日本の国家安全保障80年代 36

日本の国家安全保障80年代

 

 

 

 

 

 

第2章 西側の巻き返し、冷戦激化へ 16

 

 

 

 

 

 

 

カーター・ドクトリン

 

 

 

このようなアメリカの中東への関与政策

 

は、

 

1980年1月

 

 

共産主義ソ連

 

 

アフガニスタン侵攻

 

 

対して

 

 

「ペルシャ湾地域の支配を狙う外部勢力のいかなる試みも、米国の死活的利益にたいする攻撃とみなされる。こうした攻撃には、軍事力を含むあらゆる手段で反撃する」

 

 

 

発表した、

 

いわゆる

 

カーター・ドクトリン

 

 

基づくもので、

 

一連の危機に対する

 

アメリカの対応の基本

 

 

なっている。

 

 

 

 

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