現行法では国際非難の対象となるため、国連PKO等の国際的な平和活動への参加は憲法9条で禁止されないと整理されるべきとし、自己防衛に加え他国部隊や要員への駆けつけ警備及び任務遂行のために武器使用を認めるべき、としている。

PKO等に参加している他国への後方支援について、憲法9条で禁止されている武力行使と一体化に抵触する恐れがあるとされてきたことに対し、政策的妥当性の問題とし総合的に検討して政策決定するべき、とした。

 

 

 

第4章 2009年の「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告

 

第1節 「安全保障と防衛力に関する懇談会」開催

 

 麻生太郎・内閣総理大臣は「安全保障と防衛力に関する懇談会」を主宰し、安全保障と防衛力、防衛計画の大綱の改訂、国家安全保障戦略の構築に向け動き出した。「安全保障と防衛力に関する懇談会」は座長に勝俣恒久・東京電力会長を迎え、委員には青木節子・慶應義塾大学総合政策学部教授、植木(川勝)千可子・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、北岡伸一・東京大学大学院法学政治学研究科教授、田中明彦・東京大学大学院情報学環教授、中西寛・京都大学大学院法学研究科教授が就任した。専門委員には、加藤良三・日本プロフェッショナル野球組織コミッショナー(前駐米大使)、佐藤謙・財団法人世界平和研究所副会長(前防衛事務次官)、竹河内捷次・日本航空インターナショナル非常勤顧問(元防衛庁統合幕僚会議議長)が就任した。

 「安全保障と防衛力に関する懇談会」は、2009年8月4日に報告書を麻生内閣総理大臣に提出した。

報告書は三章からなり、第1章では新しい日本の安全保障戦略、第2章では日本の防衛力のあり方、第3章では安全保障に関する基本方針の見直し、を記している。

 

 第2節 新しい日本の安全保障戦略

 

報告書の第1章では、日本の新しい安全保障戦略構築の前提となる情勢はグローバル化と相互依存の深化のため、主要国間関係は安定し、大規模紛争の蓋然性は低下したとする一方で、国際テロ、大量破壊兵器の拡散、海賊などのトランスナショナルな問題が増加していると主張している。そうした情勢を受け、日本の安全の確保、世界で活動する日本人の安全、経済活動や移動の自由の保障、世界の安定を目指すべきとしている。問題解決方法として、今まではアメリカが国際公共空間をコントロールしてきたがその影響力の低下の可能性も鑑み、協調的国際システム維持のため新興国のシステム参加、主要国の問題解決のための行動を求めている。

日本周辺の安全保障環境の認識としては、北朝鮮の核・ミサイル開発、特殊部隊による破壊工作に懸念を表明、また北朝鮮国家の体制の先行きに危惧をしめしている。中国の軍事力の急速な増強についても意図と規模が不透明であるとし、地域や日本にとっての懸念材料であるとし、中国に対し日本は責任ある大国となる道の環境整備をすべきだと提言している。ロシアについては、軍事力が冷戦時代に比べ活動水準が大幅に下がっているが潜在能力は高いとし、周辺環境改善のため日ロ信頼関係の充実を唱えている。

また、日本の安全の確保、脅威の発現の防止、国際システムの維持・構築という3つの目標実現のため、日本自身の努力、同盟国との協力、地域における協力、国際社会との協力という4つのアプローチを組み合わせる「多層協力的安全保障戦略」を提言した。具体的な行動として、「多機能弾力的防衛力」の整備、核・弾道ミサイルの脅威に対しての重層的な抑止構築、日米同盟の強化、法執行機関の長期継続的な活動、国内各機関の統合的アプローチ、情報機能の強化、自衛隊の積極的活用による政治目標の実現、各国との相互理解・相互信頼の推進、破綻国家の国家再建への包括的支援、PKOへの積極的参加、武器管理レジームの強化、核軍縮、防衛交流、総合安全保障、国連機構改革の実現、同盟国・友好国とのネットワーク化、多層的地域枠組みの形成、主要国によるコアグループ組織体の形成をあげている。(注1)

 

注1 安全保障と防衛力に関する懇談会「安全保障と防衛力に関する懇談会報告書」

 

第3節 日本の防衛力のあり方

 

報告書の第2章では、日本の防衛力のあり方として、平素からの活動を通じた「運用による抑止」(動的抑止)の重視を提言している。実効的対処としては、北朝鮮の脅威に対し、日米の連携、ミサイル防衛システムの整備、敵基地攻撃能力についての装備体系の検討、自衛隊による法執行機関への支援・重要施設の防護をあげている。

自衛隊は多種多様な任務に従事可能な「多機能」性を持ち、突発的な危機にも迅速・的確に対処し得る「柔軟な」ものへと発展させる必要があるとし、そのために自衛隊の体制改革、平時からの部隊の充足率向上、量よりも質、ISR活動のための装備の整備、ネットワーク化、宇宙空間の利用、指揮通信(C4)と情報セキュリティ機能の充実、統合運用能力の強化、統合幕僚監部の防衛力整備への権限強化を求めている。

防衛力を支える基盤として、少子化など人的基盤、防衛生産・技術基盤などの物的基盤、国民の支持と地域の協力などによる社会的基盤をあげている。具体的には、女性自衛官の積極的な採用・登用、長期安定的な雇用形態への移行、曹クラスの問題の改善、早期退職制度と再就職支援、コストを抑制しつつ優れた装備品の調達し得る基盤の実現、国際共同開発への積極的な参加、国民防衛議論の啓発、地域社会との連携を提言している。(注1)

 

注1 安全保障と防衛力に関する懇談会「安全保障と防衛力に関する懇談会報告書」

 

第4節 安全保障に関する基本方針の見直し

 

報告書の第3章では、安全保障に関する基本方針の見直しとして、今日の視点から日本の基本姿勢を検証すべきとしている。PKO参加に関しては、法的・政策的基準の見直し、具体的には国際平和協力法の改正、参加5原則の見直しをあげている。また、国際平和協力に積極的に取り組むための恒久法制定、憲法解釈の問題解消、国益との合致を求めている。弾道ミサイル攻撃への対応に関する方針については、報復的抑止力についてはアメリカに依存する一方、日本自らの努力を求めている。アメリカに向かう弾道ミサイルの迎撃や日米共同活動時のアメリカ艦船防護については、従来の集団的自衛権に関する解釈を見直し、適切な法整備を求めている。武器輸出三原則については、国際共同開発やアメリカへの供与に対して足かせとなっているので、新たな政策方針の策定と、それまでの個別的対応を求めている。新たな安全保障戦略の基盤については、安全保障政策の統合的実施のための官邸機能の強化、情報機能と情報保全体制の強化、国民・国会での論議を通しての文民統制の強化を求めている。(注1)

 

注1 安全保障と防衛力に関する懇談会「安全保障と防衛力に関する懇談会報告書」

 

第5節 政権交代と報告書提言

 

 2009年8月31日の衆議院総選挙で与党・自民党は大敗し、麻生太郎内閣は崩壊した。新たに総理大臣となった鳩山由紀夫・民主党代表は「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書を無視した。鳩山由紀夫内閣総理大臣は佐藤茂雄・京阪電気鉄道代表取締役CEOを座長とする「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」を開催し、安全保障と防衛力の再構築を目指すことにした。

 

 

東アジア各国の戦力

 

 

第1章 東アジア各国の戦力 アメリカ合衆国太平洋軍 2000年代

 

アメリカ合衆国軍は世界各地に展開しており、地域コマンドとして欧州軍、太平洋軍、中央軍、南方軍、北方軍があるが、東アジアは太平洋軍(United States PAcific COMmand,U.S.PACOM)が受け持っている。太平洋軍はハワイ州オアフ島のキャンプ・H・M・スミスで司令官は海軍大将である。西経92度から東経42度、北極から南極まで太平洋、インド洋、北極海を水域に持ち、地球の半分を責任地域とする。

アメリカはこの地域の日本、韓国、フィリピン、オーストラリア、タイと条約を締結し、同盟国家としている。

アメリカ太平洋軍は傘下に太平洋艦隊、太平洋陸軍、太平洋海兵隊部隊、太平洋空軍がある。地域統合軍は在日米軍(USFJ)、在韓米軍(USFK)、アラスカ軍、ハワイ陸軍、太平洋特殊作戦軍がある。

 

第1節     合衆国陸軍

 

 アラスカ軍(アラスカ州フォート・リチャードソン、現エルメンドーフ・リチャードソン統合基地)のもとに、合衆国陸軍第6歩兵師団第1旅団から改編された第172歩兵旅団(独立)「スノー・ホークス」(アラスカ州フォート・ウェインライト 定員3800人)があったが第25歩兵師団第1旅団戦闘団に改編された。

ハワイ州スコフィールド・バラックスには合衆国陸軍第25歩兵師団「トロピック・ライトニング」が駐留している。2006年までは第25歩兵師団(軽)という軽歩兵師団で、傘下に3個旅団を置いていた。現在は傘下に4個旅団を置き、第1旅団戦闘団と第2旅団戦闘団は、ロッキードC-130ハーキュリーズ輸送機で輸送可能で緊急展開できるM1126ストライカー装輪装甲車を主装備とする「ストライカー旅団戦闘団」である。他の旅団戦闘団も軽武装の緊急展開部隊である。また、UH-60Lブラック・ホーク汎用ヘリコプターも保有している。

 韓国には合衆国陸軍第8軍がソウルに司令部を置き、傘下に第2歩兵師団「インディアン・ヘッド」(議政府キャンプ・レッドクラウド)、第6騎兵旅団、第17航空旅団などを置いていた。

主力である第2歩兵師団の第1旅団戦闘団はゼネラル・ダイナミクス(旧クライスラー・ディフェンス)M1A1HAエイブラムス戦車、ユナイテッド・ディフェンス(現・BAEシステムズ)M2A3ブラッドレー歩兵戦闘車を配備する機械化歩兵部隊である。

第2旅団戦闘団はUH-60Lブラック・ホーク汎用ヘリコプターによる空中強襲作戦部隊であったがストライカー旅団戦闘団になった。第3旅団戦闘団もワシントン州フォート・ルイスに駐屯しているがストライカー旅団戦闘団で韓国その他に派遣できる態勢にある。

第6騎兵旅団はマクドネル・ダグラスAH-64Aアパッチ攻撃ヘリコプター、ボーイングAH-64Dロングボウ・アパッチ攻撃ヘリコプターを主装備とする部隊である。こうした部隊は、パナマ侵攻や湾岸戦争などあらゆる紛争で敵地上部隊に対し、圧倒的な損害を与えることができることが立証されている。

第17航空旅団はUH-60Lブラック・ホーク汎用ヘリコプター、CH-47Dチヌーク輸送ヘリコプターを配備した。

しかし2005年に第6騎兵旅団、第17航空旅団は解隊される。

また、烏山基地には第160特殊戦航空連隊「ナイト・ストーカーズ」第4大隊が駐屯し、シコルスキーMH-60L/K特殊作戦ヘリコプター、マクドネル・ダグラスMH-6リトル・バード特殊作戦ヘリコプター/AH-6キラー・エッグ攻撃ヘリコプターを配備し、奇襲作戦や対テロ・ゲリラ・コマンド作戦に迅速に対応できるような態勢においている。(注2)

 日本にはキャンプ座間に合衆国陸軍第9軍から改編された合衆国陸軍第9戦域陸軍地域コマンド司令部がおかれるものの、あとは補助部隊で太平洋陸軍の実戦部隊は置かれていなかった。しかし、特殊作戦軍(United States Special OperationCOMmand U.S.SOCOM)のもとにおかれる第1特殊部隊群(1stSFG、グリーン・ベレー、司令部:ワシントン州フォート・ルイス)第1大隊が沖縄県トリイ・ステイションに駐留し、また第1特殊部隊群作戦分遣隊D(デルタ・フォース、400人、ノース・キャロライナ州フォート・ブラッグ)、第1特殊部隊群第2大隊、第1特殊部隊群第3大隊、第19特殊部隊群、合衆国海軍SEAL  TEAM1、SEAL TEAM5が特殊作戦に投入される。

第75レンジャー連隊(3個大隊2300人、司令部:ジョージア州フォート・ベニング)は緊急展開できる小規模の精鋭部隊である。第75レンジャー連隊第1大隊(ワシントン州ルイス・マッコード統合基地)、第75レンジャー連隊第2大隊(ジョージア州ハンター陸軍飛行場)、第75レンジャー連隊第3大隊(ジョージア州フォート・ベニング)がある。テロ・ゲリラ・コマンド対処などに迅速に行動できる態勢をとっている。(注2)

第18空挺軍団(ノース・キャロライナ州フォート・ブラッグ)のもとにおかれる第82空挺師団「オール・アメリカン」(1万6千人、ノース・キャロライナ州フォート・ブラッグ)と、第101空挺師団(空中強襲)「スクリーミング・イーグルス」(1万6千人、ケンタッキー州フォート・キャンベル)、第10山岳師団(ニュー・ヨーク州フォート・ドラム)が大規模緊急展開部隊として派遣される。これらは第160特殊作戦航空連隊とともに、空挺作戦、ヘリ・ボーン作戦を展開すると思われる。さらに第3歩兵師団(機械化)「ロック・オブ・ザ・マルヌ」(ジョージア州フォート・スチュアート)が控えている。

 

 

 

第1節     合衆国海兵隊

 

 太平洋海兵隊部隊は兵員約6万人、M1A1戦車、GMカナダ(現・GDLSカナダ)製LAV装輪装甲車、フード・マシナリー・アンド・ケミカル・コーポレーション(現・BAEシステムズ)製AAV7水陸両用強襲車を装備する。

航空機はマクドネル・ダグラス(現・ボーイング)F/A-18A/C/Dホーネット戦闘攻撃機(原型YF-17初飛行1974年、実戦配備生産型F/A-18A/B初飛行1978年、機体空虚重量10455kg、推力78,3kN×2)を12個飛行隊144機(注1)、マクドネル・ダグラス(現・ボーイング)AV-8BハリアーⅡ垂直離着陸攻撃機(初飛行1978年、機体重量5670kg、推力95,kN×1)(注2)を188機装備し、近接航空支援をおこなう。F/A-18A/C/Dホーネット戦闘攻撃機とAV-8BハリアーⅡ垂直離着陸攻撃機は、ロッキード・マーティンF-35CライトニングⅡ戦闘機67機とロッキード・マーティンF-35BライトニングⅡ短距離離陸垂直着陸戦闘機353機に代替され、航続距離の延伸とステルス性が確保され、作戦能力が向上される。

輸送機能はシコルスキーCH-53Dシー・スタリオン輸送ヘリコプター(定員37人)、シコルスキーCH-53Eスーパー・スタリオン輸送ヘリコプター(定員65人)、ボーイング・ヴァートルCH-46シー・ナイト輸送ヘリコプター(定員26人)、ベルUH-1Nツイン・ヒューイ汎用ヘリコプター(定員11人)で兵員を輸送する。

また合衆国海兵隊はベルAH-1Wスーパー・コブラ攻撃ヘリコプターなどヘリコプター408機、輸送機など36機を有する高機動・高攻撃力で、緊急展開が可能な部隊である。アメリカ海軍の太平洋艦隊の強襲揚陸艦6隻(ヘリコプター30機、エアー・クッション揚陸艇3隻搭載、収容人員1900人×6)、ドック型輸送揚陸艦8隻(ヘリコプター6機、エアー・クッション揚陸艇4隻搭載、収容人員840人×8)、ドック型揚陸艦6隻(エアー・クッション揚陸艇4隻搭載、収容人員500人×6)によって紛争地帯、危機地帯に派遣される。

沖縄県にS・D・バトラー海兵隊基地司令部がおかれ、第3海兵遠征軍が駐留する。沖縄県キャンプ・コートニーには第3海兵機動展開部隊司令部と、第3海兵師団司令部がおかれ、海兵隊の各部隊が沖縄県のキャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブの第4海兵連隊、普天間基地の第36海兵航空群など中心に配備され、周辺国に抑止力として睨みを利かせている。

山口県岩国基地にはマクドネル・ダグラスF/A―18A/Bホーネット戦闘攻撃機、マクドネル・ダグラスAV-8BハリアーⅡ短距離離陸・垂直離着陸攻撃機が配備され、海兵隊地上戦闘部隊への近接航空支援を可能にしている。

また、ボーイング・ヴァートルCH-46シー・ナイト輸送ヘリコプター、シコルスキーCH-53Dシー・スタリオン輸送ヘリコプターは、2016会計年度までにヘリコプターと固定翼航空機の利点を併せ持つティルト・ローター航空機ボーイング/ベルMV-22Bオスプレイ垂直離着陸輸送機16個現役飛行隊、2個予備役飛行隊に置き換わり、飛躍的に航続距離が伸び、揚陸作戦が容易になる。最終的には360機が導入される。

攻撃ヘリコプターはAH-1Wスーパー・コブラ攻撃ヘリコプターからAH-1Zヴァイパー攻撃ヘリコプターに更新され、全機全天候攻撃能力、ネットワーク中心戦能力を持つことになる。汎用ヘリコプターもまたUH-1Nツイン・ヒューイ汎用ヘリコプターからUH-1Yベノム汎用ヘリコプターへ更新され、AH-1Zヴァイパー攻撃ヘリコプターと共用部が増え、経済性、整備性、兵站性が良くなる。重量物運搬のシコルスキーCH-53Eスーパー・スタリオン輸送ヘリコプターは更なる効率化、重量物運搬能力強化がすすめられたシコルスキーCH-53Kキング・スタリオン輸送ヘリコプターに代替される。

合衆国海兵隊の電子戦機はグラマン(現・ノースロップ・グラマン)EA-6Bプラウラー電子戦機4個飛行隊22機であったが、ボーイングEA-18Gグラウラー電子戦機に置き換わらず、2019年に解隊する予定である。代わりにAN/ALQ-231イントレピッドタイガーⅡ電子戦ポッドをF/A-18戦闘攻撃機やAV-8B垂直離着陸攻撃機に搭載、またはF-35B短距離離陸垂直離着陸戦闘機のAN/APG-81レーダーの電子戦機能で代替する。

空中給油機はKC-130T空中給油機からKC-130J空中給油機に置き換得られる。

 

注1  エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P89

 

注2  同上P27

 

 

 

第1節     合衆国海軍

 

 アメリカ合衆国海軍は、現役兵力約33万人で、艦艇は300隻近く有する世界最大の海軍である。そのうち、東アジアを責任地域とするアメリカ太平洋艦隊(ハワイ州パール・ハーバー・ヒッカム統合基地)は、東太平洋の第3艦隊(カリフォルニア州サン・ディエゴ基地)と西太平洋の第7艦隊(神奈川県横須賀基地)の2個艦隊が実戦配備、訓練、休養、整備、補修などローテーションを組みながら共通運用されている。太平洋艦隊の人員は現役兵力15万人で、艦艇は200隻近くが配備されている。

ニミッツ級原子力空母は、満載排水量91847トン、1番艦ニミッツ就役1975年、原子力蒸気タービン推進、収容機材は空母艦載機70機、ヘリコプター10機搭載している。Mk29発射機に装填するRIM-162発展型シー・スパロー・ミサイル短距離艦対空ミサイル32発、Mk49発射機2基にRIM-116回転飛翔体ミサイル近接防御艦対空ミサイルを42発、Mk15ファランクス20mm機関砲近接防御武器システム2基で対空自衛にあたる。ニミッツ級原子力空母は太平洋艦隊に5隻配備されている。

空母キティ・ホークとコンステレーションは満載排水量83960トン、蒸気タービン推進で、収容機材、兵装はニミッツ級原子力空母とほぼ同じである。

タイコンデロガ級巡洋艦は、満載排水量9500トン、1番艦CG-47タイコンデロガ就役1983年、ガス・タービン推進、艦隊防空にイージス・システム搭載している。

 CG-47タイコンデロガの兵装は、Mk26連装発射機にRIM-67スタンダードER艦対空ミサイル88発、Mk141発射機2基にRGM-84ハープーン艦対艦ミサイルを8発、Mk32 324mm3連装短魚雷発射管2基にMk46魚雷を6発としている。砲はMk45 127mm単装砲2門、Mk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御システム2基である。搭載ヘリコプターはSH-60Bシー・ホーク/SH-60Fオーシャン・ホーク哨戒ヘリコプター2機である。

CG-52バンカー・ヒルより、兵装はMk41垂直発射システム122セルを装備している。Mk41垂直発射システムにはRIM-67スタンダードERミサイル艦対空ミサイルまたはRIM-156SM2艦対空ミサイルを96発、RGM-109トマホーク艦対地ミサイルを26発、そしてミサイル装填用クレーン6基を装填している。自衛用としてMk141発射機2基にRGM-84ハープーン艦対艦ミサイルを8発装填、Mk32 324mm3連装短魚雷発射管2基にMk46魚雷を6発装填する。砲はMk45 127mm単装砲2門、Mk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御システム2基である。搭載ヘリコプターはSH-60Bシー・ホーク/SH-60Fオーシャン・ホーク哨戒ヘリコプター2機である。タイコンデロガ級巡洋艦は太平洋に13隻配備されている。(注6)

アーレイ・バーク級駆逐艦は、満載排水量8500トン、1番艦DDG-51アーレイ・バーク就役1988年、ガス・タービン推進、艦隊防空にイージス・システムを搭載している。Mk41垂直発射システム96セルに、RIM-66スタンダードMRミサイル艦対空ミサイル、RIM-156SM2艦対空ミサイル、RGM-109トマホーク艦対地ミサイル、RIM-162発展型シー・スパロー・ミサイル短距離艦対空ミサイル、Mk46魚雷搭載対潜ロケットが装填される。Mk141発射機にはRGM-84ハープーン艦対艦ミサイル8発を装填する。Mk32 324mm短魚雷発射管2基にMk46魚雷を6発装填する。砲はMk45 127mm単装砲1門、Mk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御武器システム2基である。アーレイ・バーク級駆逐艦はステルス性を意識した船体である。太平洋艦隊には14隻配備され、現在も増備が続く。(注7)後期に建造され現在も建造が続くフライトⅡA型はヘリコプター格納庫を増備している。

スプルーアンス級駆逐艦は、満載排水量8040トン、1番艦DD-963スプルーアンス就役1975年、ガス・タービン推進である。Mk41垂直発射システム64セルにRGM-109トマホーク艦対地ミサイル48発、Mk46搭載対潜ロケットを16発装填している。Mk32 324mm短魚雷発射管2基にはMk46魚雷を6発装填する。砲はMk45 127mm単装砲2門、防空にMk29発射機1基にRIM-7シー・スパロー短距離艦対空ミサイル8発、Mk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御武器システム2基である。搭載ヘリコプターはシコルスキーSH-60Bシー・ホーク/SH-60Fオーシャン・ホーク哨戒ヘリコプター2機。(注8)

 スプルーアンス級駆逐艦は10隻配備されていたが、2006年までに全艦退役し、後継艦としてDD21ズムウォルト級陸上攻撃駆逐艦が配備されることになった。しかし、ズムウォルト級駆逐艦は陸上攻撃コンセプトに疑問が生じ、汎用駆逐艦に変更されることとなったが、計画は大幅に遅れた。次世代駆逐艦DD(X)ズムウォルト級汎用駆逐艦は満載排水量14000トン級、建造費3000億円、2009年に建造工事を開始し、1番艦DDG-1000ズムウォルトは2014年に竣工した。

オリヴァー・ハザード・ペリー級フリゲートは、満載排水量4100トン、1番艦FFG-7オリヴァー・ハザード・ペリー1982年就役、ガス・タービン推進、Mk13単装ミサイル発射機に40発(RIM-66スタンダードMRミサイル艦対空ミサイル、RGM-84ハープーン艦対艦ミサイル装填)を装填し、対潜水艦自衛としてMk32 324mm短魚雷発射管2基にMk46魚雷6発装填する。砲はMk75 76mm単装砲1門(OTOメララ・コンパクト砲)、Mk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御武器システム1基で、搭載ヘリコプターはシコルスキーSH-60Bシー・ホーク/SH-60Fオーシャン・ホーク哨戒ヘリコプター2機である。太平洋艦隊には15隻配備されている。最近は密輸取り締まり、対テロのためMk13ミサイル発射機に代えてMk38 25mm機関砲を装備している艦も多い。しかし、就役から時間がたち、退役、予備艦隊移転、海外売却が進み、2014年会計年度いっぱいで全艦退役することになった。(注9)

オリヴァー・ハザード・ペリー級フリゲートの事実上の後継は、LCS(沿岸戦闘艦)である。ロッキード・マーティン提案マリネット・マリーン造船所建造のフリーダム級LCS(1番艦LCS-1フリーダム)と、オースタルUSA提案ゼネラル・ダイナミクス・バス・アイアン・ワークス建造のインディペンデンス級LCS(1番艦LCS-2インディペンデンス)が採用されている。

フリーダム級沿岸戦闘艦は、満載排水量3354トン、1番艦LCS-1フリーダムは2008年就役、ガス・タービン、ディーゼル推進、兵装はMk110 57mm砲1基、Mk46 30mm機関砲2基、シーRAM回転飛翔体ミサイル近接防御艦対空ミサイル11発で、搭載航空機はヘリコプター2機もしくはヘリコプター1機および無人航空機3機である。

インディペンデンス級沿岸戦闘艦は、満載排水量2841トン、1番艦LCS-2インディペンデンスは2010年就役、ガス・タービン、ディーゼル推進、兵装はMk110 57mm砲1基、シーRAM回転飛翔体ミサイル近接防御艦対空ミサイル11発で、搭載航空機はヘリコプター1機および無人航空機3機、またはヘリコプター2機である。

潜水艦の主力はロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦である。水中排水量6982トン、1番艦SSN-668ロサンゼルス就役1976年、原子力蒸気タービン推進、533mm魚雷発射管4門装備(Mk46魚雷、UGM-84ハープーン潜対艦ミサイル)、後期建造型はUGM-109トマホーク陸上攻撃ミサイル12基搭載する。太平洋艦隊には25隻配備されている。静粛性に優れ、同時期の原子力潜水艦ではトップである。(注10)

 シー・ウルフ級攻撃型原子力潜水艦は水中排水量9100トン、1番艦SSN-21シー・ウルフ就役1996年、原子力蒸気タービン推進、660mm魚雷発射管8門装備(Mk48ADCAP魚雷、UGM-84ハープーン潜対艦ミサイル)の配備は3隻に終わった。静粛性、大深度航行、高速航行、戦闘システムすべてにおいて優れたが、4500億円と高価で配備が進まなかった。(注11)

 シー・ウルフ級攻撃型原子力潜水艦は、米ソ冷戦時代のソ連原子力潜水艦探知、追跡を主任務に建造された潜水艦だったため、大深度行動能力、高速航行、高い運動能力をもつ「世界最強」の潜水艦だったが、ロシア潜水艦勢力の弱体化、4500億円という高価格だったため、3隻で建造が打ち切られた。そして3番艦SSN-23「ジミー・カーター」は大幅な設計変更がなされた。船体を30メートル延長、それにともなって水中排水量は12100トンとなった。船体大型化の原因は特殊部隊隊員収容設備を設置したことにある。

 シー・ウルフ級に代わり建造されることとなった攻撃型原子力潜水艦は、大量配備が可能なように低価格に抑えるため民間技術を多用することになった。NAS計画、NSSN計画、センチュリオン級攻撃型原子力潜水艦計画と計画は紆余曲折した。最終的には音響のステルス性に優れ、捜索索敵能力に重点が置かれ、総合的にはシー・ウルフ級攻撃型原子力潜水艦と同等の能力で、コスト・ダウンが図られたヴァージニア級攻撃型原子力潜水艦が採用され、2004年に進水した。しかし当初予定していた低価格・大量配備から、要求水準の多様化、高性能化によって大型化し、3000億円という高価格になった。(注13)

 ヴァージニア級攻撃型原子力潜水艦は、1番艦SSN-774ヴァージニア就役2004年、水中排水量7800トン、533mm魚雷発射管4門装備(Mk46魚雷、UGM-84ハープーン潜対艦ミサイル)、UGM-109トマホーク陸上攻撃ミサイルを12基搭載する。

全世界で18隻配備されているオハイオ級弾道ミサイル搭載戦略原子力潜水艦は水中排水量18750トン、1番艦SSBN-726オハイオ就役1981年、原子力蒸気タービン推進、533mm魚雷発射管にMk46魚雷搭載する。前期型はUGM-96Aトライデント(C-4)潜水艦発射弾道ミサイル24基搭載し、後期型はUGM-133AトライデントⅡ(D-5)潜水艦発射弾道ミサイル24基搭載する。(注12)

オハイオ級弾道ミサイル搭載戦略原子力潜水艦の1番艦から4番艦までの4隻はSTART(戦略兵器削減条約)により、トライデントC4潜水艦発射弾道ミサイル24基の装備から、UGM-109トマホーク陸上攻撃ミサイル154発ほど搭載する巡航ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN)に改造された。

ワスプ級強襲揚陸艦は満載排水量40532トン、1番艦LHD-1ワスプ就役1989年、蒸気タービン推進である。対空自衛としてMk29発射機2基にRIM-7シー・スパロー短距離艦対空ミサイル16発、Mk49発射機2基にRIM-116回転飛翔体ミサイル近接防御艦対空ミサイル42発、Mk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御武器システム2基が装備されている。搭載航空機は垂直離着陸航空機10機、ヘリコプター30機、搭載艦艇はエアー・クッション揚陸艇3隻、収容揚陸部隊隊員は1870人である。太平洋艦隊には3隻配備されている。(注14)

タラワ級強襲揚陸艦は1番艦LHA-1タラワ1976年就役で、満載排水量、兵装、搭載航空機、搭載艦艇、収容揚陸部隊隊員はワスプ級強襲揚陸艦とほぼ同じである。タラワ級強襲揚陸艦は2007年にLHA-1「タラワ」がワスプ級強襲揚陸艦8番艦に代替し、タラワ級強襲揚陸艦2番艦LHA-2「サイパン」は、2012年に「LHA(R)」(Rはリプレイスメント)アメリカ級強襲揚陸艦に代替された。アメリカ級強襲揚陸艦の1番艦、2番艦は航空機運用重視でLCAC、LCUを運用するためのウェル・デッキがなかったが、不評のため3番艦から復活することになった。タラワ級強襲揚陸艦は太平洋艦隊に3隻配備されていた。(注15)

ホイットビー・アイランド級ドッグ型揚陸艦は、満載排水量15726トン、1番艦LSD-41ホイットビー・アイランド就役1986年、ディーゼル推進、兵装はMk49射機2基にRIM-116回転飛翔体ミサイル近接防御艦対空ミサイル42発、Mk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御武器システム2基、搭載艦艇はエアー・クッション揚陸艇4隻、収容揚陸部隊隊員は500人である。ホイットビー・アイランド級ドック型揚陸艦は太平洋艦隊に6隻配備されている。

オースティン級ドッグ型輸送揚陸艦は満載排水量16500トン、1番艦LPD-4オースティン就役1965年、兵装はMk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御武器システム2基、搭載航空機はヘリコプター6機、収容揚陸部隊隊員は840人である。オースティン級ドッグ型輸送揚陸艦は太平洋艦隊に6隻配備されていた。(注16)

 オースティン級ドック型輸送揚陸艦に代わり配備されたのはサン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦で、満載排水量25300トン、ディーゼル推進である。兵装はMk41垂直発射システム16セルにRIM-162発展型シー・スパロー個艦防空短距離艦対空ミサイル64発(後日装備)、Mk49発射機2基にRIM-116回転飛翔体ミサイル近接防御艦対空ミサイル42発、Mk46 30mm機関砲2基である。搭載航空機はMV-22ティルト・ローター航空機1機、ヘリコプター1機である。搭載艦艇はエアー・クッション揚陸艇2隻、収容車両は水陸両用装甲車14両など、収容揚陸部隊隊員は720人である。(注17)

 アヴェンジャー級掃海艦は満載排水量1312トンで、太平洋艦隊に6隻配備されている。機雷掃海についてはLCS沿岸戦闘艦に機雷戦モジュールを搭載し、機雷掃海を行う予定である。

 1970年代に建造された原子力推進水上戦闘艦は2000年までに退役し、巡洋艦はタイコンデロガ級巡洋艦のみとなって高度な防空能力を維持している。

東アジア、西太平洋を担当する第7艦隊には1986年にタイコンデロガ級巡洋艦CG-52「バンカー・ヒル」、1987年にCG-53「モービル・ベイ」が配備されたが、後期建造型で防空能力の向上したCG-62「チャンセラーズヴィル」、CG-63「カウペンス」に配備艦が変更され、戦力、防空能力を向上させている。

また、早期に退役したスプルーアンス級駆逐艦の代替として、タイコンデロガ級巡洋艦の初期建造型であるCG-49「ヴィンセンズ」が配備され戦力を向上させた。

その後、CG-49「ヴィンセンズ」は初期建造型の特徴であるMk26発射機装備のため、RGM-109トマホーク巡航ミサイルが運用できず、さらにミサイル複数同時発射が不可能であることから早期に退役し、Mk41垂直発射システム装備のタイコンデロガ級巡洋艦CG-54「アーティンタム」、CG-67「シャイロー」が配備されることになった。

 またアーレイ・バーク級駆逐艦は、世界初の本格的ステルス船体を取り入れ、イージス・システムも能力向上型にグレード・アップされたものであるが、これも第7艦隊には早期に配備されている。

 一方で潜水艦は、グアム島のアプラ港を母港とするロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦SSN-705「シティ・オブ・コーパス・クリスティ」のみが東アジア配備であったが、SSN-711「サン・フランシスコ」、SSN-713「ヒューストン」が増備され能力が増強された。また攻撃型原子力潜水艦による常時パトロールが実施され、頻繁に横須賀基地、佐世保基地に寄港している。2007年にはSSN-711「サン・フランシスコ」に代わりSSN-715「バッファロー」が加わった。

 横須賀基地を母港とする第7艦隊には、核アレルギーの強い日本を考慮して、通常推進型の空母が配備され続けてきた。また歴代、CV-41「ミッドウェイ」、CV-62「インディペンデンス」、CV-63「キティ・ホーク」と最古参の空母が配備され続けてきたが、メンテナンス、改修工事は充実しており、能力は高く保たれてきた。CV-63「キティ・ホーク」以降はCV-64「コンステレーション」しか通常推進空母は建造されていないため、横須賀基地配備の空母の動向が注目されていたが、結局原子力推進空母のCVN-73「ジョージ・ワシントン」が配備されることとなった。

太平洋艦隊の海軍航空機部隊は、グラマンF-14Aトムキャット戦闘機(初飛行1970年、自重18191kg、推力93kN×2)が主力であったが(注18)、次第に中心はマクドネル・ダグラスF/A-18A/B/C/Dホーネット戦闘攻撃機に代わった。戦闘機・攻撃機が約400機、ロッキード・マーティンP-3Cオライオン対潜哨戒機など哨戒機が約80機、シコルスキーSH-60Bシー・ホーク/SH-60Fオーシャン・ホーク哨戒ヘリコプターなどヘリコプター約200機などを配備していた。

