日本の国家安全保障ブログ

第1節  「安全保障と防衛に関する懇談会」 4 第2部は新たな安全保障戦略を実現するための政策課題として、 統合的安全保障戦略の実現に向けた 体制整備、 日米同盟のあり方、 国際平和協力の推進、 装備・技術基盤の改革 をあげている。 統合的安全保障戦略に向けた体制整備には 緊急事態対処、 情報能力の強化、 安全保障会議の機能の抜本的強化、...
国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代 オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代 大田昌秀・沖縄県知事の主張  1997年(平成9年)4月15日に 「戦争の悲劇をじかに知っていることから、  沖縄県民は平和を維持するために軍事力を持つ必要がない。」 と発言している。 現実に対処できない、意味のないオピニオンである。
国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代 オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代 藤井宏明・外務省官房長、駐英大使の主張  外務省で官房長を務めたあと駐英大使になった 外務省主流派の藤井宏明氏は 1998年に 財団法人・日本国際フォーラムが主催したシンポジウム、「海洋国家イギリスの知恵から何を学ぶ」において、...
第1節  「安全保障と防衛に関する懇談会」 3 統合的安全保障戦略においては、 大きな目標として、 「第一には日本に直接脅威が及ぶことを防ぎ、  脅威が及んだ場合にその被害を最小化することである。  第二の目標は、世界の様々な地域において脅威の発生確率を低下させ、  日本に脅威が及ばないようにすることである。」  と記述し、...
国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代 オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代 斉藤邦彦・外務省事務次官の主張  斉藤邦彦・外務省事務次官は 1993年11月12日に 日本記者クラブの講演で、 「小和田・前外務事務次官は以前、  雑誌の対談で、結論を出さずに...
「安全保障と防衛に関する懇談会」 は、 2004年10月15日に答申を出した。 第1部には新たな日本の安全保障戦略と題して、21世紀の安全保障環境、統合的安全保障戦略、新たな安全保障戦略を支える防衛力を打ち出した。 21世紀の安全保障環境において、...
第2章 小泉構造改革の一環としての防衛計画の大綱見直し 小泉純一郎内閣総理大臣は、郵政民営化をはじめ各種の「構造改革」に乗り出した。 そのひとつに防衛も含まれることとなった。 中国の大軍拡はますます勢いを増し、 北朝鮮の情勢不安定と軍事的挑発は続き、 韓国の日本に対する軍事的挑戦が強まり、...
国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代 オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代 小和田恒・外務省事務次官の主張  雑誌「プレジデント」1993年6月号で、 「日本が今後国際社会とどう関わっていくべきかという問題なのですが、  第一は、終戦直後に多くの日本人が考えたように  『清く貧しく美しく』...
国家安全保障 マス・メディアにおける論議 1990年代 オピニオン・リーダーたちの安全保障論 1990年代 大前研一・評論家の主張  大前研一氏は1990年代後半、 テレビ東京系列で放映された「がらがらニッポン」(司会・飯干景子) などで、 「もはや超大国の軍事的抑止力による時代は終わった」 と...
第1章 2000年に入ってからの情勢  第1節  ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領と小泉純一郎首相の誕生と、 「アル・カイダ」によるテロの発生 アメリカ合衆国では2000年に行われた大統領選挙で、 民主党の第42代大統領ウィリアム・ジェファーソン・クリントン(ビル・クリントン)に次いで、...

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