日本の国家安全保障90年代 62

第9章 日本のテロ・ゲリラ・コマンド対処

 

 

 

第4節  自衛隊の対テロ作戦 1990年代

 

 

 

 

東西冷戦時代にもゲリラ・コマンドの危機は存在していたのだが、

 

ゲリラ・コマンド対処には治安の要素があるため警察庁の反対や、

 

自衛隊の活動に対してのマス・メディア、世論、政治家の反対があるため、

 

自衛隊のゲリラ・コマンド対処は控えられた。

 

 

 

しかし、ソ連が崩壊し、機甲部隊の衝突の可能性が低くなったため、相対的にゲリラ・コマンド対処の比重は高まった。

 

 

また、1992年からはじまった北朝鮮による大量破壊兵器保有に対する制裁問題で、北朝鮮の暴発・崩壊の可能性が高まり、世界有数のゲリラ戦・テロリズム能力を有する北朝鮮の脅威が切迫したものとなった。

 

 

 

以前からソ連の日本進攻時に真っ先に投入されるソ連軍参謀総局特殊任務部隊(スペツナズ)を考慮はしていたが、

 

こうした経緯で防衛庁、自衛隊のなかでもゲリラ・コマンド対処の重要性が再認識された。

 

 

 

陸上自衛隊は第1空挺団にゲリラ・コマンド研究班を設立、

 

合衆国陸軍特殊作戦コマンドの

 

合衆国陸軍特殊部隊群(グリーン・ベレー)

 

 

第1特殊部隊作戦分遣隊D(デルタ・フォース)

 

に隊員を派遣し、運用、作戦、訓練のノウハウを学んだ。

 

 

陸上自衛隊特殊作戦群の初代群長の荒谷卓1等陸佐(当時)は

 

ドイツ軍特殊作戦コマンドKSKから学ぶためドイツ連邦軍指揮大学に留学し、

 

その後ノース・キャロライナ州フォート・ブラッグの合衆国陸軍特殊作戦コマンド、ジョン・F・ケネディ特殊戦センター・アンド・スクールに留学し、

 

特殊作戦の基礎から学び陸上自衛隊特殊作戦群群長となった。

 

 

 

 陸上自衛隊特殊作戦群は2004年3月に正式に千葉県習志野駐屯地で発足した。

 

 

陸上自衛隊特殊作戦群は空挺レンジャー資格保有者、部隊レンジャー資格保有者を中心に構成される、

 

対テロ、対ゲリラ、対コマンドに精通する陸上自衛隊最強の部隊である。

 

要員は戦闘部隊が200人、支援部隊が100人の300人である。

 

 

 

1999年3月の北朝鮮工作船事件を発端に、

 

対ゲリラ・コマンド特殊部隊「海上自衛隊特別警備隊」が発足した。

 

89式小銃、HK416ライフル、MP5機関拳銃(サブ・マシンガン)、SIG P226拳銃などを装備している。

 

イギリス海軍(ロイヤル・ネイヴィー)の特殊部隊・特殊舟艇部隊SBSに学んだ精鋭である。

 

 

 

 

 

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