F-14トムキャット戦闘機が2006年までに退役し、代替としてボーイングF/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機(初飛行1995年、自重14009kg、推力97,86kN×2)が配備されている(注19)。F/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機は対地・対艦攻撃能力が重視され、海軍が使用するすべての航空機搭載兵器を搭載可能で、航続距離もF/A-18ホーネット戦闘機に比べ大幅に向上し、ディープ・ストライク能力を獲得するにいたった。部分的にではあるがステルス性も考慮され、要撃専門で艦隊防空が主任務であるF-14Aトムキャット戦闘機と比較して、大幅に対地攻撃能力が向上されることとなった。F/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機は2030年代に配備されるF/A-XXの登場まで海軍航空機部隊の主力となる。F/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機は2014会計年度までに556機の配備が決まっている。

ボーイングF/A-18E/Fスーパー・ホーネット戦闘攻撃機をベースとしたEA-18グラウラー電子戦機はノースロップ・グラマンEA―6Bプラウラー電子戦機に代わり、電子戦の主力として統合運用される。EA-18グラウラー電子戦機は2014会計年度までに114機の配備が決まっている。搭載ジャマーはAN/ALQ-99であるが、将来的には開発中のNGJ(次世代型ジャマー)となる予定である。

 哨戒ヘリコプターはシコルスキーSH-60Bシー・ホーク/SH-60Fオーシャン・ホーク哨戒ヘリコプターから、対潜水艦戦、機雷処理・発見、小型戦闘艇への攻撃、小型民間船舶によるテロ対処など多任務に対応するよう最新のアヴィオニクス、センサーを搭載するシコルスキーMH-60Sナイト・ホーク多任務ヘリコプターと、機雷処理や輸送を主任務とするシコルスキーMH-60Rストライク・ホーク多任務ヘリコプターに代替される。

 F/A-18A/B/C/Dホーネット戦闘攻撃機はロッキード・マーティンF-35CライトニングⅡ戦闘機260機に代替される。P-3Cオライオン哨戒機はMMA(海洋多任務航空機)として開発されたボーイングP-8Aポセイドン哨戒機109機とノースロップ・グラマンMQ-4CトライトンBAMS(広域洋上監視)無人機66機に代替される。

ノースロップ・グラマンE-2Cホーク・アイ早期警戒機はステルス航空機発見に強いといわれるUHF帯レーダーAN/APY-9を搭載するE-2Dアドヴァンスド・ホーク・アイ早期警戒機に代替される。E-2Cホーク・アイ早期警戒機は各空母に4機搭載であったが、E-2Dアドヴァンスド・ホーク・アイ早期警戒機は各空母に5機搭載され、捜索・監視能力が強化される。また、E-2Dアドヴァンスド・ホーク・アイ早期警戒機はネットワーク戦のNIFC-CA(海軍統合火力統制―対空)構想の一役を担い、艦隊防空の強化につながることが想定されている。

救難機にはティルト・ローター航空機であるHV-22オスプレイ垂直離着陸救難機が採用され、さらにV-22オスプレイ垂直離着陸機はC-2Aグレイハウンド空母・地上間航空輸送機の後継にも採用された。

兵站を担うのはボーイングC-40Aクリッパー輸送機とロッキード・マーティンC-130Tハーキュリーズ輸送機である。ほかの輸送機にはビーチクラフトUC-12B/F/M/W輸送機、ガルフストリームC-20A/D/G輸送機、ガルフストリームC-37A/B輸送機がある。

 機雷掃海任務に充てられるMH-53Eシー・ドラゴン掃海ヘリコプターは2025年まで使用されるため、海上自衛隊から退役したMH-53Eシー・ドラゴン掃海ヘリコプターを部品取り用に導入している。

 

 

注7  同上

注8  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注9,10,11,12  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

            『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注13『JANE‘S FIGHTING SHIPS』10-11

注14,15,16 『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注17 『JANE‘S FIGHTING SHIPS』10-11

注18 エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P71

注19  同上P90

注20  同上P87

 

注21  同上P75

 

 

 

第1節     合衆国空軍

 

 合衆国空軍は「グローバル・パワー、グローバル・リーチ」をスローガンに、装備の数、質ともに世界最高の水準で、制空、電子戦、敵防空制圧、戦術爆撃、戦術偵察、航空阻止、近接航空支援、戦略偵察、戦略爆撃、世界展開、戦略輸送、戦術輸送すべてをこなすことのできる唯一の空軍である。

 おもな軍団(メジャー・コマンド)に空軍航空戦闘軍団(航空戦センター、第9空軍、第12空軍)、空軍グローバル・ストライク軍団(全地球攻撃軍団、第8空軍、第20空軍)、空軍航空機動軍団(空軍遠征センター、第18空軍)、空軍特殊作戦軍団(空軍特殊作戦航空戦センター、第23空軍)、空軍宇宙軍団(第14空軍、第24空軍)、太平洋空軍(第5空軍、第7空軍、第11空軍)、在ヨーロッパ合衆国空軍(第3空軍)、空軍教育訓練軍団(第2空軍)、空軍資材軍団(空軍ライフ・サイクル管理センター、空軍試験センター)、空軍予備軍団(第4空軍)、空軍州兵がある。

 合衆国空軍の爆撃航空団は、戦略爆撃だけでなく戦術爆撃もおこなうようになった。1992年に戦略航空軍団(SAC)と戦術航空軍団(TAC)が廃止され、航空戦闘軍団(ACC)に統合されてから、それは進んだ。

レーダーで捉えることは非常に困難であるノースロップ・グラマンB-2Aスピリット爆撃機を20機(TAI20機、PAI16機、生産機数21機)保有している。AGM-86巡航ミサイル、AGM-129巡航ミサイルの運用が可能なロックウェル・インターナショナルB-1Bランサー爆撃機を100機生産、66機保有している。

500ポンドJDAM(統合直接攻撃爆弾、GPS誘導爆弾)を80発ほど機内に搭載できるボーイングB-52H爆撃機を58機ほど保有する。

 ただ杜撰な核管理が原因で、戦略核運用を担当するグローバル・ストライク軍団(全地球攻撃軍団)が創設され、爆撃航空団は航空戦闘軍団から分離された。

 制空戦闘機には20世紀最強の戦闘機であるマクドネル・ダグラスF-15A/B/C/Dイーグル戦闘機を249機保有、213機運用している(合衆国空軍/空軍州兵向け総生産機894機、1989年調達終了)。1974年の実戦配備から数々の紛争に投入されてきたが、敵に撃墜されたことはない。E-3セントリー空中警戒管制システム機の支援を受け行動する。大半が退役、または空軍州兵、空軍予備軍団など二線級部隊に移籍している。177機はレーダーをアクティヴ電子スキャンド・アレイ・レーダーのAN/APG-63(V)3に換装し、AIM-120C/D空対空ミサイル、AIM-9X空対空ミサイルを運用可能にした「ゴールデン・イーグル」として合衆国空軍の一線級部隊として2020年代まで現役に残り、F-22Aラプター戦闘機とともに制空任務に就く予定である。

 F-15イーグル戦闘機の後継の制空戦闘機として開発されたのがF-22Aラプター戦闘機である。1989年のパナマ侵攻を初陣に、アメリカの係わる戦闘においてなくてはならない存在となったロッキード・マーティンF-117ナイト・ホーク戦闘爆撃機から導入されたステルス技術は、ロシア、ヨーロッパ、日本より大幅に先を行っていった。そのステルス技術を導入、世界初の本格的ステルス制空戦闘機ロッキード・マーティンF-22Aラプター戦闘機(原型YF-22初飛行1990年、実戦配備型初飛行1997年、空虚重量19700kg、推力156kN×2)は、ステルス技術以外にも高推力エンジンによるアフター・バーナーを使用せずにマッハ1,58という超音速巡航が可能で、推力偏向制御(TVC)装置による画期的な機動、長距離捜索・多目標同時処理が可能なAN/APG-77アクティヴ電子スキャンド・アレイ・レーダー火器管制装置、統合電子戦システムなどを導入、F-15戦闘機の「航空優勢戦闘機」からF-22戦闘機は「航空支配戦闘機」となった。(注22)当初、750機が生産される予定であったが、187機の生産にとどまった。

 制空任務、戦術爆撃任務をこなすデュアル・ロール・戦闘機には、対地攻撃に威力を発揮するAN/APG-70レーダー火器管制装置を装備し、2000ポンド爆弾や5000ポンド貫徹型爆弾「バンカー・バスター」を搭載できるように機体フレームを大幅に強化したボーイング(旧マクドネル・ダグラス)F-15Eストライク・イーグル戦闘爆撃機(初飛行1986年、実戦配備1988年、自重14379kg、推力129kN×2)が221機ある。(注20)

 F-15Eストライク・イーグル戦闘爆撃機もレーダーをAN/APG-70からアクティヴ電子スキャンド・アレイ・レーダーで対地モードが強化されたAN/APG-82(V)1に換装される予定である。

同様にデュアル・ロール戦闘機にロッキード・マーティンF-16A/B/C/Dブロック15/25/30/32/40/42/50/52ファイティング・ファルコン戦闘機(初飛行1974年、実戦配備1979年、F-16Cブロック40自重8627kg、推力129kN×1)を約1400機配備した(合衆国空軍、空軍州兵向け2231機製造、2005年調達終了)。2010年の保有数は1020機である。F-16ファイティング・ファルコン戦闘機はコスト抑制と小型な機体ゆえに、当初はレーダー非搭載の昼間限定戦闘機として安価・大量配備を目指して開発されたが、小型でそれなりの性能のAN/APG-66レーダー火器管制装置の装備によって全天候型戦闘機となり、また機体の持つ潜在的能力が開花し制空、領域防空、本土防空、戦術爆撃、敵防空制圧など何でもこなす主力戦闘機として活躍することとなり、現在も輸出向けにF-16C/Dブロック50/52戦闘機、F-16C/Dブロック50/52アドヴァンスド戦闘機の生産ラインが残されている。(注21)

一方で、対テロ戦争、イラク戦争の影響でF-16C/Dファイティング・ファルコン戦闘機を配備する航空団が、小型で対戦車、対車両、対人攻撃と能力の限られるゼネラル・アトミックスMQ-1プレデター無人多任務(軽攻撃・偵察)機、ゼネラル・アトミクスMQ-9リーパー無人多任務(軽攻撃・偵察)機の配備に機種転換され、東アジアの正規戦に不安を残す結果となっている。

 航空機動軍団(AMC)の隷下には、ペイロード108トンを誇る大型輸送機ロッキード・マーティンC-5Bギャラクシー輸送機とC-5Bギャラクシー輸送機の改良型C-5Mスーパー・ギャラクシー輸送機を120機生産、94機保有している。C-5Bギャラクシー輸送機はC-5Mスーパー・ギャラクシー輸送機に改修される。

C-130輸送機と同程度の短距離離着陸(900m)で戦略輸送、戦術輸送の両方もこなし、ペイロード78トンと戦車も輸送可能なボーイングC-17Aグローブ・マスターⅢ輸送機を212機生産・保有、そしてペイロード18トンで戦術輸送機の代名詞となっているロッキード・マーティンC-130E/Hハーキュリーズ輸送機とロッキード・マーティンC-130Jスーパー・ハーキュリーズを367機保有する。

高官輸送用にボーイング737をベースにしたボーイングC-40Bクリッパー輸送機、兵站・人員輸送用にボーイングC-40Cクリッパー輸送機がある。

 救難ヘリコプターにはHH-60Gぺイヴ・ホーク救難ヘリコプター99機が充てられていたが今後はHH-60M救難ヘリコプターに代替されていく。

空中給油機は、ボーイング717をベースとしたボーイングKC-135R/T空中給油機を414機(減少中、1956年生産開始、総生産機数730機)、KC-135空中給油機の2倍の給油能力を持つダグラスDC-10をベースにしたマクドネル・ダグラスKC-10エクステンダー空中給油機を59機保有している。しかし、これら空中給油機は老朽化のためボーイング767旅客機をベースにしたボーイングKC-46Aペガサス空中給油機が代替導入される。そのほかHC-130J空中給油機、HC-130N空中給油機、HC-130P空中給油機がある。

 合衆国空軍太平洋空軍は東西には東太平洋から西太平洋、インド洋、そして南北には北極から南極まで担当する戦域空軍で、太平洋空軍(司令部・ハワイ州パール・ハーバー・ヒッカム統合基地、旧・ヒッカム空軍基地)の隷下には、戦闘航空団、混成航空団、輸送航空団をそれぞれ1個ずつ配備する第5空軍(東京都横田基地)、戦闘航空団を2個配備する第7空軍(韓国・烏山基地)、1個戦闘航空団と1個混成航空団を配備する第11空軍(アラスカ州エルメンドーフ・リチャードソン統合基地、旧エルメンドーフ空軍基地)、ボーイングB-52ストラトフォートレス爆撃機が配備され、1989年まで戦略航空軍団の基地として重責を担い、現在もその流れをくみ合衆国国家の前進基地として機能する第13空軍(グアム島アンダーセン空軍基地)があった。2012年に第13空軍は廃止されることになった。

 第5空軍の主力は沖縄県嘉手納基地の第18航空団で、F-15C/Dイーグル戦闘機を主力装備とし、制空戦闘を重視している。第44戦闘飛行隊、第67戦闘飛行隊にF-15C/Dイーグル戦闘機が配備され、支援戦力として第961空中指揮管制飛行隊のボーイングE-3セントリー空中警戒管制システム機、第909空中給油飛行隊のボーイングKC-135ストラトタンカー空中給油機、HH-60Gぺイヴ・ホーク救難ヘリコプターを装備し、F-15C/Dイーグル戦闘機を補佐する。

第35戦闘航空団は青森県三沢基地を本拠とし、第13戦闘飛行隊、第14戦闘飛行隊がF-16C/Dブロック50ファイティング・ファルコン戦闘機を装備する。第35戦闘航空団のF-16C/Dブロック50ファイティング・ファルコン戦闘機には、敵防空制圧(SEAD)任務が課せられており、有事の際はF-15C戦闘機護衛のもと、先んじて敵防空網制圧・破壊に投じられる。また三沢基地にはノースロップ・グラマンRQ-4Bグローバル・ホーク無人偵察機が展開する。第374輸送航空団は横田基地にロッキード・マーティンC-130H輸送機を配備しているが、有事の際は数多くの輸送機、支援機が指揮下に入ることが予想される。

 第7空軍は韓国防衛が主任務であり、仮想敵は北朝鮮である。F-16C/Dブロック40ファイティング・ファルコン戦闘機を装備する第8戦闘航空団(群山基地)は対地、対空の両方の戦闘に対応する。第51戦闘航空団(烏山基地)は、F-16C/Dブロック40ファイティング・ファルコン戦闘機とともに、対地攻撃、特に近接航空支援能力を重視した設計のフェアチャイルドA-10A/OA-10AサンダーボルトⅡ攻撃機を装備し、押し寄せる北朝鮮地上兵力の機械化部隊、機甲部隊への攻撃、友軍の進軍の支援のための近接航空支援が主要な任務である。第5空軍が日本を基盤とし、広く極東、東アジアをカバーするのに対し、第7空軍は韓国防衛に特化している。

 第11空軍は混成航空団の第3航空団(アラスカ州エルメンドーフ・リチャードソン統合基地、旧エルメンドーフ空軍基地)に、F-22Aラプター戦闘機、F-15Eストライク・イーグル戦闘爆撃機、F-15C/Dイーグル戦闘機、E-3セントリー空中警戒管制システム機、C-130Hハーキュリーズ輸送機を装備する大規模航空団で、有事の際は各地に展開する。第354戦闘航空団(アラスカ州イールスン空軍基地)はF-16C/Dファイティング・ファルコン戦闘機とOA-10CサンダーボルトⅡ攻撃機を装備する対地攻撃任務を主任務とする部隊で、アラスカ州に配備されている空中給油機とともに、各地に派遣することが可能である。

 第13空軍は隷下に部隊をもっていなかった。第13空軍のグアム島アンダーセン空軍基地はB-2スピリット爆撃機、RQ-4Bグローバル・ホーク無人偵察機などが展開し、東アジアの危機に対応していた。第13空軍は2012年後半に廃止された。

 合衆国空軍の新たな任務として無人機の運用がある。ゼネラル・アトミックスMQ-1プレデター多任務機、ゼネラル・アトミックスMQ-9多任務機を保有し、対戦車、対車両、対人など非対称戦に使用されている。

 支援任務にはボーイングE-3セントリー空中警戒管制システム機が32機、ボーイングE-4国家空中作戦センター機が4機、E-8A/C統合捜索目標攻撃レーダー・システム機が18機、RC-135リベット・ジョイント情報収集機が22機、U-2偵察機が27機、RQ-4Bグローバル・ホーク無人偵察機が25機、などである。

 特殊作戦機にはAC-130Hガンシップ攻撃機、AC-130Uガンシップ攻撃機、E/M-130E特殊作戦・電子戦機、MC-130H特殊作戦機、MC-130P特殊作戦機、MC-130W特殊作戦機、CV-22垂直離着陸特殊作戦機、MC-12Wリバティ特殊作戦・ISR機があった。

合衆国の核戦略を担うのは合衆国戦略軍(U.S.STRATCOM:United States STRATegic COMmand)で、輸送軍と同じく機能コマンドである。合衆国戦略軍は陸軍、海軍、空軍、海兵隊の4軍の戦略部門を統合するものである。合衆国の核戦略の基本はトライアド(三本槍)、地上発射大陸間弾道ミサイルによる攻撃、爆撃機による核爆弾投下、核弾頭搭載巡航ミサイル、核弾頭搭載短距離攻撃ミサイル攻撃、そして弾道ミサイル搭載戦略原子力潜水艦による攻撃の3つである。

 B-1Bランサー爆撃機は核爆弾をはじめ、空中発射巡航ミサイルAGM-86(射程距離2500km、弾頭200KT)を大量に搭載、発射可能である(B-1B爆撃機は現在、戦術任務のみ)。

B-52Hストラトフォートレス爆撃機は空中発射巡航ミサイルAGM-86と核爆弾による作戦がある。

B-2スピリット爆撃機はステルス性が高く、レーダーなどで捉えるのは困難である。

核爆弾を搭載し、爆撃する。

 地上発射弾道ミサイルには、LGM-30GミニットマンⅢ大陸間弾道ミサイル(射程距離13000km、各個誘導多核弾頭3335KT×3)を450基、MGM-118ピース・キーパー大陸間弾道ミサイル(射程距離9600km、各個誘導多核弾頭550KT×3)を50基配備していた。MGM-118ピース・キーパーは早期に退役することになった。合衆国空軍のICBMはいずれも命中精度は極めて高いとされる(半数必中界100m以内)。

潜水艦発射弾道ミサイルは、UGM-96AトライデントC4潜水艦発射弾道ミサイル(射程距離7400km、各個誘導多核弾頭100KT×8)、UGM-133AトライデントⅡD5潜水艦発射弾道ミサイル(射程距離12000km、各個誘導多核弾頭475KT×8)をオハイオ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(水中排水量18750トン)10隻に搭載し、全地球的にパトロールできる。

UGM-133AトライデントⅡD5弾道ミサイルは半数必中界90メートルと、潜水艦発射弾道ミサイルでありながら地上発射型大陸間弾道ミサイルと同等の命中精度という飛躍的に精度の高いものとなっており、合衆国の核戦略の信頼性を向上させるものとなっている。(注23)

 

 

注1  防衛庁『平成15年版防衛白書』

注2  同上

注3  エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P89

注4  同上P27

注5  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注6  同上

注7  同上

注8  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注9,10,11,12  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

            『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注13『JANE‘S FIGHTING SHIPS』10-11

注14,15,16 『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注17 『JANE‘S FIGHTING SHIPS』10-11

注18 エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P71

注19  同上P90

注20  同上P87

注21  同上P75

注22 ロッキード・マーティン・ホームページ(リンク切れ)

注23  防衛庁『平成15年版防衛白書』P319,320

     防衛庁『平成26年度版防衛白書』資料1


 

 

 

 

 第2章 東アジア各国の戦力 中国   2000年代

 

 中国の軍事力は、人民解放軍、人民武装警察、民兵からなり、人民解放軍は中国共産党が指導する軍隊となっている。人民武装警察は人民解放軍陸軍の効率化によって生じた余剰人員を平時には治安維持任務にあたらせるというもので、実質的には陸軍の歩兵部隊であり、装備もアサルト・ライフル、機関銃、重機関銃など歩兵装備と同様である。人民武装警察は66万人ほどいる。民兵は輸送部隊、工兵部隊、兵站部隊、後方支援部隊の色彩が濃く、有事の際には人民解放軍の補佐にあたることになる。

 中国の陸上戦力は総兵力160万人、主として旧ソ連軍の装備をコピーしたものが配備されている。7個軍区、28個省軍区、21集団軍(軍団)、59個師団、35個旅団、10個ヘリコプター連隊からなり、戦車7000両、歩兵戦闘車5500両、野砲/多連装ロケット発射システム15000門、ヘリコプター300機以上を有する。

 また、快速反応部隊と呼ばれる緊急展開部隊が創設され、機動力を高めるため中国国内で生産された民間用航空機なども軍事転用しているようである。陸軍の各種特殊部隊や空軍第15空挺軍と呼ばれる特殊部隊も創設され、総数は2万人以上に登るとている。

 渡洋能力は本格的大型揚陸艦、輸送艦が少ないことから限られたものになっている。しかし、1996年の台湾総選挙の際の威嚇的軍事演習においては民間船舶に多連装ロケット発射システムを搭載し実弾演習をしている映像があることから、有事の際は中国に存在する民間用船舶、民間航空機を総動員することが予想される。特殊部隊によるゲリラ・コマンド作戦とともに、その能力は侮ることは出来ないといえるだろう。(注1)

人民解放軍海軍は北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊からなり、兵力26万人、水上戦闘艦670隻、潜水艦70隻を有する。

 ロシアから輸入したソブレメンヌイ級艦隊防空ミサイル駆逐艦は1996年9月に購入、1999年12月に1番艦「杭州 HANGZHOU」、2001年1月に2番艦「福州 FUZHOU」が引き渡された。さらにその後1隻が配備された。ソブレメンヌイ級艦隊防空ミサイル駆逐艦は満載排水量7940トン、蒸気タービン推進、兵装は130mm連装砲2基、SS-N-22艦対艦ミサイル8発、SA-N-7艦隊防空用艦対空ミサイル発射機2基、RBU-1000 6連装対潜ロケット発射機2基、533mm連装魚雷発射管、30mm近接防御武器システム4基である。搭載航空機はカモフKa-28哨戒ヘリコプターを2機である。SS-N-22艦対艦ミサイル(NATOコード:サンバーン)はマッハ2の速度で超低空をS字状に飛来するミサイルで、発見、迎撃することが非常に困難である。また、SA-N-7艦対空ミサイルによって本格的艦隊防空能力を保持するにいたった。しかし、基本設計が1970年代後半であり、情報処理能力、防空能力、電子戦能力、ステルス性、各種センサーは西側陣営の最新鋭艦に比べ劣っているようである。

 052B型駆逐艦の1番艦「広州 GUANGZHOU」は2002年6月に起工、2003年3月に進水、2004年7月に就役した。2番艦の「武漢 WUHAN」も2004年に就役している。052B型駆逐艦は満載排水量6500トン、ディーゼル・ガスタービン推進、100mm単装砲1基、SA-N-12艦対空ミサイル発射機2基、YJ-83艦対艦ミサイル16発、30mm近接防御武器システム2基、324mm3連装短魚雷発射管2基、対潜ロケット発射機4基、搭載航空機はハルビンZ-9Aヘリコプター1機である。ガス・タービンはウクライナ製である。ステルス性を意識した船体であるが、その他設計は保守的で電子装備も古いままである。(注2)

 052C型駆逐艦の1番艦「蘭州 LANZHOU」は2002年7月起工、2003年4月進水、2004年に就役している。2番艦の「海口 HAIKOU」は2005年に就役している。052C型の満載排水量は6500トン、ディーゼル・ガスタービン推進、100mm単装砲1基、HQ-9艦対空ミサイル用垂直発射システム48セル、YJ-83艦対艦ミサイル8発、30mm近接防御武器システム2基、324mm3連装短魚雷発射管2基で、搭載航空機はハルビンZ-9A哨戒ヘリコプター2機である。フェーズド・アレイ・レーダー4基を装備し、イージス・システムを意識した先進的な装備である。(注3)

  旅州型駆逐艦は、1番艦「瀋陽」は2006年10月就役、満載排水量7112トン、SA-N-20艦対空ミサイル8連装回転式垂直発射システム6基、YJ-83艦対艦ミサイル4連装発射筒2基、100mm単装砲1基、30mm近接防御武器システム2基、324mm3連装短魚雷発射管2基を装備する。2番艦「石家荘」は2007年3月に就役している。(注4)

 旅海 LUHAI級駆逐艦はいまのところ1隻のみである。1999年就役、満載排水量6000トン、ディーゼル・ガスタービン推進、兵装は100mm連装砲1基、37mm連装機銃4基、YJ-83艦対艦ミサイル16発、短距離艦対空ミサイル8発、3連装魚雷発射管2基で、搭載航空機はハルビンZ-9Aヘリコプター2機である。ステルス性を考慮した船体となっている。船体の大きさの割には搭載兵器が多いという共産国の伝統を引き継いでいる。(注5)

 ルーフ- LUHU級駆逐艦は天安門事件前に計画された艦で、西側陣営が中国に幻影を見ていた時期であるため多くの西側陣営の技術が導入されている。ガス・タービンはアメリカのゼネラル・エレクトリックのベスト・セラー商品であるLM2500で、短距離艦対空ミサイルHQ-7はフランスのクロタル・ミサイルをライセンス生産したものである。現在のところ2隻が就役している。1994年就役、満載排水量4600トン、ディーゼル・ガスタービン推進、HQ-7艦対空ミサイル8発、3連装魚雷発射管2基、搭載航空機はハルビンZ-9Aヘリコプター2機である。(注6)

 ルーター LUDA級駆逐艦は中国初の国産駆逐艦で、人民解放軍海軍の主力で16隻が就役している。1971年から1991年までの長きにわたって建造され続け、そのためバリエーションが多くある。満載排水量3670トン、蒸気タービン推進、兵装は130mm連装砲2基、57mm連装砲2基、25mm連装機銃4基、HY-2艦対艦ミサイル6発、HQ-7短距離艦対空ミサイル8発で、搭載航空機はハルビンZhi-9Aヘリコプター2機である。排水量に対して兵装が多く、バランスが悪いと思われる。また、中国国産とはいえ旧ソ連艦艇のコピーで、1番艦就役が1971年という古さからも、戦力としては低いものとなっている。(注7)

 最新のフリゲートはチャンカイⅡ JIANGKAI江凱Ⅱ型フリゲートである。1番艦「530 徐州」が2008年11月に就役した。満載排水量3963トン、HHQ-16短距離艦対空ミサイル32発、YJ-83艦対艦ミサイル4連装発射機2基、76mm単装砲1門、30mm近接防御武器システム2基、6連装対潜ロケット2基、324mm3連装短魚雷発射管2基を装備している。16隻の建造が認められ中国の外洋進出の柱である。(注8)
 054型フリゲート、チャンカイⅠ JIANGKAIⅠ江凱Ⅰ型フリゲートは、1番艦「馬鞍山 MAANSHAN」が2001年12月に起工、2003年9月に進水、2005年2月に就役した。満載排水量3900トン、ディーゼル推進、兵装は100mm単装砲1門、RBU1000 6連装対潜ロケット発射機2基、HQ-7短距離艦対空ミサイル8発、YJ-83艦対艦ミサイル8発、30mm近接防御武器システム2基、324mm3連装魚雷発射管2基で、搭載航空機はハルビンZhi-9Cヘリコプター1機である。HQ-7短距離艦対空ミサイルはフランスのクロタル・ミサイルをライセンス生産したもので、ディーゼル機関もフランス製である。射撃統制装置、情報処理システムもフランス製が基になっている。フランスのラファイエット級フリゲートを意識した船体で相当なステルス性を意識した作りになっている。(注9)

 チャンウェイⅡ JIANGWEI Ⅱ型フリゲートは1番艦が1998年に就役し、10隻が建造されている。満載排水量2250トン、ディーゼル推進、兵装は100mm単装砲1基、37mm連装機銃4基、YJ-1艦対艦ミサイル8発、HQ-1短距離艦対空ミサイル8発、RBU1200対潜ロケット発射機2基で、搭載航空機はハルビンZ-9Aヘリコプター1機である。船体の大きさに比べ、多大な兵装でありバランスが悪いと思われる。(注10)

 チャンウェイⅡ型フリゲートのベースとなったチャンウェイⅠ型フリゲートは1番艦が1991年に就役し、チャンウェイⅡ型のHQ-7短距離艦対空ミサイルがHQ-61短距離艦対空ミサイルとなっている以外の兵装は全く同じで、満載排水量も同じである。各種センサー、電子戦システム、情報処理装置などが変更されたと思われる。両艦あわせて14隻建造された。(注11)

 チャンフ- JIANGHU型フリゲートは1970年代から1989年までの長きにわたり建造された中国の主力フリゲートである。満載排水量が1700トンであるにもかかわらず、乗員が200人と多く、兵装も多大である。自動化が遅れていると推測される。長きにわたって建造されたこともあって30隻あり、Ⅰ型からⅣ型まであり、各型によって各種センサー、電子戦システムは変更されていると思われる。兵装は攻撃力重視で、短距離での水上戦闘においては威力を発揮すると思われるが、近代水上戦闘には不向きだと思われる。(注12)

 攻撃型原子力潜水艦には091型ハン級がある。1974年に1番艦が就役し、以後5隻が就役している。水中排水量5550トン、原子力ターボ・エレクトリック推進、兵装は533mm魚雷発射管6門で、水中速力25ノット、潜航深度300メートルと一流の能力を持っている。(注13)

093型攻撃原子力潜水艦は1994年からロシアの専門家の協力で開発された。静粛性に優れ、合衆国海軍、ロシア海軍に追いついたともいわれる。水中排水量6096トン、原子力蒸気タービン推進、全長107m、幅11m、533mm魚雷発射管6門を有する。1番艦407が2006年12月に就役している。(注14)

 094型戦略原子力潜水艦は潜水艦発射弾道ミサイルJL-2を12基搭載する。1番艦411が2007年に就役している。水中排水量8000トン、原子力蒸気タービン推進、兵装はJL-2を12基、533mm魚雷発射管6門である。4隻が就役した。

 キロ級潜水艦は1993年に発注、1995年に回航された。12隻が就役している。水中排水量3076トン、水中速度17ノット、ディーゼル・エレクトリック推進、533mm魚雷発射管6門を装備している。静粛性に優れ、発見が困難である。浅海での作戦に適しており、中国近海の環境に適している。(注15)
 中国国産の新鋭潜水艦にはユアン YUAN級潜水艦がある。水上排水量2400トン、水中排水量3000トン、ディーゼル・エレクトリック推進、533mm魚雷発射管6門と一流のものとなっている。(注16)

ソン SONG級潜水艦は、中排水量2250トン、水中速力22ノット、ディーゼル・エレクトリック推進、533mm魚雷発射管6門と一流の能力を誇っている。(注17)

 人民解放軍海軍の主力潜水艦はミン MING級潜水艦である。中国が独力で開発した通常推進型潜水艦で、1971年に1番艦が就役している。現在のところ16隻が就役しているが、1970年代においても時代遅れなデザインであったため、現在の潜水艦として一流とは言い難い。水中静粛性は悪いと思われる。水中排水量2113トン、ディーゼル・エレクトリック推進、水中速力18ノット、533mm魚雷発射管8門という攻撃力重視の潜水艦である。同じく主力潜水艦にソ連のロメオ級のコピーが40隻あった。あまりに古臭いその外観から察するに性能は現代の戦闘に耐えうるものではないと思われる。(注18)

 水陸両用作戦に使われる艦艇に071型(エアー・クッション揚陸艇4隻、ヘリコプター4機、兵員800名、大型車両20両搭載)3隻、072Ⅲ型(兵員250名、戦車10両搭載)10隻、072Ⅱ型(兵員250名、戦車10両搭載)10隻、072型(兵員200名、戦車10両搭載)7隻、074型(兵員250名、戦車2両搭載)12隻がある。

  中国人民解放軍海軍の航空部隊は戦闘機、攻撃機が主力であり、日本のように対潜哨戒機を重視している国とは傾向が違う。最新鋭の装備は西側陣営のF-15イーグル戦闘機に対抗するために旧ソ連が開発したスホーイSu-27戦闘機(初飛行1981年、自重17700kg、推力122,6kN×2、注19)で、高推力エンジンと高い運動性能でレーダーも高出力で優秀なものを搭載している。また、スホーイSu-27戦闘機の中国向け発展型スホーイSu-30MKK戦闘爆撃機、さらに発展させたスホーイSu-30MK2戦闘爆撃機の導入も始まっている。あわせて100機ほど調達している。また中国がロシアに無断でSu-27戦闘機をコピー生産した殲撃11BH J-11BH戦闘機、殲撃16 J-16戦闘機も配備され始めた。

 空母「遼寧」に搭載する戦闘機として、Su-27戦闘機の艦載機版Su-33戦闘機をウクライナから導入、Su-33戦闘機を模倣研究した中国国産版Su-33戦闘機である殲撃15 J-15戦闘機を開発、配備した。

1998年から人民解放軍海軍航空隊への配備が始まったのがJH-7戦闘攻撃機で、C-801空対艦ミサイル2発搭載可能である。(注20)

 殲撃8Ⅱ J-8Ⅱ(F-8Ⅱ)戦闘機は1990年に配備が始まった戦闘機である。天安門事件前の米中蜜月時代に「ピース・パール」計画として、グラマン、リットン、ウェスティングハウス・エレクトリックなどが開発に関与し、F-16A/Bファイティング・ファルコン戦闘機が搭載しているAN/APG-66レーダー火器管制装置、慣性航法装置、その他アヴィオニクスなどアメリカ製を導入する予定であったが、天安門事件によって頓挫している。初飛行は1994年と新しいが、ベースとなった殲撃8 J-8(F-8)戦闘機が新しいものでないために運動性能は良いものではないと思われる。自重は14300kg、推力は65,9kN×2である。(注21)

 殲撃8 J-8(F-8)戦闘機(自重15000kg、推力59,82kN×1)も海軍航空隊は保有しているが15機しか保有しておらず、今後の増備も少数にとどまると予想される(注22)。殲撃8戦闘機のベースとなった殲撃7 J-7(F-7)戦闘機(自重5275kg、推力59,82kN×1)も老朽化が進み、100機程度まで保有数が低下している(注23)。数の上で主力となっているのは旧ソ連のミコヤンMiG-19戦闘機/殲撃6 J-6(F-6)戦闘機で320機保有しているが、あまりにも古く空戦では活躍できず、対艦攻撃支援などに限られるだろう。またミコヤンMiG-19戦闘機/殲撃6 J-6戦闘機を改造した強撃5 Q-5(A-5)攻撃機を93機保有している。空戦ではなく対艦攻撃に重きを置いており、ある程度の実用性は認められる。(注24)

 爆撃機はイリューシンIl-28爆撃機をコピーしたH-5爆撃機が50機、ツポレフTu-16爆撃機をコピーしたH-6爆撃機が51機ある。(注25)

 人民解放軍海軍航空隊の航空機による対潜哨戒の中心は艦載ヘリコプターで、フランスのアエロスパシアル(現・ユーロコプター)のドーファン2の中国国内ライセンス生産品であるハルビンZ-9Aヘリコプターと、ロシアから輸入するカモフKa-28ヘリコプターが主力であり、今後とも両方が増備されていく模様である。

中国の航空戦力は、人民解放軍海軍航空隊とともに、人民解放軍空軍が担っている。人民解放軍空軍はスホーイSu-27戦闘機(NATOコード:フランカー)を1993年にロシアから26機を輸入したのを皮切りに、着実に輸入し続け機数を増やした。さらに1996年にはSu-27戦闘機の生産ライン輸入協定を調印し、1998年末からノック・ダウン生産を始めた。その後、中国国内でのライセンス生産も開始し、殲撃11 J-11戦闘機と名付けられ100機を保有している。また、Su-27を無断コピー製造した殲撃11Bの生産を開始した。中国国産のアヴィオ二クスを搭載し、生産数は多い。

Su-30MK2戦闘機を模倣開発した殲撃16 J-16戦闘機は戦闘爆撃機で中国国産のエンジン、アヴィオ二クスを搭載している。

さらにスホーイSu-30MKK戦闘爆撃機、Su-30MK2戦闘爆撃機をロシアから輸入しており、購入を続ける予定である。

 主力は殲撃8Ⅱ J-8Ⅱ(F-8Ⅱ)戦闘機を50機、殲撃8 J-8(F-8)戦闘機(初飛行1970年代半ば、自重15000kg、推力59,82kN×1)を100機以上(注26)、殲撃7 J-7(F-7)戦闘機(原型MiG-21戦闘機初飛行1956年、中国国内生産初飛行1970年代前半、自重5257kg、推力59,62kN×1)を400機保有、殲撃6 J-6(F-6)戦闘機を1000機保有、強撃5 Q-5(A-5)攻撃機(初飛行1965年、自重6654kg、推力36,52kN×2)を750機保有している。(注27)

 かつて少数であった第4世代戦闘機は300機以上となり、さらに旧世代戦闘機を数千機保有しているため周辺諸国の脅威となっている。ただ、殲撃6 J-6戦闘機はあまりにも古いので、デコイ(囮)や保管状態である。

 また、アメリカのエンジン輸出拒否によって計画が頓挫したイスラエルのラビ戦闘機を開発したイスラエル人技術者が農業技術者の名目で中国入りし、協力したことにより、殲撃10 J-10(F-10)戦闘機の開発がされた。殲撃10 J-10戦闘機は、アメリカ中央情報庁(CIA)の発表によると、イスラエルに輸出されたF-16ファイティング・ファルコン戦闘機の技術が流用されている模様で、周辺諸国にとって脅威となる。(注28)また、ダイバーターレス・インレットの殲撃10B J-10Bも開発され、配備され始めている。

 戦略爆撃機としてH-6を140機保有し、核戦略の一つとして重要視されている。また航空機発射巡航ミサイルCJ-10の発射母機として活用されている。

中国の核戦略の中で最も大きな比重を占めているのは地上発射の弾道ミサイルである。地上発射大陸間弾道ミサイルDF-5(CSS-4)(射程距離13000km、弾頭4MT)を20基、DF-3(CSS-2)中距離弾道ミサイル(射程距離2800km、弾頭3MT)、DF-4(CSS-3)中距離弾道ミサイル(射程距離4750~5400km、弾頭2Mt)、DF-21(CSS-5)中距離弾道ミサイル(射程距離2500km、弾頭250Kt)116基以上、DF-31(射程距離7200km以上)、DF-31A(射程距離1万2000km)36基以上を保有している。また夏 XIA級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(水中排水量6500トン、弾道ミサイル12基搭載)1隻、ゴルフ級弾道ミサイル搭載潜水艦(水中排水量2950トン、弾道ミサイル1基搭載)1隻にJL-1(CSS-N-3)潜水艦発射弾道ミサイル(射程距離2150km、弾頭250KT)を搭載している。JL-2潜水艦発射弾道ミサイルも配備中である。(注29)

また、核弾頭搭載可能な地対地巡航ミサイルも多く保有している。DH-10地対地巡航ミサイルは300基以上配備されていると思われる。

 空母保有は人民解放軍創設以来の念願だったが、その真意は隠し通してきた。1980年に艦隊世界一周を成功させたことによって空母保有の実現へ走り出した。

2008年12月23日、中国・国防省の黄雪平報道官は「空母は国家の総合力の表れだ。中国政府は各方面の要素を総合し、関係する問題を研究、考慮する。」と述べ、遂に制式に空母保有を宣言した。

空母保有の理由として「中国領海の主権と権益を守ることは軍の神聖な職域だ。」と強調した。

 

注1  防衛庁『平成15年版防衛白書』  同上 P62、63,64

  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

宇垣大成「中国/台湾の兵力比較」

海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』

注2   国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIP』92-93

海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P64

注3   海人社『世界の艦船』2011年9月号

注4   同上

注5   海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P66

注6   海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P70

   国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注7   海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P72

   国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注8   海人社『世界の艦船』2011年9月号

注9   海人社『世界の艦船』2011年9月号

注10  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P80

注11  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P78

   国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注12  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P82

注13  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P54

   国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注14  海人社『世界の艦船』2011年9月号

注15  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P56

   国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注16  海人社『世界の艦船』2011年9月号

注17  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P58

   国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注18  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P60

  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注19  エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P57

注20  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P114

注21  同上P115、エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P14

注22  同上P115、エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P13

注23  同上P116、エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P11

注24  同上P116、エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P12

注25  エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P253

注26  エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P15

注27  同上P11

注28  同上P16、『東アジア戦略概観2003』P149

注29  防衛庁『平成15年版防衛白書』P319、P320

 

     防衛省『平成26年度版防衛白書』資料1

 

 

 

第3章 東アジアの戦力 台湾   2000年代

 

 中国の軍事的圧力、脅威に絶えずさらされ続けている台湾は、近年まで1982年の米中コミュニケや、中国の圧力により近代兵器の購入が滞っていたが、1990年代以降ようやく近代化が可能になってきた。陸軍は12個師団、海軍陸戦隊2個師団とあわせて地上兵力27万人で、M60A3パットン戦車など旧式戦車を配備している。

 海上戦力の近代化は進んでおり、世界有数の強力な海軍となっている。現役兵力は6万8000人、水上戦闘艦は40隻、潜水艦は4隻、18隻の揚陸艦を保有、海軍陸戦隊の上陸作戦も可能である。

 最新鋭艦は康定(カンディン)級フリゲートである。これはフランスのラファイエット級フリゲートを輸入したものである。ラファイエット級フリゲートは本格的にステルス機能を取り入れた船体で、レーダー捜索は困難である。康定級フリゲートはフランスで船体を建造したが、電子装備、兵装は台湾において艤装が行われ、台湾オリジナルの兵装となっている。ラファイエット級フリゲートにはない対潜兵装が加えられたため、ステルス性が損なわれていると思われる。(注1)

康定(カンディン)級フリゲートは満載排水量3800トン、ディーゼル推進で、兵装はOTOメララ 76mm単装砲1門、40mm単装機銃2基、Mk32 324mm3連装短魚雷発射管2基、雄風Ⅱ艦対艦ミサイル8発、シー・チャパラル短距離艦対空ミサイル4発、Mk15ファランクス20mmバルカン近接防御武器システム1基である。搭載航空機はSH-60シー・ホーク哨戒ヘリコプターの民間バージョンであるシコルスキーS-70C(M)で、アメリカ製の対潜哨戒機器が装備されたものを1機搭載している。康定級フリゲートは1996年から1998年までに6隻が就役した。(注1)

 台湾の艦隊防空を担うのは成功(チェンクン)級艦隊防空ミサイル・フリゲートである。これはアメリカのオリヴァー・ハザード・ペリー級艦隊防空ミサイル・フリゲートを台湾でライセンス生産したものである。1993年から8隻が就役している。満載排水量4105トン、ガス・タービン推進、兵装はMk13発射機にRIM-66スタンダードMR艦対空ミサイルを装備、OTOメララ 76mm単装砲1門、40mm単装機銃2基、雄風Ⅱ艦対艦ミサイル8発、Mk32 324mm3連装短魚雷発射管2基、Mk15ファランクス20mmバルカン近接防御武器システム1基である。搭載航空機はシコルスキーS-70Cヘリコプター2機である。(注2)

 対潜戦で主力となるのは合衆国海軍の中古艦船を購入したノックス級フリゲートである。満載排水量4260トン、蒸気タービン推進、兵装はMk42 127mm単装砲1門、20mm単装機銃4基、Mk32 324mm短魚雷発射管2基、8連装対潜ロケット発射機1基である。搭載航空機はマクドネル・ダグラスMD500小型ヘリコプターで、小型なためその能力は限られたものになるだろう。1972年に合衆国海軍で就役し、1993年に台湾が購入、就役させている。台湾はノックス級フリゲートを8隻配備している。(注3)

 ギアリング級駆逐艦は、合衆国海軍の中古艦船で1946年に建造された非常に古い艦で、1980年代に近代化工事を実施、RIM-66スタンダードMR艦対空ミサイルを発射可能にしていた。満載排水量は3540トン、蒸気タービン推進、兵装は76mm単装砲1門、40mm単装機銃2基、12,7mm機関銃6基、RIM-66スタンダードMR艦対空ミサイル10発、雄風Ⅱ艦対艦ミサイル4発、8連装対潜ロケット発射機1基、Mk32 324mm3連装短魚雷発射管2基である。搭載航空機はマクドネル・ダグラスMD500ヘリコプターである。台湾海軍はギアリング級駆逐艦を最近まで7隻保有していた。(注4)

 キッド級艦隊防空ミサイル駆逐艦は、1970年代半ば王政イランがアメリカに発注した駆逐艦である。イラン・イスラム革命でイランは購入断念を余儀なくされ、合衆国海軍が購入することになった艦船である。1981年から1982年に竣工している。満載排水量は9547トン、ガス・タービン推進、兵装はMk42 127mm単装砲2門、Mk26発射機にRIM-66スタンダードMR艦対空ミサイルなど88発装備、Mk141発射機にRGM-84ハープーン艦対艦ミサイル8発、Mk32 324mm短魚雷発射管2基、Mk15ファランクス20mmバルカン近接防御武器システム2基、搭載航空機はシコルスキーSH-60Bシー・ホークの民間版であるシコルスキーS-70Cヘリコプターである。台湾海軍はキッド級艦隊防空ミサイル駆逐艦を4隻導入し、飛躍的な戦力向上となった。(注5)

 潜水艦は4隻配備されている。1987年と1988年に就役した海龍(ハイルン)級潜水艦は、オランダのウィルトン・フィエノルド社が建造し、台湾が初めて購入した近代的潜水艦である。水中排水量2660トン、ディーゼル・エレクトリック推進、533mm魚雷発射管6門と、先進国の潜水艦として遜色のないものとなっている。海龍級潜水艦導入以前に台湾が保有していた潜水艦は1945年に合衆国海軍が建造したガピーⅡ級潜水艦のみであったので、台湾の潜水艦作戦能力は大幅に向上した。(注5)

 台湾空軍も1990年代以前は旧型戦闘機を配備するだけであり。その戦力は非常に弱いものであった。しかし、中国が着実に空軍力を向上させていった事態に対して、まず1992年前半にフランスからダッソ-・ミラージュ2000-5戦闘機(初飛行1978年、自重7490kg、推力95,1kN×1)を60機導入し(注6)、1992年秋にはアメリカのブッシュ大統領がテキサス州フォート・ワースのロッキードの戦闘機工場においてF-16戦闘機の売却を認め、台湾空軍はF-16A/Bブロック20ファイティング・ファルコン戦闘機を150機導入することになった。第4世代戦闘機を210機導入した2005年の台湾の空軍力は一流のものとなった。台湾空軍はこれら輸入した第4世代戦闘機210機に加え、アメリカの支援を得て開発された国産のF-CK-1経国戦闘機(自重6386kg、推力41,1kN×2)130機、ノースロップF-5EタイガーⅡ戦闘機(初飛行1972年、自重4410kg、推力22,2kN×2)も150機配備しており(注7)、中国軍の攻勢に対抗しているが、中国の大幅な軍拡の前に依然苦境に立たされている。また台湾の防空システムはレーダーによる警戒網、高度な情報通信システム、グラマンE-2Tホーク・アイ早期警戒機などで構成される。

 

注1  海人社『中国/台湾海軍ハンドブック改訂第2版』P126,127

注2  同上P124,125

注3  同上P128,129

注3  同上P122,123

注4  同上P121

注5  『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注6  エア・ワールド『世界軍用機年鑑1993-94』P19

注7  同上P92


 

 

 第4章 東アジア各国の戦力 韓国   2000年代

 

 北朝鮮の侵攻から防衛するため、世界有数の戦力を保有する韓国は、陸上戦力を中心にした態勢から海軍力、空軍力を重視したものへと変貌を遂げつつある。陸軍は3個軍、22個師団、海兵隊は2個師団で陸上戦力は60万人、さらに予備役27個師団、400万人を揃えている。装備面では韓国国産のK-2戦車、K-1戦車シリーズ、M48A5パットン戦車などを約2200両、K-9 155mm自走砲、ゼネラル・ダイナミクスM110 203mm自走砲、ローラル・ヴォート・システムズM270多連装ロケット発射システムなどからの多数の火砲、ベルAH-1J/Fヒューイ・コブラ攻撃ヘリコプターが空から敵機甲部隊、歩兵部隊を攻撃する態勢となっており、その近代化された装備と、兵士の高い士気、世界有数の陸軍力で北朝鮮に対抗する。また、レンジャー部隊や陸軍特殊部隊(ブラック・ベレー)、警察特殊部隊(KNP-SWAT)など、テロ・ゲリラ・コマンド対処部隊も充実している。(注1)

 韓国海軍は現役3万3000人、徴兵1万7000人、予備役9000人で、艦艇は約200隻、15万トンである。(注2)

 クアンゲトデワン級駆逐艦は満載排水量3855トン、ディーゼル・ガスタービン推進、兵装は127mm単装砲1門、Mk141発射機にRGM-84ハープーン艦対艦ミサイル8発、Mk32 324mm3連装短魚雷発射管2基、ゴール・キーパー30mm近接防御武器システム2基である。1998年から2000年までに3隻が就役した。これはKDXと名付けられた駆逐艦建造計画である。クアンゲトデワン級は、日本が同時期に導入した汎用護衛艦の「むらさめ」級よりも満載排水量がかなり小さいにもかかわらず、「むらさめ」級護衛艦よりも重装備である。そのため上部構造物が大きくなっていてバランスが悪い。(注2)

 チュンムゴン・イ・スンシン級駆逐艦はKDX-2計画の艦船である。満載排水量4800トン、ディーゼル・ガスタービン推進、兵装はMk41発射機32セルにRIM-66スタンダードMR艦対空ミサイル、Mk141発射機にRGM-86ハープーン艦対艦ミサイル8発、Mk45 127mm単装砲1門、Mk32 324mm3連装短魚雷発射管2基、Mk49発射機2基にRIM-116回転飛翔体ミサイル近接防御艦対空ミサイル42発、ゴール・キーパー30mm近接防御武器システム1基である。搭載航空機はスーパー・リンクス哨戒ヘリコプター2機である。1番艦チュンムゴン・イ・スンシンが2002年5月に進水して、2003年に就役した。以後、6番艦まで建造されている。(注3)

 ウルサン級フリゲートは韓国初の国産水上戦闘艦で、満載排水量2180トン、ディーゼル・ガスタービン推進、Mk141発射機にRGM-84ハープーン艦対艦ミサイル8発、Mk32 324mm3連装魚雷発射管2基、30mm連装機銃4基で、おもに水上戦闘を想定しているとみられる。ウルサン級フリゲートは1981年から1993年までに9隻が建造された。排水量に比較して、兵装が多いため上部構造物が大きくなっており、また上部構造物もアルミニウム合金でできておりダメージ・コントロールに問題がある。しかし、問題は残しつつも本格的水上戦闘艦を国産したことは韓国海軍にとって大きな意義があったと思われる。(注2)

 KDX-3、セジョン・デワン級駆逐艦は、合衆国海軍のアーレイ・バーク級イージス駆逐艦フライトⅡAをベースに韓国で生産したものである。近接防御武器システムはアーレイ・バーク級駆逐艦のMk15ファランクス20mmバルカン機関砲近接防御武器システムから、RIM-116回転飛翔体ミサイル近接防御武器ミサイルシステムに変更されている。電子戦システムは韓国国産システムを搭載している。満載排水量10290トン、ガス・タービン推進、兵装はスタンダードSM2艦対空ミサイル用Mk41垂直発射システム80セル、天竜巡航ミサイル/赤鮫対潜ロケット用垂直発射システム48セル、海星艦対艦ミサイル8発、RIM-116回転飛翔体ミサイル近接防御武器ミサイルシステム2基である。

 チャンボコ級潜水艦はドイツHDW社の209型潜水艦を韓国でライセンス生産したものである。1番艦はドイツで建造され、2番艦と3番艦は韓国でノック・ダウン生産した。4番艦からは韓国で建造している。1993年から2001年までに9隻が就役した。ディーゼル・エレクトリック推進で、水中排水量は1285トン、水中速力22ノット、兵装は533mm魚雷発射管8門である。短期間に大量の潜水艦を装備したため、まだ潜水艦作戦は成熟してないとみられる。チャンボコ級潜水艦は533mm魚雷発射管からUGM-84ハープーン潜対艦ミサイルを発射可能にする改良工事と、近代化計画を進めている。(注3)

 ソン・ウォンイル級潜水艦はドイツのHDW社が開発した214型がベースとなっている。ディーゼル・エレクトリックと大気独立推進で、水中排水量1860トン、兵装は533mm魚雷発射管8門である。

1番艦ソン・ウォンイルは2006年に就役している。9番艦までの建造が認められている。

 このほかに韓国海軍は小型艦艇を多数装備している。小型なため単能艦が多い。1000トン・クラスのコルベットが28隻、満載排水量183トンの高速戦闘艦シー・ドルフィン級を83隻、などを保有しており、沿岸警備を主な任務としている。また、ロッキード・マーティンP-3C対潜哨戒機は8機のみ導入、対潜能力強化にまったくなっていない。

 韓国空軍の主力装備はアメリカの資金援助で導入されたロッキード・マーティンF-16C/Dファイティング・ファルコン戦闘機(KF-16)180機、アメリカの中古を無償譲渡してもらったマクドネル・ダグラスF-4D/EファントムⅡ戦闘機130機、アメリカの援助品であるノースロップF-5E/FタイガーⅡ戦闘機である。(注6)

F-4D/EファントムⅡ戦闘機の後継としてボーイングF-15Eストライク・イーグルの韓国仕様で、射程距離300kmのAGM-84H SLAM-ER空対地ミサイル2発を装備可能なボーイングF-15Kスラム・イーグル戦闘爆撃機を2002年4月19日に採用決定し、とりあえず40機導入した。その後も増備された。

F-5E/FタイガーⅡ戦闘機の後継としては、韓国がロッキード・マーティンに設計を依頼し、韓国KAIが生産するFA-50ゴールデン・イーグル戦闘攻撃機がある。練習機T-50から発展させたもので能力は限られるが、北朝鮮の空軍力にはじゅうぶん対応できるだろう。

地上防空警戒システムが脆弱な韓国は早期警戒機の導入を目指し、ボーイングE-737ピース・アイ(ボーイング737AEW&Cウェッジ・テイル)空中早期警戒機を導入した。

また、韓国の保有できる対地ミサイルは射程距離180kmまでだったアメリカとのガイドライン(米韓ミサイル指針)を無視し、なし崩しで距離射程300kmの小型巡航ミサイルを多数装備した。さらに韓国は射程距離800kmから1000kmの小型巡航ミサイル開発を進め、射程距離800kmの弾道ミサイルの開発している。日本にも照準があわされることが表明されている。

 

注1  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注2  国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

    『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

海人社編集部「韓国海軍の現況と将来」

海人社『世界の艦船』2003年3月号P104

注3  『JANE‘S FIGHTING SHIPS』10-11

注4  海人社『世界の艦船』2003年3月号P105

注6  エア・ワールド『世界軍用機年鑑 1993-94』P254

 

 

 

第5章 東アジア各国の戦力 北朝鮮  2000年代 

 

 

北朝鮮の総兵力は110万人、そのうち陸軍が100万人、27個師団である。主な装備は旧ソ連の戦車がベースの「暴風号」戦車、「天馬号」戦車、旧ソ連のT-62戦車、T-54/55戦車が3500両、歩兵戦闘車4000両、自走砲4500門、野砲7000門、多連装ロケット発射システム2400両、重迫撃砲9000門で、機甲化、機械化、装甲化はある程度進んでいるとみられるが、稼働率に問題がある。陸軍の配備状況は非武装地帯DMZ周辺に全戦力の70%以上を配置し、南進を前提とした梯隊の軍団配置で、守勢に追い込まれると不利になりそうである。

 北朝鮮は正規戦力では数的に圧倒しているものの、近代化された韓国軍、合衆国軍、自衛隊には対抗できないため、特殊部隊によるゲリラ作戦、撹乱、陽動作戦、心理戦をとる。人民武力省総参謀部のもとに特殊軍団(旧・第8軍団)、偵察局(8個特殊部隊)がおかれ、指揮は軽歩兵教導指導局、労働党35室(対外調査部)がとると思われる。特殊軍団は敵地における破壊工作を遂行する6個狙撃旅団、敵軍事施設、社会基盤の占拠をおこなう2個水陸両用狙撃旅団、敵航空基地、レーダーの破壊を目的とする2個空軍狙撃旅団、敵主要施設の占領を任務とする3個軽歩兵空挺旅団、敵地潜入情報収集をおこなう17個偵察大隊、要人拉致・暗殺、主要産業基盤破壊、テロ工作、長期敵地潜入・革命地下組織育成をおこなう偵察局8個特殊部隊が主要な部隊で、装備は60mm迫撃砲、RPG-7 対戦車ロケットてき弾砲、AT-3 対戦車ミサイル、SA-16携帯地対空ミサイル、AK-47 7,62mm×39自動小銃、AKS-74 5,45mm自動小銃、VZ61サブ・マシンガン、FNブローニング・ハイパワー 9mm×19自動拳銃、手榴弾、携帯用化学兵器、GPS受信機、無線装置、暗号通信装置などである。

労働党統一戦線部は資金調達、労働党対外連絡部は朝鮮総連など外国朝鮮人組織への指導、労働党作戦部は工作員派遣、要人拉致・暗殺を目的とし、対韓国に3000人、対日本に500人が配備されている。労働党35室(対外情報調査部)は情報収集とともに、拉致活動、テロリズム作戦、長期潜入工作活動をおこなう。隷下に偽造パスポートを利用して日本・韓国に潜入する直接浸透課、南北間の交流においての工作活動をおこなう南北会談課、海外出張・海外留学の日本人、韓国人への接触、浸透、工作をおこなう海外担当課、韓国、日本の国情の情報収集、調査、評価、研究を行う南朝鮮研究所、北朝鮮の工作活動を支援する団体を管理する外郭団体課がある。

労働党35室(旧・対外情報調査部)は日本、韓国以外の国で外交官の身分を利用して、北朝鮮大使館を拠点に日本人、韓国人の拉致、情報収集、工作を展開する。35室の上部機関として労働党作戦部があり、工作員の育成、工作員、ゲリラ・コマンド部隊の敵地への投入、金正日政治軍事大学での工作員育成教育、在日朝鮮人ゲリラ部隊の育成をおこなっている。

労働党対外連絡部は工作員を長期にわたり日本、韓国に潜入させ、工作活動、情報収集を実施している。また朝鮮総連への指導や、工作のためのダミー会社設立を担当していると思われる。

北朝鮮の海軍力は、近代戦に耐えうるものではないと思われるが、工作員、ゲリラ、コマンドの敵地浸透のための特殊装備、違法装備は数多く装備しているようである。サンオ級小型潜水艦21隻、半潜水艇50隻、小型ガス・タービン搭載高速巡航艤装漁船、艤装漁船や貨物船に搭載されている小型高速ボート、小型潜水艇、水中スクーターを装備し、レーダー、ソナーでの捜索が困難で、目視による発見も困難、港湾での審査も難しい。

空軍力はロシア製MiG-29戦闘機、MiG-23戦闘機、スホーイSu-25攻撃機などを保有している。主力はアントノフAn-2輸送機300機で、ゲリラ・コマンド部隊の輸送である。ほかに木製グライダー、気球などレーダーでの捜索が困難な航空機でゲリラ・コマンド部隊の輸送が考えられる。

1980年代半ばまでに、ソ連の開発したスカッド弾道ミサイルを改良したスカッドBミサイル、スカッドCミサイルを配備、韓国と日本の本州西部、九州北部の脅威となってきた。1992年には射程距離1300kmのノドン1号の開発に成功し、1993年には日本海・能登半島沖にノドン1号の試射をおこない成功、日本に対する脅威は非常に強まった。ノドン1号はすでに200基は配備されている模様である。さらに1998年には日本国土を超えるかたちでテポドンを試射した。テポドン2、ムスダンなどより射程の長い弾道ミサイルも開発中である。

また、化学兵器、生物兵器、核兵器の配備にも力がそそがれ、すでに保有、配備したものと考えられる。

 北朝鮮は西ドイツの商社を利用して、マクドネル・ダグラスMD500ヘリコプターを87機購入した。MD500は合衆国陸軍MH-6リトル・バード、韓国陸軍OH-6カイユースと同じ形で、北朝鮮はMD500を韓国陸軍OH-6の塗装と同じ塗装にして運用している。また、北朝鮮はアフリカから黒人兵を買い、合衆国陸軍の戦闘服を着せている。

 

 

注1  防衛庁『平成15年版防衛白書』P50

注2  合衆国太平洋軍作戦計画5055に関する各種情報、報道による

コウ・ヨンチョル「工作船に見る北の対日工作」        

    ジャパン・ミリタリー・レビュー『軍事研究』2002年12月号

    コウ・ヨンチョル『北朝鮮特殊部隊 白頭山3号作戦』講談社

 

    恵谷治『対日潜入工作』宝島社

 

 

 

 第6章 東アジア各国の戦力 ロシア軍   2000年代

 

 ロシア軍は極東地域に、シベリア軍管区、極東軍管区を置き、地上軍11万人を配備している。ハバロフスクに3個師団、ソビエツカヤガワニに4個師団、ペトロハヴロフスクに1個師団、サハリンに1個師団、日本の北方領土に1個旅団を配置しており、さらにウラジオストクに海軍歩兵師団を1個師団配置している。主な装備はT-14アルマータ戦車、T-95戦車、T-80戦車、T-72戦車、各種歩兵戦闘車、各種装甲兵員輸送車で、機械化、機甲化が進んでおり、旧ソ連時代と比較して戦力は減少しているものの、いまだ潜在的な能力は侮れないものとなっている。(注1)

 ロシア海軍は兵力17万5000人で、北洋艦隊、バルチック艦隊、黒海艦隊、太平洋艦隊の4個艦隊を有しており、太平洋艦隊は北洋艦隊とともに主力艦隊である。

 空母アドミラル・グズネツォフは満載排水量59439トン、蒸気タービン推進、兵装はSA-N-9短距離艦対空ミサイル32発、SS-N-19艦対艦ミサイル12基、CADS-N-1近接防御システム8基、30mm近接防御武器システム6基、RBU12000 10連装対潜ロケット発射機2基で、艦載航空機はスホーイSu-33戦闘機、ミコヤンMiG-29K/KUB戦闘機、スホーイSu-25UTG練習機など固定翼機22機、カモフKa-31早期警戒ヘリコプターなどヘリコプター17機である。

 キーロフ級原子力巡洋艦は満載排水量24690トン、原子力蒸気タービン推進、兵装はSA-N-20艦対空ミサイル96発、SA-N-9短距離艦対空ミサイル16発、SA-N-4短距離艦対空ミサイル連装発射機2基、SS-N-19艦対艦ミサイル20発、CADS-N-1近接防御システム6基、RBU1000 6連装対潜ロケット発射機2基、RBU12000 10連装対潜ロケット発射機1基、533mm5連装魚雷発射管2基である。艦載航空機はカモフKa-27ヘリコプター3機である。

 スラヴァ級艦隊防空ミサイル巡洋艦は1番艦が1982年に就役し、太平洋艦隊には、011「ワリヤーグ」が配備されている。スラヴァ級艦隊防空ミサイル巡洋艦は満載排水量11490トン、ガス・タービン推進、130mm連装砲2門、SA-N-6艦対空ミサイル64発、SA-N-4短距離艦対空ミサイル4発、SS-N-12艦対艦ミサイル16発、30mm近接防御武器システム6基、533mm5連装魚雷発射管2基、12連装対潜ロケット発射機2基、搭載航空機はカモフKa-50ヘリコプター(NATOコード:へリックス)で、対空戦能力とともに、対艦戦能力が非常に重視されている。(注2)

 ソブレメンヌイ級艦隊防空ミサイル駆逐艦は1番艦が1980年に就役し、18隻が就役したが、12隻が退役した。満載排水量8067トン、蒸気タービン推進、兵装は130mm連装砲2門、SA-7艦対空ミサイル単装発射機2基またはSA-N-12艦対艦ミサイル単装発射機2基、SS-N-22艦対艦ミサイル8発、30mm近接防御武器システム4基、533mm5連装魚雷発射管2基、搭載航空機はカモフKa-27ヘリコプター1機である。SS-N-22艦対艦ミサイル(NATOコード:サンバーン)は、マッハ2のスピードで巡航し、迎撃されにくいよう超低空をS字状に飛行するもので、西側諸国の最新鋭迎撃システムでも迎撃困難である。ソブレメンヌイ級艦隊防空ミサイル駆逐艦の攻撃能力は高いが、基本設計は1970年代のもので、電子戦装置など電子装備は古い。(注3)

 ウダロイ級駆逐艦は、1980年に1番艦が就役し、13隻が就役したが、現役は8隻であり、そのうち半数が太平洋艦隊の所属である。満載排水量は8500トン、ガス・タービン推進、兵装は100mm単装砲2門、SS-N-12艦対潜ロケット16発、SA-N-9短距離艦対空ミサイル64発、30mm近接防御武器システム4基、12連装対潜ロケット発射機2基、533mm4連装魚雷発射管2基、搭載航空機はKa-27ヘリコプター2機である。対潜戦に重きを置いた艦で、個艦防空に非常に力が注がれている。

 カシン級駆逐艦は満載排水量4826トン、ガス・タービン推進、兵装はSA-N-1艦対空ミサイル連装発射機2基、SS-N-25艦対艦ミサイル4連装発射機2基、76mm連装砲1基、RBU6000 12連装対潜ロケット発射機2基、533mm5連装魚雷発射管1基で、搭載航空機は無い。20隻が建造された。

 クリヴァック級フリゲートは1970年に1番艦が就役し、41隻が建造された。満載排水量は3560トン、ガス・タービン推進、兵装は100mm単装砲1門、SA-N-4短距離艦対空ミサイル連装発射機1基、12連装対潜ロケット発射機2基、533mm4連装魚雷発射管2基、30mm近接防御武器システム2基である。小型艦ながら対潜装備と個艦防空は充実している。

 ステレグシュチイ級フリゲートは2007年に就役がはじまった新世代フリゲートで、満載排水量2235トン、ディーゼル推進、兵装は9M96艦対空ミサイル16セル、SS-N-25艦対艦ミサイル8発、100mm単装砲1基、CADS-N-1近接防御システム1基、30mm近接防御システム2基で、搭載航空機はカモフKa-27ヘリコプター1機である。8隻が配備中である。

 ネウストラシムイ級フリゲートは、満載排水量4318トン、ガス・タービン推進、兵装はSA-N-9短距離艦対空ミサイル32発、SS-N-25艦対艦ミサイル8発、100mm単装砲1基、CADS-N-1近接防御システム2基、RBU12000 10連装対潜ロケット発射機1基、533mm5連装魚雷発射管4基、搭載航空機はカモフKa-27ヘリコプター1機である。2隻が現役である。

 グリシャ級フリゲートは満載排水量1219トン、ディーゼル推進、兵装はSA-N-9短距離艦対空ミサイル発射機1基、57mm連装砲1基または76mm単装砲1基、30mm近接防御武器システム1基、533mm4連装魚雷発射管2基、RBU6000 12連装対潜ロケット発射機2基である。94隻が建造された。

 ゲパルド級フリゲートは満載排水量1961トン、ディーゼル・ガスタービン推進、兵装はSA-N-4短距離艦対空ミサイル連装発射機1基、SS-N-25艦対艦ミサイル8発、SS-N-30巡航ミサイル8発、76mm単装砲1基、CADS-N-1近接防御システムまたは30mm近接防御武器システム2基である。搭載航空機は無い。

  オスカーⅡ級巡航ミサイル搭載原子力潜水艦は、1980年に1番艦が就役し、1997年までに11隻が就役したが、現役は6隻で、太平洋艦隊には4隻が配備されている。搭載巡航ミサイルは、西側諸国の艦隊攻撃を想定した対艦巡航ミサイルである。水中排水量は18300トン、原子力蒸気タービン推進、水中速力28ノット、兵装はSS-N-19潜対艦ミサイル24発、650mm魚雷発射管2門、533mm魚雷発射管4門である。

 アクラ級攻撃型原子力潜水艦は、1988年に1番艦が就役し、18隻が就役した。水中排水量9100トン、原子力蒸気タービン推進、水中速力28ノット、兵装は533mm魚雷発射管2門、650mm魚雷発射管4門である。特徴的なことは音響のステルス性を追求したことで、静粛性にも優れている。

 ヴィクター級攻撃型原子力潜水艦は、1960年代に1番艦が就役し、26隻建造されたが、現役はヴィクターⅢ級攻撃型原子力潜水艦4隻のみである。ヴィクターⅢ級攻撃型原子力潜水艦の1番艦は1988年に就役し、水中排水量は6401トン、原子力蒸気タービン推進、水中速力30ノット、650mm魚雷発射管2基、533mm魚雷発射管4基、である。

 シエラⅠ級攻撃型原子力潜水艦は、1984年に1番艦が就役し、2隻が建造され、1隻が現役で、1隻が改修作業中である。水中排水量8230トン、原子力蒸気タービン推進、水中速力34ノット、兵装は650mm魚雷発射管4基、533mm魚雷発射管4基である。特徴はチタニウム製であることである。

 シエラⅡ級攻撃型原子力潜水艦は、1990年に1番艦が就役し、1隻が現役、1隻が修理中である。水中排水量9246トン、原子力蒸気タービン推進、水中速力32ノット、兵装は650mm魚雷発射管4基、533mm魚雷発射管4基、である。特徴はチタニウム製であることである。

 キロ級攻撃型ディーゼル・エレクトリック推進潜水艦は、非常に静粛性に優れ、発見が困難である。1982年に1番艦が就役し、26隻建造されたが、15隻が退役し、4隻が建造中、太平洋艦隊には4隻が配備されている。水中排水量は3076トン、ディーゼル・エレクトリック推進、水中速力17ノット、533mm魚雷発射管6門を装備する。

 ラダ級攻撃型ディーゼル・エレクトリック推進潜水艦は、1番艦「サンクトペテルブルグ」が就役し、2隻が建造中である。水中排水量は2693トン、水中速力21ノット、533mm魚雷発射管6基を装備する。

 ロシアの航空戦力は、空軍、防空軍、海軍であったが、防空軍は空軍に吸収された。最盛期の1980年代中盤と比較して、半数以下の大幅な減少である。主力はスホーイSu-27戦闘機、スホーイSu-30戦闘爆撃機、ミコヤンMiG-31戦闘機(初飛行1979年、自重21825kg、運用重量41000kg、推力151,9kN×2)、ミコヤンMiG-29戦闘機(初飛行1977年、自重8175kg、推力81,4kN×2)など、第4世代機が大部分を占める。ミコヤンMiG-29戦闘機 220機ミコヤンMiG-31戦闘機 240機スホーイSu-27戦闘機 159機スホーイSu-30戦闘爆撃機 不明スホーイSu-35戦闘爆撃機 不明スホーイSu-34戦闘爆撃機 少数スホーイSu-24戦闘爆撃機 413機スホーイSu-25攻撃機 202機、ISR(情報収集)機(戦闘機型・爆撃機型・輸送機型) 192機輸送機 523機ツポレフTu-22M-3バック・ファイアー爆撃機 66機、ツポレフTu-95ベア爆撃機 71機ツポレフTu-160ブラックジャック爆撃機 17機である。

 ロシアの核戦略は大陸間弾道ミサイルが中心である。特にロシアの大陸間弾道ミサイルは移動式で、早期発見は困難である。大陸間弾道ミサイルはSS-18(射程距離16000km、各個誘導多核弾頭500KT×10)が54基、SS-19(射程距離9000、各個誘導多核弾頭750×6)、が40基、SS-24(射程距離10000km、各個誘導多核弾頭550KT×10)が46基、SS-25(射程距離10500km、弾頭550KT)が160基、SS-27(射程距離10500km、弾頭550kt)が28基である。RS-24が24基である。

潜水艦発射弾道ミサイルは667BDRデルタⅢ級弾道ミサイル搭載潜水艦4隻、667BDRMデルタⅣ級弾道ミサイル搭載潜水艦7隻、941タイフーン級弾道ミサイル搭載潜水艦1隻、955/955Aボレイ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦3隻、885/885Mヤーセン級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦1隻に、SS-N-8(射程距離9100km、弾頭1MT)、SS-N-18(射程距離8000km、各個誘導多核弾頭100KT×7)が48基、SS-N-20(射程距離8300km、各個誘導多核弾頭100KT×4)、SS-N-23(射程距離8300km、各個誘導多核弾頭100KT×4)が96基である。核弾頭搭載巡航ミサイルSS-N-21(射程距離3000km、弾頭200KT)もある。

  戦略爆撃機はツポレフTu-160爆撃機が11機、ツポレフTu-95MSが55機で、核爆弾は約200基である。後継爆撃機にPAK-DA未来型長距離航空機を開発中である。

 

注1 国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』95-96

注2 『JANE‘S FIGHTING SHIPS』92-93

注1 海人社『世界の艦船』2003年3月号「ロシア太平洋艦隊」P36

注2 同上P36

注3 同上P37

注4 同上P37

注5 同上P34

注6 同上P35

注7 同上P35

注8 『平成15年版防衛白書』P69

注9 エア・ワールド」『世界軍用機年鑑1993-94』P49

注10 同上P47

注11 『平成15年版防衛白書』P319、『平成26年版防衛白書』資料1

注12 同上P320

注13 同上P319


 

 

 第7章 日本の危機 

 

第1節 日本の危機 北朝鮮

 

 北朝鮮は、1990年の福井県での工作潜入ボート発見事件、1999年の工作船事件などで明らかになったように、日本に常時、工作員、ゲリラ・コマンド部隊を潜入させ、自動小銃、機関銃、重機関銃、対戦車ロケット弾、小型迫撃砲、携帯地対空ミサイル、手榴弾、高性能爆薬、化学兵器などを武器に、朝鮮半島有事の際の在日アメリカ軍基地、自衛隊基地・駐屯地、重要防護施設、要人・社会基盤(空港、港湾施設、道路、鉄道、水道施設、発電所、ガス施設、変電所、高圧線、ダムなど)、人口密集地に対する攻撃、心理戦を準備している。さらに朝鮮総連の非公然分子にたいしての教育、指導によって育成されたゲリラ・テロ戦の用意、日本国内に存在する反政府過激派との連動作戦、便乗攻撃が予想される。そして、日本の政界、官界、学界、マス・メディア、財界への浸透工作や、非合法の資金調達手段としての偽造通貨流通、麻薬・覚醒剤売買、軍事関連機器購入を続けている。

 1992年には射程距離1000kmのノドン1号弾道ミサイルを完成させ、日本の大半を射程に収めた。1993年3月には能登半島沖にノドン1号を試射し、日本に脅威を与える弾道ミサイルの完成に成功した。ノドン1号は核弾頭、化学兵器弾頭、生物兵器弾頭が搭載可能で、落下速度は非常に速く、迎撃は困難である。また移動可能で早期発見は困難である。ノドン1号は200基を超える数が実戦配備された模様である。

 1999年8月31日には、日本全土を射程におさめるテポドン1号が日本国土を通過するかたちで試射され、日本だけでなく同盟国アメリカにも脅威となった。さらに北朝鮮はテポドン2号、ムスダンを開発中で、脅威の広範囲化をはかっている。

 北朝鮮は早い時期から化学兵器、生物兵器を保有していたが、1994年の国際原子力機関(IAEA)の原子力施設への特別査察を拒否、妨害し、核兵器開発への疑念は深まった。カーター元大統領の訪朝と、クリントン大統領の米朝合意によって北朝鮮は本来、核開発を中断すべきであったが、カーターとクリントンの北朝鮮への甘い態度は、北朝鮮の核開発継続を許し、北朝鮮は黒鉛減速炉の燃料棒からプルトニウムを抽出し、核爆弾の製造をおこなったと思われる。


 

 

 

 第2節 日本の危機 中国

 

 中国は1989年以来、国防費を対前年度比10%以上増加させ続けている。さらに、この国防費の中には装備導入費、研究開発費などは含まれていない。ロシアからの輸入兵器であるスホーイSu-27戦闘機、スホーイSu-30MKK戦闘爆撃機、ソブレメンヌイ級駆逐艦、キロ級ディーゼル・エレクトリック推進潜水艦の購入費は国務院予算に計上され、核兵器の予算は科学技術予算や電力開発予算に計上されている。このことから中国の実際の国防費は公表されているものの3倍から8倍であると推測される。(SIPRI、ISIS、合衆国中央情報庁、合衆国国防省、合衆国軍備管理軍縮庁など調査報告)

 1989年の天安門事件によって西側陣営からの軍事技術移転・導入が困難になった中国は、東西冷戦が崩壊し、経済的に困窮するロシアに接近した。中国は1992年にスホーイSu-27戦闘機の中国への輸出をとりまとめ、翌1993年に第一陣として26機のスホーイSu-27戦闘機を受領し、現在に至るまで輸入を続けている。さらに中国はスホーイSu-27戦闘機の中国国内でのライセンス生産をおこなうようになり、保有数は150機を突破するにいたっている。これによって中国人民解放軍航空軍・海軍航空隊の大幅な近代化と戦力増強を実現しつつある。また、中国はスホーイSu-30MKK戦闘爆撃機、スホーイSu-30MK2戦闘爆撃機の導入を開始し、近隣諸国の脅威となっている。

 海軍においても中国国産の駆逐艦、フリゲート、潜水艦の着実な配備をはじめ、ロシアからソブレメンヌイ級駆逐艦、キロ級潜水艦を輸入し、今後も大幅に増強される。また、これら戦力を有効に活用するために早期警戒管制システムの導入につとめている。

 ソブレメンヌイ級駆逐艦に装備されているマッハ2の速度で、超低空スキミング飛行するSS-N-22艦対空ミサイルは、高高度脅威を目的に開発されたイージス・システムを艦隊防空の主軸に据える日本の脅威となった。

 中国と日本の直接的懸案事項は尖閣諸島の防衛問題である。尖閣諸島は明治政府による先占の実効性により我が国固有の領土である。中国は、日本の第二次世界大戦敗戦後には尖閣諸島の領有権を主張しておらず、1968年の国連アジア極東経済委員会(ECAFE)による尖閣諸島、東アジアにおける石油埋蔵の可能性が報告された直後の1970年から領有権を主張し始めた。

 中国は1992年に領海法を制定し、その領海法では尖閣諸島の、南沙諸島、西沙諸島、中沙諸島を中国の領土であると主張している。これらの島々は日本、ベトナム、フィリピンなどに不当に占拠されているとして、武力による奪還も明記されている。1978年には中国政府の扇動により尖閣諸島に中国船籍の漁船大集団を派遣、1995年から1996年には海洋調査、そしてその後も継続的に海洋調査船や海軍艦船を尖閣諸島付近、南西諸島付近の日本領海および日本領海ぎりぎりのところまで接近させ、調査活動、威力偵察をおこなっている。

1996年9月には尖閣諸島近辺56kmの海域で中国人民解放軍海軍東海艦隊、南京軍区人民解放軍空軍が参加し、尖閣諸島奪取訓練を実施している。駆逐艦2隻、フリゲート2隻、スホーイSu-27戦闘機が参加する本格的なものだった。(注2)

 尖閣諸島周辺では人民解放軍の海洋調査船「東調232」、「大地」、「海氷723」、人民解放軍の影響下にある国家海洋局、国務院国土資源部の海洋調査船「化学1号」、「海洋4号」、「奮闘4号」、「奮闘7号」、「中国海監18」、「大洋1号」、「東方紅2」、「濱海511」がソナー調査、ソノブイ投下など潜水艦戦に必要な潮流調査、海底地質調査、海流温度調査などの軍事調査を行っている。(注2)

 1995年4月と5月には沖縄トラフで中国国務院地質鉱山局「向陽紅9号」が海洋調査し、同年12月には久米島と大正島にある日本の排他的経済水域で「勘探3号」が日本の海上保安庁の制止を無視し海洋調査を続けた。1997年には「奮闘7号」が大正島、尖閣諸島の領海を侵犯しながら海洋調査をおこなった。1998年には宮古海峡で「海洋13号」がソナーを使用した調査をおこなっている。(注2)

 1995年から1996年にかけては尖閣諸島周辺で中国情報収集艦船が日本領海を侵犯し、2000年5月にはヤンビン級情報収集兼砕氷艦「海氷723」が対馬海峡において複数回の往復航行、ジグザグ航行を実施、さらに津軽海峡においても複数回の往復航行、ジグザグ航行、アンテナの回転、ソナーブイの海洋投下を実施、その後、房総半島、紀伊半島沖の日本領海すれすれの場所においてアンテナを回転させるなどの行動をとった。また、7月には、同じく「海氷723」が愛知県沖日本領海すれすれのところで情報収集活動をおこなった後、大隈海峡において情報収集活動をおこないながら通過していった。(注3)

 日本政府が2012年9月11日に尖閣諸島を国有化してからは、9月14日に中国国家海洋局の監視船6隻が領海侵犯し、18日、19日には漁業監視船、海洋監視船16隻が領海侵犯した。2013年9月10日までに63日、216隻が領海侵犯し、接続水域には1051隻が侵入した。

また、中国は日本の排他的経済水域での海洋調査活動や、南西諸島、琉球諸島周辺での海洋調査活動など、日本の経済的な権益に対しての侵害、日本の国防に対しての脅威となるような調査活動を続けている。

経済発展し、シー・レーンの確保が必要となった中国にとって日本列島は天然の要塞で、日本を籠絡させることが国家安全保障、経済安全保障にとって重要になっている。

 中国政府は大陸棚を、大陸の延長部であるとする「自然延長論」を根拠に、東シナ海を中国の海と認識している。日本などがとる「中間線論」と折り合う気はないようである。

 一方で南シナ海では「中間線論」をとり、東南アジア諸国の大陸棚を侵食している。

 エネルギー輸入国、通商国家となった中国は、シー・レーン防衛の必要が出てきたことから、外洋海軍(ブルー・ウォーター・ネイヴィー)建設がはじまり、日本列島も中国の外洋海軍の活動域・防衛ラインに入る。まず第2列島線まで封鎖(接近阻止・領域拒否戦略)、最終的には、最小限でもハワイ以西の西太平洋を防衛ラインにしたい模様である。

 2004年11月10日には漢級攻撃型原子力潜水艦が日本の領海を侵犯し、2004年4月23日には沖ノ鳥島を「岩」と主張、日本の排他的経済水域を認めないと表明、2008年11月8日と2010年3月、2010年4月には中国艦隊が沖縄と宮古島の間を抜け太平洋に進出、2009年6月19日からは沖ノ鳥島から260km付近で軍事演習するなど、中国は太平洋の覇権を表明し始めた。

 

注1 防衛庁防衛研究所『東アジア戦略概観2003』P149

注2 平松茂雄杏林大学教授の調査・分析・研究による

注3 『平成15年版防衛白書』P65、毎日新聞朝刊2000年8月20日

 

 

 

 

第3節 日本の危機 南シナ海

 

南シナ海での近年の戦争、紛争は、中国とベトナムの西沙諸島(パラセル諸島)での戦争(1974年1月)、中越戦争(1979年2月)、南沙諸島(スプラトリー諸島)での中国とベトナムの戦争(1988年3月)、ナトゥナ諸島での中国とマレーシアの係争、南沙諸島・ミスチーフ礁での中国とフィリピンの戦争(1995年2月)などがあり、中国と東南アジア諸国との対立は深刻である。さらに南シナ海では強力な武装の残忍な海賊集団の存在、地形的な面からテロリストによる襲撃が容易など、危険地帯であり、日本のシー・レーンは脆弱である。

南シナ海には石油や天然ガスなどが埋蔵されていることが確実視されており、さらに海上交通の要衝であるため、この地域の実効支配は非常に重要である。そのなかで、中国のこの地域での実効支配強化のための軍事力の強化には目に余るものがある。

中国が実効支配しているミスチーフ礁(美済礁)、ジョンソン・サウス礁(赤爪礁)、ヒューズ礁(東門礁)、スビ礁(渚碧礁)、クアルテロン礁(華陽礁)、ファイアリー・クロス礁(永暑礁)、ガベン礁(南薫礁)における岩礁、暗礁(低潮高地)を違法に埋立て、滑走路と航空基地、港湾、潜水艦基地を建設し、戦闘機など軍用機と地対空ミサイルを配備し、周辺諸国を威圧している。

 南シナ海においても中国は「領海法」を適用しており、この海域に点在する島々の武力奪取、実効支配を進めており、現在も中国とベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシアとは一触即発の緊迫した状況が続いている。

 2001年4月1日には合衆国海軍のEP-3E電子偵察機が中国人民解放軍空軍の殲撃8Ⅱ戦闘機の挑発によって接触し、2009年3月には合衆国海軍の音響測定艦インペッカブルを公海上で進路妨害し、同年4月にも公海上の合衆国海軍の音響測定艦ヴィクトリアスに対して中国漁船が妨害危険行為を行った。

 ベトナムはミコヤンMIG-29戦闘機、フィリピンは昼間限定のノースロップF-5Aフリーダム・ファイターを極少数、マレーシアはボーイングF/A―18ホーネット戦闘攻撃機とスホーイSu―27戦闘機、インドネシアはロッキード・マーティンF-16ファイティング・ファルコン戦闘機をそれぞれ少数保有しているが、海軍力は沿岸警備程度で総じて弱体であり、中国との紛争が生じやすい状況となっている。

 

 

 

 

 

第4節 日本の危機 インド洋

 

 インド洋においては、中国とインドの覇権争いが熾烈になってきている。中国はミャンマーの軍事独裁政権と協力、ミャンマー、スリランカ、パキスタンのインド洋沿岸に海軍基地を建設、中国人民解放軍海軍の艦船が寄港、覇権への布石を打っている。インドもブリティッシュ・エアロスペース(BAEシステムズ)のシー・ハリアー垂直離着陸戦闘機を艦載機とした軽空母を有する艦隊を保有しており、将来の正規空母保有に動いている。中印の対立は避けられそうに無い。

 日本政府は、1998年にインドとパキスタンが実施した核実験に対し、政府開発援助を全面的に停止してしまった。重要な戦略的パートナーに対するこの非行は日本、インド双方にとって重大な損害である。しかも、1995年に敵国の中国がおこなった核実験に対して日本は、無償資金援助を停止したのみであった。敵国には援助するのに、戦略的パートナーには援助を停止するという、日本政府の奇行は日本国民に大きな損害を与えた。

 

 

 

第5節 日本の危機 台湾

 

 国共内戦に破れ、台湾に逃れてきた国民党、蒋介石、蒋経国政権は国内では独裁政治体制を敷き、中華民国の大陸復権を目指していた。中国(中華人民共和国)は、1954年から金門島、馬祖島への砲撃を始め、全力を挙げて台湾侵攻の機会をうかがってきた。1996年、独裁政治に終わりをつげるべく実行されようとしていた総統の民主選挙に対し、中国は3発のミサイルと、台湾上陸を前提とした大規模な軍事演習を実施、自由と民主主義に対する脅迫・恫喝をおこなった。しかし、台湾は恫喝に屈することなく、総統選挙を実施し、その結果、李登輝氏が総統に選ばれ、台湾は新たなる一歩を確実に進めることになった。

 しかし、中国は台湾の対岸に大量の地対地ミサイルを配備、スホーイSu―27戦闘機、スホーイSu―30MKK戦闘爆撃機を300機以上、ミコヤンMIG-21ベースの旧型戦闘機、旧型攻撃機を3000機近く配備し、人民解放軍海軍艦船とともに台湾封鎖や台湾侵攻を実行する態勢を敷いている。 

台湾は、ロッキード・マーティンF-16Aブロック20ファイティング・ファルコン戦闘機150機、ダッソー ミラージュ2000-5戦闘機60機、IDF経国戦闘機150機、ノースロップF-5E/Fタイガー戦闘機215機と、レーダー、情報通信網、PATRIOT地対空ミサイル防空システムなどによる高度の防空システムで空からの脅威に対抗し、オリヴァー・ハザード・ペリー級フリゲート、フランスのラファイエット級フリゲートの台湾版・成功(チェンクン)級フリゲートを保有し、中国による海上封鎖に対抗しているが苦境に立たされている。

 劣勢挽回のためのわずかな望みであったF-16C/Dファイティング・ファルコン戦闘機ブロック50の66機の購入はアメリカのオバマ政権に拒否されてしまった。

 

 

 

 

 第6節 日本の危機 韓国

 

 ノ・ムヒョン大統領は2002年、「これまでの南方三国同盟(日米韓)から、北方三国同盟(韓朝中)へ切り替えるべき」と発言し、2003年にアメリカのロバート・ゲイツ国防長官に「日本を潜在敵国にしよう」と発言している。

イ・ミョンバク大統領は竹島に上陸し日本を挑発、さらに天皇陛下侮辱発言をするなど反日政策を鮮明にした。

パク・クネ大統領は、いわゆる「千年恨む」発言をし、従軍慰安婦問題に固執し全世界に「告げ口外交」するなど反日政策を鮮明にしていたが、さらに合衆国陸軍のTHAAD(終末高高度地域防衛)システムの韓国配備を拒否し、中国への配慮を鮮明にした。さらに日本の集団自衛権、安全保障関連法案に干渉するなどしている。

 韓国は、日本固有の領土である竹島を不法に占拠し続けている。韓国は国際司法裁判所での解決を拒み続けている。

沿岸海軍(ブラウン・ウォーター・ネイヴィー)だった韓国海軍は、外洋海軍(ブルー・ウォーター・ネイヴィー)に変貌を遂げつつある。

駆逐艦増備計画であるKDX-1、KDX-2、KDX-3により海軍力の大幅な増強がなされた。

日本のシー・レーンに対する脅威になりつつある。また、潜水艦勢力の増強も計画されている。

 空軍力も増強されている。

マクドネル・ダグラスF-4D/EファントムⅡ戦闘機に代わり、ボーイングF-15Eストライク・イーグル戦闘爆撃機の韓国版であるボーイングF-15Kスラム・イーグル戦闘爆撃機が配備され、さらに増強される。

F-15Kスラム・イーグル戦闘爆撃機は長距離射程の空中発射巡航ミサイルAGM-84E SLAM-ER空対地ミサイルを搭載し、対地攻撃能力が優れている。F-15Kスラム・イーグル戦闘爆撃機とAGM-84E空対地ミサイル導入の前提は竹島問題であると公表されている。

地上発射/水上発射の韓国国産巡航ミサイルや弾道ミサイルも開発・配備され、北朝鮮とともに日本にも照準が合わされ、日本の脅威となりつつある。

 

 

 

第7節 日本の危機 アメリカ

 

 アメリカは政府要人、高官の登用にポリティカル・アポイントメント制をとっており、政権によって外交・防衛政策が違ってくる。

 

1981年から1992年まで続いた共和党政権での対日本政策担当の中心はジェームズ・アワー国防省日本部長であった。ドイツ系カトリック教徒のアワー氏(現バンダービルド大学教授)は、マーケット大学在学中、予備士官訓練制度(ROTC)によって軍事訓練を受け、1963年に海軍少尉で任官、ベトナムで掃海艇に配備された後、タフツ大学大学院フレッチャー・スクールに進学、1970年に日本に留学した。日本留学で「よみがえる日本海軍」を執筆、日本の海上自衛隊を的確に評価した。1979年に国防省日本部長に着任、日本の重要性を説き、冷戦激化の中の日米同盟強化に尽力した。アワー氏は日本の防衛力の着実な整備と、日米同盟の強化、日本の集団自衛権行使をすすめている。(注1)

同じく、1980年代の共和党政権で、国防省東アジア担当国防次官補をつとめ、日米関係に大きな影響力を持つリチャード・アーミテージ氏(2001年から2004年までジョージ・W・ブッシュ政権で国務副長官)である。アーミテージ氏は、1967年に海軍士官学校を卒業、海軍少尉としてベトナム戦争に従軍後退役する。直後に、海軍、中央情報庁(CIA)、アメリカ軍駐在武官本部スタッフ、民間人の身分で特殊作戦任務に従事した。その後、国防情報庁(DIA)、ボブ・ドール上院議員事務所スタッフ、レーガン大統領選挙キャンペーン・スタッフを経て、1981年国防省東アジア担当国防次官補に着任する。

 レーガン政権の東アジアの安全保障政策は、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官の主張する中国重視と、リチャード・アーミテージ国務次官補、ジェームズ・アワー国防省日本部長らの主張する日本重視の考えが対立した。キャスパー・ワインバーガー国防長官、ジョージ・シュルツ国務長官、ジョージ・ブッシュ副大統領らは、アーミテージ国防次官補、アワー国防省日本部長の日本重視の主張を採用した(注2)。

アーミテージ国防次官補は、日米同盟の強化、自衛隊の着実な整備と強化を求めたが、日本のFSX(次期支援戦闘機)計画において、日本の単独開発には反対した。その理由として、日本単独では、その技術の低さから満足な性能を得る支援戦闘機は開発できない、悪化する日米貿易摩擦を緩和するために、航空機分野はアメリカが主導するのが得策である、というものだった。その結果、FSXはゼネラル・ダイナミクスF-16ファイティング・ファルコン戦闘機をベースに、日本とアメリカが共同開発することになった。(注2)

 アーミテージ氏は日本の防衛力強化・整備、日米同盟の強化、日本の集団自衛権行使をもとめているが、アワー氏と同様に、日本の核兵器保有には否定的で、そのまえに通常戦力の大幅な増強を求めている。(注3)

 アメリカ右派の自由主義思想であるリバータリアニズムと、リバータリアニズムを代表するシンクタンクのケイトー研究所の外交・防衛政策の責任者で、ケイトー研究所の副所長でもあるテッド・カーペンター氏は、日本は地上発射大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、長距離飛行可能な戦略爆撃機を保有し、核のトライアドを構築し、日本は独自で核の抑止力を持つべきだとしている。通常兵力では、空母を保有し、航空戦力を大幅に強化し、日本独自でシー・レーン防衛すべきであるとしている。さらにアメリカ合衆国軍は日本から撤退し、そのうえで日本とアメリカは友好関係を築くべきとしている。(注4)

同様の立場に、ダグ・バンドウ氏がいる。ダグ・バンドウ氏もリバータリアンで、合衆国のアジア太平洋への介入、地域紛争への介入に否定的見解を表明している。 

ニクソン大統領のスピーチライターをつとめ、1992年の共和党大統領予備選挙のニュー・ハンプシャー州予備選挙でトップとなり、その後は政治評論家、ポリティカル・ディスク・ジョッキーなどを正業としているアイルランド系カトリック教徒のパット・ブキャナン氏は、自らを「ネオ・アイソレーショニスト」と名乗るアイソレーショニスト(鎖国主義者)である。「アメリカ・ファースト」、「バイ・アメリカン」を訴え、アメリカ企業製品の購入、アメリカ国内での生産、輸入製品への高関税付加をもとめる経済・通商の保護主義者である。外交・防衛政策では海外駐留のアメリカ合衆国軍の全面撤退と、大幅な軍縮政策を主張している。

 1993年からクリントン政権で東アジア担当国務次官補を務めていたジョセフ・ナイ氏(ハーバード大学ケネディ行政学大学院長)は、1970年代後半のカーター政権では、ズビグニュー・ブレジンスキー大統領特別補佐官とともに日本封じ込め・弱体化に賛同していたが、クリントン政権では日本国憲法の枠内での極東における日米防衛協力推進を主張し、2000年のアーミテージ・レポートでは日本国憲法改正と集団自衛権強化、日本の防衛力強化を主張するに至っている。

 1977年から1980年までカーター大統領の特別補佐官をつとめたポーランド出身のユダヤ教徒であるコロンビア大学教授のズビグニュー・ブレジンスキー氏は、アメリカの外交・防衛政策および世界の政治に大きな影響力を持つ。ブレジンスキー氏は、世界有数の外交論文集である「フォーリン・アフェアーズ」誌の1997年9/10月号に、「ユーラシアの地政学」という論文を発表している。そこでは、「とりわけ重要なのが、NATO,米国とさらには中国とのパートナーシップの形成であり、これを軸にロシア、中央アジア、日本との安定的共存を図っていかなければならない。」(注5)、「核戦力を別とすれば、中国が自らの地域を越えてその軍事的影響力を行使する能力をもつことは当面ありえない。」(注81)、「日本は極東における米国の不沈空母であってはならない。日本はアジアでの米国の主要パートナーであってはならない。」(注6)、「(日本を)地域大国になろうとする試みを回避させる方向へ向かわせる。」(注7)、「日本がグローバルな影響力を手にすることができるのは、地域大国になりたいという望みをおさえた場合だけである。」(注8)と主張、日本の大国化に反対し、日米同盟も否定するなど反日、嫌日の姿勢を強調し、中国をNATOと同列のパートナーとする構想を主張している。

 ブレジンスキー氏はアル・ゴア民主党大統領候補、ジョン・ケリー民主党大統領候補、バラク・オバマ大統領の外交顧問、外交ブレーンとして中国との関係強化を主張した。

 1969年から1976年まで、ニクソン・フォード政権において大統領補佐官や国務長官をつとめ、ハーバード大学の教授でもあり、アメリカ政界、学界、財界のみならず、全世界に影響を行使しえるドイツ出身のユダヤ教徒であるヘンリー・キッシンジャー氏。コンドリーザ・ライス前国務長官が親北朝鮮、親中国外交を推進したのもキッシンジャー氏の全面的なアドバイスに盲従したためである。

キッシンジャー氏は1997年8月25日の読売新聞「地球を読む」において、「米中関係 共存の道探る好機」と題し、そこで「少なくとも今後十年間、日本の軍備はますます恐るべきものとなろう。」(注9)と国際政治学者にしては的外れな見解を表明した後、「さらに、北京の立案者たちは、インドや韓国、ロシア、ベトナム、さらに台湾の軍事能力を無視することはできない。」(注10)、「中国にとって米国と日本の関係は、依然として懸念のもとである。」(注11)と、中国の立場のみを強調している。

1999年10月25日の読売新聞「地球を読む」において、「薄れた国家独裁色」と題し、「インドから日本、ロシアに至るまで、軍事的に相当な隣人と向き合っている」(注12)と中国の軍事力を擁護している。

1999年5月10日の読売新聞「地球を読む」においては、「軍事的挑戦をおこなったのは台湾を巡る国家統一の懸念や、南沙諸島などの伝統的な領土主張の擁護のためだった。中国の戦略能力は20基そこそこの戦略核を擁するに過ぎない。」(注13)と主張、中国の軍事的恫喝を支持している。

また、天安門事件ではABCテレビ「ABCワールド・ニュース・トゥナイト・ウィズ・ピーター・ジェニングス」において、マスター・オブ・セレモニーのピーター・ジェニングスのインタビューに対し、「私ならどのような制裁もしない。」と語っている。

1995年7月にはワシントン・ポストで「アメリカも中国もそれぞれ理由は異なるが、一つの覇権国家によってアジアが支配されることに反対している」と意味深な文言を残し、「中国はアメリカに強力な近隣諸国との関係を均衡させる手助けをして欲しいのだ。」、「少なくとも中国が自らそれができるほど力をつけるまでは」と、中国の将来のアジア覇権を認めている。(注14)

 国家安全保障会議のアジア上級部長などを歴任した戦略国際問題研究所のマイケル・グリーン氏は、日本の偵察衛星保有にすら反対していた。

1993年から2000年まで続いたクリントン政権では、ウォルター・モンデール駐日大使(1977年から1980年まで副大統領)は、尖閣諸島紛争にアメリカは関与しないと発言、サンディ・バーガー国家安全保障担当大統領補佐官、バウチャー国務省報道官もこのことを追認した。日本での怒りの声を考慮したカート・キャンベル国防次官補代理は、日本の施政権下にある尖閣諸島は日米安全保障条約によって守られると、政府高官の前言を撤回した。しかし、クリントン民主党政権は中国を「戦略的パートナーシップ」と位置づけ、中国を重視していた。

その後、ジョージ・W・ブッシュ政権は、ディック・チェイニー副大統領、コリン・パウエル国務長官、ドナルド・ラムズフェルド国防長官、リチャード・アーミテージ国務副長官、ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官、トーケル・パターソン国家安全保障会議東アジア上級部長、ジョン・ボルトン国連大使の助言で、中国を「戦略的競争相手」と位置づけ、中国に対する警戒感を高めた。

ジョージ・W・ブッシュ政権後期はコンドリーザ・ライス国務長官が主導権を握り、中国、北朝鮮に融和し譲歩する政策がとられた。ヘンリー・キッシンジャー氏に助言を求めた結果である。しかし中国、北朝鮮は一切、アメリカの国益に与しなかった。

オバマ政権は「G2」と表現し中国との関係を重視していたが、中国側にその意思は低く、東アジア政策は迷走を続けた。スーザン・ライス国家安全保障問題担当補佐官は中国を称える姿勢を示し、チャック・ヘーゲル元国防長官は中国の暴挙的行為を批判していた。

 

 

注1   ジェームズ・アワー「日米安保協力体制への三つの提言」

中央公論社『中央公論』1994年1月号  

注2   リチャード・アーミテージ氏の証言 読売新聞朝刊1995年11月25日

注3   リチャード・アーミテージ「米国と日本 成熟したパートナーシップにむけて」2000年10月11日

     リチャード・アーミテージ、ジョセフ・ナイ

文芸春秋 文春新書『日米同盟VS中国・北朝鮮』

注4   田久保忠衛氏の証言

テッド・カーペンター「日本は『大国の義務』と自立のために米国の安全保障の毛布から出よ」小学館『SAPIO』1999年8/25・9/8合併号

注5   ズビグニュー・ブレジンスキー「ユーラシアの地政学」

     外交問題評議会『フォーリン・アフェアーズ』97年9/10月号

     中央公論社『中央公論』1997年1月号P395

注6   同上P395

注7   同上P401

注9   同上P403

注10  読売新聞朝刊「地球を読む」1997年8月25日月曜日

注11  同上

注12  同上

注13  読売新聞朝刊「地球を読む」1997年10月25日月曜日

注14  読売新聞朝刊「地球を読む」1999年5月10日月曜日

 

 

 

 

 

第8節 日本の危機 ロシア

 

 ソ連時代は極東に多大な戦力を割き、南下政策、日本侵攻を実現する可能性もあったが、ソ連崩壊後の経済的困窮によってロシアの軍事力は急速に低下した。艦艇の半数近くが退役し、軍内の士気も低下した。また、ベトナムのカムラン湾においていた海軍基地からも撤退し、ロシア海軍艦船の日本海縦断、日本接近の回数も減った。しかしながら、威嚇偵察と思われる航空機の領空侵犯や、樺太千島交換条約に記されている「北方領土は北海道の一部である」との文言を無視して、ロシアは北方領土を不法占拠しているのみならず、択捉島、国後島には冷戦激化の1979年から継続的に旅団(5000人)規模の地上軍部隊、戦闘機部隊を配置していた。

 現在は、限られた資源を有効に活用すべく、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦、地上発射大陸間弾道ミサイルの二本槍による核戦力、高い運動性能を誇るスホーイSu―27戦闘、スホーイSu―30戦闘爆撃機、スホーイSu―35戦闘機の配備を進めている。また、経済的困窮から逃れるために、中国にたいし、大量に戦闘機、駆逐艦、潜水艦を輸出するなど、地域の軍事バランスを乱す行為を続けている。

 経済は一時の困窮を脱し、上向きつつある。70年代後半の軍拡と外交攻勢、拡張主義のときのように石油資源の高騰など状況が整えば再び覇権大国をめざし、軍事力を行使して東アジア、日本を影響下におさめようとする可能性がある。(注1)

 2014年にはウクライナのクリミア半島に自警団を展開させ、住民投票を実施しロシアに編入した。さらドネツク州、ルガンスク州、ハリコフ州にもロシア諜報機関、ロシア軍特殊作戦部隊、ロシア人民兵を派遣し親ロシア派住民にドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国を樹立させ、武器を供与しウクライナと戦闘させた。

 

注1  防衛庁防衛研究所『東アジア戦略概観』1993~2003 

    新井弘一杏林大学名誉教授の証言

 

 

  

参考文献

 

 

『日本の防衛 防衛白書』昭和51年-平成25年

『東アジア戦略概観』2003-2013

『ANNUAL REPORT TO THE PRESIDENT AND THE CONGRESS 2003』DONALD H.RUMSFELD SECRETARY OF DEFENSE

『ANNUAL REPORT TO THE PRESIDENT AND THE CONGRESS 2000』WILLIAM S.COHEN SECRETARY OF DEFENSE

『MILITARY POWER OF THE PEOPLE‘S REPUBLIC OF CHINA』2010

『MILITARY AND SECURITY DEVEROPMENTS INVOLVING THE PEOPLE‘S REPUBRIC OF CHINA』2011

『JANE‘S FIGHTING SHIPS』1992-1993

                       2002-2003

                       2012-2013

『THE COMING CONFLICT WITH CHINA』RICHARD BERNSTEIN AND ROTH H. MUNRO

外交問題評議会『フォーリン・アフェアーズ』

       『フォーリン・アフェアーズ・ジャパン』

国際戦略研究所『ミリタリー・バランス』1995-1996、2011

警察庁『焦点 第269号  警備警察50年 現行警察法施行50周年記念号』

海上保安庁『海上保安レポート』2009-2015

朝雲新聞社『自衛隊装備年鑑』

海人社『世界の艦船』2016年7月号、2014年7月号、2012年7月号

一般財団法人防衛技術協会『防衛技術ジャーナル』

読売新聞社大阪社会部『三菱銀行事件の42時間』読売新聞社

田久保忠衛『新しい日米同盟』PHP研究所

田中明彦『安全保障』読売新聞社

岡崎久彦『国家は誰が守るのか』徳間書店

志方俊之『極東有事』クレスト社

伊藤鋼一『警視庁特殊部隊の真実』大日本絵画

安全保障研究会『新仮想敵国』安全保障研究所・出版部

野木恵一『艦載兵器ハンドブック 改訂第2版』海人社

首相官邸『安全保障と防衛力に関する懇談会報告書』(平成25年)

防衛省『戦闘機の生産技術基盤の在り方に関する懇談会 中間取りまとめ』

安全保障会議、閣議『平成23年度以降に係る防衛計画の大綱について』

安全保障と防衛力に関する懇談会『安全保障と防衛力に関する懇談会報告書』(平成16年)

新たな時代における日本の安全保障と防衛力に関する懇談会『新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想-「平和創造国家を目指して」』-

安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会報告書』

防衛省『中期防衛力整備計画について(平成23年度~平成27年度)』

国家安全保障会議、閣議『平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について』

中期防衛力整備計画について(『中期防衛力整備計画について(平成26年度~平成30年度)』

国家安全保障会議、閣議『国家安全保障戦略について』

国家安全保障会議、閣議『平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について(概要)(案)』

国家安全保障会議、閣議『国家安全保障戦略(概要)(案)』

国家安全保障会議、閣議『平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について(盛り込むべき主な要素)』

外務省『我が国を取り巻く外交・安全保障環境』

防衛省『我が国を取り巻く軍事・安全保障環境』

安全保障と防衛力に関する懇談会『我が国が取り組むべき安全保障上の課題と我が国に関する脅威』

安全保障と防衛力に関する懇談会『国家安全保障戦略のイメージ(盛り込むべき主な要素)』

安全保障と防衛力に関する懇談会『世界経済の不安定性』

安全保障と防衛力に関する懇談会『安全保障と防衛力に関する懇談会における議論の整理~国家安全保障戦略のイメージ(盛り込むべき主な要素)』

USNI NEWShttps://news.usni.org/

 

 

 

 

 

 

 マス・メディアにおける論議

 

第1章 マス・メディアにおける論議

 

第1節 マス・メディアの状況

 

 1990年代後半のマス・メディアを広告費で検証する。1990年代後半の総広告費の平均は、5兆9901億円である。そのうち、新聞が1兆2636億円、雑誌が4395億円、ラジオが2247億円、テレビが2兆79億円、となっている。(注1)

 新聞の1997年における状況を検証してみる。日本ABC協会による公差レポートによる公差部数では、1997年の平均で第1位が読売新聞で1020万部、第2位が朝日新聞で832万部、第3位が毎日新聞で396万部、第4位が日本経済新聞で299万部、第5位が産経新聞で194万部、第6位が北海道新聞で121万部、第7位が西日本新聞で85万部となっている。(注2)また、日本ABC協会から脱退した中日新聞は公称254万部となっている。

 2013年度後期の日本ABC協会による公差レポートによる公差部数では第1位が読売新聞で926万部、第2位が朝日新聞で710万部、第3位が毎日新聞で330万部、第4位が日本経済新聞で275万部、第5位が産経新聞で162万部となっている。

 2015年度後期の日本ABC協会による公差レポートに夜公差部数では第1位が読売新聞で914万部、第2位が朝日新聞で671万部、第3位が毎日新聞で329万部、第4位が日本経済新聞で273万部、第5位が産経新聞で160万部となっている。

 各地域における世帯普及率で各新聞が1997年と2007年においてどう扱われていたかを検討してみる。

 まずは1997年からである。

北海道での世帯普及率は、北海道新聞が52,1%、読売新聞が11,0%、朝日新聞が7,1%、毎日新聞が3,0%、日本経済新聞が2,4%、産経新聞が0,0%となっている。半数以上が北海道新聞を購読しており、読売新聞と朝日新聞がある程度読まれている。産経新聞はほぼ読まれていない状態である。

東北の太平洋沿岸部の中心である宮城県での世帯普及率は、河北新報が59,9%、朝日新聞が12,9%、読売新聞が10,5%、日本経済新聞が4,5%、毎日新聞が2,6%、産経新聞が1,3%となっている。宮城県においても地域紙(ブロック紙)である河北新報の独占状態で、残りを大手2社が分け合っている状態である。

東北の日本海沿岸の秋田県の世帯普及率は、秋田魁が66,6%、読売新聞が12,3%、朝日新聞が11,4%、毎日新聞が4,6%、日本経済新聞が2,6%、産経新聞が0,7%となっている。秋田県も他の地方部と同様、地域紙が非常に強い状態である。

首都圏のベッドタウンとして、1950年の230万人、1985年の人口550万強から2000年には人口700万人へと急速に人口を増やし、発展した埼玉県の世帯普及率は、読売新聞が43,0%、朝日新聞が24,6%、毎日新聞が10,5%、日本経済新聞が6,7%、埼玉新聞が6,8%、産経新聞が3,8%となっている。都市化の進む埼玉県では、全国紙である読売新聞が健闘、朝日新聞がダントツの2位、毎日新聞が3位と続くが、全国紙である産経新聞は苦戦を強いられている。

首都として、1211万人の人口を抱える東京都の世帯普及率は、読売新聞が30,4%、朝日新聞が24,6%、日本経済新聞が11,1%、毎日新聞が7,7%、東京新聞が5,8%、産経新聞が5,2%となっている。東京では読売新聞と朝日新聞の2強の戦いが続いているが、近年は読売新聞が優勢である。産経新聞は、地方紙である東京新聞にも破れており、全国紙としての資格、影響力が問われる。

中部地方の中心、愛知県の世帯普及率は、中日新聞が68,2%、朝日新聞が12,4%、日本経済新聞が5,7%、読売新聞が5,0%、毎日新聞が4,0%、産経新聞が0,1%である。大都市・名古屋を中心に都市化の進んだ愛知県であるが、新聞世帯普及率から見ると、完全に地方型の様相を呈する。

日本第2の都市圏の中心で、881万人の人口を抱える大阪府の世帯普及率は、読売新聞が28,9%、朝日新聞が23,3%、産経新聞が20,4%、毎日新聞が16,9%、日本経済新聞が8,1%である。地域新聞が存在しない大阪府では、全国紙が激戦を展開しており、産経新聞が唯一、健闘している地域である。

大阪のベッドタウンともなっている兵庫県の世帯普及率は、神戸新聞が26,2%、読売新聞が24,7%、朝日新聞が23,5%、毎日新聞が11,6%、産経新聞が6,6%、日本経済新聞が6,2%である。兵庫県は全国紙に加え、地方紙である神戸新聞を巻き込んだ激戦地となっている。

山陽の広島県での世帯普及率は、中国新聞が59,6%、読売新聞が14,7%、朝日新聞が12,7%、日本経済新聞が5,5%、毎日新聞が4,6%、産経新聞が1,8%となっている。広島県も典型的な地方型の展開である。

山陰の鳥取県での世帯普及率は、日本海新聞が77,3%、読売新聞が16,7%、朝日新聞が11,8%、毎日新聞が8,7%、日本経済新聞が3,8%、産経新聞が2,1%となっている。

九州の中心として発展する福岡県の世帯普及率は、西日本新聞が34,1%、読売新聞が22,5%、朝日新聞が19,1%、毎日新聞が16,8%、日本経済新聞が4,6%、産経新聞が0,1%である。福岡県は強い地方紙と均衡する全国紙といった状態で、都市型と地方型の中間の様相である。

1972年に日本に返還された沖縄県での世帯普及率は、琉球新報が43,4%、沖縄タイムス44,2%、日本経済新聞が1,0%、朝日新聞が0,5%である。沖縄県は沖縄型といっても過言ではない特殊な状況である。(注3)

次に2007年である。

北海道の世帯普及率は北海道新聞が46,9%、読売新聞が9,0%、朝日新聞が6,0%、毎日新聞が2,8%、日本経済新聞が2,2%、産経新聞が0,0%となっている。

宮城県では河北新報が55,3%、読売新聞が8,4%、朝日新聞が10,2%、毎日新聞が2,0%、日本経済新聞が4,1%、産経新聞が1,3%となっている。

秋田県では秋田魁が62,9%、読売新聞が9,5%、朝日新聞が9,3%、毎日新聞が3,7%、日本経済新聞が2,3%、産経新聞が0,8%となっている。

埼玉県では読売新聞が39,1%、朝日新聞が22,5%、毎日新聞が10,4%、日本経済新聞が5,9%、産経新聞が3,8%となっている。

東京都では読売新聞が24,3%、朝日新聞が20,1%、毎日新聞が7,0%、日本経済新聞が10,3%、産経新聞が6,0%、東京新聞が4,3%となっている。

愛知県では読売新聞が3,3%、朝日新聞が9,6%、毎日新聞が3,5%、日本経済新聞が5,3%、産経新聞が0,1%、中日新聞が64,2%となっている。

大阪府では読売新聞が24,7%、朝日新聞が21,2%、毎日新聞が15,6%、日本経済新聞が6,9%、産経新聞が20,2%となっている。

兵庫県では読売新聞が24,1%、朝日新聞が22,7%、毎日新聞が10,7%、日本経済新聞が5,9%、産経新聞が6,3%、神戸新聞が25,0%となっている。

広島県では読売新聞が12,6%、朝日新聞が11,2%、毎日新聞が3,2%、日本経済新聞が5,1%、産経新聞が1,6%、中国新聞が54,3%となっている。

鳥取県では読売新聞が13,6%、朝日新聞が8,1%、毎日新聞が5,0%、日本経済新聞が3,1%、産経新聞が1,4%、日本海新聞が75,9%となっている。

福岡県では読売新聞が19,8%、朝日新聞が16,7%、毎日新聞が15,8%、日本経済新聞が4,2%、産経新聞が0,1%、西日本新聞が31,2%となっている。

沖縄県では読売新聞が0,1%、朝日新聞が0,3%、毎日新聞が0,1%、日本経済新聞が0,8%、産経新聞が0,0%、沖縄タイムズが41,3%、琉球新報が38,6%となっている。

産経新聞は全国紙でありながら、大阪府以外ではまったく振るわず、大手広告代理店の博報堂DYホールディングス大広の梅本春夫氏は、産経新聞を「大阪の地域紙」にすぎないと述べている。

購読者の世帯主職業でみる新聞の到達度を検討する。

読売新聞では、給料事務18,2%、給料労務33,1%、役員・管理職16,0%、自由業8,6%、商工自営15,4%、無職・その他8,8%である。読売新聞は可処分所得の少ない給料労務が主力であるため、1020万部の部数を誇りながら広告料は1段あたり266万8000円に甘んじている。(注4)

朝日新聞の場合、給料事務26,1%、給料労務23,0%、役員・管理職24,2%、自由業7,2%、商工自営11,0%、無職・その他8,6%となっている。朝日新聞は可処分所得の大きい給料事務、役員・管理職が主力のため、発行部数は第2位の832万部でありながら広告料は1段当たり277万7000円と、読売新聞より高くなっている。

毎日新聞では給料事務18,8%、給料労務19,9%、役員・管理職19,1%、自由業13,2%、商工自営18,8%、無職・その他10,3%となっている。毎日新聞は各層にまんべんなく浸透しているおり、発行部数は朝日新聞の半分以下でありながら広告料は1段当たり153万1000円となっている。(注5)

産経新聞は、給料事務16,0%、給料労務24,5%、役員・管理職16,3%、自由業10,1%、商工自営26,0%、無職・その他12,1%となっている。産経新聞の場合、発行部数が少なく、高齢者に購読が多い(無職・その他)ため、広告料も非常に低いものとなっている。(注6)

 

注1、2、3、4、5、6

日本ABC協会『公差レポート』日本ABC協会 1996

                                    1997

                                    1998

                                    1999

                                    2000

                                    2014

                                    2016

 

 

第2章 読売新聞における論議

 

 発行部数日本最大の読売新聞における安全保障の論議・提言を検証する。

 

第1項 1994年の傾向

 

 1994年(平成6年)1月1日の社説「自由主義・国際主義・人間主義 平和で活力ある21世紀に向けて」(注1)において、軍事紛争の発生が避けられないことであり、国連だけでは対処不可能でアメリカ軍の関与が必要になる、と主張している。日本はこうした国際情勢に対し、一国平和主義から脱皮し応分の貢献をする国際主義へ進むべきとしている。

 1994年2月27日の社説「『基盤防衛力』構想は堅持せよ」(注2)において、細川護熙首相の私的諮問機関『防衛問題懇談会』による新たな防衛政策が模索されることについて、限定的かつ小規模な侵攻に対処できる必要最小限度の防衛力の維持と、それ以上の有事におけるアメリカ軍の来援を可能にするための日米同盟の強化を求めている。このことは的確に日本のおかれている情勢を把握し、その情勢に対処する最小限の能力保持を求めたもので評価できる。

 1994年12月20日の社説「防衛論議なき防衛予算の編成」(注3)では、社会党の圧力で、防衛費が対前年度比0,855%に抑えられたことについて、日本のおかれた国際情勢を無視した軍縮ありき、数字ありきの政策であると批判している。さらに、日本は欧米と比較して防衛費の対GNP比が低いことも指摘している。これらの提言は当然のことであるが、現在も是正されることなくイメージ先行の防衛政策がとられつづけていることは遺憾である。

 1994年8月13日の社説「新たな安保論議のスタートの好機」(注4)で、細川護熙首相の時代から始まった首相の私的諮問機関「防衛問題懇談会」が提言している陸上自衛隊の削減や海上自衛隊の艦艇削減、弾道ミサイル対処能力、戦闘機部隊削減、空中給油機導入を評価、村山富一首相にたいして行動を求めている。中国の軍拡、拡張主義や北朝鮮情勢の悪化時にこの軍縮提言は不安に思えるが、読売新聞はこの提言をたたき台にして、議論を広げるよう求めている。

 1994年3月31日の社説「政治は憲法論議を避けるな」(注5)では、憲法の枠にとらわれない情勢を見据えた論議を求めている。1994年5月12日の社説「自由な安保論議を封じるな」では、集団自衛権をタブー視しない活発な論議を求めている。日本の安全のための提言で、こうした提言をせざるを得ない日本の実情をよくあらわしている。

 北朝鮮の核保有、IAEA(国際原子力機関)脱退問題については、1994年2月17日の社説「北朝鮮は核カードの限界を悟れ」(注6)、1994年3月6日の社説「北朝鮮は『国際協調』を見誤るな」(注7)、1994年3月18日の社説「北朝鮮は損得を計算し直せ」(注113)、1994年3月24日の社説「『北朝鮮』で日韓連携の強化を」(注8)、1994年6月2日の社説「北朝鮮に冷静で毅然たる対応を」(注9)、1994年6月12日の社説「重ねて北朝鮮に再考を促す」(注10)、1994年6月14日「IAEA脱退で事は解決しない」(注11)、1994年6月24日の社説「北朝鮮問題はこれからが正念場」(注12)において、日米韓の結束によって、北朝鮮に国際原子力機関、核拡散防止条約脱退、核保有を断念させようとしている。このことは結局、北朝鮮に核保有を認めることになったので、もっと強い態度において、北朝鮮をおさえるべきだったと思われる。

 1994年8月30日の社説「『常任理事国』入りに腰を引くな」(注13)では、村山首相の国連常任理事国入り消極姿勢を「国際社会の役に立ち、同時に国益にも沿う道となる」と国連常任理事国入りを憲法の枠内でしか捉えられない首相を「日本の立場を背負う責任者として見識に欠ける。」と、批判している。村山首相の言う「こちらから売り込んでなりたいという性格のものではない」という態度も批判しているが、まったくそのとおりで、村山首相の国連や国際情勢に対しての見識のなさを的確に批判している。

 1994年9月16日の社説「前向きに『国連』論議深めよ」(注14)では、武力行使をともなわない国連平和維持活動を前提に、国連常任理事国入りをめざす政府を批判している。1994年9月28日の社説「『常任理事国入り』へ全力で取り組め」では、読売新聞はPKOにこれまで以上に貢献するなど、積極的に支持している。

 1994年8月の社説「『普通の政治』の時代を迎えた」(注15)では、マスコミ、政党の憲法神学論争を終え、憲法論議を進めるように提言、これが読売新聞の1994年の最大の提言であろう。

 

第2項  1995年の傾向

 

 1995年(平成7年)2月24日の社説「有事立法論議をタブー視するな」(注16)では、阪神大震災で「有事法制」なき国の悲劇が露呈されたが、この原因となった社会党、左翼マスコミの「自衛隊違憲論」を批判、シビリアン・コントロールの維持の必要性からも有事法制の必要性を説いている。

 1995年3月1日の社説「日米安保を充実強化するとき」(注17)では、各種紛争や、中国の軍事力増強や、北朝鮮の脅威の存在から、超大国アメリカの責任と、日米同盟による抑止力が重要である、と説いている。

1995年5月1日の社説「安保強化のための防衛強化」(注18)では、「ソ連消滅により、脅威はなくなった」などの理由で「日米安保条約解消論」を唱える勢力を、わが国を取り巻く情勢を考慮していないものと、批判している。読売新聞は、「日米安全保障条約、日米同盟をさらに充実させていくことが重要だ」と、提言している。とくに「ポスト冷戦でも、日米安保体制の重要性に変化はない」との認識をあらためて深めていくことを提言している。日本国内には左派勢力、左派マス・メディアを中心として、日米安保不要論が強かったが、読売新聞は、これらを一蹴している。

 1995年5月19日の社説「国際協調に背く中国の核実験」(注19)では、国際的に問題である中国の核実験を批判、政府開発援助をカードとしておくべきとの意見がなされている。

1995年8月5日の社説では、中国、そしてフランスに対しても自制を求めている。1995年8月18日の社説「中国の核実験強行に抗議する」(注20)では、繰り返される

中国の核実験を非難し、包括的核実験禁止条約に反対する中国を強く非難している。

中国の核実験には反対せず、フランスの核実験には反対した武村正義大蔵大臣にたいして、1995年8月30日の社説「武村蔵相の『核抑止』観を問う」(注21)で、「私的参加」を公人がおこない国際社会の誤解が生まれたこと、軽率なパフォーマンス的な行動を批判している。

 1995年10月27日の社説(注22)は、沖縄で発生した駐留アメリカ海兵隊兵士による少女暴行事件によって動揺する世論に、「安保体制が揺らいではならない」と、アメリカとの同盟の重要性を説いている。また、1995年11月5日には、ごく少数の沖縄アメリカ軍基地用地地権者の反対を退け、強制使用手続きをおこなった首相を評価している。日本のおかれている国際社会での立場をわきまえた当然の処置で、評価である。

 1995年6月10日の社説、「党利党略を離れた防衛大綱を」(注23)では、「防衛計画の大綱」見直し作業について、与党である自民党、新党さきがけ、社民党の3党に、米ソ冷戦構造の崩壊の一方、地域紛争の多発、北朝鮮の脅威、中国の軍拡、さらには阪神大震災などの災害出動、テロに備えるため、日米の協力を中軸に、新たなる防衛計画を、まったく思想の違う3党に、国益を考えるようにもとめている。このことは非常に難しいもので、憲法改正を視野に入れた自民党、リベラル左派の新党さきがけ、自衛隊違憲論の残滓強い社民党が共同で今後数年の防衛計画を決めるのであるから、紛糾必死であるのを、読売新聞社説は諌めている。

 1995年8月3日の社説、「お粗末な数字だけの防衛費論議」(注24)では、1996年度防衛費の概算要求基準において、社民党が党是に掲げている「軍縮」の看板を下ろせないがために、1995年度の対前年度比0、855%以下に抑えるように主張、国際情勢の認識に欠け、防衛政策を提示することのないまま数字だけで議論されている状態を非難している。1995年12月23日の社説、「“先送り”に終始する防衛論議」(注25)では、防衛政策がなんら討議されることなく、社民党、大蔵省の数字先行の削減要求に終わってしまったことを非難している。これら社説は、大蔵省(現・財務省)と左派政党による内容のない数字だけの削減を的確に非難している。

 1995年11月12日の社説「『集団自衛権』を議論の土壌に」(注26)では、自民党が集団自衛権の行使に言及したことを評価、野党・新進党にも日本の防衛の観点からそれを求めている。1995年11月29日の「『集団的自衛権』のタブーを破れ」では、野党・新進党の有志が集団的自衛権の行使に踏み込んでいることを評価している。

 1995年の読売新聞は、中国の軍拡、北朝鮮の脅威におかれる日本において、それに対処しうる体制、防衛力の強化と、日米同盟の重視、有事法制整備による防衛体制の適正化を提言しており、非常に適切な指摘が多い。

 

第3項   1996年の傾向

 

 1996年2月3日の社説、「沖縄の『反基地』に揺れる日米安保」(注27)では、アメリカ軍用地に占める割合がわずか0,2%に過ぎない1坪共有地主のために、冷戦後も緊迫感を増す情勢の中、日本の防衛に不可欠な日米同盟を揺るがしてはならないと、主張している。1996年4月2日の社説「基地問題は『公益』重視が必要だ」では、ごく一部の人間のため、日米同盟という公益が崩れることを懸念している。

 1996年4月16日の社説「安保協力は新しい段階に入った」(注28)では、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の見直しを評価、1996年5月30日の社説「安保の機能を高める『指針』に」においては、まったく手付かずの「極東有事」を整備することを評価、また同じく不十分な「日本有事」も整備することを求めている。

 1996年5月4日の社説、「『有事』論議になぜ消極的なのか」(注29)では、「日米防衛協力のための指針」の見直しが続くが、「現行法の枠内」で進められることが決められていることについて、集団自衛権がおざなりにされていることを批判している。

 1996年9月26日の社説、「『尖閣』は筋曲げず冷静な対応を」(注30)では、中国の理不尽な対応に、日本政府は法に従い冷静に対処するように求めている。

  1996年9月8日の社説では、首相の指導力強化することで緊急事態対処や、省庁対立の解消が可能、と指摘している。

1996年10月25日の社説「憲法公布50年 緊急事態への法整備を急げ」(注31)においては、いままで有事法制がなかったゆえに悲喜劇がくりかえされたこと、政治家、マス・メディアが有事法制をタブー視してきたことを指摘し、フランス、ドイツを例に、左派の学者が指摘するように決して、民主主義を危うくするようなものではないことを主張した。このことはマス・メディアである読売新聞が主張したことは大変意義がある。

 1996年の読売新聞は、日本の防衛を確実なものにするため、日米同盟の重要性、有事法制の制定の提案など、具体的な提言を実施しており、非常に意義がある。

 

第4項   1997年の傾向

 

 1996年12月に発生したペルー・日本大使公邸占拠・人質事件について、1997年2月3日の社説で、テロリストの要求に屈しないペルー政府を支持し、1997年2月19日の社説では、日本のテロ対策が不十分であると指摘している。1997年6月13日の社説では、「決して屈してはならない」と主張している。

 こうした、危機に対し有効に処するため、1997年5月2日の社説では、憲法解釈の変更をふくむ抜本的な内閣法の改正を主張、特に、首相の権限強化を訴えている。(1997年3月7日の社説)

 1997年8月8日の社説「憲法論議の機は熟している」(注32)では、世論調査では国民は憲法改正に賛成していると指摘、しかし、この機運を阻む、親ソ連だった社民党の「護憲」姿勢を批判している。(1997年6月5日の社説)

 1997年4月27日の社説「より確かな同盟関係の構築を」(注33)では、「日米安保共同宣言」で、日米安保体制の再定義をしたことを評価、日米同盟に隙ができないよう訴えている。そのためガイドラインのとりまとめを急ぎ、東アジア情勢に対処できるよう求めている。1997年8月10日の社説「指針協議は国の安全を優先せよ」(注34)で、加藤紘一・自民党幹事長が、「周辺事態に中国・台湾は含まれない」とした発言を批判、また中国に配慮して及び腰になっている政治家の存在を指摘し、日本の安全を最優先したガイドラインの策定を要求している。1997年3月26日の社説では、沖縄に配慮して、アメリカ海兵隊を削減することに反対している。

 1997年の読売新聞は、危機管理体制の向上と、そのための首相権限強化、そして日本の安全確保のための日米同盟の強化と、それを確実なものとするガイドラインの早期策定を主張している。

 

第5項  1998年の傾向

 

 1998年3月22日の社説(注35)と、1998年8月24日の社説(注36)では、ガイドライン策定による日米同盟の強化と、日本の防衛の向上をもとめ、その具体的な対応として、1998年12月27日の社説「TMD推進で抑止力の強化を」(注37)で、TMD(戦域ミサイル防衛)を日本が導入することが抑止力につながると主張、1998年9月15日の社説「専守防衛の質高める偵察衛星」(注38)では、弾道ミサイルの早期発見につながる偵察衛星を専守防衛に反しない有効なものとして、導入を提言、宇宙開発の平和利用国会決議にも反しない、と指摘している。また、いくつかの社説では、北朝鮮の脅威に対しては日米の協調が風洋であると指摘している。

 1998年の読売新聞は、日本の防衛力強化のため、それを訴えるだけでなく、具体的指摘に進みだした。

 

第6項  1999年の傾向

 

 1999年の3月23日に発生した北朝鮮の工作船事件に対し、読売新聞は3月25日、4月27日、5月3日(注39)に特集を組み、日本の防衛法制の欠陥を指摘している。その欠陥を是正すべく、読売新聞は5月3日に自衛隊への領域警備任務付与、武器使用基準の整備、首相権限の強化、その他法制の整備を進めるよう提言している。

 3月14日、4月27日、5月25日(注40)には日米防衛協力のための指針の早期成立と、その東アジアの安全保障に与える意義、問題点を指摘している。また、有事法制、通信傍受法の制定の促進を訴えている(6月17日、6月2日)。また、民主党に、責任政党としての憲法論議を求め、自民党と民主党ともにお憲法改正に動き出すことを求めている。(7月7日など)

 1999年の読売新聞は、日本人の安全保障感に重大な影響を与えた北朝鮮の工作船事件に触発され、新法の提言を掲載するなど、防衛政策に積極的に取り組んでいる。また、日本の安全の強化のため、日米同盟の充実、ガイドラインについての記述が多い。そのはか、日本の安全保障環境を向上させるための主張、提言が多かった。

 

第7項  2000年の論調

 

 2000年7月26日朝刊の社説で、民主党において「安全保障、防衛をめぐる意見の隔たりが大きい」と指摘し、「特に憲法問題は改憲派と護憲派が対立」と主張、「党の方針は、立場を鮮明にしない『論憲』にとどまっている」と指摘している。「二十一世紀の国家像を描くには憲法問題を避けて通ることはできない。」と民主党の体質を描いている。(注41)

2000年7月30日朝刊の社説では、日本の排他的経済水域に中国の調査船が急増している問題について書くと同時に、新たなる国家の脅威について「防衛庁は、来年度からの次期防衛力整備計画にサイバー・テロ対策などを取り込む考えだが、なおこの問題についての認識が薄いと言わざるを得ない」と、サイバー・テロの脅威に対しての対策を求めている。(注42)

2000年9月28日朝刊の社説では、「有事法制のすみやかな整備も日米安保の円滑な運用に不可欠だ」と指摘、有事法制の制定を求めている。(注43)

2000年12月16日朝刊の社説では、RMAが「日本は大幅に遅れ」、「自衛隊の能力向上だけなく、日米安保の効果的運用の面からも危機感をもって取り組まなければならない」と日本の防衛の弱点を指摘、公明党の反対で来年度予算に空中給油機が組み込まれなかったことを「防衛の重要事項を後回しにして、選挙対策を優先したのだとしたら、責任ある与党だと言えない」と批判している。(注44)

 

第8項  2001年の論調

 

 2001年3月5日朝刊の社説で、「領域警備 早期の法整備へ政治の見識示せ」とし、「警察官職務執行法準用に無理がある」と、現在の状況が自衛隊が警察官職務執行法に縛られまともに動けないことに警鐘を鳴らしている。また、「各国は、領域警備を軍隊本来の任務に付随する任務と位置付けている。日本も、自衛隊の任務と明記するべきだ。」と提言している。(注45)

2001年8月31日朝刊の社説では、「これまで警察は短銃の使用に抑制的であり過ぎたように見える。それが警察官に歯向かう凶悪犯を助長した一面は否定できない。」と日本の警察が銃の使用を遠慮させられてきたことを指摘し、「戦後の日本は、何であれ『力』の行使はすべて罪悪視する傾向が長く続いてきた。」と、戦後日本の誤った思考回路を批判している。(注46)

2001年9月14日朝刊の社説で、「国際テロ対策 平和と秩序を守る日本の責任」と題し、「急がなければならないのは、テロに関する情報の収集と分析の体制強化だ。日本は国際テロ組織に関する海外の情報を米国などから全面的に頼っている。」とし、「警察庁はもちろん、外務省、防衛庁も各国情報機関との連携を強めるなど情報収集体制を強めるべきだ」と主張している。また日本には、「『スパイ防止法』がない。」と指摘、「その種の法整備の必要性の論議する必要がある」と説いている。そして、「緊急事態に迅速、機動的に対応するには、首相官邸に情報を集約し、首相が一元的に指揮することが欠かせない」と提言している。(注47)

 

第9項  2002年の論調

 

 2002年5月11日朝刊の社説で、「有事法制審議 不毛な神学論争を繰り返すな」と主張、左翼勢力による自衛隊批判論などを牽制している・(注48)

2002年8月3日朝刊の社説では、「防衛白書 軍事情勢の大変化に対応せよ」と述べ、「『テロとの戦い』国際社会の新たな脅威」とし、「安保政策を見直す必要がある。防衛力整備の分野では、情報通信などの先端分野技術の導入に力を入れるべきだ」と主張している。(注49)

2002年9月7日朝刊の社説では、「不審船問題 なぜ、そんなに及び腰なのか」とし、「無用な配慮を働かせていては、引き出せるものもひきだせない」、「毅然とした姿勢こそ、大事なメッセージである」と、与野党にある中国、北朝鮮を意識した主張を批判している。(注50)

 

第10項              2003年の論調

 

 2003年3月29日朝刊の社説で、「情報収集衛星 『宇宙の目』生かす体制拡充急げ」とし、「専守防衛に徹する利用であっても、安全保障にかかわることになると、一部野党の反対で、政府は自らの手足を厳しく縛ってきた。安全保障に衛星を利用するには、その衛星が『民生分野で一般化されていることが条件』とする従来の政府解釈に拘束されて今回の衛生の解像度も商用の観測衛星レベルに抑えられた」と、日本における偵察衛星論議の不毛さを指摘している。(注51)

2003年4月3日朝刊の社説では、「日本の防衛 『北』ミサイルへの対応を考えよ」とし、「当面必要なのはミサイル防衛だ」と主張している。(注52)

2003年5月26日朝刊の社説では、「専守防衛 『北』の脅威への見直し論議深めよ」とし、「他国に脅威を与えず、自衛のための必要最小限の防衛力しか持たない、という専守防衛の基本理念は、国民の間に定着している。その基本を維持しつつ、時代と情勢の変化に応じた合理的な防衛力整備を進めるというのが政治の責務だ」と主張している。(注53)

 

第11項              2004年の論調

 

 2004年6月28日朝刊の社説では、「自衛隊50年 組織や装備を大改革する時だ」とし、「厳しい財政上の制約がある以上、不要な装備や人員を削減しなければならない。自衛隊には、現在もなお古い組織、装備が残存している。例えば戦車は980両あり、うち470両が北海道に配備されている」と軍事的にはお粗末な考えである戦車不要論に近い主張を展開し、「自衛隊の組織のスリム化を図るべきだ。大型ヘリを使って部隊を機動的に展開させることなどを検討するなど、組織や運用を根本から見直せば陸自は十五万人体制を維持する必要がなくなる」と、理想論の机上の空論を展開している。(注54)

2004年11月10日朝刊の社説では、「防衛計画の大綱で安全保障戦略は示されるべき。安全保障戦略が定まらないまま、防衛力整備構想を各省庁間で論議するのは順序が逆なのではないか。防衛計画の大綱を急ぎ、そのうえで整備構想をつめるのが筋」としたうえで、「財務省の(言う)削減は当然だろう」と東アジア情勢を考えない主張を展開し、「三自衛隊の統合運用、装備のハイテク化、情報収集・分析能力の向上などで。組織や装備の削減は補えるはずだ。」と人員的、金銭的に一番手間がかかる方法を代案に唱えている。(注55)

2004年12月11日朝刊の社説では、「スリムで筋肉質な自衛隊にすべきだ。」とすでに実行されていることを主張し、「財政上の理由だけで、国民の生命や国の安全を守る防衛力を補ってはならない」と、2004年11月10日朝刊社説の前言を翻している。(注56)

 

第12項              2005年の論調

 

 2005年2月16日朝刊の社説で、「自衛隊法改正 ミサイル防衛強化への一歩だ」と、自衛隊法改正を評価している。(注57)

 

第13項              2006年の論調

 

 2006年3月27日朝刊の社説で、「自衛隊統合運用 陸海空一体へ体制作り急げ」と三自衛隊の統合運用を勧めている。(注58)

 

第14項              2007年の論調

 

 2007年1月1日朝刊の社説で、「タブーなき安全保障論議を 集団自衛権『行使』決断せよ」において、「米国、中国、ロシアの3国は、北の核に対する圧倒的な核報復力、つまり核抑止力を保持している。日本が置かれている状況ほどの深刻な脅威ではない。」、「現在の国際環境下で、日本が核保有するという選択肢は、現実的でない。」、「核保有が選択肢にならないとすれば、現実的には米国の核の傘に依存するしかない。」、「同盟の実効性、危機対応能力を強めるため、日本も十分な責任を果たせるよう、集団自衛権を『行使』できるようにすることが肝要だ。」、「また、非核三原則のうち『持ち込ませず』について議論しなおしていいだろう。」と主張している。現実的防衛力増強となる日米同盟強化のために集団自衛権行使容認を勧めている。(注59)

 2007年2月28日朝刊の社説、「日本版NSC 国家戦略の司令塔作りを急げ」において、「外交・安全保障には、資源・エネルギー政策や、政府開発援助も含まれる。その時々の政策案件によっては、少人数閣僚会議に、財務相、経済産業相、国土交通相ら関係閣僚や統合幕僚長が参加することも必要だろう。」、「閣僚会議が機能するためには、情報分析や各省庁間の調整を行う事務局がしっかりとしてなくてはならない。」と主張している。日本版NSCに具体的提言を行っている。(注60)

 2007年7月7日朝刊の社説、「防衛白書 中国との安保対話を深めよ」において、「国際社会の一員として責任ある行動をとる。軍事分野の透明性を高める。」、「こうした点を中国に粘り強く求めることが地域の平和と繁栄につながる。」と、主張している。日本の対中外交の弱腰姿勢からまっとうな方向への転換を促している。対話だけでなく力の均衡が必要なことも主張すべきである。(注61)2007年8月21日朝刊の社説、「平和協力活動 自衛隊の武器使用を国際標準に」において、「武器使用基準を緩和し、国連平和活動(PKO)で認められている国際基準に合わせて、任務遂行のための使用を認めるべきだ。」と主張している。(注62)

 2007年8月26日朝刊の社説、「次期戦闘機 日米同盟踏まえた機種選定を」において、「東アジアでは中国の空軍力の近代化が著しい。20~30年後の日本の安全保障環境を見据えれば、防衛省が最も高性能なF22の導入を追求するのは理解できる。」、「ただ価格、機体整備の利便性など、様々な条件を吟味し、総合的に判断すべきだ。F22を導入できないときに備えて、米英などが共同開発中のF35など、代替案を検討する作業も不可欠だ。」、「日米両政府は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を締結した。情報漏えいには政府全体で取り組むべきだ。」と、「「1980年代後半の次期支援戦闘機(FSX)をめぐる防衛摩擦の再来のよう情報漏洩に甘い日本に注意を促している。そして、「1980年代後半の次期支援戦闘機(FSX)をめぐる防衛摩擦の再来のようなことがあってはならない。」と主張している。FSX事件は日米双方の相互不信が両国家に大きな影響を与えたため、再検証の必要がある。(注63)

 

第9項 2008年の主張

 

 2008年1月7日朝刊の社説、「新たな秩序へ やはり日米同盟が基軸だ 自衛隊派遣恒久法を」において、「日本単独では対処できない」、「超大国・米国が保持する軍事抑止力をはじめとする強大な力を、日本は安全は無論、世界の平和と繁栄の支えとするために、今日日米同盟の重要性は一層強まっている。」、「防衛協力の進展が重要」、と日米同盟の重要さを強調、「集団自衛権は『保有しているが、行使できない』という矛盾した憲法解釈の見直しも必要」と日米同盟の正常化を提言し、「安保理に委ねるのは国家主権の放棄に等しい。安保理決議が無くても、国会の承認があれば、自衛隊を派遣できる枠組みを定めるべきだ。」と国連重視の姿勢を批判し、さらに「武器使用基準を見直すべき」として、海外における自衛隊運用の非合理性を正そうとしている。(注64)

 2008年6月1日朝刊の社説、「クラスター禁止 安全保障上の代替策を探れ」では、「日本が同意を決断したのは、妥当な判断だろう」と政府の決定を支持し、「米軍との防衛協力も含め、戦術面の見直しなども検討する必要があるかもしれない。」とクラスター爆弾禁止後の対応を模索している。(注65)

 2008年6月19日朝刊の社説、「日中ガス田合意『戦略的互恵』へ第一歩だ」において、「海洋国家日本として、主権と権益を守る体制を一層強化していかなければならない」と日中合意を評価しながらも、一定の注意を促している。(注66)

 2008年9月22日朝刊の社説、「ミサイル防衛 空自も迎撃に成功した」において、「ミサイル防衛は、単に迎撃ミサイルを配備するだけでは有効に機能しない。ミサイルを探知する警戒管制レーダーFPS5や、防空情報を一元管理する空自の自動警戒管制組織(BADGE)システムとの適切な連結が不可欠だ。ミサイル発射の事前情報や早期警戒情報を持つ米軍との情報共有や連携強化も重要となる」として、防空体制の強化とアメリカ軍との関係強化を主張している。(注67)

 2008年8月18日朝刊の社説、「防衛大綱改定 陸海空の予算配分見直せ」において、「現在の陸海空の予算配分が、冷戦時とほぼ同じというのはおかしい。当面は陸自の予算を減らし、海自と空自を増やす方向で議論を進めるべきだろう。現在の大綱では、陸自の定員は15万5000人、戦車と火砲は各600門に減らされたが、一層の削減を検討する必要がある。」と主張している。陸海空の予算配分の見直しは当然であるが、東アジア情勢の緊迫化に伴う防衛力拡大の必要性にはまったく言及していない。また、陸戦の基本である兵士の頭数や火力をまったく考慮していない提言である。(注68)

 

 

第10項 2009年の主張

 

 2009年1月20日朝刊の社説、「防衛大綱改定 国際平和活動の拡充目指せ」において、「自衛隊には依然冷戦時代の名残がある。旧ソ連の着上陸侵攻を想定した北方重視の部隊編成や装備体系だ。」と批判しているが、ロシアの脅威や広大な演習場が北海道以外にない現実を無視している。また、「陸自の定数や戦車・火砲などの一層の削減に取り組まなければならない」と主張、既成概念にとらわれた国防思想から踏み出せていない。(注69)

2009年6月10日朝刊の社説、「武器輸出 3原則の緩和に踏み出す時だ」において、「自国の防衛のために武器を調達すること自体は、本来否定されるべきではない。」と戦後日本の左翼勢力を中心とした国防費艇、武力全否定の考えを批判している。また、「忘れてはならないのは、防衛費の減少が続く中で、武器を輸出できない日本の防衛産業の経営が悪化していることだ」と、日本の防衛の根幹を揺るがす事態に警鐘を鳴らしている。(注70)

 2009年8月5日朝刊の社説、「大胆な提言を新大綱に生かせ」において、「国際的な安全保障環境が変化する中、日本の平和と安全を確保し続けるには、従来のタブーを排し、防衛政策や自衛隊の部隊編成・装備を見直すことが肝要だ。」と主張している。(注71)

 2009年7月23日朝刊の社説「防衛白書 脅威を直視し防衛力を高めよ」において、「「装備調達の効率化は当然としても、そろそろ防衛費の漸減に歯止めをかけるべきではないか。」と、提言している。(注71)

 2009年8月23日朝刊の社説、「日米同盟 責任分かち信頼強化せよ」において、「北朝鮮の核とミサイルの脅威が顕在化した今、日米同盟を強化し、防衛協力の実効性ト抑止力を高める必要性がある」と主張している。(注72)

 2009年8月26日朝刊の社説、「アジア外交 膨張する中国とどう向き合う」において、「中国軍の増強も、この地域にとって懸念材料だ」と指摘している。(注73)

 2009年9月30日朝刊の社説、「東アジア共同体 経済連携の強化で環境整備を」において、「『東アジア共同体』という言葉だけが先走ってはいないか。」、「だが欧州連合(EU)をモデルにするのは無理がある。東アジアは、政治体制の異なる多様な国からなる。北朝鮮の核ミサイルの脅威や中国の軍事的台頭などがあり、冷戦終結後の欧州のような安全保障環境が整っていない。」と指摘している。(注74)

 

 

 

注1  読売新聞社説 1994年1月1日

注2         1994年2月27日

注3         1994年12月20日

注4         1994年8月13日

注5         1994年3月31日

注6         1994年2月17日

注7         1994年3月6日

注8         1994年3月18日

注9         1994年3月18日

注10        1994年3月24日

注11        1994年6月2日

注12        1994年6月12日

注13        1994年6月14日

注14        1994年6月24日

注15        1994年8月30日

注16        1994年9月16日

注17        1994年8月15日

注18        1995年2月24日

注19        1995年3月1日       

注20        1995年5月1日

注21        1995年5月19日

注22        1995年8月18日

注23        1995年8月30日

注24        1995年10月27日

注25        1995年6月10日

注26        1995年8月3日

注27        1995年12月23日

注28        1995年11月12日

           1995年11月29日

注29        1996年2月3日

注30        1996年4月16日   

注31        1996年5月4日

注32        1996年9月26日

注33        1996年10月25日

注34        1997年8月8日

注35        1997年4月27日

注36        1997年8月10日

注37        1998年3月22日

注38        1998年8月24日

注39        1998年12月27日

注40        1998年9月15日

注41        1999年3月25日

           1999年4月27日

           1999年5月3日

注42        1999年3月14日

           1999年4月27日

           1999年5月25日

注43        2000年9月28日

注44        2000年12月16日

注45        2001年3月5日

注46        2001年8月31日

注47        2001年9月14日

注48        2002年5月11日

注49        2002年8月3日

注50        2002年9月7日

注51        2003年3月29日

注52        2003年4月3日

注53        2003年5月26日

注54        2004年6月28日

注55        2004年11月10日

注56        2004年12月11日

注57        2005年2月16日

注58        2006年3月27日

注59        2007年1月1日

注60        2007年2月28日

注61        2007年7月7日

注62        2007年8月21日

注63        2007年8月26日

注64        2008年1月7日

注65        2008年6月1日

注66        2008年6月19日

注67        2008年9月22日

注68        2008年1月18日

注69        2009年1月20日

注70        2009年6月10日

注71        2009年8月5日

注72        2009年8月23日

注73        2009年8月26日

注74        2009年8月30日

 


 

 

 

第3章 朝日新聞における論議

 

第1項    1994年の傾向

 

 1994年1月10日の社説「防衛大綱見直しは広い視野で」(注1)では、ソ連という脅威がなくなったなか、北朝鮮や中国の脅威を「大きな脅威として騒ぎ立てるのは感心できない。」と、現実逃避的な主張をしている。そして、日本とアメリカが「率先して軍縮を主導することが必要だ。」と、現実の国際情勢を無視した提言を続けている。そして、外からの脅威も内乱も可能性が低いとして、「国連協力の別組織」を訴えている。

1994年7月30日の社説「政治主導の予算というならば」(注2)では、防衛費が対前年度比で増加したことに対して、「冷戦後の国際情勢を視野に入れれば、もっと削り込んで当然だ」と主張している。

1994年8月13日の社説「これでは軍縮はできない」(注3)では、防衛問題懇談会が提出した報告書がPKO専門部隊を否定していることに対して「視野が狭い」と批判している。

1994年12月17日の社説「これが首相の『軍縮』なのか」(注4)では、新たなる国際情勢の下、防衛官僚主導で進められた防衛予算に異議をとなえている。

 戦域ミサイル防衛に対しては、1994年12月24日の社説「『戦域ミサイル防衛』は慎重に」(注5)において、北朝鮮の核保有問題は外交で解決すべき、と主張している。

1994年8月3日の一面「座標 『自衛隊合憲』を考える」(注6)では、数多くの自衛隊装備が「違憲」状態にある、と批判している。

 1994年の朝日新聞の傾向は、ソ連の崩壊と、北朝鮮や中国の新たなる脅威を認識しつつも。それについての具体的防衛計画は提言せず、ひたすら一方的軍縮を唱えることに終始している。

 

第2項   1995年の傾向

 

 1995年(平成7年)5月3日にいくつかの安全保障に関する提言をおこなっている(注7)。PKF業務をおこなわずに国連協力する「平和支援隊」創設の提言、2010年までに自衛隊を国土防衛隊に改変縮小、陸上自衛隊半減、イージス艦、P-3C対潜哨戒機、F-15戦闘機の大幅削減を主張している。また、「すべての土台は、日本が再び軍事的な脅威とならないことだ」として、対話型の安全保障をめざす、としている。「平和支援隊」のような組織が果たして国際社会から必要とされているのか疑問である。「陸上自衛隊の半減」は、16万の定員が充足率9割の状況で、基盤的防衛力にも達することなく、保安庁の見積もり陸上戦力32万の半分以下である現状で、さらに半減させるということは、国土防衛の必要最小限にも及ばないとおもわれる。イージス艦、P-3C対潜哨戒機にしても、艦隊防衛という、決して侵略的、攻撃的なものでないので、これを大幅削減させる理由はない。そのうえ、朝日新聞自身が中国の海軍力増強を認識しているならなおさらである。また、「F-15をこれほど濃密に配備している国はない」との表現には、事実認識に誤りがあると思われる。日本より高度な防空体制を敷いている国は数多い。これら提言は、現実を無視した朝日新聞の独りよがりに過ぎない。

 1995年11月30日の社説「新大綱は時代に耐えられるか」(注8)で、新大綱による自衛隊の削減傾向を「不十分」と指摘しながら、「防衛費の削減に結び付けなければならない」と主張している。地域の不安定化を防ぐには「日本が非核三原則や武器禁輸原則を厳格に貫き、さらに紛争の予防や信頼醸成に貢献する決意を明確にすること」と、ひとりよがりかつ、あいまいなものに終わっている。日本のおかれた情勢を認識しているのか疑問である。

 

第3項  1996年の傾向

 

 1996年(平成8年)4月24日の社説「有事論議に走る前に」(注8)において、集団自衛権行使につながりかねないと懸念を表明している。

1996年5月28日の社説「有事研究はだれのためか」では、「憲法を踏まえての抑制的な姿勢」で有事を論ぜよ、と説いている。この場合の有事とは、日米安全保障条約に関連する有事であり、朝日新聞はもっぱら集団自衛権の行使に懸念を表明している。

1996年4月には、特集のごとく、安全保障に対する提言を続けている。1996年4月11日の社説「日米安保を考える みずからの外交判断を」(注9)では、「米国の戦略に寄り添うことがすべてであっていいのか」と、日本政府の安全保障政策を批判、「中国を巻き込んだ地域安全保障」の構築や、「近隣諸国との信頼醸成」の構築をすべき、という現実味のない主張を続けている。

1996年4月16日には朝日新聞編集委員の田岡俊次氏が「在日米軍の削減 検討を」と題し(注10)、そこでは「日本周辺の脅威 総じて減少」と主張し、在日アメリカ軍は削減可能としている。しかし中国、北朝鮮の状況を鑑みると、この提言には疑問が残る。

1996年4月18日の社説「日米安保を考える これは実質的な改定だ」(注11)において、日米安保共同宣言をおおよそ批判している。「中国封じ込めに向かうなら、日本や地域の利益とはならない。」、「最悪の場合、日本を米国の戦争に巻き込むことにつながらないか。」など、朝日新聞がよく使う語句が目に付く。      

 1996年5月3日の社説「憲法49歳の誕生日に 集団的自衛権論の迷走」(注12)では、日本は「非軍事・積極活動国家」であるべきで、「日本は軍事的役割を広げることで生きていくことはできない。」と主張、そして日本の求められている役割としては「憲法と国連の理念を掲げつつ、みずからを含む地域の軍縮を進める、といった努力だろう。」、と述べている。なぜ、日本は軍事的役割を広げられないのか、日本が軍縮することで中国や北朝鮮の脅威を解消できるのか、疑念を抱かざるを得ない。

 

第4項  1998年の傾向

 

 1998年(平成10年)4月29日の社説「周辺事態法 このまま通してはならぬ」(注13)において、「どれをとっても従来の防衛政策からの決定的な転換である。」と主張している。さらに「米国主導による紛争対処への協力者として一定の役割を担い、それを日本の官民が支える。そうした枠組みが、この法案に他ならない。」と続けている。台湾問題においては「とくに、中国と台湾の紛争は『周辺事態』にふくまれないと、はっきりさせる必要がある。」、「『ひとつの中国』政策に沿った明確な判断を示すべきときだ。」と、かなり中国の政策を擁護している。

 1998年11月7日の社説「情報衛星 短絡的導入の危うさ」(注14)では、情報収集衛星導入に対し、「宇宙の平和利用に反する」と、異を唱えている。日本はオープン・スカイに力を入れるべきで、情報収集衛星はアメリカへの情報提供につながると懸念している。

 1998年の朝日新聞は、相当追い詰められた感のある主張になっており、日本の防衛に関することはとにかく反対、平和活動に専念せよという、理不尽なものになっている。

 

第5項  1999年の傾向

 

日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連の社説が5本あり、ガイドライン関連法成立阻止に向けた怨念が感じられる。そのなかで、1999年(平成11年)3月13日の社説「ガイドライン法案審議に 『日米中』の将来を語れ」(注15)において、中国との関係の重視を提言している。しかし、具体的方策は述べられていない。その他のガイドライン関連社説においても、従来の主張と変わらない、日本は軍事協力すべきでない、平和に向けた予防外交を、といった実現性のないものである。

ガイドライン関連法案とは直接的には関係ないと思われるが、1999年5月21日の社説「TMDが緊張をつくる ガイドライン法案審議に」では、中国、ロシア、韓国の反対や、TMDの技術的実現性、相互確証破壊理論の崩壊の危機、アジアへ緊張をもたらす、との理由で反対している。核の傘という抑止力を非難してきた朝日新聞が、ここにきて相互確証破壊理論をもちだしていることは、日本のTMD研究を阻止するためなら手段を選ばないとの意思表示のようである。

1999年7月19日の社説「空中給油機 導入は間尺に合わない」(注16)において、

冷戦期ならともかく、脅威のない今、航空機による大規模侵攻はなく、空中給油機は必要ない、との主張であるが、冷戦期においても空中給油機はおろか、マクドネル・ダグラスF-4ファントム戦闘機導入の反対、F-15イーグル戦闘機の装備削減を主張してきた朝日新聞は、過去の言質を問いただす必要があろう。ミサイル基地への先制攻撃については、周辺国家の警戒があると社説では述べられているが、日本の危機と周辺諸国の警戒のどちらが重要なのか、認識が問われる。

1999年10月20日の社説「これはひどすぎる」(注17)では、西村慎吾防衛政務次官の核保有論議推奨を「核の保有や製造、持ち込みを禁じた非核三原則は、唯一の被爆国として、核兵器の廃絶を目指す国民合意の結実であり、東アジアや世界の平和の土台のひとつである。それを西村氏は踏みにじった。」と、強い調子で非難している。非核三原則は核兵器の保有を論じることまでは禁止しておらず、これを禁止しようものならば、それは言論の自由に反する。そして、非核三原則は国会決議に過ぎない。核兵器保有に反対する、TMDにも反対する、それでは日本はどのように核社会から身を守ればいいのか。現実的方策を願う。

 1999年の朝日新聞は日本の先行軍縮による国際情勢の緊張緩和という実現不可能な妄想と、それによって結果的にもたらされる日本の防衛弱体化をすすめるため、手段を選ばず、論理も破綻して、迷走している。

 

 

第6項  2000年の論調

 

2000年5月17日朝刊の社説で、「夢想は疑心暗鬼を呼ぶ ミサイル防衛」と題し、「この構想は、いわば米国のひとりよがりではないか。あまりにも素朴な技術振興は根底にありはしないか。冷戦の終了で断ち切ったはずの軍拡が、また始まることになる。警戒しつつも、外交的な手段を尽くして、こうした国々を国際社会に受け入れる。その努力こそが安全保障の王道であろう。」と主張している。(注18)

2000年8月11日朝刊の社説では、「新潮流の備えこそ 自衛隊50年」と題し、「OECDがまとめた主要国の購買力平価(データのない中露は除く)で比較すると、日本の防衛費は米、英に次ぐ規模に達している。先の南北首脳会議を機にようやく緊張緩和の兆しが見える朝鮮半島を、冷戦状態に引き戻すような敵視政策は許されまい。」と主張している。一番敵対的で拡張主義の軍事大国である中国、ロシアを無視し日本が軍事大国だと唱え、さらに朝鮮半島情勢の判断を間違える朝日新聞の安全保障感覚のなさには呆れるしかない。さらに「TMDは中朝などの警戒感が強く、技術面、コスト面での難点も多い。開発を断念すべきである。」と続け、具体的安全保障政策がまったくみえてこない。(注19)

2000年12月16日朝刊の社説では、「『買い物』は何のため」と題し、「次期防衛力整備計画の総額はもっと絞り込むべきだった。周辺諸国に働きかけ、ともに軍縮を進めることは財政上も必要ではないか。さらに思い切った縮小が必要でないか。いったい、どこのハイテク戦車が攻めてくるのか、解せない話だ。」と主張している。中国の軍拡など東アジア情勢を無視した夢想ばかりの主張である。(注20)

 

第7項  2001年の論調

 

 2001年1月7日朝刊の社説で、「同盟の虚と実と」と題し、「核の脅しをたてにした安保がいつまでも続くとは思えない。」と理想論を述べている。(注21)

2001年5月10日朝刊の社説では、「はっきりNOと言え ミサイル防衛」と題し、「集団自衛権との関係でも、論議を引き起こすことになるのではないか。米国の新ミサイル防衛構想に対抗して中国が核戦力増強に走る-これほど愚かで危険なシナリオはない。同盟国として日本が米国に正面から意義を唱える。いまなすべきはそれだ。」と主張している。(注22)

2001年6月29日朝刊の社説では「対地訓練は必要なのか 空自誤発射」と題し、「対地攻撃訓練を続ける必要性を根本から考え直してみるべきではなかろうか。専守防衛の日本で対地攻撃支援射撃が必要になるのは、日本の領土に対しての大規模な侵攻があった場合であろう。冷戦の終わった今、そんな想定にどれほど現実性があるのだろう。」と主張している。防衛には冗長性が必要ということを全く理解していない主張である。(注23)

2001年7月15日朝刊の社説で、「北朝鮮や中国の軍事動向には、確かに不透明な部分も多い。だからと言ってその脅威を必要以上に言い立て両国の警戒心をたきつけ、より大きな脅威を招く。それほど愚かなことはない。両国を国際社会の責任あるパートナーとして迎える努力こそが最良の防衛政策だと肝に銘じるべきだ。」と理想論だけを展開している。(注24)

2001年11月19日朝刊の社説は、「市民の目による検証を 拳銃使用」と題し、「『けん銃取り扱い規範』改正。39年ぶりの本格的見直しである。発砲が適正だったかどうか、警察内部だけでなく、市民の目による検証が必要だ」と主張している。(注25)

 

第8項  2002年の論調

 

 2002年1月30日朝刊の社説で、「同盟を吟味する時だ 英米と日米」と題し、「英国ほどの距離感を日本は保てるのか。米国に直言する気概のないまま英米のような緊密な軍事協力関係が将来のお手本だというのなら、願い下げである。」、「どんな同盟にも寿命がある。帝国主義時代や冷戦期とは異なる新たなる脅威への対応に、2国間同盟はどこまで有効か。くもりのない目で吟味すべきだ。だからといって、日本が日米安保や専守防衛の枠組みを離れ、自主防衛に踏み出すことは賢明な選択ではあるまい。より普遍的な集団安保の仕組みを考えたい。」と主張している。(注26)

2002年4月28日朝刊の社説で、「米国にもの申してこそ 独立50年」と題し、「一歩一歩深まる日米の防衛協力。ソ連が崩壊したとはいえ、東アジアを含む不安な国際情勢にあって、安保条約を維持する価値はある。もちろんそれはアジアの安定のためであり、日本国民の安心のためでなければならない。だが、もし米国自身が世界の安心を、安定を乱す存在になってしまったらどうなのか。」と主張している。(注27)

2002年8月4日朝刊の社説、「脅威の列記はいいが 防衛白書」で、「しかし極東ロシア軍の変化については、脅威の圧倒的な削減による防衛政策の見直しに踏み出さない。必要なのは、北海道に手厚い冷戦時代の部隊配置をやめ、警察などとともに、テロやゲリラ上陸に機敏に備える態勢を早急に整えることだ。」と主張している。(注28)

2002年12月30日朝刊の社説、「自衛隊の統制者は誰か 統合運用」では、「文民統制には三つの段階がある。防衛庁内部の文官による自衛隊管理、首相による防衛庁、自衛隊に対する指揮統制、自衛隊の行動に対する国会の監督と承認である。」と誤った認識をさらけ出している。本来、文官(軍政)と自衛隊(軍令)とは対等な立場であり、指揮統制する首相が絶対的立場である。(注29)

 

第9項  2003年の論調

 

 2003年2月5日朝刊の社説、「軍事費突出を憂う 米国予算」において、「今回の04年度予算案でも、国防費は4,4%、国防費を除く米本土の安全保障費は7,6%増加させるという。あまりにもぬきんでた軍事力を持つと、国際的な協調や外交での解決軽視につながりかねない」とアメリカの軍事費だけを主張、中国やロシアに関しては口をつぐんでいる。(注30)

2003年3月29日朝刊の社説では「専守防衛に徹せよ 偵察衛星」という的外れな主張を展開している。(注31)

 

第10項         2004年の論調

 

 2004年1月11日朝刊の社説、「平和のため肩組もう カナダ」と題し、「カナダが大事にしてきた多国間外交の伝統をぜひ守ってほしい。日本とカナダが役割を分担して平和を築くための戦略を練る。そんなソフトな同盟を形づくっていきたい。」と主張している。日本とカナダのおかれている地政学的な環境も考慮すべきである。(注32)

2004年1月15日朝刊の社説「困った防衛庁長官だ 武器輸出」と題し、「ともすると見過ごされがちなのは、日本にとってこの政策が外交上の大きな『武器』になっていることだ。いや、何より、アジアの国々に無用の警戒心を与えず、信頼を得るための大きな財産になっている。」と主張している。東南アジア各国からは日本の武器、自衛隊の中古兵器の引き合いが多いことを知らないのであろうか。(注33)

2004年5月8日朝刊の社説では、「重し失う小泉政権 福田長官辞任」と題し、「しかし、自衛隊の派遣には慎重な姿勢をにじませることもあった。米軍を支援する自衛隊の活動範囲や内容を広げることにも批判的だった。」、「防衛庁の予算の増額を求めたときだ。福田氏が石破長官を厳しく批判し、逆に戦車や護衛艦などの正面装備を削減する結果となった。福田氏は、海外での自衛隊の活動はあくまでも非軍事的であり、抑制的あるという考えを貫こうとしていた」と主張し、左翼的な心情を持つ福田官房長官にシンパシーを表明している。(注34)

2004年6月30日朝刊の社説、「『軍隊でない』を誇りに 自衛隊50年」と題し、「自衛隊は他国で戦争をしない。それが日本にとって国益の源泉であり、誇りであることをあらためて刻みたい。」と主張、国際情勢の変化に対応できない考えを示している。(注35)

2004年10月5日朝刊の社説、「防衛懇報告 期待はずれだった」と題し、「気掛かりは、武器輸出3原則の緩和をはっきりと打ち出したことだ。」と懸念を表明している。(注36)

2004年12月5日朝刊の社説、「防衛大綱 あれもこれもは通らぬ。」と題し、「次期防には射程数百キロの地対地ミサイルの研究が盛り込まれている。敵基地攻撃力を高めることにつなごうというのなら、専守防衛の原則をゆるがすばかりか、日本周辺の緊張を高める恐れがある。」と主張している。(注37)

 

第11項         2005年の論調

 

 2005年12月11日朝刊の社説、「前原発言 外交センスを疑う」と題し、「もうひとつ気になる発言がある。中国の軍事力は『現実的脅威』であり、『毅然とした対応で中国の膨張を抑える』などと語ったことだ」と、中国の軍事力急増の事実を認めようとしていない。(注38)

 

第12項         2006年の論調

 

 2006年7月12日朝刊の社説、「先制攻撃論 短兵急に対応するな」と題し、「専守防衛を変更すれば、北朝鮮だけでなく、中国、韓国などの周辺国を刺激するのも避けられない」と主張している。(注39)

2006年11月11日朝刊の社説、「核を持つ 日本を危うくするだけだ」では、「この地球上に核を増やすのではなく、なくす方向で世界と自分自身の安全を考える。それが日本の役割であることを忘れてはならない。」と理想論を述べている。(注40)

2006年11月30日朝刊の社説では、「防衛『省』 あらためて昇格に反対する。」、「『不戦60年』と言うべきではないのか。軍事に重い価値を置かない、新しい日本のあり方の象徴であった。国防省や防衛省でなく『防衛庁』としたのも同じメッセージである。」と述べている。(注41)

 

第13項         2007年の論調

 

 2007年2月28日朝刊の社説、「日本版NSC まだ生煮えでないか」において、「今日の安全保障にはエネルギー、環境、さらには人権の問題など幅広い視野が求められる。そうした複雑化した現代の『安全』への目配りはあまり感じられない。」、「軍事面ばかり突出してはバランスを欠くことになる。」と主張している。朝日新聞はNSCがどういう組織かまったく理解してないようである。NSCによって政治主導の国家戦略をおこなおうとしているのに、これを否定すればまた官僚主導になってしまう。(注42)

 2007年5月3日朝刊の社説、「日本の新戦略 提言 社説21 地球と人間」において、「核軍縮、核実験禁止などでインドから明確な約束がない限り、日本はインドへの原子力協力に賛同すべきではない。」、「(自衛隊を)軍隊とはせず、集団自衛権は行使しない」、「国連安保理決議にもとづく平和構築活動に参加していく」、「非核を徹底して貫き、文民統制をきちんと機能させる」、「再び軍隊を持たないと誓った戦後の出発点をゆるがせにしたくないと思う。」、「憲法の理念のもとに必要最小限の防衛力として自衛隊を持つこと。」、「非核の原則を盛り込む」、「国連による平和維持活動(PKO)に積極的に参加する方針と原則を書く」、「自衛隊の規模と装備については、国際環境を見ながら、過大にならないよう見直していくべきである。」、「必要最小限の防衛力の行使を認めた憲法9条から逸脱し、際限なく自衛隊の役割が広まってしまうからだ。」と主張している。対中国政策にとって重要なインドを蔑にし、理想論と日本だけが軍事抑制するというマゾヒズムに満ちた主張である。(注43)

 2007年12月4日朝刊の社説、「防衛省改革 解体的出直し考えよ」では、「『省』にふさわしい組織や人材を備えていなかった。『庁』に戻して出直しさせるくらいの覚悟で、改革に取り組む必要がある。」と主張している。不祥事があれば格下げする、という発想を持っていれば国家規模の組織は何もできなくなる。(注44)

 

 

第14項         2008年の論調

 

 2008年5月10日朝刊の社説、「宇宙基本法 あまりに安易な大転換」において、「日本が新たな軍事利用に乗り出すことは周辺の国々への緊張を高めないか」と、主張している。中国の宇宙の軍事利用にも意見してもらいたい。(注45)

 2008年5月13日朝刊の社説、「クラスター爆弾 鮮やかな首相の決断」において、「人道面と安全保障面のバランスを考えることが必要だ。これが従来の日本の立場だった。」、「反対を押し切っての福田首相の決断である。」と、福田首相を称賛している。日本の安全保障を考えない安易な人気取りを称賛している。(注46)

 

第10項 2009年の論調

 

 2009年5月25日朝刊の社説、「日本の宇宙開発 技術は軍より民で磨け」において、「軍事ばかりに目が向いていると、日本の宇宙開発は先細りになりかねない、」と主張している。日本の宇宙開発の現状がほとんど民間であるという事実にまったく目をむけていない。(注47)

 2009年6月6日朝刊の社説、「『北の核』と日本 味方増やす防衛論議を」では、「だが、だから日本独自の軍事的備えを強めよという主張は、同盟の基盤である相互信頼をひび割れさせる。」と主張している。日本の防衛力増強が日米同盟に悪影響をあたえるという、意味不明な主張である。対等な関係になるには対等な軍事力、努力が必要である。朝日新聞は日本の対アメリカ従属という関係を是認している。普段の対米従属批判とまったく反対の認識、深層心理をさらけ出している。(注48)

 2009年10月26日朝刊の社説、「東アジア 共同体をともに磨こう」において、「その姿はまだ見えないが、欧州連合(EU)とは別の道をたどることは共通理解と言えるのではないか。」と主張、自由と民主主義を追求するEUとは異なる、独裁を是認するアジアを認めている。(注49)

 2009年12月10日朝刊の社説、「普天間問題 日米関係の危機にするな」において、「日米関係の基盤は安保条約であり、日本が基地を提供するのは不可欠の要件である。」と主張している。しかしその割には合意があった普天間基地移転をこじらせた鳩山政権には一切言及がなく、朝日新聞の今までの反米姿勢に対して反省がまったくない。(注50)

 

 

 

 

注1  朝日新聞社説 1994年1月10日

注2         1994年7月30日

注3         1994年8月13日

注4         1994年12月17日

注5         1994年12月24日

注6         1994年8月3日

注7         1995年5月3日

注8         1995年11月30日

注9         1996年4月24日

注10        1996年4月11日

注11        1996年4月16日

注12        1996年5月3日

注13        1998年4月28日

注14        1998年11月7日

注15        1999年3月13日

注16        1999年7月19日

注17        1999年10月20日

注18        2000年5月17日

注19        2000年8月17日

注20        2000年12月16日

注21        2001年1月7日

注22        2001年5月10日

注23        2001年6月29日

注24        2001年7月15日

注25        2001年11月19日

注26        2002年1月30日

注27        2002年4月28日

注28        2002年8月4日

注29        2002年12月30日

注30        2003年2月5日

注31        2003年3月29日

注32        2004年1月11日

注33        2004年1月15日

注34        2004年5月8日

注35        2004年6月30日

注36        2004年10月5日

注37        2004年12月5日

注38        2005年12月11日

注39        2006年7月12日

注40        2006年11月11日

注41        2006年11月30日

注42        2007年2月28日

注43        2007年5月3日

注44        2007年12月4日

注45        2008年5月10日

注46        2008年5月13日

注47        2009年5月25日

注48        2009年6月6日

注49        2009年10月26日

注50        2009年12月10日


 

 

第4章 毎日新聞における論議

 

 毎日新聞は毎年、防衛白書や12月の予算策定時にそれを批判する内容の社説を掲載する傾向にある。防衛白書については、まず前提としている国際情勢の認識に刃が向けられる。「ソ連の崩壊によって、大規模進行の危機は去った」との記述であるが、毎日新聞の場合、ソ連が存在した時代から、緊迫情勢を否定していた。また、中国、北朝鮮という新たなる危機については触れていない。そして、新装備についても精査することなく批判している。

 防衛費については、毎年増加について、「危機は遠のいた」という理由で、防衛費の増加を批判している。

 1999年2月3日の社説「修正点が整理されてきた」(注1)では、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連の周辺事態法について取り上げているが、「周辺」の定義をはっきりするように求めている。しかし、周辺の定義をあいまいにすることによって生じる抑止力としての効果も考慮するべきである。

1999年3月12日の社説「国民の『不安』払拭を 問われる国会の判断能力」では、集団自衛権の行使や専守防衛に反するという国民の声があるという指摘をしている。しかし、全国の憲法学者が反対しているというのは考えるべきことである。憲法学者の大半は、憲法9条は死守すべきで、自衛隊は憲法9条に抵触する違憲状態である、といった考えを持つ偏った思想のイデオロギー集団であるからである。知識人を自らの意見の代理人にし、読者を説き伏せようとしている意図が見える。

 1999年3月25日の社説「なぜ政策を変更したのか」(注2)は、北朝鮮の工作船が日本領海を侵犯した事件についての主張である。そこでは、自衛隊の役割が強化されることに対しての懸念が表明されている。それを「国民のあいだになお多くの疑念がある」としているが、世論調査などの根拠もなく、自らの考えを国民に押し付けるおこがましさがある。

 毎日新聞は、防衛についてそれほど熱心でないらしく、関連した社説は少ない。そして、あったとしても毎年恒例の防衛白書批判、防衛予算批判と、その時々のトピックぐらいで、明確な防衛に対するビジョンは見受けられない。

 

 

第1項     2000年の論調

 

 2000年6月23日朝刊の社説では、「安保条約40周年 平和のための構想示せ」と主張(注3)、2000年11月25日朝刊の社説では、「防衛庁、自衛隊 意義あるNGOとの連携」を提言している。(注4)

2000年12月16日の社説では、「次期防『コンパクト』化反する」、「空中給油機を4機導入を決めてしまった。」、「海自が導入する新型護衛艦2隻は1万3500トンと、これまでの護衛艦より3倍近いおおきさのものだ。『軽空母』なみと評されているが、これほど巨大な艦艇がなぜ必要なのか。」、「今回の次期防を見ると、これに逆行しているのは明らかだ。『大綱』策定から5年が過ぎたが、この間、アジア太平洋の軍事情勢は大きく変わった。」と左翼的平和主義に基づく主張を展開、現実を見ていない。(注5)

 

第2項     2001年の論調

 

 2001年9月1日朝刊の社説では「警察官 短銃使用の条件は整っているか」と題し、「現状のまま使用要件を緩和すれば、第三者を巻き添えにしたり、無用な事故を招くことは必至ではないか。射撃術の総体的なレベルアップを進めることが先決と言わざるを得ない。」と主張、凶悪犯罪の存在する実情を考えていない。(注6)

 

第3項     2002年の論調

 

 2002年3月21日朝刊の社説、「有事法制 憲法の原則踏まえ検討を」と題し、「憲法18条が『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない』とし、19条が『思想及び良心の自由は、これを侵してはならない』と想定していることに反してないと言えるだろうか。」、「憲法上疑義がある強制力を伴う法制化は再考を求めたい」と主張している。(注7)

2002年4月22日朝刊の社説、「考えよう憲法36 自衛隊」と題し、「埋め続けた9条とのミゾ、憲法の規範性から見れば問題がある。」と、自衛隊の存在を解いている。

2002年5月3日朝刊の社説、「タブーなき論議の空気を歓迎」では、「守るべきは守り、改めるべきは改めるという『原点』に立って」と、憲法論議は評価している。(注8)

 

第4項     2003年の論調

 

 2003年3月29日朝刊の社説、「偵察衛星 宇宙の平和利用に新決議を」と題し、「『防衛目的』に徹し、近隣諸国や国民に誤解を与えないよう」と主張している。(注9)

 

 2003年8月18日の社説、「文民統制 軍事コントロールの見識磨け」では、「論議の質を高めるには、安全保障の知識を持つ政策担当スタッフを充実させなければならない。」と提言している。(注10)

2003年9月8日朝刊の社説、「ミサイル防衛 防衛政策の根本から議論を」では、「中国や韓国には十分な説明が必要である。他の防衛予算削減は不可避だ。」と主張、日本のおかれた軍事的環境をまったく理解していない。(注11)

2003年12月22日朝刊の社説、「防衛力の見直し 国民の意見に耳傾けよ」では、「防衛力の見直しは、軍事のリストラが大きな課題となる」と主張、リストラ本来の意味が理解できているのかが気になるところである。(注12)

 

第5項     2004年の論調

 

 2004年4月28日朝刊の社説、「防衛大綱見直し 慎重かつ厳格な論議を」と題し、「前回の見直しでも装備の縮小などが行われたが、戦車や哨戒機など冷戦時代の装備は大胆に削減しなければならない。平和憲法の順守と軍事大国にならないとの決意は大綱の基本理念である。」と主張している。冷戦時代や中国との新・冷戦、ポスト冷戦時代も装備はそれほど変わらない。毎日新聞は冷戦激化時代も軍事力削減のみを主張してきた。軍事力削減しか主張できず、現実的代案がまったくない。(注13)

2004年7月1日朝刊の社説、「自衛隊50年 『専守防衛』で国民の信頼を得た」と主張しているが、毎日新聞は専守防衛にも否定的な姿勢であった。(注14)

2004年7月9日朝刊の社説、「防衛のあり方 『規模の縮小』は時代の要請だ」では、「陸は『戦車及び火砲』、海は『護衛艦、固定翼哨戒機』、空は『作戦用航空機』をあげた。いずれも冷戦時代の主力装備である。主力の90式戦車は1両八億円するが、車体が大きすぎて通行できる道路や橋が限られ、とても機動力に優れているとはいえない。各地に即応性の高い部隊を配置し、核や生物兵器、化学兵器に対応できる部隊も必要だ。」と主張、軍事的知識のなさをさらけ出している。(注15)

2004年11月29日朝刊の社説、「新防衛大綱 自衛隊も変革、再編が必要だ」では、「米軍のトランスフォーメーションは、自衛隊にとって他人ごとではない。」と述べているが、トランスフォーメーションによって大幅に強化される戦力は、毎日新聞とって許容できるのか。(注16)

2004年12月11日朝刊の社説、「新防衛計画大綱 多機能防衛に厳格な節度を」では、「日中の緊張が高まらないよう外交努力が必要なのは言うまでもない。専守防衛が基本理念であり、多機能防衛もおのずから節度あるものでなければならない。」と主張している。(注17)

 

第6項     2005年の論調

 

 2005年1月6日朝刊の社説、「戦後60年で考える 外交安全保障  トータル志向の外交を」では、「『軽武装、経済重視』政策をとり、国民も受け入れてきた。米戦略の一翼を担おうとしている。安保面での日米一体化は着々と進んでいる。ところが逆にアジアとの関係は停滞している。」と主張している。東南アジアと日本の良好な関係はいっさい無視されている。(注18)

2005年8月3日朝刊の社説、「安保環境 アジアとの防衛対話広げよ」では、「中露や韓国などアジア各国との防衛対話の話を積極的に広げていかねばならない。」と、特定国ばかり偏った主張をしている。(注19)

 

第7項     2006年の主張

 

 2006年7月12日朝刊の社説、「敵地攻撃論 冷静かつ丁寧な論議が必要だ」では、「攻撃は米軍に任せるというのが日本の防衛戦略だ。『敵地攻撃論』に基づいて攻撃兵器を導入するのであれば、専守防衛の防衛政策を大きく転換しなければならない。行きつく先は自主防衛論になるのではないか。そうなれば防衛力を大幅に増強し『平和国家』の看板は下ろさねばならない。」と主張している。米軍との一体化を非難しておきながら、攻撃という危険で難しい任務を米軍に任せるという虫のいい発想である。また、オーストラリアなどは軍事力を小さくするために攻撃力重視の戦略をとっている。毎日新聞は知識がなさすぎる。(注20)

2006年8月13日朝刊の社説、「防衛白書 同盟強化に国民の理解深めよ」では、「平和を維持するためにまず必要なのは外交努力である。」、「日米同盟の強化の実態だけを先行させるべきではない」と主張している。外交とは力の誇示であるという現実を全く認識していない。(注21)

 

第8項     2007年の論調

 

 2007年1月28日朝刊の社説、「衛生撃墜実験 中国に宇宙の非軍事化迫れ」において、「中国が偵察衛星を撃墜する能力を持つことがはっきりと証明された以上、ミサイル防衛へどのような影響があるのか、政府はまず国民に明確に説明すべきではないか。破片はその次だ。」と主張している。中国の衛星撃墜実験による宇宙ゴミの発生は蔑にされている。(注22)

 2007年2月28日朝刊の社説、「日本版NSC 器だけでは機能しない」では、「官邸機能を強化し、省庁間の縦割りの弊害を除去して、速やかに立案するという、報告書が目指す方向は正しい。」、「事務局長には経験豊かで官僚ににらみがきく人材が必要だ。報告書は自衛官の活用も提言しているが、事務局スタッフは外交、安全保障の専門家を配置すべきだ。」と主張している。(注23)

 2007年5月4日朝刊の社説、「安全保障政策 国民への情報提供が必要だ」では、「機密情報の管理は当然としても、一方で安保政策は情報公開による国民理解が前提であることを改めて確認しておきたい。」と、主張している。(注24)

 2007年6月12日朝刊の社説、「日豪 戦略的な意図知りたい」において、「一昨年の東アジアサミットでは将来の『東アジア共同体構想』の基盤を東南アジア諸国連合プラス3(日中韓)にするのか、さらにインド、豪州、ニュージーランドまで広げるのか、参加国の考え方の違いが生じた。日本は後者の立場だが、日本の意図が不鮮明だと中国をはじめアジア諸国に余計な不安をもたらすことになりかねない。」と、主張している。日本とオーストラリアの協力は安全保障的、経済的に当然だが、中国にお伺いをたてなければならないというのなら、日本は中国の属国ということになる。(注25)

 2007年7月7日朝刊の社説、「防衛白書 信頼回復に緊張感を持て」において、「政策官庁を強調するのはその裏返しでもあり、白書からは省になり外務省と対等になったという『気負い』も読み取れる。」、「しかし、50年にわたって庁だったのは、戦前、軍部の独走を許した反省から内閣府の外局として首相の目の行き届く組織にしておこうという歴史があったことも忘れてはならない」と、主張している。防衛庁を支配下に置き、権益にさずかろうとした多くの他省庁官僚の腐敗も忘れてはならない。(注26)

 2007年8月15日朝刊の社説、「暮らしの安全保障が必要だ 『民の現実』をみつめよ」において、「『愛国心』や『伝統』を憲法に書きこめば、それで立派な国ができると錯覚したのではないか。『国のかたち』への過剰な思い入れを捨て、『民の現実』を優先していかなければならない」と、主張している。(注27)

 

注1  毎日新聞社説 1999年2月3日

注2         1999年3月25日

注3         2000年6月23日

注4         2000年11月25日

注5         2000年12月16日

注6         2001年9月1日

注7         2002年3月21日

注8         2002年4月22日

注9         2003年3月29日

注10        2003年8月18日

注11        2003年9月8日

注12        2003年12月22日

注13        2004年4月28日

注14        2004年7月1日

注15        2004年7月9日

注16        2004年11月29日

注17        2004年12月11日

注18        2005年1月5日

注19        2005年8月3日

注20        2006年7月12日

注21        2006年8月13日

注22        2007年1月28日

注23        2007年2月28日

注24        2007年5月4日

注25        2007年6月12日

注26        2007年7月7日

注27        2007年8月15日

 

 


 

 

第5章 日本経済新聞での論議

 

 1994年3月19日の社説で「防衛問題懇談会に提示したい視点」では、「周辺諸国に脅威を与えないような自衛隊になるよう議論を深めてほしい」と日本の防衛の弱体化を訴えている。「基盤的防衛力構想は、表現は別としても、堅持されるべきだろう」と従来型思考の防衛力整備を主張している。「憲法の制約がある日本は、いわゆる脅威対応型の防衛力は保持できない」と、憲法を盾に日本の防衛力の健全な増強に否定的である。「日本の非核武装宣言をすべきである」と、核武装論を全否定している。戦後日本左翼の視点に立った防衛否定の観点から防衛を論じ、緊迫する東アジア情勢の現実を無視し、日本国民を危険にさらす社説である。(注1)

1994年8月13日の社説「防衛問題懇談会を安全保障論議のたたき台に」では、「数だけでなく、自衛隊の組織、機能が真に今後の国際情勢に即応しているのかどうかが重要になる」と自衛隊の現状に不満を訴えている。「偵察衛星の利用に関しても、宇宙の平和利用を定めた国会決議との関係をめぐる議論をやり直す必要が出てくるだろう」と、現状での偵察衛星保有には否定的である。また、軍事以外での「もっと包括的な政策をつくる必要がある」と、防衛問題懇談会であるにもかかわらず要求している。具体論に欠け、防衛そのものに否定的な論調である。(注2)

1995年8月3の社説では、「数字先行の『軍縮』誤り」と、自衛隊削減論だけが先行し、「防衛費の中身の議論を避けているのもおかしい」と、イメージ先行の防衛論議に警鐘を鳴らしている。(注3)

1995年9月2日の社説「FSX量産化は防衛産業のためか」では、「私たちは『冷戦が終わったからFSXは不要』といった単純な見方はとらない」と冷静に判断し、「問題は80億円という価格である」と標準的な価格に疑義を呈しながらも、「安全保障にはコストがかかる」と常識におさまっている。(注4)

 1995年11月12日の社説「もし、日米同盟がなかったら」において、「米国が最大のマーケットであり、世界秩序を一国で維持しうるだけの政治力、軍事力を備えていたからだ」と、日米同盟の有効性を評価、「それでは、今後はどうか。米国から離れて生きることが、日本にとって得策だろうか。巨大マーケットを失い、軍事的には孤立し、経済的にも政治的にも、没落の一途をたどる日本の姿しかうかんでこないと」と、反米感情に警鐘を鳴らしている。しかし、「日本が独自に国家防衛にあたるだけの軍事力を備えるといういわゆる『普通の国』になるには、あまりにもコストがかかりすぎる」と、アメリカの軍事力、安全保障政策に甘えた思想を吐露している。(注5)

 1996年10月16日の社説では、鳩山由紀夫・民主党代表の「常時駐留無き安保」関係論に対し、日本の国益ではなく「日中、日韓関係に思わぬ影響」が出るとの観点から批判している。(注6)

 1997年4月10日の社説「沖縄だけでない安全保障関係」では、「『沖縄だけが安保』では近隣諸国も困る」と、沖縄問題に集中する日本とアメリカの安全保障論議を非難しながらも、その手法が「近隣諸国も困る」という、日本の国益より外国を優先する思想を如実に表している。(注7)

 1999年5月21日の社説「船舶検査法も急げ」では、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案だけでなく、船舶検査という国際法に定められた実力行使も含むわが国の防衛の論議を勧めている。(注8)

 1999年7月28日の社説「冷戦後のゆれ映す防衛白書」では、「最も重要なのは防衛政策におけるコスト感覚である」と主張、1995年9月2日の社説の主張と相反する主張を出している。(注9)

 1999年12月20日の社説では、空中給油機の導入を妥当と主張している。(ちゅう10)

 日本経済新聞は、日本の防衛力強化に否定的で、その理由に「近隣諸国」を出してきている。一方で、日米同盟の維持には賛成で、理由には「巨大マーケット」と「近隣諸国」がある。また、FSXや空中給油機には賛成している。結論としては、戦後日本の左翼的軍縮軍事否定の観点から日本の防衛力整備には反対であるが、近隣諸国の意向や巨大マーケット・アメリカには敏感で、経済界・産業界を潤すビッグ・ビジネスに関係する防衛費支出になら賛成するという、経済新聞ならではの感覚である。(注11)

 

第1項     2000年の論調

 

 2000年3月8日朝刊の社説で、「中国の軍備拡大への疑問」と題し、「日本からの対中援助に疑問の声が起こらないようにしてもらいたい。」と、日本として当然のことを主張している。(注12)

 

第2項     2001年の論調

 

 2001年3月18日朝刊の社説、「中国人民解放軍の透明度向上を」において、「隣国としては懸念を抱かざるを得ない」と主張している。(注13)

2001年9月4日朝刊の社説、「米の対中核政策見直しに反対する」において、「中国のIRBMの射程内にある日本は、その近代化に安閑とはしてられない。MDに対する理解と引き換えに、中国の核戦力を認める。米の対中核政策見直しに反対する。」と、日本への核の脅しと、それと取引するアメリカを批判している。(注14)

2001年12月24日朝刊の社説、「海の警備には強い対応も選択肢に」において、「国際犯罪に対応するには毅然とした手段を選択肢にいれるべき」と主張している。(注15)

 

第3項     2003年の論調

 

 2003年3月29日朝刊の社説、「偵察衛星の眼力は十分か」では日本の偵察衛星の性能に疑義を唱えている。(注16)

 

第4項     2004年の論調

 

 2004年1月14日朝刊の社説、「民主党の国連待機部隊構想への疑問」において、「広い意味での防衛費増大につながる。」、「日本としての自主的な判断の放棄につながる」、「安保理決議だけを判断基準にすれば対米ロ中仏英のいずれかの追随する結果になる」と、民主党の浅い政策に反対している。(注17)

 2004年5月2日朝刊の社説、「動き出した『防衛計画大綱』の改訂」において、「厳しい財政状況の中で防衛費は増やせない」、「三自衛隊の装備には冷戦型の色彩が強い」、「ミサイル防衛、テロ、国際協力活動など、あらたな課題として一層重視される」と主張している。アジアでは大軍拡、新冷戦が始まっているのに見識を疑われる主張をしている。(注18)

 2004年7月1日朝刊の社説、「50歳にして発想の転換をかえられるか」において、「安全保障を財政の理由だけで考えるわけにはいかない。防衛庁・自衛隊内部に発想の転換が十分に浸透しているだろうか。」と主張している。(注19)

 2004年10月5日朝刊の社説、「『弾力的防衛力』は自衛隊の構造改革だ」において、「『多機能弾力的防衛力』、陸は戦車などの重武装部隊の思い切った縮減、効率化、各種事態に対応できる普通科要員の移動、海は対潜戦中心の路線を改め、弾道ミサイル監視、不審船対応などへ重点を移動する。空は航空部隊を縮減し、ミサイル防衛能力を強化する。イラク戦争に参加した英国陸軍は陸自より人員が少ない。財政の現実をみても効率化は避けられない。」と主張している。軍事的見識のなさ、国際情勢への理解力のなさがよくわかる主張である。イギリスは国力、地政学的にも日本より陸軍力が少なくて当然であるのに、環境の違う日本にそれを当てはめる暴挙にでている。(注20)

 2004年11月9日朝刊の社説、「防衛庁はさすが抵抗勢力か」において、「冷戦型装備の縮減は当然」、「戦車から普通科に要員を移動」、「中国原子力潜水艦への対応もソ連原子力潜水艦への対処とは別の発想がいるはず」と主張、財務省と財務省主計官・片山さつき氏、小泉純一郎首相の主張の言いなりになっている。(注21)

 2004年12月11日朝刊の社説、「戦略環境の変化で自衛隊は変われるか」において、「戦車、十分な削減ではない」、「空、多機能型戦闘機を装備する」と空理空論の主張を展開している。(注22)

 

第5項     2007年の論調

 

 2007年7月8日朝刊の社説、「防衛白書で再生誓った重み」において、「中国の軍備拡大に対し、これまでより強い警戒感を示した」と、評価している。(注23)

 2007年2月28日朝刊の社説、「NSC生かすも殺すも首相の力」において、「大統領制の米国モデルをそのまま輸入するのではなく、議院内閣制の実情に合った組織に向けた試行錯誤がいる」と、日本型NSC組織を提言している。(注24)

 2007年3月2日朝刊の社説、「クラスター爆弾禁止に動け」において、「一般市民、特に子供に大きな被害を及ぼす非人道的兵器クラスター爆弾は禁止すべきである。」、「日本も禁止に動くべきだ。」、「締約国会議で米ロなどを含めた交渉が始まる場合には、禁止の方向で交渉を主導すべきではないのか。」と主張している。感情的な主張であり軍事的合理性が低い。(注25)

 2007年6月23日朝刊の社説、「現実見据えた宇宙基本法に」において、「『平和利用』を『非軍事』としたことから、自衛隊の宇宙利用にも制約がかかっている。」、「今後、防衛省が高性能の偵察衛星を保有しようとしても、拡大解釈には限界がある。」、「国際情勢を考えれば、安全保障に絡む宇宙利用をいつまでもタブー視できない。」、「平和利用を定義しなおすにしても、利用の範囲は明確にせざるを得まい。」、「定義にあいまいさを残すと宇宙軍拡に巻き込まれる恐れがあるからだ。」と、主張している。自衛隊の適切な宇宙利用を提言している。(注26)

 

第6項     2008年の論調

 

 2008年5月16日朝刊の社説、「宇宙基本法、具体化への課題」では、「宇宙軍拡への歯止めは何らかの形で必要だろう。」と主張している。(注27)

 2008年5月31日朝刊の社説、「米中ロもクラスター爆弾廃止を」において、「今回、防衛評論家らの消極論をふまえつつも条約案への同意を提示した首相の決断を評価したい。」と主張している。日本の安全保障を全く考えず、世間に媚びを売り人気獲得に走る福田首相の安易な考えを評価している。(注28)

 2008年6月26日朝刊の社説、「柳井報告を軽んじるな」では、集団自衛権見直しに関する報告書である安全保障の法的基盤の再構築に関する座談会について言及、「集団自衛権は保有するが、その行使は憲法上できないとする歴代政府の解釈は、自衛隊が国際協力活動をする際の制約となっている。福田首相が報告書に食わず嫌いであっては困る。それは日本の安定にとって困るからだ。」と主張、6月24日に柳井氏が首相に報告書を提出し、前日には段取りが決まっていたにもかかわらず、直前まで公表しなかった首相官邸、福田首相の安全保障への無理解、不誠実を批判している。(注29)

 

第7項     2009年の論調

 

 2009年3月1日朝刊の社説、「小沢政権に不安を感じる」では、「鳩山由紀夫幹事長は『日本の軍事力を増強するのではない』とする一方で、米国に頼らずに、ミサイルに対する『レーザー防衛網をつくる』などと釈明するが、意味不明に近い。」と批判している。安全保障や軍事、防衛を全く理解しない民主党であったが、政権を取ることになった。(注30)

 2009年7月19日朝刊の社説、「対中警戒強めた防衛白書」では、「中国が軍事費を増やし、軍の近代化を進めているのは、国際的常識であり、実態が透明性を欠く点も知られる」と現状を報告している。(注31)

 2009年7月27日朝刊の社説、「日米同盟の信頼向上こそ拡大抑止の要」において、「集団自衛権の解釈変更も信頼向上に欠かせない」と日米同盟の実質的強化をするように主張している。(注32)

 2009年7月29日朝刊の社説、「09衆院選政策を問う 民主党の外交・安全保障政策はあいまいすぎる」において、「外交・安全保障政策に関する限り、政権公約や政策集の記述は文字羅列にすぎない。」と激しく非難している。(注33)

 2009年10月11日の社説、「日中韓は東アジア共同体を語ったが」において、「日韓、日中の間には未解決の領土問題がある。特に中国は海軍力を軸に急ピッチで増強している。日本の安全保障には米国との同盟が決定的に重要だ。対米関係を一段と強固にする姿勢が無ければ、対アジア外交はおぼつかない。」と、アメリカとの同盟強化を訴えている。(注34)

 

 

 

 

注1  日本経済新聞社説 1994年3月19日

注2           1994年8月13日

注3           1995年8月3日

注4           1995年9月2日

注5           1995年11月12日

注6           1996年10月16日

注7           1997年4月10日

注8           1999年5月21日

注9           1999年7月28日

注10          1999年12月20日

注11          1999年12月20日

注12          2000年3月8日

注13          2001年3月18日

注14          2001年9月4日         

注15          2001年12月24日

注16          2003年3月29日

注17          2004年1月14日

注18          2004年5月2日

注19          2004年7月1日

注20          2004年10月5日

注21          2004年11月9日

注22          2004年12月11日

注23          2007年7月8日

注24          2007年2月28日

注25          2007年3月2日

注26          2007年6月23日

注27          2008年5月16日

注28          2008年5月13日

注29          2008年6月26日

注30          2009年3月1日

注31          2009年7月19日

注32          2009年7月27日

注33          2009年7月29日

注34          2009年10月11日

 

 

 

第6章 オピニオン・リーダーたちの安全保障論

 

第1項  大田昌秀・沖縄県知事の主張

 

 1997年(平成9年)4月15日に「戦争の悲劇をじかに知っていることから、沖縄県民は平和を維持するために軍事力を持つ必要がない。」と発言している。現実に対処できない、なんらの説得力も持たないオピニオンである。(注1)

 

第2項 中江要介・元中国大使の主張

 

 1994年(平成6年)4月10日の東京新聞に、核保有疑惑で国際原子力機関の特別査察を拒む北朝鮮への制裁について、「経済制裁とか武力による威嚇とかいうような政策に頼るのではなく、将来像を念頭において、あくまでも対話による解決が図られるよう、関係国に粘り強く訴え続けるべきではないか。」と述べているが、回りくどい言い回しだけで、何の解決策にもなっていない。(注2)さらに1994年11月17日の東京新聞には、「核ミサイルは脅威か」と題し、ソ連の核と違い、北朝鮮の核は脅威でないと述べ、「原点に立てば、北朝鮮は日本の根っからの『敵対国』ではなく、白紙の立場で関係正常化の話し合いができ、中国の間でそうであったように、子々孫々の友好協力を約束し会える国にさえなりえたはずなのである」と、述べている。(注3)

 

第2項   鴨武彦・東京大学法学部教授の主張

 

  雑誌「Rоnza」1995年(平成7年)4月号において、「大国主義路線を廃し、民生国家をめざせ」と題し、「憲法の前文を含め、日本が『平和の理念』を諸外国に対する国家の『普遍的メッセージ』として今後とも発信しつづけ、国際社会に良識ある『日本の思想』

だと理解してもらうことが大事だと考える。」(注4)と述べ、護憲平和外交、防衛消極政策を主張している。

 

第4項     山口二郎・北海道大学法学部教授の主張

 

 民主党や社民党のブレーンで、田中真紀子氏など左派のブレーンをつとめる山口二郎氏は1995年(平成7年)4月号の雑誌「Ronza」において、「軍備というのは、永続的な秩序を守るためにそんなに役立つものでないという点について日本は、きちっと主張していく必要がある。」(注5)、「安全保障とか秩序というものの構成要素がずいぶん変わったわけで、人間の存在にとっての脅威や、安全を脅かす要因として、軍事以外のものがはっきり見えてきた。」(注6)と述べている。軍事の脅威は今日も存在し、その脅威はさらに増している。この主張は外れたといえる。(注7)

 

第5項     柴山哲也・京都大学経済学部講師、元朝日新聞記者の主張

 

 雑誌「Ronza」1996年(平成8年)12月号において、「21世紀の国家の枠を超える情報化社会を前に、有用な情報の価値はますます高まるが、愚鈍な領土主張はその存在価値を失ってアナクロニズムに陥っていくことは間違いない。」(注8)、と、戦争の主要要因である領土問題を矮小化し、エネルギー問題だけが重要と説いている。

 

 第6項 細川護熙・元首相の主張

 

 1998年(平成10年)の「FOREIGN AFFAIRS」3/4月号に「ARE U.S.TROOPS IN JAPAN NEEDED? 米軍の日本駐留は本当に必要か」において、北朝鮮、中国の脅威は、日本、台湾、韓国にとって軍事的優位をうばわれるものではないとし、実質的に防衛を担っているのは自衛隊で、アメリカ軍ではないと主張、アメリカ軍基地撤退を望む国民の声からも、アメリカ軍は撤退し、同盟関係は続けるべきだとしている。

 日本、韓国、台湾の防衛力は、中国、北朝鮮の強大な軍事力の前には脆弱で、すべての安全保障の事象においてアメリカ軍との協力が必要なのは自明の理である。日本の防衛は自衛隊だけが担っているのではなく、アメリカ軍との協力によって成立している。安易なアメリカ軍の撤退は東アジアに動揺を生むだけである。また、基地撤退を求めながら同盟の維持を求めるのは、多分にアメリカに甘えた主張である。(注9)

 

第7項 ノーベル文学賞作家・大江健三郎氏の主張

 

 1995年(平成7年)4月のワシントンでの講演で、「米国の民主主義を愛する人たちが作った憲法なのだからあくまで擁護すべきだ。軍隊(自衛隊)についても、前文にある『平和を愛する諸国民の公正に信頼して』とあるように、中国や朝鮮半島の人々と協力して、自衛隊の全廃を目指さなければならない。」(注10)と、述べた。「平和を愛する諸国民の公正に信頼して」が美辞麗句、机上の空論であることは明らかで、それに沿った自衛隊の全廃は無謀であること限りない。さらに、そのことは日本国民が決めることであって、中国や朝鮮半島の人々にお伺いを立てる必要はない。この主張は、平和憲法を妄信し、独裁政権の横暴にこびへつらうものであるが、大江健三郎氏は、落ち目とは言うものの、いまだに熱烈な信奉者が存在する、ある程度の有力人物であるという現実が存在する。

 

第8項 堤清二 セゾン・グループ会長の主張

 

 1996年(平成8年)4月の雑誌「世界」での対談で、「私は核には絶対反対なわけです。とすれば、そういう反論を突き抜ける反核の思想をわれわれが持たなければいけない。」(注11)、「日本は絶対核を持つべきではないし、他国に対しても核を廃棄すべきだということを言い続けなければならない。まさにおっしゃるように『特別な国』(小沢一郎氏の『普通の国』に対し)であるべきです。憲法はちゃんと『特別な国』であるべきひとつの条件を作ってくれているのです。だから国際社会における日本の政策、意見の発表の根拠として憲法を利用しなければならない。」(注12)と、述べている。堤氏は、憲法において軍事力の行使が制限される、非核の日本を目指している。

 

 

 

第1項     五十嵐武士 東京大学教授の主張

 

 東京大学教授の五十嵐武士氏は1994年(平成6年)の雑誌「世界」1994年6月号において、「日本は二十一世紀をどのようにいきるのか 『平和国家パートⅡ』の提言」において、日本の進むべき道は「普通の国」ではない、「平和国家」を主張している。(注13)1995年(平成7年)の雑誌「Ronza」1995年12月号で、日本の国家的アイデンティティーとして、「平和国家」を保持していくことが必要と主張している。その「平和国家」とは、「外国に軍事的脅威を与えない方針のもとで、攻撃的兵器を持たず軽武装にとどめる原則を貫いてきたことは、明らかに新しい国家のタイプの実現を意味した。」(注194-2)、「経済大国でありながら軍事大国になるのを今後とも避けることができるとすれば、国際政治上の欧米的常識を打ち破ることができる。」(注14)と、述べている。また、「唯一の被爆国」として、「原水爆禁止運動を展開することは、日本が人類の存続に寄与する本質的使命であろう。」(注15)と、述べている。また、こうした日本を「地球的平和国家」と定義し、非核三原則を強化、アメリカの核の傘に頼らない方針を採るよう求めている。国連平和維持活動には、自衛隊とは別組織による参加を主張している。

 これら主張は、「平和国家」日本ゆえの損失、軍事力なさゆえの外交力の低さを無視している。理想に過ぎない「原水爆禁止運動」に重きを置くという主張は、浮世離れした発想である。東アジア情勢をかんがえると、欧米的な国際政治上の常識は打ち破れそうにない。

 

 

第10項 加藤紘一 自由民主党幹事長の主張

 

 日本、アメリカ、中国の三国間の関係を「二等辺三角形」から「正三角形」にすべきと主張している。二等辺三角形というのは、日本とアメリカが接近し(日米同盟)、中国との関係が離れている状態を表している。日本、アメリカ、中国の関係が「正三角形」になるということは、日本、アメリカ、中国の関係が均等になるということである。日本とアメリカが中国に対して、日米安全保障条約を発動できなくなる。また、中国の軍拡の現実を無視した妄想で、現実にはまったく即していない。加藤氏はまた、「日米ガイドラインは北朝鮮に対してだけのもの」と、中国の江沢民国家主席に言明している。日米同盟が中国には発動されないという、日本の防衛を危うくさせることを認識している様子はない。それは、中国の軍拡の脅威を認識していないことにある。(注16)

 

第11項 小沢一郎氏の主張

 

 「普通の国」として、国連待機軍や、国連警察軍を創設し、日本もそれに参加すべきと表明している。「日本国政府の指揮権(自衛隊に対する)を完全に放棄し、明確に国連事務総長の指揮下に置く」と、自衛隊の指揮権放棄を表明している。そして、「唯一の超大国であるアメリカが積極的に国連の舞台を活用し、国連と一体となって活動」するよう求めている。

 国連待機軍や国連警察軍が創設されるような国際的機運は皆無であり、アメリカが国連と一体となることも当面は考えられない。国連を万能の機関と夢想する非現実な提案である。(注17)

 

第12項 鳩山由紀夫・民主党代表の主張

 

 鳩山氏は雑誌「文芸春秋」1996年11月号に「私の政権構想」と題し、安全保障政策を披露している。そこには、国連、APEC(アジア太平洋経済会議)、ASEAN拡大外相会議、ASEAN地域フォーラムに積極的に参加し、信頼醸成、紛争予防、非核地帯化のための北東アジアの組織や、経済協力、地域安保対話システムを推進するとしている。こうした措置で、国際環境を成熟させていけば、在日アメリカ軍・基地の整理・縮小・撤去ができ、「常時駐留なき安保」への変換が可能である、と述べている。集団自衛権についての拡大解釈は、自衛隊を域外で活動させることになるため、冷戦時代へ逆境するような行為は認められない、としている。自衛隊については、2010年の段階で、海空戦力を中心とした盛況な国土防衛隊と、それとは別組織とした国際平和協力部隊、災害救助部隊を創設するとしている。

日米安全保障条約は、双方の国の国益に基づいて成立しているものであるので、アジア情勢が変化したとしても、アメリカ軍の撤退を要求するのは信義にも反し、国益至上主義が成立しない。「常時駐留なき安保」は、日本の一方的な要求にすぎない。また、鳩山氏は、日本の陸上戦力のことに触れていないが、記述から察するに必要性を感じていないのだろう。しかし、ソ連軍の着上陸の可能性が減少したとはいえ、非正規戦の危機は高まっている。テロ、ゲリラ・コマンド対処には頭数が必要で、野戦を想定せず、自己完結能力のない警察では不可能である。(注18)

 

第13項 菅直人・民主党代表の主張

 

 雑誌「文芸春秋」1999年6月号で、「第9条は覚悟なくして変えられない」において、専守防衛に徹し、それに相応した法整備を進めるときだとしている。また、民主党結成時に、「センター・レフト」を目指すということである。きわめて定義づけしにくい言い回しであるが、防衛には消極的であるということであると思われる。また、民主党結成時のスローガンは「市民が主役」である。国政を担う政党を目指しているのに国民でなく市民を使っている。国家に否定的なアナーキズム傾向が読み取れる(注19)

 

第14項 功刀達郎・国際基督教大学教授の主張

 

 1993年12月21日の読売新聞「論点」において、「国際協力省を望む」と題し、「国連の平和と安全保障機能への協力を自衛隊と別組織で行ったり、軍縮や平和創出のための資金協力を行うためには、防衛費1%(防衛費が対GNP比1%である現状)の半分をこれに充当しうるのではないか。」と論じている。防衛費を半減して、軍縮と平和を可能にすると言うのは実現不可能な妄想に過ぎない。(注20)

 

第15項 水島朝穂・広島大学助教授(憲法学)の主張

 

 1995年1月27日の朝日新聞「論壇」において「92年秋、筆者は憲法の理念に基づく非軍事的国際協力のモデルとして『ニッポン国際救助隊』設立を呼びかけた。」と主張し、非軍事を強調しているが、そういうものは需要が少ないので無駄である。(注21)

 

第16項 北山愛郎・元衆議院議員の主張

 

1997年4月4日の朝日新聞「論壇」において、「日米安保依存から脱却しよう」と題し、「2005年ごろまでに安保の解消を予定し、そのプロセスを協議することを提案する。これと並行しアジア諸国に対し、アジアの平和保障機構をつくるよう働きかける必要があろう。これは空想ではない。アジア諸国の現在の重要問題は経済であり、生活である。軍事的紛争を起こそうと考える余裕もあるまい。」と述べている。アジア諸国とはどこを指すのか。敵国の中国、北朝鮮は含まれるのか。それならば実現不可能である。そしてアジアでは戦争が絶えない。現実を無視した暴論である。(注22)

 

 

 第17項 暉峻淑子・埼玉大学名誉教授の主張

 

1999年5月3日の朝日新聞「論壇」において、「『大国』日本が残せるもの」と題し、「戦後、『大国』として日本が唯一、世界に対して手本となりえたのは平和憲法ゆえであり、二十一世紀には日本の憲法に倣う国々が一般化していくと思われる。」と主張している。平和憲法はアメリカの属国化の象徴であり、どの国からも尊敬されることは無い。21世紀に日本国憲法が世界で一般化するどころか、紛争、対立の嵐である。(注23)

 

 第18項 金子熊夫・東海大学教授、元外交官の主張

 

 1999年7月27日の朝日新聞「論壇」において、「感情論やタブーは排し、核抑止力は本当に役に立つのかどうか、『核の傘』に代わる安全保障政策として期待される北東アジアの非核化構想は可能性はあるのか、それを実現させる道は何かなどにつき、客観的に検討する必要がある。昨今の日本では北朝鮮の脅威がことさら強調され、その対応策に関心が集中しているが、もっと長期的視野にたった総合的な北東アジア安全保障体制をどう構築してゆくか検討を怠るべきではない。」と主張している。北朝鮮の脅威は現実であり、朝鮮戦争以来存在するものである。長期的視野にたつにしても北朝鮮対策は重要である。(注24)

 

 第19項 坂井定雄・龍谷大学法学部教授の主張

 

1999年9月11日の朝日新聞「論壇」において、「TMDより多国間安保急げ」と題し、「軍事力による威圧をやめて、東北アジアの多国間安保体制、非核地帯条約を構築する。軍事に頼らない努力の積み重ねによって、北朝鮮の『危険』を解消できる。」と、している。軍事に頼らない世界は非現実である。北朝鮮の危険は非軍事の努力だけでは解消できない。(注25)

 

 第20項 吉田均・東京財団主任研究員の主張

 

 1999年12月2日の朝日新聞「論壇」において、「平和による相互発展というイメージを周辺国に伝えるため、日本も自治体に役割を再認識し、二国間組織や多国間組織を積極的に活用する必要が生まれている。」と主張しているが、自治体に外交権は一切無く、軍事同盟ほど戦争を防ぐ手段はない。(注26)

 

第21項 志方俊之 元陸上自衛隊北部方面総監の主張

 

 中国の軍拡、領土拡張のための手段を選ばない行動や、北朝鮮の特殊部隊によるゲリラ戦、ノドン1号などの弾道ミサイルの脅威などに警鐘を鳴らし、防衛計画の大綱の変更を、ある面では評価しながらも、「削減ありき」の方向、「限定的かつ小規模侵略に対しては独力で対処する」という表記の削減によって生じる過度の日米安保体制頼り、集団自衛権に触れない姿勢を批判している。志方氏は集団自衛権の行使による日米関係の強化と、有事法制による円滑な自衛隊運用による迅速な対応を求めている。(注27)

 

第22項 岡崎久彦 元タイ大使の主張

 

 極東有事に対し、F-15戦闘機を200機ほど保有している日本が、なんらの協力をしなければ、日米同盟は破綻すると、警鐘を鳴らし、内閣法制局の「保有しているが、行使できない」という珍妙な解釈を改め、集団自衛権の行使による日米同盟の強化を主張している。(注28)また、1994年1月20日の読売新聞「論点」では、「防衛大綱改訂への注文」と題し、「情勢判断と戦略思想の閣議決定は避け、随時改訂できるものがのぞましい。さらに先端技術を取り入れた防衛計画を推進すべきだろう。」、「『世界は軍縮傾向だから』というムード的議論は根拠が薄い。ヨーロッパ正面の欧米諸国の軍事費の比較は無意味である。」と断言、柔軟な戦略思想と安易な軍縮論を否定している。(注29)

 

  第23項 森本敏 杏林大学非常勤講師、野村総合研究所主任研究員の主張

 

 1993年10月5日の読売新聞「論点」で、「国際政治を動かす要因は結局のところ宝である。国際社会の秩序を確保する最後の手段が国防力であるという現実は冷戦後も変わらない。」、と厳しい国際社会の秩序のあり方を述べながらも「米国の同盟国や友好国は米国をもっと支援し、協力する具体的な方法について話し合い、それを全体としてゆるやかな協力的安全保障のための合意へと発展させることが望ましい。」と、結論は理想主義に走っている。(注30)

1994年8月16日の読売新聞「論点」では、「不透明情勢と防衛計画」と題し、「ロシアの脅威は今や消滅したという考え方に立っているが、そのような考え方が妥当性があるかどうか疑わしい。集団自衛権の行使に踏み込んでいないのは残念である。アジアの周辺国は、むしろ軍事力を増強しつつある。先行き不透明な時期に、国家の防衛力のあり方を根本的に方向転換することは慎むべきである。」と、脅威が存在していながら防衛計画の大綱の軍縮に向けた大幅な変更に疑義を呈している。(注31)

1996年4月3日の読売新聞「論点」では、「日米同盟 問われる真価」と題し、「アジア・太平洋全体の平和と安定にとってきわめて重要」、「日米安保体制はこの地域における米国の活動を支える最も重要な基礎である。」と、日米同盟を評価している。(注32)

国際社会の厳しさ、アジア情勢の緊迫化をふまえ、安易な軍縮を批判し、日米同盟を支えることによる地域の安定を主張している。

 

第24項 田久保忠衛 杏林大学教授の主張

 

 自衛隊を国軍と位置づけ、日米同盟を双務化する、具体的には憲法改正、集団自衛権の行使をすることで、普通の独立国として、国際発言力も増すとしている。これは「普通の民主主義国」であり、「親米ナショナリスト」こそが、日本の安全と誇りを保つ唯一の道だと主張している。(注33)

 

第25項 小和田恒・外務省事務次官の主張

 

 雑誌「プレジデント」1993年6月号で、「日本が今後国際社会とどう関わっていくべきかという問題なのですが、第一は、終戦直後に多くの日本人が考えたように『清く貧しく美しく』生きる生き方です。国際的な貢献、あるいは国際秩序の形成に責任あるメジャープレーヤーとして行動しない、という決意をする生き方です。そういう国家としての生き方は理論的にはあり得るでしょう。しかし私は現在の日本は既にそれはあまりに大きくなってしまっているので、これは実際には無理な選択肢ではないかと思います。」と安全保障にまったく力を入れない政策を否定しつつ、「二つ目は日本が普通の国になるということです。普通の国という意味は、アメリカやヨーロッパの国々と同じようにいろいろな形でバランスのとれた国家をめざすということです。その場合は国連を中心とした国際社会のためならば、軍事的な貢献も含めて仲間の諸国と同じような協力と貢献をすることが当然期待されることになるでしょう。」と普通の国、外交に軍事力を行使することにも肯定的な姿勢を示さず、「三番目は国際秩序の形成強化に日本として関わらないというのではなく、あくまでも関わるんだという姿勢を明確に持ちつつも、ただ自分の国の行き方として、良い意味での『ハンディキャップ国家』になるという選択です。この場合、日本は過去の自己の行動や国民の信条として、日本自身が属する共同体たる国際社会の共同の利益のためであっても、“特定の行動”には参加しませんということを国家として明確にするわけです。しかし共同体の一員として責任を果たすため、他の分野でそれを補って余りある犠牲を払うことを求められるでしょう」と軍事力を否定した外交、国際貢献によって、日本の国際的な地位向上、国益を追求する姿勢を示している。(注34)

 軍事力を否定して国益を追求できる国際環境は現在のところ存在していないので、この「ハンディキャップ国家」は机上の空論、従来の小切手外交と何ら変わりないだろう。

 

 

第26項 斉藤邦彦・外務省事務次官の主張

 

 斉藤邦彦・外務省事務次官は1993年11月12日に日本記者クラブの講演で、「小和田・前外務事務次官は以前、雑誌の対談で、結論を出さずに『無責任国家と普通の何でもやる国家があり、この間、ハンディキャップ外交がある』と言ったことがある。私はハンディキャップ国家が日本の進むべき道ではないかと思う」と述べた。(注35)小和田恒氏と同様、斉藤邦彦氏は外務省の主流派で、外務省に非常に強い影響力を与える人物である。そのような人物が軍事力を軽視した外交、安全保障、国益を追求しているということは、政治家の影響力の無い日本の外交の舵はそちらに切られているということであり、物理的、現実的な日本の脅威に対応する意欲が無いことを証明している。

 

第27項 藤井宏明・外務省官房長、駐英大使の主張

 

 外務省で官房長を務めたあと駐英大使になった外務省主流派の藤井宏明氏は1998年に財団法人・日本国際フォーラムが主催したシンポジウム、「海洋国家イギリスの知恵から何を学ぶ」において、「日本の自立は、大英帝国のごとく、軍事力、経済力、外交力、の三本柱のバランスの上に築かれる必要は無いと思う。日本が経済と外交および文明的魅力に大きく頼ってゆくことは可能であろう。しかし、軍事力や関連技術を自ら規制している日本は自主自立の面でも、国際政治力の上でもさらには国際貢献の分野でも大きなハンディキャップを負っており、その対価を他の面で払う必要があることは認識されるべきだろう」(注36)と、軍事に否定的なハンディキャップ外交に親近感を抱きながらも、それが簡単ではないことも認識しているようである。

 

第28項 大前研一・評論家の主張

 

 大前研一氏は1990年代後半、テレビ東京系列で放映された「がらがらニッポン」(司会・飯干景子)で、「もはや超大国の軍事的抑止力による時代は終わった」と一部しかあてはまっていない、超大国の軍事的抑止力は存在し続けているという現実を無視した主張を展開、経済で世界が動く「国境無き世界」となり、そこでは「国家安全保障は神話」になると主張している。国境なき世界は政治面では実現しそうに無く、国家安全保障は神話どころか国家の根幹である。また、大前氏は尖閣諸島問題、日中中間線付近での石油資源掘削問題で、国家主権を無視し、日中融和のみを説いていた。(注37)

 

 

 

第29項 中川昭一・自由民主党代議士の主張

 

中川昭一氏は「日本の正義 アメリカの正義」(扶桑社、1996年)において、外務省主流派が今現在もなお「吉田ドクトリン」、経済至上主義、外交と安全保障のアメリカ依存、軍備には金をかけない、を最重視していることに否定的に疑問を呈し、不安を表明している。一方で、中川氏は「外交、安全保障に関して日米関係がいちばん大切」と表明しつつも、「日本あっての日米関係」、「飽くなき国家利益の追求こそが外交政策の基本でなければならない」と主張、憲法改正も視野に入れるべきと主張している。(注38)

                                                         

 第30項 政治部記者の安全保障観

 

雑誌「文芸春秋」1996年1月号では、「現役政治部記者107人が選んだ 21世紀のリーダーは誰か」(注39)では、鳩山由紀夫氏、船田元氏、谷垣貞一氏、加藤紘一氏が圧倒的上位に位置している。選出した現役政治部記者は、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、東京新聞、共同通信、時事通信の8社である。(注39)

鳩山氏は「駐留なき安保」と国際協力部隊そして盟友は「センター・レフト」の菅直人氏である。加藤氏は60年安保闘争で日米安全保障条約に反対するデモに積極的に参加した東京大学の左翼学生で、「日米中は正三角形の関係」を主張する、すなわち日米の中国への擦り寄り、谷垣氏は加藤氏の腹心である。船田氏は憲法改正による防衛力の強化を目指していると思われる。この結果は、日本のマス・メディアを反映したものともいえる。主流派は政治思想的にはリベラル左派思想、防衛には消極的、国際協力は積極的、すなわち国家意識、国家主権意識、民族意識・国民意識の低い政治家というものである。      

もう一方は、中道・保守穏健思想で、防衛に力をいれる、というものである。二つの流れがあるようである。日本には保守思想や右派思想を支持するジャーナリスト、マス・メディアは少なく、左に偏った状態であり、このような状態では国民がまともな判断を下すのは困難で、ジャーナリスト、マス・メディアの思想の押し付け、バランス感覚の無さと意識の低さは国家、国民に甚大な被害を与えている。このことは何時の日にか歴史的に総括されなければならないだろう。

 

第31項 大久保昭・国際法学者の主張

 

 大久保昭氏は1994年8月2日の読売新聞朝刊で、「戦後責任と日本外交」と題し、「国連の集団安保体制への積極的な参加とその強化こそ、憲法の精神にかなうものである。」、「戦後責任問題の解決は、被害者の償いであると同時に、今後日本が国際的な軍縮・人権政策を推し進め、他国に人権弾圧や軍備拡張政策を控えるよう働きかけるための道義的基盤をなすものである。」と主張している。理念先行すぎてまったく現実感が無い。(注40)

 

第32項 岡部達味・専修大学法学部教授、東京都立大学名誉教授の主張

 

 岡部達味氏は1997年8月27日の読売新聞朝刊で「協調的安全保障と日中外交」と題し、「中国を封じ込めてだれにも利益になることもなければ、それをする能力もない。冷戦的な観点を否定して新たな望ましい方向へ行く以外には、この地域の平和と安定はないのである。」と主張している。冷戦的な観点でもある中国の拡張主義がおざなりにされている。(注41)

 

第33項 田所昌幸・姫路独協大学法学部助教授の主張

 

 田所昌幸氏は1995年12月22日の読売新聞朝刊で「日米同盟 理念無き反発」と題し、「卑屈な対米従属と変わることなく、実は精神的従属そのものにほかならない。反発と甘えの入り混じった気持ちからアメリカに『NO』と叫ぶことが自立ではない。」と主張し、日米同盟に反発する論者に冷静な議論を求めている。(注42)

 

第34項 北岡伸一氏の主張

 

 北岡伸一・東京大学教授は2001年1月5日の読売新聞朝刊において、日本の今後を「『普通の国』化をさらに進めることだろう。安全保障政策についてみてみると、いかなる国も、自国の防衛を第一に、地域の安定を第二に、世界の安定を第三の課題とする。ところが日本では世界安定のためのPKOや、地域の安定のためのガイドラインができたものの、自国の防衛のための準備が意外に欠けている。」と主張している。(注43)

 

第35項 秋山昌廣氏の主張

 

 秋山昌廣(大蔵省主計官、東京税関長、防衛庁防衛局長、防衛庁事務次官)氏は読売新聞2000年2月24日朝刊で「安保、自立戦略持つ責任」と題し、「米は常に正しい判断すると言えない。特にアジアの特性といったものをどこまで理解しているのか。西洋流の白黒の方針をすぐ持ち込む可能性もある。日米安保の一翼たる日本はこの体制の半分の責任を持っている。米国とは異なる。自立したアジアの視点にたった安全保障戦略を確立して米国と実のある論議をしてこそ、日米安保はその機能を良く発揮すると考える」と、考えている。(注44)

 

第36項 富沢暉氏の主張

 

 元・陸上自衛隊陸上幕僚長の富沢暉氏は2001年9月19日の読売新聞朝刊において、「自衛隊が国内で武器を使用できるのは防衛出動と治安出動、それに弾薬庫警備にあたる場合だけだ。つまり、武器使用を伴って基地や駐屯地周辺を部隊警備にあたるという任務は、奇妙なことに認められていないのである。例えば防衛庁のある市ヶ谷駐屯地の警備は、施設管理権によって防衛庁会計課の責任で実施されている。」と、日本の奇妙な防衛政策・法体制に言及、また「軍事協力の本質はお互いの軍隊が流血の可能性というリスクを分担するところにある。」と、同盟の本質を突いている。そして、「現在の日本がなすべきことは一つしかない。それは『集団安全保障』(集団自衛権を含む)にかかわる武力行使を認めるよう憲法解釈を改める、と政府が内外に宣言し、直ちに国会で議論し、その了解を得ることである。」と、主張している。(注45)

 

第37項 松岡宇直氏の主張

 

 松岡宇直(防衛研究所客員研究員、元読売新聞記者)氏は、2001年11月15日の読売新聞朝刊において、「内閣法第6条の閣議にかけて決定した方針に基づいて、首相は初めて行政各部を指揮監督できることになっている。だが、これではテロに対処できない。機動的な指揮権が首相に与えられるべきだ」と、「首相権限強化不可欠」を主張している。(注46)

 

第38項 佐瀬昌盛氏の主張

 

 佐瀬昌盛・拓殖大学教授は2002年1月23日の読売新聞朝刊において、「相互確証破壊理論の再来はあり得ない。」、「この理論はソ連消滅で役割を終えた」、「MDの信頼性の高まりは、間違いなく攻撃用ミサイル兵器の価値下落に通じるからだ」と主張、「ミサイル防衛前提の時代」になる、としている。(注47)

 

第39項 猪口孝氏の主張

 

 猪口孝・東京大学教授は2002年4月18日の読売新聞朝刊において、「日本は国際紛争解決のための力の行使を専守防衛以外に自己抑制してきた。これは20世紀後半に、かつてない長い平和を日本にもたらす一つの大きな力だった。」、「日本外交は、人間の業とでもいうべき軍備を縮小し、軍備管理していくことを全面的に突出させなければならない。」、「いくつかの国がミサイル防衛で軍備競争を激化させる一方、安全保障を求めて多くの国家が核ミサイルを保有・拡大に走るというシナリオも懸念される。このシナリオを阻止する方向が日本の軍縮外交の基本でなければならないだろう。」と主張している。情勢判断が甘く、理想論である。(注48)

 

第40項 新井弘一氏の主張

 

 新井弘一・杏林大学教授(元外務省情報調査局長、元ソ連公使、元東ドイツ大使)は2002年9月12日の読売新聞朝刊で「戦略ある外交、再生の道は」と題し、「わが国では外交、国防の知識は政治家になる必要条件となっていない。官僚側が『政治主導』に甘んじて、プロ集団としての自覚と使命感を放棄し、時の政治家に迎合して自己防衛をはかるとしたら、双方共倒れとなり、日本には明日はないだろう。」、「外務省に求められるのは信頼の回復だが、そのためには高いモラルとともに機略豊かな外交戦略を磨き、国益にこたえなければならない。」、「政治も、また国民の意識も経済唯一主義につかった積年の惰性から脱皮し、外交に目を開かなければならない。」と主張している。(注49)

 

第41項 松村昌広氏の主張

 

 松村昌広・桃山学院大学教授は2003年4月2日の読売新聞朝刊において、「空爆能力保有、選択肢の一つ」と題し、「現時点で(MDを)配備を目指すにしても、技術、予算、運用の各面で課題が山積している。」、「MDは中国の核戦力に対して配備するのがいいのではないか。いま考えておかなければいけないのは北朝鮮にミサイルを撃たせない戦略である。そのために必要な軍事的選択肢は、対地攻撃能力の保有だろう。」と、当然の主張をしている。(注50)

 

第42項 栗山尚一氏の主張

 

 栗山尚一(元外務省事務次官)氏は、2003年5月29日の読売新聞朝刊において、「憲法9条と常識、両立探れ」と題し、「改憲論者ではない。しかし、政府の憲法解釈は、わが国が自らの安全を確保し、世界平和に貢献していく上で大きな障害になっている。」と主張している。(注51)

 

第43項 江畑謙介氏の主張

 

 江畑謙介(軍事評論家)氏は、2003年12月29日の読売新聞朝刊において、「自衛隊派遣は軍事常識で」と題し、「派遣の規模をある程度設定するのは必要だが、基本計画に示した数値を金貨玉条として、それを超えるのは絶対に許さないというような論議をするなら、状況によっては、派遣された自衛隊が極めて危険な状況に直面する可能性もある。」と主張している。(注52)

 

第44項 兵藤長雄氏の主張

 

 兵藤長雄・東京経済大学教授(元ベルギー大使)は、2000年7月18日の朝日新聞朝刊において、「NMDの実用化は中国を核兵器近代化計画の抜本的な見直しに追い詰め、核増強の口実を与えることにならないか。日本にとって、沈黙するにはあまりにも重大な問題である。少なくとも懸念の表明が必要でないか。」と述べている。(注53)

数十年前から中国派核兵器近代化、核戦力に力を入れておりNMDは関係が無い。

 

第45項 田中明彦氏の主張

 

 田中明夫・東京大学教授は2000年5月2日の朝日新聞朝刊において、「改憲し実質的な安保論議を」と題し、「私の改憲論はきわめて簡明なものである。つまり憲法第9条2項の削除のみ、である。全くの偽善的文章である。」と、主張している。また、2006年1月9日の読売新聞朝刊においては、「9・11小泉外交 近隣重視の『見逃し三振』」と題し、靖国神社問題などの変更で「近隣外交重視を打ち出していればよかった。」と主張している。(注54)

 近隣諸国である中国、韓国、北朝鮮は国家戦略として日本封じ込め戦略を取っているので近隣諸国に対する無駄な配慮はやめた方が賢明である。

 

第46項 小川伸一氏の主張

 

 小川伸一・防衛研究所研究員は2003年6月11日の朝日新聞朝刊において、「核不拡散『非保有国』の安全強化を」と主張している。(注55)

 できるものなら既にやっていることである。

 

第47項 川勝千可子氏の主張

 

 川勝千可子・防衛研究所研究員は2003年6月20日の朝日新聞朝刊において、「イラク戦争『攻撃優位時代』の危うさ」を主張している。(注56)

 攻撃優位はいつの時代も変わらず、それに対応するのが国家の勤めである。

 

第48項 小池百合子氏の主張

 

 小池百合子・自民党代議士は2003年7月18日の朝日新聞朝刊において、「自衛隊派遣 迷彩服脱ぎ、まず白衣で」と主張している。(注57)

 

第49項 山田宏弥氏の主張

 

 山田宏弥・日本航空機長組合渉外部長は2004年2月24日の朝日新聞朝刊において、「民間航空 軍事利用は認められない」、「陸海空港湾組合20が(軍事利用を)反対(している)」と主張している。(注58)

 労働組合が反対しても戦争は防げず、戦争が起こった以上は早期に終結させる必要があるので、数少ない自衛隊基地以外にも税金を投じて数多く作った民間空港を利用するのが当然である。

 

第50項 水島朝穂氏の主張

 

 水島朝穂・早稲田大学教授は2004年8月14日の朝日新聞朝刊において、「武器輸出見直し論 本音に屈せず禁輸継続を」と題し、「軍事に関する『本音の突出』を抑えてきたこの国の半世紀は、憲法9条に基づく厳格な平和主義の規制を緩和し続けた国である。」、「MD開発を円滑にするために3原則を見直し、米国に武器技術を移転してもいいものだろうか。そもそもMDは冷戦後の軍需産業に巨大な需要を生み出す『打ち出の小づち』なのである。」と主張している。(注59)

 

第51項 伊藤博氏の主張

 

 伊藤博・陸上自衛隊3等陸佐は2004年10月16日の朝日新聞朝刊において、「防衛大綱 陸自は増員でなく減員を」と題し、「重大危機でもないのに、『国際貢献』を名目にした増員は疑問だ。テロ対策にしても訓練に加えるか、対テロ専門部隊を設け、現有兵力で対処すべきだ。専守防衛という国是を考慮すれば減員こそが必要である。他国をみると、陸軍はカナダが二万人弱、ニュージーランドが5千人弱で国際貢献している。英国でも11万人強、イスラエルにしても13万人弱だ。陸自が有効な抑止力になるとは思えない。自衛隊の前身の警察予備隊が創設された時の定員7万5千人がいれば、兵器や装備も改善されているので国内警備も国際貢献も十分果たせるはずだ。防衛庁には予算を削減し英国病を克服したサッチャー元首相のような洞察力と勇断が求められている。」と主張している。

 同盟国に囲まれた安全な国と日本を同列に語る愚を犯している。イスラエルは敵国に囲まれているがわずか数百万の人口しかない、面積の極めて小さい国である。

 サッチャーは保守政治家で、夜警国家に戻そうとした。英国病とはリベラル政策による肥大化した一般公務員天国のことであり、軍事は関係ない。(注60)

 

第52項 畠山襄氏の主張

 

 畠山襄(通産省航空機武器課長、通産省貿易局長、通産省審議官、国際経済交流財団会長)氏は、2004年12月11日の朝日新聞朝刊において、「武器輸出 緩和はMD以外認めるな」と題し、「平和国家として高い志掲げ、武器輸出を禁止してきたのだ。国際的に平和国家日本の旗印を高く掲げ続けていくためにも、緩和はMD関連に絞り、他は拡大しないことが肝要だ。」と、主張している。(注61)

 

第53項 大林稔氏の主張

 

 大林稔・龍谷大学教授は、2006年2月8日の朝日新聞朝刊において、「ODA戦略『国益』で援助論じるな」と、主張している。(注62)

 税金でODAを実施する以上、国益を考えるのが国民の為である。

 

第54項 布施広氏の主張

 

 布施広・毎日新聞北米総局記者は2000年7月7日の毎日新聞朝刊において、「NMD配備 勇気もって決定延期を」と主張している。(注63)

 

第55項 前田博之氏の主張

 

 前田博之・毎日新聞社会部記者は2000年8月9日の毎日新聞朝刊において、「発足50年 岐路に立つ自衛隊」と題し、「米国の要請に流されつつあるのが実情」と主張している。(注64)

 

第56項 松本杏氏の主張

 

 松本杏・毎日新聞鳥取支局記者は2006年12月12日の毎日新聞朝刊において、「今、なぜ愛国心」と題し、「広がる『格差』から目をそらさせるため、『国と郷土』を愛するというソフトな言い回しで国民をまとめあげようとしているのでは。」と、主張している。(注65)

 

第57項 勝股秀通氏の主張

 

 勝股秀通・読売新聞記者は2004年11月18日の読売新聞朝刊において、「日本の防衛力『数』が先行する新大綱論議」と題し、「一方、消滅した脅威は、極東ロシア軍による北海道への本格的な上陸侵攻の可能性だろう。」とする一方で、「江陵事件」をはじめとした「新たな脅威であるテロやゲリラへの対応も、ものいうのは人の力だ。窮迫した国家財政から防衛費の削減も例外ではない。しかし、それは大幅な人員削減ではなく、時代遅れとなった90式戦車を小型の装輪タイプに転換するなど、装備の新規導入や見直しこそ知恵を絞るべきだろう。」と主張している。また、2009年12月12日の読売新聞朝刊では「普天間漂流 平和の均衡崩す恐れ」と題し、「中国は海空軍とミサイル戦力を中心に軍事力を増強、今年の国防費は2000年の4倍に達し、北朝鮮は核兵器とミサイル開発で地域の火種となっている。中国が領有権を主張する尖閣諸島もあり、沖縄は、地政学的にも戦略的にも枢要な場所であることが鮮明になっている。」とし、「本来なら、海兵隊の削減やグアム移転を論議するのに合わせ、沖縄への自衛隊の配備も検討しなければおかしい。沖縄に駐屯する陸自の兵力は2000人足らず、海自には満足な港湾もない。民航機と那覇空港を共用する空自は、約20機のF15が常駐するだけ。この現状を放置したまま沖縄海兵隊の主要部隊がグアムに下がれば、周辺国に力の空白というシグナルを送るだけだ」と、指摘している。(注66)

 

第58項 岡本行夫氏の主張

 

 岡本行夫・岡本アソシエイツ代表(元外務省北米第1課長)は2009年8月22日の読売新聞朝刊「09衆院選」において、「安保政策の選択の幅は非常に狭い。ありうるのは非武装中立、武装中立、同盟路線の三つだ。理論的には集団安全保障もあるが、現在の東アジアのように体制、軍事力、基本的価値観が異なる国家間では成り立ちえない。では三つの選択肢のうち、どれを取るのか。非武装中立は国民の数%しか支持していない。武装中立のためには自衛隊を飛躍的に増強させ、さらに核武装しないと、周りの国に対抗できない。となると同盟路線しかない。組む相手は、消去法で行くと、自由と民主主義という価値観を共有するアメリカしかない。」と主張している。(注67)

 

第59項 その他の主張

 

 1995年1月23日の朝日新聞「論壇」では、国広正雄氏が、「『軍事費』を地震対策費に回せ」と主張している。(注68)

1995年5月5日には香西茂・大阪学院大学、京都大学名誉教授(国際法)が自衛隊を平和支援隊として活用し(注69)、モデルは北欧の国連待機軍としている。5月7日には、樋口陽一・上智大学法学部教授(憲法)と、佐藤功・元当会大学教授法学部長(憲法)が憲法9条支持を表明している。(注70)

 1997年7月29日の朝日新聞「論壇」では、庄野直美・広島女学院大学名誉教授が、「北東アジア非核化条約を実現せよ」と主張(注71)、1997年12月30日の朝日新聞「論壇」では飯田進・神奈川県児童医療福祉財団理事長が「防衛庁昇格問題の先にあるもの」と題し、「必然的に憲法9条の改正問題に連動することになるだろう。そう遠くない将来、徴兵制復活が唱えられる日がくるかもしれない。」と訴えている。(注72)

 1999年3月5日には朝日新聞「論壇」では湯浅一郎ピース・リンク広島・呉・岩国代表が「防衛は国の専管か」と疑義を呈している。(注73)1999年3月3日には梶本修司・原水爆禁止兵庫県評議会事務局長は、国が「非核神戸方式攻撃」していると訴えている。(注71)1999年3月18には成蹊大学教授(政治哲学)が「9条に立って戦後を永遠に戦後にしようとする名誉ある努力を続けるか、それとも新ガイドラインに沿って新しい戦前に踏み出すのか歴史的岐路に立っている」と、政府を非難している。(注74)

 1999年8月19日の毎日新聞「記者の目」において、「『非核3原則』への疑念」と題し、増尾辰夫(毎日新聞編集制作総センター)は、「政府がこれまでのウソを認めたうえで、非核2,5原則を前提に現実の国際情勢に即した論議をすすめるよう」と、核の領海通過を認める「非核2,5原則」を主張している。(注75)

 1999年3月10日の毎日新聞「記者の目」において、鵜塚健(高知支局)は「自治体の非核港湾条例」と題し、「『核がないことを説明してほしいだけ』という当たり前の主張が、なぜ外交問題となり制約を受けなければならないのか」と、小学生のような発想を商業製品に載せている。(注76)

 1998年12月8日の毎日新聞「記者の目」において、綿貫洋(長崎支局)は「国連軍縮会議長崎会議『核廃絶の意思』連携を」と題し、「日本は新アジェンダ連合など核保有国と対抗する国々と連携して、全体的な核軍縮、そして核廃絶を模索すべき時期にきているのでは」と述べている。国際社会の現実を考えない時期尚早の意見である。(注76)

 1996年4月11日の毎日新聞「記者の目」において、下薗和仁記者は、「『象のオリ』しなやかな沖縄の抵抗」と題し、「セコンドの弁護団とリングに上がった知花昌一さんの闘いは、『無抵抗、不服従、非協力主義』のガンジーにも似ている。」と述べている。知花氏は国内左翼テロリズム集団・中核派の活動家で、弁護団の弁護士も中核派の活動家である。さらに知花氏は、内ゲバとは無関係な一般大学生が撲殺された琉球大学学生殺人事件において殺人教唆・凶器集合準備罪で逮捕され、服役している。このような人物をガンジーと同列に扱う毎日新聞の調査力の低さは日本国民に重大な影響を与えた。(注77)

 1997年4月28日の毎日新聞「争点論点」において自民党元首相で、日米欧三極委員会日本代表の宮沢喜一氏は「憲法改正は得策ではない」と述べている。(注78)

 

注1  読売新聞朝刊 1997年4月15日

注2  東京新聞朝刊 1994年4月10日

注3  鴨武彦「大国主義路線を廃し、民生国家をめざせ」

    朝日新聞社『Ronza』1995年4月号 P16

注4  山口二郎 田中直穀 若宮啓文「脆弱な日本外交と『国際貢献』と言う名の魔性」

    朝日新聞社『Ronza』1995年4月号 P38

注5  同上P38

注6  柴山哲也「新エネルギー開発こそ尖閣諸島鎮静化への道」

    朝日新聞社『Ronza』1996年12月号 P33

注7  同上P38

注8  細川護熙 「ARE U.S.TROOPS IN JAPAN NEEDED? 米軍の日本駐留は本当に必要か?」

    『FOREIGN AFFAIRS』3/4月号

    朝日新聞社『論座』1998年8月号

注9  産経新聞朝刊 1995年4月30日

注10 堤清二 橋本晃和 マイク・モチヅキ 「沖縄の非軍事化を提唱する」

    岩波書店『世界』1996年4月号 P105

注11 同上P108

注12 五十嵐武士「日本はどのように生きるのか 『平和国家パートⅡ』」

    岩波書店『世界』1994年6月号

注13 五十嵐武士「地球的平和国家への挑戦『文明の衝突』史観を超えて」

    朝日新聞社『Ronza』1995年12月6月号

注14 同上P16

注15 同上P16 

注16 産経新聞朝刊 1995年4月15日

注17 読売新聞朝刊 1995年12月8日

注18 鳩山由紀夫「私の政権構想」文芸春秋『文芸春秋』1996年11月号

注19 菅直人「憲法は覚悟なくして変えられない」

文芸春秋『文芸春秋』1999年6月号

注20 朝日新聞朝刊 1993年12月21日

注21 朝日新聞朝刊 1995年1月27日

注22 朝日新聞朝刊 1997年4月4日

注23 朝日新聞朝刊 1999年5月3日

注24 朝日新聞朝刊 1999年7月27日 

注25 朝日新聞朝刊 1999年9月11日

注26 朝日新聞朝刊 1999年12月2日

注27 志方俊之『極東有事』クレスト社

注28 岡崎久彦『国家は誰が守るのか』クレスト社

    読売新聞月曜日朝刊「地球を読む」

1994年1月20日、2月19日、4月4日、7月4日、9月19日、

11月17日、12月13日

    1995年2月12日、8月29日、11月12日

    1996年2月19日、5月20日、8月19日

    1997年3月3日、7月6日

    1998年3月15日、11月23日

注29 読売新聞朝刊 1994年1月20日

注30 読売新聞朝刊 1993年10月5日

注31 読売新聞朝刊 1994年8月16日

注32 読売新聞朝刊 1996年4月3日

注33 田久保忠衛『新しい日米同盟』PHP研究所

注34 小和田恒 平山郁夫  プレジデント社『プレジデント』1993年6月号

注35 田久保忠衛氏の資料

注36 田久保忠衛氏の資料

注37 テレビ東京「がらがらニッポン」

注38 三根生久大 中川昭一『日本の正義 アメリカの正義』扶桑社

注39 「現役政治記者107人が選んだ 21世紀のリーダーは誰か」

    文芸春秋『文芸春秋』1996年1月号

注40 読売新聞朝刊 1994年8月2日

注41 読売新聞朝刊 1997年8月27日

注42 読売新聞朝刊 1995年12月22日

注43 読売新聞朝刊 2001年1月5日

注44 読売新聞朝刊 2000年2月24日

注45 読売新聞朝刊 2001年9月18日

注46 読売新聞朝刊 2001年11月15日

注47 読売新聞朝刊 2001年1月23日

注48 読売新聞朝刊 2002年4月18日

注49 読売新聞朝刊 2002年9月12日

注50 読売新聞朝刊 2003年4月2日

注51 読売新聞朝刊 2003年5月29日

注52 読売新聞朝刊 2003年12月29日

注53 朝日新聞朝刊 2000年7月18日

注54 朝日新聞朝刊 2000年5月2日

注55 朝日新聞朝刊 2003年6月11日

注56 朝日新聞朝刊 2003年6月20日

注57 朝日新聞朝刊 2003年7月18日

注58 朝日新聞朝刊 2004年2月24日

注59 朝日新聞朝刊 2004年8月14日

注60 朝日新聞朝刊 2004年10月16日

注61 朝日新聞朝刊 2004年12月11日

注62 朝日新聞朝刊 2006年2月8日

注63 毎日新聞朝刊 2000年7月7日

注64 毎日新聞朝刊 2000年8月9日

注65 毎日新聞朝刊 2006年12月12日

注66 読売新聞朝刊 2004年11月18日

注67 読売新聞朝刊 2009年2月28日

注68 朝日新聞朝刊 1995年1月23日

注69 朝日新聞朝刊 1995年5月5日

注70 朝日新聞朝刊 1995年5月7日

注71 朝日新聞朝刊 1997年7月29日

注72 朝日新聞朝刊 1997年12月30日

注73 朝日新聞朝刊 1999年3月5日

注74 朝日新聞朝刊 1999年3月18日

注75 毎日新聞朝刊 1999年8月19日

注76 毎日新聞朝刊 1998年12月8日

注77 毎日新聞朝刊 1996年4月11日

注78 毎日新聞朝刊 1997年4月28日